【緋彩の瞳】 ある恋と愛の物語 ⑪

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

ある恋と愛の物語 ⑪

指令室に入ると、レイは視界がぐらついた。美奈が咄嗟に身体を支えてくれたから、倒れて顔面強打は免れた。
「……ごめん」
「少し休もっか。朝食買ってくる」
美奈はレイの背中をそっと撫で、それからゆっくりとソファーに寝かせてくれた。
「私の鞄から、財布持って行って」
「うん」
また、学校には行けないだろう。なるべく出席しておきたいが、少し寝て身体が動きそうなら、夜は純平を探しに行きたいから、体力を残していたい。
明後日はみちるさんのリサイタルがある。少しでも何か心を落ち着かせた状態でいたいのだ。
焦りばかりが積み重なっていくのに、何も解決できない。


この呪いを解く方法はひとつだけ

愛してくれる人に愛を捧げること

スズの話では、この呪いは裏切り行為をして初めてかかるという。
深く愛されているということに対する裏切り行為なんて、レイは身に覚えがない。
愛されているということも、それを裏切っているということも。
何一つレイには無関係の世界だというのに。
やはりスズだけでは、全貌が見えてこないのだ。あくまでもスズにかけられた呪いがそうだったのであって、レイが純平を裏切ったわけではない。
スズは身体が朽ち果ててもなお、愛してくれる人の想いを受け入れられずにいるから、成仏できずにいるのだろうか。スズがあの場所にい続ける限り、身体を捧げた男を想い続ける限り、あの指輪の呪縛が解かれることはないだろう。受け入れられないのは、幼すぎるせいなのだろうか。それとも、本当にわかっていないのだろうか。

「私は……誰に愛されているの。その人を裏切っているというわけ?」
亜美ちゃんの顔とレイの名を呼ぶ優しい声が浮かんだ。そして、まさか、と首を振る。亜美ちゃんはレイのことを好きだと言ってくれた。だけどそれは愛という強い想いではないはずだ。それともそう思いたいと願っているだけなのだろうか。亜美ちゃんを裏切っているつもりもない。受け入れて抱きしめて、それでも応えることが出来ないと伝え、彼女はそれでいいと笑ってくれた。
だから、亜美ちゃんがレイじゃない誰かを好きになって、幸せになるまで、レイは亜美ちゃんの気持ちを逆なでするようなことをしないようにしている。
みちるさんを想い描くだけでジワリと胸が熱くなる憂いを、彼女には知られないようにと。
だけど、気づかれているのだろうか。悲しませているのだろうか。
それは裏切りなのだろうか。だったら、どうすればいいのだろうか。
「………亜美ちゃんに抱かれる?そんなまさか」
捧げる愛を持ちやしないのに。ただ、抱かれるだけなら、ベッドの上で砂になった被害者と同じようなことになるだけじゃないだろうか。

目を閉じて、身体の力を抜いた
薄暗闇の世界が螺旋を描いている
このまま、今、死んでしまいたい
消えてしまいたい
誰にも知られず、嘆く声を聞くこともなく

だけど、美奈はレイが死ぬことを認めてはくれないだろう。
世界中の人間を殺してでも、彼女はレイを救おうとしてくれるだろう。
前世のあの頃から変わらない瞳の色は、この事件が起こってからずっと鮮烈な光を放っている。
仲間を失うことを許さない美奈の気持ちも、裏切るわけにはいかないのだ。

あぁ、どうすればいいの。


目を覚ますと、美奈を見上げていた。膝枕をしてくれて、ブランケットまで掛けてくれている。
「美奈」
「おはよ。朝ご飯買ってきたけど、食べられる?」
「……ありがと」
髪を押さえながら起き上ると、少しぬるくなったコーヒーの缶と市販のサンドウィッチを渡してくれた。
「スズはなんて言ってた?」
「月の出ている時間帯は、スズも意識がないみたいなの。それに、月夜が怖いらしいわ。満ちていく月の姿を見つめることが、自分を死に追い詰めた生前と重なるのでしょう。それが、あの子が朝方にならなければ現れない原因の一つ。だとしたら、純平は月が現れる頃に姿を現すかもしれない。2人は会えたりしないのよ」
「純平の手がかりは?」
「知らないみたい。………スズが現れた場所を、私は夜に探したこともあるわ。純平さんを捜しまわっていたのも、ほとんど夜だもの。関係する場所はすべて探し出したけど、残る一つはスズが呉服屋の人と逢瀬を繰り返したという場所ね」
亜美ちゃんも、そこではないかと言っていた。そしてスズはその場所を教えてくれたが、純平さんはそんなところにいないとも言っていた。スズが朝現れる場所と、逢瀬の場所は離れている。レイの学校の裏側の狭い路地を進んだ場所らしい。だけどアバウトすぎる。今と昔では違っているだろう。
「みちるさんの鏡を借りる?」
「無理よ、イメージが湧かないから投影なんてできない」
「なら、本人に調べてもらえばいいわ」
「………最初の約束と違うことをしないで」
どうして、巻き込もうとするのだろう。みちるさんには無関係のことだというのに。
「最初に交わした約束は、あなたが事件を知っているということを口外しないっていうことでしょう?それ以外の約束を交わしたかしら?」
何か言い返してやろうと思っても、何も次の言葉が出なかった。美奈はどんなことがあっても、この決定を覆すことはない。
「…………日曜日、リサイタルだから。それが終わるまでは待って」
「わかった。夜に探してみて、ダメだったら月曜日の朝から、みちるさんに協力してもらうから」
とても、一日でなんて探せない。夜の間にレイの学校の周辺を調べ尽くせばいいのだろうか。
そこにいてくれるのだろうか。
逢瀬の場所にいてくれなければ、もう、探すあてなどない。
純平さんが幽霊となって存在しているという、レイの考えそのものが間違いだったと言うことになってしまうのだ。そんなことはありえない。あるはずもない。
この腕を覆う呪いには、復讐や怒りなどという負の感情を感じない。

せつなく、悲しく、無力で、儚い。

こんな感情を持っているのは、純平さんだけなのだ。
レイは缶コーヒーを飲みほして、味気のないサンドウィッチを口に押し込んだ。おいしいとかそういうのが分からない。生きているということが、どういうことなのかもわからくなっている。
膝を抱えてうずくまった。

レイは本当に、助かりたいのだろうか
生きていたい理由は何なのだろうか

「レイ」
力強く名前を呼ばれた。
うずくまるレイの身体を包む光が照らす先に、未来はちゃんとあるのだろうか。
でも、この光は必ず未来だけを指示している。
いつでも、どんな過酷な戦いでも、必ず未来があった。
「…………美奈……私は誰かに愛されているの?誰を裏切ったの?私はスズのような人間ではないわ」
美奈からは何の言葉もなかった。抱きしめられている指に力が込められる。
「どうして、私に呪いが掛かるのかしら。スズじゃなくて、純平さんが私に呪いをかけた気がしてならないの。スズは他人に呪いをかける術を知らないわ。あの子はただ、自ら呪いを解くことを放棄して彷徨うだけの幽霊だもの」
「……スズと共通している何かがあるのかもしれないわね」
「どういう意味よ?」
顔をあげようとしても、身体を抱きしめる美奈の腕の力の方が強くて動けなかった。
「……さぁ。なんとなく、そう思っただけ」
亜美ちゃんのことを言いたいのだろうか。美奈は知っているのだろうか。美奈なら何も言わなくてもわかってしまうことなのだろうか。
レイがみちるさんに対して抱いている淡い想いも、何もかも気づいているのだろうか。
「美奈は私の何を知っていると言うのよ」
「……知らないわよ。だけど、もしかしたらスズが純平の愛に気づかなかったように、レイちゃんも気づいていないこともある、という可能性だってあるわ」
「ないわよ。私は愛されてなんていない。誰からも」
「そう?」
美奈はレイを解放して、パソコンの電源のスイッチを押した。美奈が愛用しているキャスターのついた椅子に座りなおして、顔をあげてその背中を見つめるレイへと振り返ったりもしない。
「TA女学院の周辺の毛細血管地図をコピーしておくわ。夜に行ってみましょう」
「………美奈は、亜美ちゃんのことを知ってるの?」
「何のこと?」
「………何でもない」
「亜美ちゃんがレイちゃんを好きだと言うことは知ってるわ。だけど、それは愛じゃない。彼女もそれはわかってるはずよ」
「………あんた、何でも知ってるのね」
美奈は振り向こうともせず、淡々とキーボードを叩いている。愛を司る戦士は、もしかしたらレイが誰を想っているのか…好きになることに怯えているのかを知っているかもしれない。
みちるさんをこの事件にかかわらせることを嫌う理由を、知っていて、腹を立てている。
「別に。知らないことの方が多いわよ」
カチカチカチ。指がキーボードをリズムよく叩く音が響く。
大きな画面に現れる地図。レイが通い慣れた学校でも、普段通学で使わない場所のことなど、あまりよく知らない。
「………そう。なんだ、亜美ちゃんに抱かれたら呪いが解けるのかしら、なんて思っちゃったわ」
「好きでもない女に処女をあげるなんて、止めた方が良いわよ。亜美ちゃんだって御免でしょ」
「……そうね」
だったら、レイはきっとずっと、誰にも抱かれたりしないだろう。
抱いて欲しい相手から、愛されることもないだろう
「夜、7時に神社に迎えに行くから。亜美ちゃんには情報だけ伝えておくわ。当時の地図を取りよせるようにも指示しておく」
「わかった」
「今日と明日の夜会えなかったら、鏡を使うわ」
「……必ず探すわ」
身体が重い。胃も痛い。食べたばかりのサンドウィッチを吐き出したくなって、レイはふらりと立ち上がって、指令室を出た。嘔吐して口をゆすぎ、ふと鏡の自分と視線が合った。
今まで、なるべく間近で鏡を見ないようにしていたというのに。

はっきりと死相が見える。
あぁ、もぅ、死ぬカウントダウンが始まっていた。


もうすぐ、レイは死ぬ。

言いようもない諦めの気持ちと、絶望と、ぶつけられない理不尽な想い。
左薬指に刺すような痛みを覚えた。
どうせならすぐに殺せばいいのに。
今すぐに。

拳にした左手は、包帯の上からではどれくらい真っ赤に染まっているのかはわからない。
確認なんて、今更何の意味もなかった。






トイレに行ったレイちゃんが10分経っても帰ってこない。嘔吐しているのだろうとわかっていたから、少しそっとしておこうと思ったが、やはり、前と違い、彼女の身体は尋常ではないのだ。美奈子はデータを全て亜美に送り、地図を調べるようにと連絡を入れて、パソコンの電源を落とした。間に合えば学校に行こうと思って制服を着て学生鞄も持ってきたが、今日は無理だろう。
「………レイちゃん」
レイちゃんは廊下に横たわっていた。さっきの眠っていた表情とは明らかに違う。嘔吐しただけではない顔色の悪さ。確実に進行している呪いのせいだ。指令室にはソファーしかない。背負って神社に連れて帰らなければ。
前にこうして背負って送った時よりも軽い。生気も感じない。
「レイちゃんが死んだら、私も死んであげる。一緒にまた守護星を抱いて生まれ変わるように、私がちゃんと導いてあげるからね」
自分の命より大切なものがあるとしたら、今は火野レイだけだ。プリンセスという絶対的な神とは違う、火野レイは愛野美奈子が大切だと言い切れる唯一だ。
この人を愛すると決めた。
儚い瞳で孤独にうずくまり、誰も愛さずに生きようとする火野レイという人を。
ほのかな恋でさえ、コトノ葉に包むことなく、その想いを秘めることで欲しがろうとしない彼女を。不器用な生き方しかできない、どうしよもない人を。




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Date:2014/11/07
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