【緋彩の瞳】 我儘と愛と ⑤

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

我儘と愛と ⑤

「……おいし」
あの短時間でちゃんとお弁当を作るなんて。慣れているというか、さすがというか。要らないって言っても作るような気がしていたけれど、お味噌汁まで持たせてくれるなんて。教室にお味噌汁の香りが広がって、ちょっと視線を集めた。中学まで、レイの昼ご飯が食堂か惣菜パンだったことを知っているクラスメイトは、お弁当を持ってくるようになったレイを、どんな風に見ているのだろうか。お手伝いさんに作ってもらっているとか、思われていそう。
神社に来てくれるお手伝いさんは、小さいころからレイの夕食やら朝食を作ってくれていた。だが、基本おじいちゃんの好み優先だったから、とにかく和食ばかり。いないときは、朝食を抜くか、夕食は電子レンジで温めるようなものばかりだった。一応、自発的に料理をしなかったわけじゃないけれど、食べることに興味を持っていなかった。何でもいいっていう感じ。
みちるさんは、本当に料理が上手。朝昼晩、同じものが出てきたりしない。夕食のメニューとお弁当の中身が同じだったことはない。
今日、どういう気持ちでレイにお弁当を持たせたのだろう。作りたいと思ったのはどうしてだろう。身体が心配だと言うのなら、レイを起こそうとしたり、相手をしなかったからって朝食とお弁当を作らなかったりしなければいいのに。結局、どうして欲しいのか、わからない。

たぶん、そのレイがよくわかっていないと言うことが、みちるさんにしてみれば、腹立たしいことなのだろう。


午後の授業を受けて、まっすぐ神社に寄らずにクラウンを覗いてみた。誰もいなかったので、結局神社に帰って、おじいちゃんの手伝いをし、おじいちゃんと一緒に何でも茶色い味付けの、お手伝いさんの作ったご飯を食べた。
みちるさんから夕方に着信があったが、メールで神社に帰っていますと送った。会話を成り立たせる自信がなかった。今日は木曜日。日曜日のコンサートにはみんなで行くから、それまでは神社と家の往復にしようと思っている。練習やリハもあるのだから、気を遣わせたくない。レイだって顔色を伺うのがつらい。
1人でお風呂に入り、1人で寝る。10年住んでいるレイの自分の部屋なのに。
この部屋はこんなに寒くて、息苦しかっただろうか。
静かで気に入っているはずなのに。
寝転がって、目を閉じても眠たくなることなんてない。この部屋で眠れぬ夜を過ごすこともまた、数えきれないほど経験してきた。このまま永遠に1人で朝を迎え続けるのだろうかと、不安を覚えた夜もあった。そして、1人を選んでいるのは自分なのだから、それは必要なことなのだろうと、納得させて生きてきた。
「……眠れない」
どうしよう、眠れない。眠たいとは思う。昨日だって寝ていなかったのだから。
目を閉じても、めまいのようなものは何もやってこない。
それでも頻繁に寝返りを打っても、誰もいないから気にしなくていい。
眠れない、眠れないと思いながら目をきつく閉じてため息を繰り返す。
それに飽きた頃に、太陽が昇り始めた。


朝食の用意なんて、されていなかった。おじいちゃんはレイよりもっと早く目を覚まして、レイがいることもすっかり忘れて、食事を終えたのだろう。戸棚には、おじいちゃんの好物のお菓子やらインスタントカレーが見えているが、朝から食べるものじゃない。
それほど空腹も感じなかった。コーヒーだけを飲んで学校に行き、今更襲ってくる眠気の中、授業だけは起きて話を聞いておかなければならず、ミミズのような字でメモを取り、食堂で暖かい定食にありついた。レイの好みじゃないご飯の固さ。レイの好みじゃないデミグラスソースのハンバーグ。定食にしなきゃよかったと後悔。午後、学校が終わると亜美ちゃんに電話をした。みんな、クラウンに集まる。
「やほ、レイちゃん。あれ?なんか顔色悪い?」
「そう?寒いんだもの」
「寒いよね、ほんとさ」
一番にお店に入ってきた美奈は、レイの横に腰を下ろした。寒いせいというより、寝ていないのが原因だと思う。
「パフェ食べようよ」
「あんた、お腹壊すわよ」
うさぎはいつもと同じだ。変わらない仲間の元気な姿。なんだったら今日、うさぎでも美奈でも、はるかさんでもいいからレイの隣で寝てくれたりしないだろうか。幸せそうな顔をして、傍で爆睡されたら、レイもそれにつられて寝てしまうような気がする。ただ、腹が立って殴る可能性もある。
「そういえば、レイちゃん。みちるさんのコンサートのチケット預かってる?」
「……あっ」
しまった。今の今まで忘れていた。いつもみんなでコンサートに来てくれるときは、レイがちゃんとみちるさんからチケットを預かっている。一番いい席を用意してくれている。
「え~。何、忘れてた?」
「ごめん。まだ、預かってなかったわ」
美奈もパフェを注文する。お腹壊さないのが不思議。レイはすぐにでもみちるさんに電話を掛けようと思ったが、携帯を鞄から取り出して、少しだけためらった。
「……どした?」
「別に」
「………もしや、喧嘩してるとか?」
美奈は鋭い。だけど、喧嘩しているわけじゃない。喧嘩ってどういうものなのかわからないけど、レイは喧嘩のつもりじゃない。みちるさんだって、お弁当を作ってくれたのだから、嫌いだと思われてない、はず。
「いつもいちゃこらしまくって、ラブラブしてたくせに。どうせ、レイちゃんが悪いんでしょ」
反論したら美奈を喜ばせるだけ。レイは無視してコーヒーを一口飲んだ。
「図星か。チケット、ちゃんともらってきてよね」
「わかってるわよ」
どうせ、って何よ。聞きたい気持ちを堪えたのは、美奈の説教が始まるのが目に見えているからだ。
「やぁ、レイ。みんなも」
コーヒーを飲んでも眠気が吹き飛ばないのかって思っていると、はるかさんが入ってきた。
「はるかさん………みちるさん」
はるかさんのダウンジャケットで隠れていたらしいが、みちるさんのヴァイオリンケースが見えた。
「あ、噂をすれば、みちるさんじゃない。おひさ」
美奈子はパフェを持って立ち上がり、当たり前のように席をみちるさんに譲る。はるかさんは向いに腰を下ろして、その横に美奈が落ち着いてしまった。一瞬だけ視線が重なって、すぐにそらす。
「みんな、ごきげんよう。でも、すぐに行かないと。仕事の途中なのよ」
みちるさんはコートを脱がずにレイの隣に腰を下ろすと、鞄から封筒を取り出してテーブルに置いた。
「日曜日のチケット。渡しておかないとって思って」
「そうそう、さっきもチケットないっていう話になってさ。レイちゃんが悪いんだからね」
美奈子は受け取りながら、レイに視線を投げかけている。その横ではるかさんが眉をひそめてレイを見つめ、さらにその横の亜美ちゃんが、心配そうな視線を投げかけている。
「忘れていただけでしょ」
「はいはい、そういうことにしておく」
みちるさんは本当にそれだけのためにクラウンに顔を出したらしく、すぐに立ち上がった。
どれだけ忙しくても、毎日顔を見ていた。毎日キスをもらっていた。仕事で地方に行っても、電話は欠かさなかった。昨日、電話が来たのに出なかった。声も聞かなかった。
「じゃぁね。日曜日、楽屋に来てね」
すぐに立ち上がると、みちるさんは美奈に向かって手を振って、コツコツとショートブーツを鳴らして出て行ってしまう。
「……マジだったの?」
美奈は小さくつぶやいた。
「喧嘩してるつもりはないわ」
カランカランと入り口の扉が鳴る。どうするべきか悩んだ。悩んだけど、階段を降りる音が扉でふさがれてしまう前に、レイは立ち上がって追いかけた。

「………みちるさん」
階段を少し降りていたみちるさんは、レイの声に足を止めて振り返った。
「レイ」
「昨日、お弁当ありがとう。あの、いつも通り、美味しかった」
階段を降りることができない。身体が震えている。寒いから。それだけじゃない何かがレイを震わせている。

こういうのって本当に苦手

「身体が冷えてしまうわ」
みちるさんは動けないレイのもとに、また上がってきてくれた。そっとそっとレイの冷たい頬を包んでくれるその手のひらは、暖かい。
「調子よくないの?クマができてるわ。眠れていないんじゃなくて?」
「………大丈夫」
みちるさんに抱かれたら、みちるさんを抱いたら、眠れぬ夜を過ごさなくても済む。
みちるさんの傍にいたら、つらい夢を見ても息苦しくない。
「今日はどうするの?」
「神社に帰る。明日はおじいちゃんのお手伝いで、一日ずっと神社にいるの」
半分は本当。でも、仕事は午前中だけ。
「そう。日曜日は聴きに来てくれる?」
「行くわ」
「……それまで会いたくないのね?」
「わ………私……………」
何か言葉を紡がなければと思えば思うほど、震える唇がそれを邪魔する。
気持ちを分かってあげられなくて、ごめんなさい。そう言おうと思ったけれど、声を出せなかった。頬に冷えた唇でキスをくれる。
「風邪を引いてしまうから、中に入りなさい」
寂しそうな顔で、震えたレイの身体をそっと押し、みちるさんは階段を下りて行った。振り返ってくれなかった。待たせてあったらしいタクシーに乗り込んで、あっという間にレイの傍からいなくなる。





てやんでい、押してやる~!
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Date:2015/01/26
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