【緋彩の瞳】 ある恋と愛の物語 ⑨

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

ある恋と愛の物語 ⑨

「……昼ドラみたいな事件ね」
男性焼死体と、消えた花嫁。
そして、花嫁の実家に送られた、無理心中したという内容の手紙。遺体のない殺人事件は、スズの若さや美しさに比べ、醜い姿の夫が嫁に拒まれてカッとなって殺したとか、嫌われたから殺したとか、そういう方向で纏められていた。純平がスズを殺したというが、遺体が見当たらず、殺人事件と失踪事件、二つの線で捜査は進んでいたが、結局スズの行方は分からず、純平がスズを殺したと遺書に残していることから、容疑者死亡の殺人事件として処理された。
資料を読む限りでは、相当最低な夫だろう。だが、スズの不貞行為についてや、純潔を捧げた相手のことに関してなどは資料に残っていない。
「亜美ちゃんに知られたくないっていうのは、どっちの立場に共鳴したんだろうね」

ありがたいけれど、気持ちには応えられない。

スズが純平に対して、そう思っていたと言うわけじゃないだろうに。
そんなことを考えることでもないのに。
レイちゃんは、そういうところが変に優しい。間違えた優しさだ。
そして、勝手に背負う。

だから、美奈子は何もしないのだ
ただ、愛し続ける
それだけでいい

純平のように愛している気持ちを裏切られたからと言って、呪いをかけるような、純粋に見えて醜い愛を綴るものではない。

確かに信じていると伝えた妻が、早々に裏切る行為をしたのだ。
悲しいことだろう。

だけど、愛にもいろいろな形がある。

見過ごしてしまえば、10年20年と寄り添っていられたに違いない。
妻を殺し、自分も死ぬ結末を迎えることを“愛”と呼ぶものだと思っているのなら、純平は愚かな勘違いをしていたのだろう。

与え続ける覚悟のない情を、愛とは呼ばないのだ。




「みちるさんから連絡は?」
「ん……16時にパティオの前」
叩き起こしたレイちゃんは、まだ疲れが取れきれていない身体を引っ張られながら時計を見ている。15時40分を過ぎている。起こさなければ、あのまま眠り続けていたに違いない。みちるさんの鏡が入っているレイちゃんの鞄は美奈子がちゃんと持っている。
「美奈、資料はもらえたの?」
「うん。コピーしてレイちゃんの鞄の中に入れてる」
「ありがと」
「スズに会う時、私も連れて行って」
「わかった。ちょっと連続はきついから、明後日また連絡するわ」
「OK。ま、とりあえずデート楽しんできなよ」
急ぎ足でパティオへと向かう。5分前なのに、みちるさんはもう待っていてくれているみたいだ。遠くから姿が確認できると、握っていたレイちゃんの右手は振り払われた。
無意識なんだろうけれど、この姿を見て、どうしてみちるさんは気づいてあげないんだろうか。
「デートじゃないわよ。お家に遊びにって言われてるもの」
美奈子が持っていた鞄を受け取って、いつものような澄ました顔になるんだから。髪を手櫛で整えたり、包帯で巻かれた左手を後ろに隠したり、せわしない。
「……じゃぁね。何かあったら連絡して」
「ありがと、美奈」
「………うん」
レイちゃんが少しだけ頬を赤らめているのは、みちるさんと視線が合ったせいだろう。もう、美奈子の存在なんてどうでもいいみたいで、さっきまで引っ張ってあげていたのに、元気いっぱいにみちるさんに向かって行く。

純平は愛してくれなかった妻を殺したが
美奈子は、レイちゃんが誰に恋をしていても、誰を想っていても、愛してくれだなんて思わないだろう

嘆き苦しむことなどない

あの嬉しそうにほほ笑む少女の命を奪う者から、どんなことがあっても救わなければ






みちるさんの家に遊びに行って、ほたるたちと他愛無いことを話しながらご飯を食べる。
「みちるさん、鏡。ありがとう」
家に行ってすぐ、ほたるやはるかさんの相手をしていて、すっかり鏡を返すのを忘れていた。食後のデザートも食べ終わり、落ち着いて初めて、みちるさんと会う約束をした理由を思い出した。
「あ、そうね。お役に立てた?」
「そうね、少し」
「そう。よかったわ」
ほたるがはるかとじゃれあうようにリビングで遊んでいる。酷く苦しさを感じる左手をテーブルの下で押さえながら、笑って見せた。
「手、痛むの?」
「…別に、そんなに。切っただけだから」
「そう。事件の進展は?」
「あんまり」
「美奈子は何か、新しい情報を得たのでしょう?」
「まだ、資料を集めている最中。ごめんね、美奈に注意したんだけど、こういうことは私と美奈だけで動けばいいことなのに、あの馬鹿、私に何も言わずにいきなりみんなを呼ぶんだもの」
包帯を巻いた手をテーブルクロスで隠すようにして、右手でコーヒーのマグカップを取る。レイの好みを知ってくれているから、たっぷりのミルクの注がれたコーヒーはおいしい。
「今回の事件、私は役に立たない?」
みちるさんにはみちるさんなりの考えはあるのだろう。レイが鏡を使うよりも、みちるさんが調べてくれた方が良いに決まっている。純平さんやスズのことを調べるのなら、本当の呪いの解き方を知るには、鏡で調べることは非常に有効的だと考えてもいい。
だけど、巻き込みたくはない。
この呪いがどのような法則性を持っているのかがわからないのだ。
みちるさんに呪いがかかる可能性がゼロとは言えない。
レイのこの身体のことも知られたくはない。
「月の王国とは無関係であるということは間違いないの。亜美ちゃんと美奈で大丈夫」
「………そう」
左の5本の指に広がるのは、間違いなく鈍い“痛み”だった。
初めて痛いと感じた。
みちるさんの眼差しから逃れるためにうつむいた視線は左手に注がれて、包帯の奥で、赤い痛みがじわりと広がっていくのが見えるのではないかと感じる。
「レイ」
「ん?」
「どうかして?」
「……ん?別に」
「冷や汗掻いているじゃない。手が痛いのでしょう?」
「手?別に。本当に何もないって」
このやり取りを、あと何度続ければいいのだろう。レイは聞き耳を立てながらも、英字新聞に視線を落としているせつなさんを助けを求めるように、睨みつけた。
「………みちる、お嬢様の機嫌を損ねるわよ」
睨みつけられたせつなさんは、小さなため息と共に新聞を畳みながら柔らかくみちるさんをとめてくれる。みちるさんはレイの髪を撫でて、テーブルクロスで隠した左手をちらりと見つめる。見られないように、覗かれてもわからないようにしておいてよかった。
息が詰まる。
「ねぇ、レイ。月末の日曜日にあるリサイタル、来られる?」
仕方がない、と言ったような視線を投げて話題を変えてくれた。
「うん、大丈夫」
「美奈子と一緒に来る?」
「別に誰でもいいわ」
「そう?まぁいいわ。2枚あるから来て」
「えぇ」
その頃になって、ちゃんと身体は動いているだろうか。何事もなく過ごせているだろうか。こんな痛みをずっと与え続けられているのだろうか。
みちるさんには会いたいし、演奏も聴きたいし、声を聞けるだけでもいいと思う。
だけど、切ったわけでもない左手にいつまで包帯を巻いておけばいいのだろうか。
余計な心配をかけて、みちるさんが勝手にレイのことを調べる可能性だってある。レイの行動を鏡で覗けば簡単なことだ。
真実を映し出す鏡は、レイが誰を想っているかなんて、簡単に映す事が出来るのであろう。

だから、レイはこの人には近づけない。

好きだと思ってしまうことが



怖いから







「みちるは、一体レイをどうしたいの?」
「何のこと?」
「……あら、とぼける?それなりに好きなのでしょう?」
「それなり?」
「そう、それなり」
いつも以上に視線が泳いでいるレイは、いつもより早くに帰ると言い出したので、はるかが送って行った。楽しそうに過ごしたと言う様子じゃなかった。
「………それなり、なのかしらね」
「本気じゃないでしょう?手探り?それとも気になることでもあるの?」
初めて会った時から、レイの瞳に惹かれたのは確かだ。みちるが生きてきた中で、あれほど純粋でいて、強い意志を持った瞳を見たことがなかった。とても不器用で優しいのに、それを伝えようとしない子。
だけど、この気持を恋や愛というもので表現できるかと言えば、それはわからない。
「気になることね。あるにはあるわ」
「美奈子?それとも亜美?」
「…せつなも見ていてわかる?」
「わかるわよ。モテモテね」
美奈子も亜美も、レイのことを好き。
だけど、2人はそれぞれ別の“好き”ではないかと思う。そしてまた、みちるがレイを想う感情とも何かが違う。
亜美は友達以上にレイのことを想っているが、きっとレイと何かあったのだろう。レイはとても亜美に気を使っているように見える。すでに付き合った過去がある、あるいは想いを知っているような感じだ。

そして美奈子。
間違いなく、レイのことをとても深く愛している。愛しているという言葉を正しく使ってもいいと思えるくらい、美奈子がレイのことを想う気持ちは鮮烈な光を放って見える。
レイは誰よりも美奈に心を開いているし、気を許している。美奈子がリーダーだから、なんて、そういうことを抜きにして、レイはいつも美奈子のことをわかっていて、許していて、認めている。
みちるには見せない気の緩みを、美奈子にさらけ出している。
レイは美奈子がどれくらい深く愛してくれているのか、知っているのだろうか。レイは美奈子のことを、本当はどう思っているのだろう。
一度、美奈子にそれとなく聞いたことがある。両想いじゃないのか、と。
あの時、美奈子は怖いくらいの軽蔑の視線を投げてきた。

だから、美奈子はレイが誰を好きなのかを知っているのだろう。

「レイが何を願っているのかが、本当にわからないのよ」
「それ、本気で言ってる?」
「もちろんよ」
「好かれていることくらい、わかっているのでしょう?」
「……………なんとなく、ね」
多分、だから余計、みちるはレイのことが気になって仕方がないのだ。
冗談のフリをして近づいて、レイがみちるのことをどんな風に思っているのか知りたくなる。
髪に触れ、背中を撫で、レイがどんな態度をするのか、見たいと思ってしまう。
「それこそ、両想いじゃないの?」
「………どうなのかしらね。そうかもしれないけれど…」
付き合いたいかと自問自答する。
レイのことは好き。

だけど

レイにとってみちるを選ぶことが正解なのか。
レイと付き合って何がしたいか、なんて考えていない。
レイのために何が出来るかを考えても、みちるには心配してあげることくらいしか思いつかない。
美奈子のように、鮮烈な愛を与えてあげられない。
あの愛には敵わない。
たとえレイと想い合っていても、あの美奈子の愛の深さを超える愛を、みちるは持っていないのだ。

だからこれは、淡い恋と呼ぶべき想いなのかも知れない。
ほのかに香る恋の匂いだけで胸がいっぱいになって、満たされていると勘違いを起こさせるもの。

レイから好きだと言われたら、たぶんその手を取ることはできるだろう。
だけど、美奈子はレイが誰と付き合っていても、あの愛する炎を消すことはないと言い切れる。

あの瞳は、覚悟を決めた瞳の色だ。
あの光の旋律を受けながら、レイと付き合い続けることができるだろうか。

レイへの底のない深い愛をみちるが持っていないと、自分で認めたくはない。
レイにとって本当に必要な愛は、すぐそばにある。

そんな気がしてならない。
そんな環境の中、みちるは堂々とレイを愛していると声に出せるだろうか。
あの愛よりも強く、深く。


「付き合うつもりも、好きだと言うつもりもない?」
「今は、ないわね」
「レイが言ってきても?」
「レイは言ってこないわよ」
なぜだろう、レイは言わないだろうと思えた。あの子は相手が誰でも言葉で想いを伝えたりしないだろう。
「そうかもしれないわね」
「とりあえず、今はこの距離がいいの。レイだってそう思っているだろうから」
「そう?本当、レイってばモテるわね。知らぬは本人だけ、っていうか」
せつなは傍観者だから、そんな風に言える。
仲間内で3人から想われているなんて。
「………そうね、きっと、美奈子から愛されていることなんて、まったくわかってないわ」
「ライバルは美奈子?」
意地悪く笑うせつなに、みちるは肩をすくめた。
「…………敵わないわよ」
「それが、あなたの想いが振り切れない原因でしょうね」
「そうね」
レイのあの、何かを隠して苦しんでいる様子。美奈子と亜美と3人だけの秘密にしたいのだろう。
おそらく美奈子の持ってきた事件に、何かレイは関わっている。背筋をぴんと伸ばして、いつも美奈子の傍で凛々しく立っているはずのレイが、力なくうつむいていた姿。あの頃から、顔がやつれて見える。今日も食欲があるようには見えなかったが、左手をかばいながら口に押し込んでいるようだった。
予知夢や霊感のせいで、レイを追い詰めている何かがあるのだろうか。
美奈子はちゃんと、レイを助けてくれるだろうか

みちるは……レイを助けてあげられるだろうか。



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Date:2014/11/05
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