【緋彩の瞳】 ある恋と愛の物語 ⑮

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

ある恋と愛の物語 ⑮

今日は1人にしてほしいとお願いをすると、許してくれないかもしれないと思っていたが、レイが立てないでいる疲れをくみ取ってくれたのだろう、背負って神社まで送ってくれた。
何度もこうやって背負ってくれて、苦痛ひとつ表情に出さずに淡々と坂道を登る。
その背中にしがみついた。
死んでしまえば、美奈はきっと自分を責めて嘆き、泣き叫ぶに違いない。
呪いで死んだと思わせないようにするためには、どうすればいいのだろうか。


身体がよくなったら今日の出来事を教えると伝えると、美奈は帰って行った。
あまり物を置いていない部屋だけど、フラフラになりながら、丁寧に掃除機をかけて整理整頓をし直し、旅行鞄に服をたたんで詰め込んでる。
携帯電話が鳴った。
『レイ』
「……みちるさん」
名前を見てボタンを押した後に、後悔が押し寄せても遅い。
『怪我は治ったかしら?』
「……うん。みちるさん、明日楽しみにしているわ」
『そう?レイが来てくれるなら、いつも以上にいい演奏をしないとね』
「じゃぁ、期待できそうね」
心臓が苦しいと、身体を叩くように訴えてくる。たまらなくなって、畳に寝そべった。
『美奈子と来るの?』
「えぇ」
『リサイタルが終わったら、一緒に夕食、どうかしら?』
「美奈の都合を聞いておくわ」
真っ赤な手でフォークを掴む姿など、見せられない。すぐに断ればいいのに、どうして口が勝手に動いてしまうのか。
『美奈子?いえ、レイ。あなたと私、2人だけよ』
こんなことなら、今までだって何度かあった。2人で食事をすることは、初めてじゃない。みちるさんがきまぐれに誘ってくれるだけだったけど、レイはそれが凄く楽しくて、嬉しくて。断ったことなんて1度もなかった。
「あの……その…」
『都合が悪いのなら、別の日でもいいのよ?』
「明日の夜は……ちょっと」
『そう?じゃぁ、また、レイの都合を教えてね』
「うん…ごめんなさい」
『いいのよ。ところで、美奈子たちと一緒に調べている事件、何か進展はあった?』
美奈は学校でみちるさんに何か言っているのだろうか。鏡を貸してもらった以上、それなりに進展具合を教えた方がいいのは、当然のことだ。
「原因もわかって、問題は処理したわ」
『そう。よかったわ。詳しい報告はしてくれるの?』
「美奈がちゃんと纏めておくはずよ。改めて招集がかかると思う」
『よかったわ。心配だったの。レイ、憂鬱そうだったから』
「……大丈夫よ。ほとんど、美奈が1人で解決したわ」

左の薬指はもう、痛みを通り越している。みちるさんの声が響くたびに、赤い旋律が全身を駆け巡るようだ。
『そう。美奈子は流石ね』
「えぇ。あの子がリーダーでよかったと思う」
『それだけで、美奈子が本気になるわけじゃないわよ』
「……そう?まぁ、人が殺されているものね」
『それもそうでしょうけれど』
みちるさんは、何か言いたいことがあるのだろうか。よくわからない。
「ひとまず明日、がんばってね」
『えぇ。期待してくれていいわ』
「そうする」
『おやすみなさい、レイ』
「おやすみなさい」

これが、おやすみなさいとみちるさんに告げる最後だろう。
もう、こんな風に電話をして、他愛無いことを話すこともない。

切られた電話を見つめ、魂に痛みの礫を浴びた身体を起こした。まだ荷づくりの途中だ。
夜の間に運び終えなければいけない。


死ぬ準備をしなければ
呪いで死んだと思わせないために




「リサイタルが終わってから、みちるさんと約束とかはしていないの?」
「うん、何もしていない」
レイちゃんは気持ちが悪いくらい満面の笑みだった。それほどまでにみちるさんと会えることが嬉しいのだろうか。学校も違うレイちゃんは、元の性格もあるせいか、自分からみちるさんに会おうとはしない。みちるさんは時々、レイちゃんを誘ってご飯に行ったり、家に誘ったりしているけれど、本当にそれ以上が何もない。
昨日、絶望を隠しきれない様子だったのに。一体どうしたのだろう。
赤い染みが消えてはいないということは、黒いジャケットを着ていることが証明してくれている。
美奈子を左側に立たせようとせず、それでも何もないという素振りを必死にしている。
「今日、夜からパパの妹さん…私の叔母様の家にお邪魔することになっているの。久しぶりにお屋敷でゆっくりしようと思って。仲もいいし、至れり尽くせりだから」
「へぇ。それが機嫌のいい理由?」
「ん?まぁね。スズを朝、御祓いしてきたし、これで事件も解決したわ」
「…………え?」
さらりとレイちゃんは、とんでもないことを言い放った。レイちゃんは初め、スズを御祓いしない方が良いと言っていたのに。純平に会って話をして、気が変わったとでも言うのだろうか。美奈子へ何の相談もなしに。
「レイちゃん、今なんて?」
「純平に話を聞いて、スズは永遠にあのままだと言われたの。救う方法なんてないし、すでに死んでいる相手に気を使う理由なんてないもの。人を殺したのは純平さんであることに違いないけれど、そのきっかけはスズだわ。スズは自らの過ちになんて、永遠に気づくことがない。年を重ねることも、人生のいろんな経験をすることもないあの子は、永遠に恋に恋する少女のまま。あの子は放っておくと、嘆きを身に纏い悪霊になるとも限らない。説得も無理。仕方のないことだけど、御祓いするしか道がなかった」
なんでそんな大事なことを、美奈子に何も言わずにするのだろう。それを淡々と説明するのだろう。みちるさんのリサイタルの日の朝を選んだのだろう。
「私に言わないで?」
「必要ある?幽霊の類いは私の専門だわ。純平さんは人殺しをしたし、美奈が警視庁から預かっていた事件。スズは私の判断で御祓いしても、美奈に何か言われる理由はないもの」
純平に何を言われたのだろう。どうしようもない辛さを1人で抱え込んで、何をするつもりだろう。
「それで?疲れたから、少しこの街を離れたいというわけ?」
「そう。殺人幽霊のいたこの街を少し離れて、疲れた身体を癒したいのよ」
「レイちゃんの、その呪いは?」
レイちゃんは黒い薄手のジャケットに、白い包帯を巻いたままだ。だけど、それを何でもないと言わんばかりに、振って見せてくれた。
「いずれ、跡形もなく消えるわ。次の満月までにはね」
「………それを、私に信じろというわけね?」
「何を言うのよ、事実よ。第一に、こんなに私がケロっとしているのよ?昨日まで歩くこともまともにできなかった私が、何もなく美奈と並んで歩いているじゃない」
確かに、レイちゃんは昨日の様子が嘘のようだった。しっかりとした足取りだし、美奈子よりも歩くスピードも速い。
嘘の匂いしか感じ取れないが、演技ではあのまともに歩けない身体をどうすることもできないのも確かだ。
「本当に、その呪いは消えるのね?」
「しつこいわね。大丈夫だって」
「……………わかった。満月まで、毎日報告してもらうわ」
レイちゃんは、眉をひそめて美奈子に抗議の態度を示した。
「メンドクサイ性格よね、美奈も」
「まぁね」
レイちゃんはそれでも、機嫌良く会場に入って行き、そわそわしながらみちるさんの登場を待っている。
「楽屋に行かないの?」
「別に、また今度でもいいわ」
「……そう?」
はるかさんとせつなさん、ほたるが2人の真後ろの席で、美奈子の頭をコツンと叩いてきた。
「や、2人とも。諸々の調査は順調?」
最近学校をサボってばかりで、はるかさんとも顔を合わせていない。レイちゃんはもっと会っていないだろう。
「はるかさん。うん、とりあえずね。亜美ちゃんにレポート作成をさせて、警視庁に送ったら事件は終わり、ってとこかな」
「美奈、それくらい自分でしたら?」
「レイちゃんがやってくれてもいいわよ?」
「嫌よ。あんた、リーダーでしょ?」
いつもの調子で物を言うレイちゃんは、はるかさんに頭を“ヨシヨシ”されて微笑んでいる。


事件は、本当に収束に向かっているのかもしれない。
久しぶりに見た頬笑みに、少し希望が持てた気がした。



ピアノとヴァイオリンというシンプルな構成。行ったことはないけれど、幻想の世界の南の海のような、優しいネプチューン・グリーンのドレスに身をまとったみちるさんが現れて、目が合った。手を振りはしないが、みちるさんはレイを見つめ、優しく微笑んでくれたように見える。
それが気のせいでもいい。そう信じている間は、心が安らぐのだ。じんわりと広がる痛み以上に、優しい気持ちになるのだから。

さようなら、みちるさん
もう、今日が最後だから
演奏を聴けてよかった
困ったような、悲しい顔を最後に瞳に焼き付けて死ぬよりは
みちるさんが好きなことをしている姿を胸に抱いたままの方が心地いい

どうして、みちるさんが好きなのだろう

たぶん、理由なんてない

これは恋なのだ
レイがスズを御祓いするときに、偉そうに言い放った
“恋と愛は大きく違う”という言葉



純平さんはスズを深く愛していた、その想いをきちんと伝えられなかっただけだと
ずっと、スズを深く愛していたと
とても深く、愛していたと

正彦さんに捧げた純潔は、永遠に添い遂げられない事実を背負った、恋しいという気持ち
それも一つの愛かもしれない
だけど、真実の愛は見誤ることがある

正彦さんとスズが全ての覚悟を決めて愛し合っていたのなら
呪いは、スズを殺してしまっただろうか

自己満足な恋が招いた呪いは
すべてを焼き尽くしてしまったのだ

長い年月をかけていれば、やがてスズも純平さんの愛に気づいただろう

スズは恋をしただけだ
悪いことじゃない
愛に変わるものだってあるし、やがて過去になった時に、ほのかな想いとして残る程度のものもある

純平さんもまた、自分の愛だけが全てでしかなかった
恋も愛もたったひとつではないというのに




Time to say goodbye
関連記事

*    *    *

Information

Date:2014/11/10
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/390-d67da370
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)