【緋彩の瞳】 我儘と愛と END

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

我儘と愛と END

「……何なの……」
土曜日の朝、リハーサルのためにスタジオに向かう車の中で、マナーモードの携帯電話が鳴った。レイかもしれないと思ったが、送信相手は美奈子。添付写真を見るようにと書かれてある。ファイルを開くと、顔を赤くしたレイが写っている。視線がずれているから、隠し撮りだろうか。熱でも出したと言いたいのだろうか。
『レイがどうしたの?』
メールを送信する。
『色々聞いたけど、85%レイちゃんが悪いから、仲直りにエッチしたらいいって、言っておいた。そしたら、こんな顔して。愛されてるね。レイちゃんを選んだみちるさんも⒖%悪いわよ』
文章を読みながら、すごく恥ずかしい気持ちになってきた。マネージャーにこの、心臓のバクバクした音が聞こえてしまわないか心配になる。美奈子はとんでもないことを平気で言う子だから、レイが真に受けてしまわないだろうか。いったいどんなことを話して、どんなアドヴァイスをされたのだろう。愛や恋に関しては、レイに比べたら、美奈子の方がよくわかっているけれど、レイには似合わないようなことを植え付けられたら困る。純心で、レイらしくあって欲しいから、妙な駆け引きなんて知識を入れられたら、みちるは後悔するだけじゃ済まないだろう。
でも、携帯電話に画像を保存した。
どんな返信をすればいいのか、考えがまとまらなくて、結局美奈子には何も返さなかった。




本番前日ということで、22時に最終のリハと打ち合わせも終わり、23時にマンションに帰ってきた。レイはいない。もしかしたら、来てくれているかしらと思ったが、携帯電話はまったく鳴る気配はなく、今もみちるの手のひらで温められたままだ。レイは美奈子に愚痴を聞いてもらって、気持ちを落ち着かせてくれただろうか。本音をさらけ出して何でも言い合える仲になんて、そう簡単にはなれないだろうということは、十分に分かっている。言葉がなくても、傍にいてくれたらいい。愛していると声に出してくれなくても、愛していることが幸せだから。レイと付き合うときに、みちるはそう告げた。レイはとても困った顔をしていた。想いがレイを傷つけてしまわない様に、愛することがレイを安心させるようにと願っている。

今だってそう。

レイも我儘だけど、みちるだって結局はレイを愛していると言うことは、それで十分に我儘なのだろう。レイは最初、嫌だと言った。レイ自身の鉄壁の中に誰かを入れてしまうことを、彼女は嫌がっていた。それをこじ開けて、抱きしめたのはみちるだ。レイが身体を預けてくれた、そのことだけで奇跡だったのに。
「………レイ」
美奈子には結局、どんな風に話をしたのだろう。愚痴を聞いてもらってすっきりしたという、ごく普通の会話で済ませてくれたのだろうか。それにしても、あの赤くなった顔。待ち受けにしたいところだけれど、誰に覗かれるかもわからない。美奈子のメールからは深刻そうな雰囲気を感じなかったから、レイが別れ話の相談をしたと言うことでもなさそう。
1人で眠るベッドは、広すぎて寂しい。地方のホテルに泊まるときは、ベッドの中でレイと電話をする。愛していると受話器越しに言えば、“知ってるわ”と返ってくる。どんな顔でその言葉をつぶやいているのか、想像することも楽しかった。見つめ合い、セックスをしているときに愛していると囁けば、頬を赤くして小さく頷く仕草が、本当に本当に愛しい。
夜も遅い。温められた携帯電話のメール履歴の、レイだけのフォルダ。短い内容ばかりの履歴を読み返しながら、眠れぬ夜を過ごす。少しの救いは、美奈子が送ってきたレイの写メ。
明日、レイに帰ってきてほしいと懇願しなければ。
何も気にせずに、今まで通りでいてほしいと。






「顔色悪いけど、大丈夫?」
「そう?ちゃんとご飯は食べているつもりよ」
美奈子はわかっていて聞くつもりはなかったが、亜美ちゃんがとても心配そうに隣に座っているレイちゃんのクマのできた青白い頬を撫でている。
「みちるさんと、お話ししてないの?」
「あ、いや……今日、するつもりではいるわ」
「そう?」
なんだ、電話もしていないんだ。美奈子はみちるさんが写メを見て、レイちゃんに電話するかなって思ったけれど、どうやらあれから連絡を取り合っていないらしい。
いつだったか、2人は付き合ってから絶対毎日何かしらの連絡を取り合っていると聞いたことがある。と言うことは、昨日、初めて2人は24時間以上連絡をしあっていないと言うことか。

それで、あんな顔になるなんて。

ラブラブじゃん。

「亜美ちゃん、放っておいて大丈夫だよ」
美奈子は耳元で囁いた。亜美ちゃんは小さく頷いて見せて、それでも気遣ってレイちゃんの髪をそっと撫でてあげている。
そんな優しさ無用だと思う。レイちゃんの頭の中は、みちるさんでいっぱいいっぱい。
開演のブザーが鳴ると、オーケストラと共に、きれいな深海の色のドレスに身を包んだみちるさんが現れる。レイちゃんはとても愛しそうにそのみちるさんを見つめている。
みちるさんはこんなにも広い会場なのに、レイちゃんだけしか見ていないのは、明らかだった。
あぁ、今日のコンサートは間違いなく成功する。美奈子は指揮者がタクトを手にするより前に確信したのだった。





「先に1人で入る?」
「ううん、別に」
大成功で舞台の幕は閉じた。控室の前に行くと、はるかさんがノックをするレイの背中に声をかけた。仲間は気を遣ってくれているのかもしれないけれど、外で待たせている方が嫌だし、今すぐ2人で話したいことは、あるようでないようで、まとまっていない。
『どうぞ』
みちるさんの声を確認して、扉を開けた。
「レイ」
みんながいることがわかるようにと思ったけれど、みちるさんは扉のすぐ目の前に立っていて、ぐっと身体を抱きしめられた。
レイはいい匂いだわなんて考えた後、後ろで咳払いする複数の声に気付いて、慌ててその温もりを押し返そうとした。
「あのさ~~~。楽屋に来てねっていうのは何?見せびらかしたかったわけ?」
美奈の今更ながらのわざとらしい声。
ニヤニヤしているに違いない。
「……ごめんなさい。忘れていたわ」
久しぶりに感じるみちるさんの温もりが消えた。レイはされるがまま、棒立ち状態。
「見せつけてくれてさ。相変わらずラブラブ。まったく、どうせ喧嘩するならもっともっと盛大にすりゃいいのに。けーっきょく、みちるさんがレイちゃんを好きすぎるんでしょ」
振り返って抗議をしたいところだけど、何も言い返せない。レイが何かをしたわけじゃないし、からかわれているのはみちるさんなのだから。
「そうよ。悪い?」
「成功のお祝いを言いに来てあげたのにね~。居座ってやる!」
美奈はみんなと一緒にズカズカと楽屋に入り、ソファーに腰を下ろすと、テーブルに並べられている貰い物らしい高級なお菓子の箱を勝手に開け始めた。美奈とうさぎは楽屋見舞いをいつも持って帰る。花はまこちゃんが持って帰る。
「レイ。やっぱり顔色悪いじゃない。ちゃんと食べてなかったの?」
「お手伝いさんのご飯は美味しくないし………眠れなかったし……寒いし」
「私のせいね。ごめんなさい」
久しぶりに、エメラルドグリーンの吸い込まれるような瞳がレイを捉える。そのまま抱きしめられたい気持ちを捨てるように、なんとか視線を逸らすことができた。美奈たちは聞き耳を立てながらも、差し入れを勝手に持って帰る取り合いをしている。
「………そうよ、みちるさんのせい」
「ごめんなさいね、レイ。私が悪かったわ」
頬を包んでくれる手のひら。逃がした視線が腕のその先、唇、そしてまた、瞳に引き戻されてしまう。
「レイちゃんが悪い!みちるさんだって、寝込みを襲う権利はある!」
「美奈子、黙りなさい」
盗み聴きしていた美奈がいきなり叫んだかと思えば、隣のせつなさんが思い切りグーでみぞおちを殴ってしまった。
「…………レイ、どこまで美奈子に話したの?」
「ごめんなさい……その、私、だって…こういう時にどうするとか、わからなくて…」
呆れた溜息を頬に吹き付けられてしまう。
せっかく仲直りできるかもって思ったのに。美奈はレイを陥れたいのだろうか。
「いいわ、もう。今日はこっちに帰るでしょ?」
「………そうするわ」
レイは仲間が座っているソファーに腰を下ろして、美奈が起き上がれない様に頭を3発殴ってやった。
「レイ、美奈子も悪気はないのよ」
最初に殴ったせつなさんは、一応のフォローをしてくれるけれど。
遅い。
「……相談する人間を間違えた私が悪い」
「かもしれないわね。でも、結果的にはよかったはずよ」
そうだろうか。でもまぁ、もうどうでもいい。
今更過去には戻れないし、反省するべきところは、美奈ではなくレイ自身の問題なのだから。
「………せつなさん」
「ん?」
「美奈の何がいいの?」
せつなさんは相当な美人で、モデルに間違われるくらいだし、わざわざ年下の美奈を選ばなければならない理由なんてない。
「……………あらまぁ、それはとてもとても難しい質問ねぇ」
ピクっと美奈の指先が震えた。なんだ、ゴキブリみたいにしぶといんだから。
「何がいいのか、見つけるために付き合っているかもしれないわね」
「そういうものなの?」
「そうね。ま、素直に好きだと口に出すあたりは可愛げあるわよ」
レイにはないものだ。美奈とレイは、自他ともに認めるけれど、全然違う性格を持っている。真逆と言ってもいい。かといって、せつなさんとみちるさんがわかりやすいくらい真逆かといえば、そうでもないだろう。
「……そっか」
「何かの参考にでもするの?」
「……別に」
レイは高級な焼き菓子が入っている箱をうさぎに渡して、狙っていたらしい美奈の気絶しているフリの顔にマフラーをぐるぐる巻いた。
素直なんてレイには標準装備されていないんだけど、みちるさんはレイにそういうものを求めていたりするのだろうか。


何人もいろんな人が楽屋を訪れて、みちるさんに挨拶しにくる。その間、みんなは変わらずワイワイと話をしていたが、少し訪問者が途切れた時に、帰ろうかということになり立ち上がった。レイは居残りをして一緒に帰ろうかと思ったけれど、スタッフや共演者たちと、まだまだ何やらお仕事が残っている様子で、みちるさんも落ち着きそうにない。
「みちるさん、私先に帰っておくわ」
「ごめんなさい、レイ。そこまで遅くはならないはずだから」
「……制服取りに帰ってから、マンションに行くわ」
明日は学校だ。私服で行くわけにもいかないし、みちるさんのマンションに置きっぱなしなんていうことも、ない。
はるかさんに神社に送ってもらい、それから着替えや制服、読みかけの本を抱いて、合鍵を使って、主のいないマンションに入った。


みちるさんからあと10分でマンションに着くと連絡をもらい、レイはお風呂の用意をした。バラの香りのする入浴剤を入れて、そわそわしながら待っていると、玄関のかぎがカチャリと開いた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
廊下に出て、ブーツを脱いでいるみちるさんの背中に声をかける。振り返ったみちるさんは、少しだけ疲れた様子だったけれど、柔らかく微笑んでくれた。
「お風呂、入る?」
「えぇ」
両手いっぱいの荷物の半分を持ち、リビングに置いた。美奈たちが持ち帰らなかった食べ物や花以外の楽屋見舞いが入っているみたいだ。コートを脱いで、服を手に戻ってくるみちるさんを待って、レイは一緒にバスルームに入った。
「今日の演奏、すごく良かった」
「そう?ありがとう。自分でも今日は、いつもよりもずっと良かったと思えるの。ホテルの演奏会はちょっとよくなかったから、不安だったのよ」
それは、レイのせいだと思う。ごめんと言った方がいいのか悩んだけれど、謝ったところで演奏会はもう終わってしまったことなのだ。
「………今日は、じゃぁ、大成功なのね」
「そうね」
舞台に立ったみちるさんは、迷うことなくレイを見つめてきてくれた。1曲1曲、頭を下げるたびに、広い客席の中を見渡すこともなく。
「冷えちゃうわ」
服を脱いで、みちるさんに手を取られた。前と同じように、みちるさんがシャワールームに入り、レイも別のシャワーで身体と髪を洗う。
先にバスタブに腰を下ろすと、みちるさんもすぐに入ってきた。いつも体を密着させていた。それがとても自然で、心地よかった。
「来て」
手を引かれ、みちるさんの足の上に座る。バラの匂いが2人の素肌を包み込んだ。
「………ごめんね、みちるさん」
「何を謝るの?もういいわ。私が悪かったの。つまらないことでちょっとイジケただけなの」
でも、レイの我儘し放題に比べたら、みちるさんはたぶん、普通のことをしただけ。
「………ごめんなさい。私、みちるさんの気持ちをもっと考えないとダメなんだと…思う」
みちるさんは大人の対応ができる人だから、レイはすがっているだけ。
心地よさに酔いしれているのは確か。
「もういいの。レイが私を必要としてくれているだけで、それで十分よ」
両手で抱きしめられて、そっと肩に頭を置いた。左の乳房を右手で包みこむ。
「でも……」
「いいのよ、レイ。こんなクマを作られたり、落ち込んだ顔をされる方がずっと嫌なの」
付き合う前から、みちるさんはいつもレイの身体のことを気にかけてくれていた。1人暮らしのまこちゃんよりも、おじいちゃんがいてお手伝いさんもいるのに、不摂生極まりないレイのことの方が、ずっと心配だと言われていた。最初はタダのお節介な人、くらいだったけれど、みちるさんはずっと、レイのことを想ってくれていた。
レイがみちるさんのために何かできることなんて、本当はなにもない。
そのくせ、みちるさんの気持ちに敏感に反応するスキルもない。
「……もぅ、レイはおバカさんなんだから」
「そうかも。本当、私、相当ダメなのね」
だから、どうしてみちるさんはレイがいいなんて言うのか。1年以上傍にいても、やっぱりわからない。せつなさんが美奈と付き合っている理由とは意味が違うんだろうけれど、レイはたぶん、みちるさんの中に許しをもらいたいのかもしれない。
「いいの。いつも通りのレイでいるって約束して」
「………みちるさんが、……そういうのなら…………」
これ以上、でも、とか、だって、とか言い訳をしたらみちるさんも困るだろう。それくらいならレイもわかる。

乳房を撫でる指を立てて、頂を愛でた。
愛が欲しい。
こんなにも、もらってばかりなのに、それでもずっと満たしていて欲しい。

「したい?」
「………みちるさんが欲しい」
ベッドに場所を移動すると、いつもみたいにレイを優しく優しく抱いてくれた。
大きなお仕事が終わったばかりなのに、レイの我儘に応えてくれる。

隣に愛する人の温もりがある。静かに上下する胸の膨らみ。
縋るように抱き付いて目を閉じる。
あれほど眠れない日々だったと言うのに、3秒後には意識が朦朧とし始めてくる。


「……みちるさん、私の傍にいて。ずっと……」
みちるさんなしでは、眠ることも食べることも、生きることすらままならなくなってしまっている。
「いるわ。ずっと傍にいるから」

夢の中でも傍にいて。
この身体をずっと抱きしめて。

愛してると言う言葉よりも先に、意識がストンと落ちてしまった。






みちレイが好きです。おっす
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Date:2015/01/31
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