【緋彩の瞳】 名もなき別れ

緋彩の瞳

マリみて、舞乙、ワンピ

名もなき別れ

ニコ・ロビン


そう名前を呼ばれるときは、決まって軽蔑が含まれていた。
生きている限り、この名前から逃れられない。
20年間ロビンを追い詰めたのは、“ニコ・ロビン”の存在そのもの。
手配書が世界中の島々にばらまかれ、どうしようもない程度の低い人間に追いかけられたり、利用されたり、殺されかけたり。
数多くの偽名を使って渡り歩いて、いっそ他人になれたらと強く願っても、忘れたころには必ず名前のせいで、その場所にいられなくなる。


だから、名前を呼ばれることが怖くて、少しむず痒くて、慣れない。
そして、誰かの名前を呼ぶことも。

「ロビン」
ログも溜まり、青雉に完敗したロビンとルフィの身体も元気になり、船はまた新しい島へと動き出した。いっそこの島で1人降りてしまおうかと考えたけれど、彼女がしつこく名前を呼び、逃げる隙を全く作ろうとはしなかった。青雉は“麦わらの一味”を捕まえると言っていたのだから、ロビンだけじゃない。だから、ロビンは気にしなくてもいい。そうやって力説して、華奢な女の子であるはずなのに、守ってあげる、なんて言われてしまった。
「なぁに、航海士さん」
甲板にデッキチェアを置いて風に当たっていたロビンは、膝の上にまたがって本を読む船医さんの毛並みを撫でながら、やってきた彼女を見上げた。
「サンジ君がみかんでタルトを作ってくれるって。一緒に食べない?」
彼女が航路を確かめたりしてロビンの傍を離れると、1秒もたたないうちにすぐに船医さんや長鼻君が現れて、ロビンを1人にさせてはくれない。それはどう考えても仕組まれていて、そうさせているのも彼女だろうということはすぐにわかった。
それでも、1人で考えたいことがあると言いだせないほど、みんな柔らかで優しくて。
“ニコ・ロビン”が今まで生きてきた中で経験したことがない、優しさという恐怖を感じていた。
「いいな~!ロビン、俺にも少し分けてくれ」
本を乱雑に閉じた船医さんがキラキラした瞳で見上げてくる。
「チョッパー、あんたダメよ。それに、もう時間だから。ロビンといるのは私なの」
さりげなく交代制であることをばらしていることにも気が付かないで、彼女はロビンの膝上から船医さんを放り投げてしまった。
「ケチ!ナミのケチ!」
「うっさい!だいたい、膝の上に乗っていい許可は出してないし!あんたたちは別でサンジ君が作ってくれてるから、そっちよ」
空に弧を描いて消えていく船医さんを見送り、顔を戻すとすぐそばには彼女。
「ロビンはコーヒーでしょ?サンジ君に淹れてもらってる」
彼女はよく、名前を呼んでくれる。

ロビン、お腹空かない?
ロビン、眠たくない?
ロビン、疲れてない?
ロビン、一緒に食べない?


ロビン
ロビン
ロビン
ロビン

前に4年間いたバロック・ワークスでは、ロビンの名を呼ぶ人間は誰もいなかった。そもそもクロコダイル以外は名前など知る人間はいなかった。だからある意味、居心地はよかったのかもしれない。
「ロビンちゃ~ん、ナミさ~ん。お待たせしました。みかんのタルトとコーヒーですよ~」
太陽の恩恵だけではない、身体に染みる温かさ。
優しさだけを乗せた船に縋るように乗り込んだのは、それに餓えていたからなのかもしれない。だけど、身体が馴染めないのも確かだった。
「ロビンちゃんの好みに合わせて、ちょっと甘さ控えめにしてみました」
「そうなの?ありがとう、コックさん」
いつだったか、好きな食べ物を聞かれたことがあって、特にないけれど、ケーキなら甘ったるいものよりも、甘さ控え目の方がコーヒーに合うから好きだと答えたことがある。彼は律儀にそれを覚えているし、他のクルーの嗜好もちゃんと把握している。
「ロビン、みかんはちゃんと私が厳選して一番美味しそうに熟したものを摘んだんだから」
「そう。ありがとう」
彼女の優しさが注がれたみかんはとても甘くて、それを載せているタルトの生地はその甘さを生かした適度な柔らかさと味に仕上がっている。
「おいしいわ」
「でしょ!ロビンがおいしそうに食べてくれると、色々とやる気が湧くわ!」
ぴたりとチェアをくっつけてきた彼女は、幼い笑みを投げかけてきた。ロビンはそれに応えるように笑い返した。
この船のクルーは何よりも仲間を大切にして、命を投げてでも守ろうとしてくれる。
その優しさのせいで、また、必ず彼女たちを危険な目に合わせるだろう。
それはもう、そんなに遠くはない未来かもしれない。
「ねぇ、ロビン。次の島に着いたら一緒に服を見に行こうよ」
「えぇ、そうね。でも、船を修理するのなら、お金が残らないでしょ?」
「ふふふ、大丈夫。ロビンと私の分の服代はちゃんと経費から差し引くからね」
「いいの?」
「うん、いいよ。ロビン!」


おぃ、ロビン
なぁ、ロビン
ねぇ、ロビン
ロビンちゃん
よぅ、ロビン
ロビン~~

優しく呼ばれるたびに、仲間として認めてくれている嬉しさがこみあげて泣きたくなる。
あちこちの海賊船に乗るたびに、利用され、殺されかけ、売り飛ばされようとしてきた。
他人になりすまそうとしても、“ニコ・ロビン”が追いかけてくる。
砂の王国で4年間、もう乾ききった国ではとうに涙という存在すら身体から干からびたはずだったのに、20年間を彼女たちがすべて掬いあげて、優しさで潤おしてくれた。
でも、それが怖いと思う。
この船に乗ったときに、いつものように裏切られる可能性を捨てきれずに、彼らの名を呼ばないように決めたことがせめてもの救いだった。

名前には情が宿る。

その名を呼べば呼ぶほど、そこには感情が生まれて親しみを覚えてくる。
そして名前は顔を思い出させ、声を思い出させ、その人にどんな感情を抱いていたのかを身体に覚えさせてしまう。
それがまた、裏切られた時の傷口をいっそう深くさせる。
だから、名前で呼び合わない方がいい。
「ロビン?」
彼女がロビンを呼ぶ声は、優しくて強い意志があって、頼もしい。
「なぁに?」
「ロビン、服以外に何か見たいものある?」
「あぁ……船医さんが本屋に付いてきてほしいって言っていたから」
「チョッパーのやつ……」
「ふふふ。大丈夫よ、ちゃんと服も買いに行きましょう」
「うん!」
柔らかい優しさを浴びるほどに怖くなる。
裏切られることを考えると、優しい記憶だけ抱きしめて、船を下りた方がいいのではないかと思わずにはいられなくなる。

それが、彼女たちの身を守ることにもなるはず。

「ロビン」
「…なぁに?」
優しい声で呼ばれるたびに。
「ロビン、また何か考えているような真剣な顔になってる。ダメよ、ルフィを見習わないと」
メリーの頭に乗って、何かが見えると大声で叫んでとびきりの笑みを見せる船長。
今の天気のように、ひたすらに晴れた心が見える。
「ね、ロビン」
「そうね」
あんな風になるためには、もう死んで生まれ変わるしかない。
でも、もう少しこの船にいたいなんて思えてくるのだから、不思議。
「そうそう。ま、あそこまで阿呆なのは嫌だけど、私、ロビンの笑っている顔は好きよ。いつも、笑っていてよね」

“苦しい時は、笑ったらええでよ!”
ふと、サウロの言葉がよぎった。

「航海士さんも変わった趣味ね」
少し冷え始めているコーヒーと、おいしいタルト。
詰め込まれた優しさを抱いて、彼女たちを仲間と呼ぶことができるのは、あとどれくらいだろうか。


ニコ・ロビンという名前が20年を経て、情を宿し、彼女たちの胸に染み込んでいく。
それを喜んでいるロビンがいる。

それでも

未来ある彼女たちを、“ニコ・ロビン”の犠牲にさせるわけにはいかない。
名前を呼ばれるたびに、強く想う。

「えー、ダメかな?私、ロビンのこと好きよ。人の好みって“趣味”なの?」
「さぁ、どうかしら?」
「いいのよ、ロビンのことが好きだから……それでいいの」
可愛らしく言ってくれる言葉に宿している温もりは、
「そう?」
あまりに熱くて、近づきすぎると焼け焦げてしまいそうだと感じる。
「うん」
嫌いとか、死ねとか、憎いとか、そう言う感情に対してはもうずいぶんと慣れている身体だけれど、彼女への対処の方法がわからない。

わからないことは、調べてみたくなる
だけど、知らない方がいいこともある
知らないままでいた方が、きっといいと思う


彼女たちのことは名前では呼ばない。
優しさや温もりをどれだけ分けられても、それに甘えれば、“ニコ・ロビン”がロビンを孤独の海に放り出したときに、想い出を一緒に持ってきてしまう。


「好きだよ、ロビン」

ロビンが彼女たちの記憶に残されていくことが嬉しいと感じるほど、それが怖くなっていく。





『CP9です』


彼女たちが“ニコ・ロビン”のせいで命を落とせば
与えられた温もりは罪となり、深い傷になって残るだけ
彼女たちの優しさが身体に残っている間に死ねるのであれば
そして、死ねば彼女たちの命を救えるのであれば
何を望むというのだろう
古代兵器がよみがえったからと言って、彼女たちが死ぬわけではない
世界中の人間が死んでも、彼女たちが生きていてさえくれたらいい
守りたいと思う仲間たちができたから


温もりだけを抱いて、理想の死を迎えられるかもしれない

行くあても帰る場所もなかった

人として生まれた最期くらいは、誰かのために死んでもいい
彼らの冒険の夢を“ニコ・ロビン”が奪うくらいなら


“どこかの海で必ずまっとる 仲間に会いに行け! ロビン!”

出会えたの
やっと


おぃ、ロビン
なぁ、ロビン
ねぇ、ロビン
ロビンちゃん
よぅ、ロビン
ロビン~~

彼女たちが名前を呼ぶとき、決まってそこには優しさがある

名前を呼ばれて嬉しいと心から思った
嬉しいという感情を心に与えてくれた

どうか、彼女たちが無事にこの島から出られますように
“仲間”としてロビンが最後に出来る方法は、これしかないから

“好きだよ、ロビン”

ごめんなさい、ナミちゃん
“午後からは服を買いに行く”っていう約束、守れそうにないの




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Date:2015/02/01
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