【緋彩の瞳】 ある恋と愛の物語 ⑰

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

ある恋と愛の物語 ⑰

のどかだ。
東京とは違って静かで、眩しいほどの家の光などもほとんどない。おばさまの陶芸につきあいながら、レイはほとんどを部屋で過ごしていた。身体を覆う赤い罪は、確実にレイを責め立てて行き、死へと追い詰めて行く。
だけど、それをもう、痛みとしてとらえることをやめた。受け入れてしまえば痛いと嘆くこともない。おばさまもパパに似ていて、基本的には無口な人だ。仲はいいけれど、お互いに干渉し合わないから、そう言う関係でいられる。パパとは不仲でも、子供のいないおばさまにとって、旦那さんが海外にいる間の相手として、レイはちょうどいいのだ。
レイがしたいことにダメだと言わない人で、レイには都合が良い。
陶芸の窯から上がる煙を窓越しに見ながら、過去を振り返るなんてせずに、ただぼんやりと天井を眺めるだけ。
18時になると、ちゃんと美奈に電話をした。美奈の声は毎日心配している様子で、それでも学校での出来事や、みんなの様子を丁寧に教えてくれる。
みちるさんがレイに会いたがっているということも、教えてくれた。何も言わずに帰ったことを拗ねていると教えてくれた。
週末に遊びに行ってもいいかと言われたけれど、おばさまは実は病気を患っていて、とても他人を喜んで受け入れられるような人ではない、と嘘を吐いたら、仕方がないと諦めてくれた。固定電話の番号を教えたところで、この番号の場所は簡単には特定できない。この別荘も元は旦那さんの妹さんの親族が持っていたもので、かなり遠縁だし、名字も違うから、亜美ちゃんが特定しようとしてもそれなりに時間は要するだろう。このあたりには、そういう血の繋がりのない親戚筋はたくさんいる。それに、レイもずっとここにい続けるわけじゃない。
ここには、満月の朝までしかいないのだ。
レイのことを疑うとしたら、美奈が一番可能性は高い。信じ込ませるためには、できる限り元気な声を出して、レイが毎日どんなことをしているかということを、細かく伝えなければならない。陶芸の難しさや、近くでキノコ狩りをしたこと、書斎の本を読んだことや、川魚がおいしいこと、それらはすべてレイの過去の記憶にあったものだけど、引っ張り出して毎日聞かせた。美奈は補習に明け暮れているみたいで、“聞いていて腹が立つ”なんて言ってくれた。
信じていてくれたら。
美奈を苦しませることなく死ねたらいい。




「はい。時間がかかったわ」
「ありがと」
気が進まなかったが、美奈子はレイちゃんの親族全てのデータを集めることにした。警察や公的機関が保管している火野家のデータや、所有している別荘の住所。
「まったく、とんだ金持ちね」
家系図は金持ちだらけだ。レイちゃんのママの親族だって、やたら別荘を幾つも所有しているし、火野家もまた、それなりにたくさんある。
レイちゃんからは、毎日電話が掛かってきていた。美奈子はそれらをすべて録音していた。レイちゃんの電話の向こう側から聞こえる何かが、ちゃんと別荘地であるかどうかを知りたかった。嘘がないかを知りたかった。だけど、レイちゃんの話はとても真実味を帯びていて、何より楽しそうだ。
取り越し苦労だったらいい。ただ、安心したいだけ。
「こういう個人データを集めるのは、それなりに大変なの」
「4日もかかること?」
「24時間指令室にいるわけじゃないわ。それに、3親等くらいなら簡単なことだけど、血のつながりのないところまで広げるとなるとね」
亜美ちゃんは嫌みを言いながら、めぼしい別荘地を地図に出してくれた。
「このあたりには、別荘が沢山あるの。その中からレイちゃんの関係者の所有する別荘は4軒」
「金持ちばっかりね」
「さらに、血の繋がりがないけれど、一応遠縁の関係者を含むと、16軒」
どんだけなんだ。それは多いのか少ないのか。
「で、どうやって調べる?」
「陶芸のために、窯を作ったって言っていたのでしょう?」
亜美ちゃんは、何やら自信満々に微笑んだ。ブレーンは優秀だ。
「そっか。業者にかけあったの?」
「えぇ。この街周辺にある、個人の窯を作ってくれるような業者を調べたの。3社あって、勝手にデータをハッキングして、16軒の別荘の住所が登録されていないか、見ちゃったわ」
「……犯罪者め」
美奈子は笑った。これくらいの犯罪なんて、今までどれくらいしてきただろう。
「レイちゃんのためなら、何でもできるわよ」
「なるほどね」
レイちゃんの愛が欲しくてやっているわけじゃないのに。美奈子は思いながらも、それは自分も同じなのだと、すぐに思い直した。
ただ、ちゃんと楽しく生きているかどうか、確かめたいだけだ。
信じるものが欲しいだけだ。平気で嘘を吐くレイちゃんの言葉を疑ってしまう気持ちを、落ち着かせるものが欲しい。
「1軒だけヒットしたの」
「さすが」
「で、どうするつもりなの?様子を見に行くの?」
車で行けば片道2時間ほどの距離。はるかさんに言って車を飛ばしてもらって、様子を外から眺めて帰るのも一つだ。
「………少なくとも、そう言う親族がいるということは嘘じゃないみたいだし、陶芸が楽しいなんて言っているのよね……」
「でも、過去の体験を今のように語っているだけかもしれないわよ?」
「土曜日に見てくる」
満月は次の木曜日だ。レイちゃんが楽しそうに過ごしている様子が分かれば、呪いが消えていっていることが確認できれば、それでいい。



土曜日、お昼過ぎに気だるい身体を起こしてシャワーを浴びていると、外でおばさまが、誰かと会話をしている声が聞こえた。露天風呂を作っていて、外の声も風もよく通る場所だから、レイにも人の気配を感じることができる。
「レイですか?今、お風呂に入っていますけれど。どちらさまでしょう?」
「クラスメイトなのですが。私も今、お休みをもらって別荘に来ていて。もしかしたら、火野さんもいらっしゃるのでは、と思いまして」
「呼びましょうか?」
「いえ、大丈夫です。御迷惑をおかけいたしました」
美奈だ。
調べられる可能性もわかっていて、そして来るとしたら土日だろうと踏んでいたけれど、やっぱり美奈はレイが考える行動を取っていた。
顔を見せて、元気だと言ってもいいけれど、今は素っ裸だし、赤い痣は身体を覆っている。かろうじて顔や首のあたりはまだ大丈夫だが、それもいつのタイミングで赤く染まるかわからない。シャワーから出て、庭に出た。おばさまは御機嫌に鼻歌を歌っている。
「おばさま」
「あら、レイ。さっき、あなたの御学友が訪ねて来ましたよ」
「そうですか。帰られたのですか?」
「そうみたいですね」
「……車でしたか?」
「えぇ、青いスポーツカー」
はるかさん。美奈ははるかさんの車で、わざわざレイの様子を見に来たんだ。
そんなに心配なら、顔を見るまで待っていればいいのに。かえってその方が好都合なのに。上手く隠しさえすれば。楽しそうに見せたら、ホッとしてくれるだろうに。
だけど、美奈は顔を見せたりしないだろう。レイの休息を邪魔しないようにという気遣いもあるから、顔を見なかったに違いない。
変な優しさで、そう言うところは好ましくもある。
だから、美奈が何を考えているのかは、だいたいわかる。


『会えた?』
「ううん。シャワー浴びているっていうから、とりあえずはそこにいることも間違いないみたいだったし、帰ることにしたわ」
車の窓を開けて、別荘の傍で待っていると、お風呂上がりのレイちゃんとおばさまのやり取りが聞こえてきた。レイちゃんはちゃんとここにいて、元気に暮らしているようだ。とりあえず、ほっとする、
『元気なの?』
「そうみたいね。おばさんと普通に会話しているみたい。電話越しの声もいつも元気だし」
『そう』
「東京に帰るわ」
亜美ちゃんに連絡を入れて、自分に納得をさせながら麻布に帰ることにした。
「おまえさ、僕には何の説明もないわけ?」
「うん、ない」
「……人の休日を何だと思ってるんだか。レイが別荘地で遊んでるのが、そんなに嫌か?」
「別に。ちょっと、色々とね」
「みちるが心配してたぞ。レイに何かあったのか?」
「ないわよ。まぁ、ちょっと待ってよ。来週末くらいになったら、全部纏めて話をするからさ。今はまだ、私の言うことに黙って従ってなさいな」
美奈子はヘラヘラと笑いながら、観光地のアイスクリームをはるかに買ってもらい、亜美ちゃんにお土産を買って帰ることにした。
一抹の不安を拭えないから、また満月の前日にでも、ここに来よう。


『美奈、こっちに来て無言で帰るって何よ?』
「なんだ、ばれてた?いやさ~~なんかうらやましくなって」
『馬鹿じゃないの?少しゆっくりしたいって言ってるでしょう?それとも何?邪魔したいわけ?』
「悪い悪い」
『まったく。声くらいかけても、別に怒りはしないわよ?あんた、なんか余計な心配してない?』
「だってさ~~~、まぁ、ほら、いいじゃん。ごめん、悪かったわよ」
『こうして、毎日電話するのだって、好きでやってるわけじゃないのよ?現実に引き戻されるようで嫌なのに』
精いっぱいの嫌みをいつも通りの口調で続けていると、美奈は戦士の声じゃなくて、いつもの馬鹿な美奈の声になっていった。さすがに悪いという気持ちはあるのだろう。様子を見に来ることが優しさだと言うことくらいわかっている。だけど、安心させておかないと、あとで美奈が嘆き悲しむだけなのだ。

なるべく、満月の夜に死んだと思わせないために。その時に生きていた可能性を残しておくために。




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Date:2014/11/11
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