【緋彩の瞳】 ある恋と愛の物語 ④

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

ある恋と愛の物語 ④

「レイ」
なかなか眠れない日が続き、フラフラになりながらパーラーの階段を上ろうとしていると、美奈の声が背後から聞こえてきた。立ち止まり、振りかえる。

その瞳はいつもの可愛げのある女の子とは違い、ヴィーナスのものだ。
レイを捕らえて離さない、強く眩しい光を携えた瞳。

「……何?」
「招集をかけたわ。上じゃなくて地下よ。気づかなかった?」
通信機が鳴っていたことに気がつかなかった。朝一番にうさぎとほたる以外の全員に伝えたという。レイはおそらくその時間、朦朧としながらシャワーを浴びていたに違いない。
「ごめん、うっかり」
「……顔色、悪いわね」
「そう?朝晩の気温差のせいであんまり寝付けなくて」
「それだけじゃないくせに」
美奈はレイの左腕に巻かれた包帯に視線を落とした。心の準備なんて何もしていなかったから、隠すことをすっかり忘れていた。
「怪我したの?」
「ちょっとね」
「………沈黙し続けるのは、私が笑って許せる範囲にしなさい」
美奈は先に指令室へと向かうために、ゲーセンの扉の向こうに消えて行った。美奈はどこまで知っているのだろう。あの事件のことは知っているだろうが、あの遺体の女性がレイと接点があるというところまで掴んでいるのだろうか。
この包帯の下の左手に、赤い痣が出来ていることまで知っているのだろうか。



「警視庁の人間からある事件の調査を依頼されたの。ここ1週間で女性の変死体が3体発見されて、全て怪奇現象のようなものよ。見る覚悟のない人は後ろを向いておいて」
やっぱりね、と亜美は思った。学校に到着するより早く美奈子ちゃんから放課後の招集がかかった時に、あの事だろうと思った。ここ2,3日の美奈子ちゃんは、放課後に部活もクラウンへも寄らずに、用事があると言ってすぐにいなくなっていた。単独で調べられる範囲を当たっていたに違いない。それにしても3人の犠牲者とはどういうことだろう。あの満月の夜に、他に2人も死者が出たと言うことなのだろうか。亜美があの日調べた時点では、1人しかいなかった。
「……何だ、これは」
はるかさんが眉をひそめて、口に手を当てた。人が砂になっているということは、やはり吐き気がするのだろう。
1人目はレイちゃんと一緒に見たあの写真だった。レイちゃんは直視せずにうなだれて視線を逃がしている。何度も何度も見るものじゃない。まして言葉を交わした数時間後に死んだ人なのだ。2人目も同様、それは部屋の中のようだった。服を着ていたような痕跡は変わらない。
3人目はベッドの上の写真だった。どこかホテルの一室なのだろうか。服のようなものを着ていた痕跡はなかったが、砂は服がない分、よりはっきりと確認できた。
「被害者は全員女性で、これを遺体だと言い切れる確証は、この砂の物質が人体と同じものだという調べがついているからだそうよ。死亡推定時刻はだいたいわかっているけれど、時間幅はそれぞれ違うわ。ただ、3人ともほとんど変わらないのではないか、という見解もできるの」
「どういうことだ?」
美奈子ちゃんは3人分の行動一覧のようなものを画面に出した。そこには9月に入ってから、9月13日までの各々が、いつどこで誰と顔を合わせていたかなどが書かれてある。そして、あの人以外の遺体は、9日以降に発見されたということをその時に知った。だから、亜美とレイちゃんは知らなかったのだ。
「遺体発見は1人目が9日、2人目が昨日の13日早朝、3人目は13日午後。ただ、2人目と3人目は正確にいえば、9日以降に誰かと会ったり、どこかの監視カメラに写っていたりという、生きていた証拠がないの。遺体がこんな状況じゃぁ、死亡推定時刻なんて割り出せない」
「それはどういうこと?連続殺人事件、ということではないと言いたいの?」
みちるさんはあの写真を見ても、とくに顔色を変えるわけでもなく、とても真剣なまなざしで美奈子ちゃんを見つめている。レイちゃんは2人目、3人目の同じような遺体をちらりとだけ見て、やっぱり俯いてしまっていた。確か、満月の夜までに呪いが解けなければ助からないと、そう言っていたはず。美奈子ちゃんの推測は間違いではないかもしれない。
いや、その可能性が高いとみてもいい。そしてホテルで発見されたというのは、もしかしたら間に合わなかったのではないだろうか。あるいは、相手が違ったのだろうか。
「亜美」
「……何かしら?」
「人体がこんな風になる現象って、何?」
「………わからない」
「怪奇現象、だと思う?」
美奈子ちゃんは亜美に、そうだ、と言わせたいのだろう。わかっているようなことを口に出させるのは、知っていることがあったら言いなさい、ということだ。
「そうね。人間がこんな風になってしまうことなんて、ありえない。もちろん、人が人をこんな風にすることも、確実にありえないと言えるわね。何か特殊な方法で乾燥させて粉砕したとしても、やっぱり無理があるでしょうし、砂になんて、相当年月のたったミイラでもない限り、こんな風になんて絶対にならない」
「地球外からの、何か不審な侵入者などはあった?」
美奈子ちゃんは、せつなさんやはるかさんを見渡した。静かに首を横に振る姿を確認して、その視線がもう一度亜美に返ってくる。
「警視庁はこの事件を報道規制しているわ。私たちで解決できることなのかどうか、警視総監から依頼されているの。できる限りは調べるとは言ったわ。……レイ!!」
みんな憂鬱そうにうつむいている中、美奈子ちゃんは椅子に腰を下ろし、ずっと足元を見つめたまま顔をあげられないレイちゃんを一喝した。肩を落とし辛そうにしている、その理由を知っているのは亜美だけだ。
「………何よ?」
「言いたいことは何もないの?」
「何もないわよ」
こういうミーティングがあるとき、必ずレイちゃんは美奈子ちゃんの横に立ち、美奈子ちゃんを支える立場を守っている。9人を纏める美奈子ちゃんをレイちゃんが支え、戦いの要になっていた。だから、じっと遠い場所で腰を下ろしてうなだれている姿を見て、美奈子ちゃんは苛立ったのだろう。そして、レイちゃんが何かを隠していると言うことも。
「あなたの得意分野ではないわけ?」
「何か感じるものがあったら、真っ先に言うわ」
レイちゃんの第六感が何にも反応していないのは、レイちゃん自身が一番わかっている。あの写真を見て気分が悪くなったのだろう、顔色の悪さも際立っている。
「できる限り、この現象が何なのかを調べたいの。きっと何か共通する事柄や、条件が揃っているとか、そういうことはあると思う。全員で一丸となってすることではないかもしれないから。レイちゃん、亜美ちゃん。あなたたちと3人で調べるわよ。他の人は必要に応じてサポートをお願い。この件はプリンセスに知られないように。あと、ほたるは幼すぎるから除外よ」
わざとだわ、と思った。レイちゃんが顔をあげてきつく美奈子ちゃんを睨みつけている。それでもそれをしてやったりの顔で返しているから、この2人の関係は時々怖い。美奈子ちゃんはレイちゃんのことを恋以上に深く愛している。だけどそれをレイちゃんには告げない信念を貫いている。もし、美奈子ちゃんがレイちゃんに想いを告げる日が来るとしたら、レイちゃんがみちるさんに振られた後のことだろう。

だから、それは永遠にやって来ないことなのだ。

亜美のように好きだと告げて振られる道じゃなく、あえてその道を突き進む美奈子ちゃんの想いを、レイちゃんはわかっているのだろうか。好かれていることすらわかっていないような気もする。
「……レイ、大丈夫?ちょっと顔色が悪いわ」
レイちゃんの傍にいたみちるさんは、見かねて顔色の悪いレイちゃんに声をかけた。
「大丈夫……平気」
「手、どうしたの?」
「料理していて包丁で切ったの。すぐに治るわ」
「そう?」
白々しい嘘をみちるさんはそれ以上、詳しく聞こうとはしない。亜美は嫌な予感がした。レイちゃんは確か、あの女の人は身体中を赤くしていた、と言っていた。最初は左手から赤い痣のようなものが広がったと。

まさか

すぐにでも問いただしたい想いを殺して、レイちゃんを見つめる。
その瞳は、亜美と重なることはなかった。


2人を残して解散を告げると、残れと言ったレイちゃんが真っ先に立ち上がり部屋を後にした。鞄を置いて出て行ったから、帰っては来るだろう。
「美奈子、今から3人でミーティング?」
「そうよ」
「レイ、体調が悪そうだわ」
「そんなこと、見ていればわかるわよ」
みちるさんはレイちゃんのことを可愛がっている割には、恋をする気配がない。レイちゃんがそれらしい態度を取らないし、口にしないこの関係は、永遠に無難な友達をグダグダ続けるだけなのだ。それでもいいとレイちゃんが思っているのだから、美奈子も口をはさんだりはしない。
レイちゃんにみちるさんのことを聞いたこともない。誰が好きかなんて、聞いたことはない。口では平気で嘘を吐く彼女に、言葉で確認することなんて無意味なことなのだ。
「可愛そうじゃない?」
「嫌なら、本人がそう言うわよ」
「でも……我慢しているわ」
「別に徹夜して何かをするとかじゃないわ。今日は今後の行動確認をするだけよ」
「わかったわ。3人とも、無茶をしないようにね」
美奈子の視線に冗談がないことを、みちるさんもわかっているのだろう。小さなため息をひとつ残して、美奈子の言葉を受け入れてくれた。
「レイ」
険しい顔つきで戻ってきたレイちゃんは、手にペットボトルの水を持っている。嘔吐したんだとすぐにわかった。あんな顔をしてこの部屋に入ってきたことは、過去にも何度かあった。戦いが激しくなって行く中、2人きりのミーティングの最中に、レイちゃんは指令室の外のトイレで何度も嘔吐して、それを美奈子にばれないように青白い顔で力なく笑っていたのだ。戦いが終わった後で問い詰めると、全員が死ぬヴィジョンがはっきりと見えていたと打ち明けられた。何をどうすればいいのか、何もなす術などなかった、と。
この人の幸せは、戦い続ける限りは訪れたりはしないだろうと痛感させられた。1人だけ背負わされた“見えてしまう”能力は、あらゆる場面で彼女だけを傷つける。そして、それを彼女の性格が邪魔をして、簡単に口に出せないということも。
「どうしたの?大丈夫?」
「平気。飲み物を買いに行っただけ」
「遅くなるようならうちに来て。その手じゃ何も作れないでしょう?ご飯食べさせてあげるから」
みちるさんの心配をよそに、レイちゃんは引きつった笑みを見せて答えている。何もない日だったら、みちるさんの家に遊びにいくなんて、それだけで幸せだろうに。
「大丈夫。おじいちゃんいるから、何か出前でも取るわ」
「そう?何かあったら、いつでも言って」
「あ……そうだわ。みちるさんの鏡、ちょっとの間貸してくれない?」
何か調べたいことがあるのなら、みちるさんを残しても構わないのに。明らかに怪訝そうな顔をしたみちるさんは、美奈子へと視線を変える。自分も残るべきだ、と言いたいのだろう。
「貸してあげたら?まぁ、みちるさんが使い手だから一番いいのはあなたでしょうけれど、何を見たいか、何を調べたいかということがわかるのはレイちゃんしかいない以上、今はとりあえずね」
不満そうな顔は、もう一度レイちゃんへと向けられる。レイちゃんは美奈子に助けを求める視線を投げよこしてきた。
「だったら、レイがそれを私に教えてくれたら、私が調べるわ」
「ごめんなさい。ちゃんと言葉で説明してあげられるようなものなんて、何も見えていないの。何も見えていないから、私なりに手がかりを見つけるために、みちるさんの鏡があったらいいなって思っただけだから。嫌なら、別にいいわ」
みちるさんはレイちゃんと美奈子に視線を二往復させて、それから鏡をレイちゃんに預けた。
「明日の夜までね」
「ありがと」
漆黒の髪を撫でて、みちるさんは指令室を出た。レイちゃんは気配がなくなった後、水を勢いよく飲み干して、椅子に腰を下ろすと突っ伏してしまった。
「………さて、まずは、あなたたちには何もかもを洗いざらい吐いてもらうから。それまではここから出さないわ」
「大丈夫?レイちゃん」
亜美ちゃんはレイちゃんに近づき、そっとそっと、優しく抱きしめた。

美奈子たち3人は、誰が誰を愛していても、永遠に欲しいものは手に入れられない関係。
亜美ちゃんの報われることを望めない優しさも、その優しさを受け入れることに心苦しさを感じているレイちゃんも、それを冷めた目でしか見られない美奈子も。





To love is to suffer.
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Date:2014/11/03
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