【緋彩の瞳】 新しい記憶 ①

緋彩の瞳

マリみて、舞乙、ワンピ

新しい記憶 ①

心に刻んでおきたい全ての記憶は、ほとんどメリー号での出来事ばかりだった。
自分の過去など二度と振り返ることはないだろうと、何もかもを諦めたのは、ほんの数日前のことだったのに。
別れがこれほど寂しいということも、そしてまたその想いを共有する誰かがいるということも、こんなに心地がいいものだとは知らなかった。

もっと、楽しい想い出で胸をいっぱいにしていたい。
記憶の宝箱に、しっかりと入れておきたい。
もっと、メリーの最後を見ていたいのに、視界がぐらついてくる。

……
………

痛いとか、疲れたとか、そんなものは一切ないはずなのに
そう思った瞬間、思考回廊が途絶えた





「……おい、ニコ・ロビン!!」
メリー号とさよならをして、泣きじゃくり鼻水をすすっていると、小舟の隅でフランキーが大声をあげた。
「おい、大丈夫か?!」
「ロビンちゃん!」
小さい船がぐらぐらと揺れる。フランキーとサンジ君が、目を閉じているロビンを抱え込んでいるのが見えた。
「ロビン!そうだ、感傷に浸ってる場合じゃなかった……」
ナミは涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔をごしごしと手の甲で拭って、ガレーラの船に向けて大きく手を振る。
「そういや、あのスパンダの野郎が、殴るは蹴るは突き飛ばすは……海楼石の手錠をはめたままで相当ひどいことされていたもんだぜ」
今すぐ海パンフランキーからロビンを奪って抱きしめたい気持ちを抑えて、ちゃんと見えないロビンを想う。
とにかくすぐに治療をしてあげなければいけない。
「チョッパー!あんたもう、元気だよね?」
「おぉう!せっかくロビンを助けたんだ!早く治療してやるぞ!」
ガレーラの船に引き揚げたら早々、チョッパーと一緒に医務室へと運んだロビンは、よくよく見ると顔も身体もとにかくひどい傷だった。
戦っていた時も、助けた時も、何かとにかく必死過ぎてよく気が付いてあげられなかった。
「ロビン……」
殴られても蹴られても、きっとぐっと我慢していたに違いない。たった一人で何もかも抱え込んで死のうなんて馬鹿なことをして。
「ナミ!服、脱がせるから手伝ってくれ」
チョッパーもナミも傷だらけだったけれど、そんな事はどうでも良くて。意識を保っていられないほどの重傷はロビンくらい。ルフィもあれだけ動けなかったはずなのに、とりあえず死ぬような感じでもないし。
「……なんてひどい傷。ねぇ、チョッパー。痕なんて絶対ひとつも残さないでよ!この戦いの傷は一つも残しちゃダメなんだからね!」
「お、おぉう!がんばるけれど……わかんねぇ」
殴られたり蹴られたりした身体は青痣と傷だらけで、さっき笑顔で“ありがとう”って言っていた気力がどこにあったのか疑いたくなる。

痛いとか、辛いとか、そういうのに疎いのか、言えないのか。

メリー号とは涙でサヨナラしたけれど、
ロビンとは涙で再会を果たしたのだ。
もう二度と離れはしない、再会をしたのだ。

だから早く目を覚まして、ぎゅって抱きしめさせてよ。



ウォーター・セブンに戻り、用意された宿舎について、ロビンは改めて丁寧に治療を受けた。1秒さえ傍を離れたくなかったけれど、チョッパーやアイスバーグさんが呼んでくれた町医者たちに阻まれるし、ナミ自身もすぐに怪我の治療をしろとルフィに言われて、しぶしぶ傍を離れてから数時間。
女2人だけのために用意してくれた広い部屋のベッドで、ロビンは静かに眠っている。
「……おかえり、ロビン」
ロビンが消えたことをチョッパーから聞いた時は、何が何だかわからなくて。
いつのまにかアイスバーグさん暗殺犯にされるし、その犯人がロビンだなんてことになっているし。もう、頭の中がパニックになり過ぎて、ロビンのことがまるで遠い見知らぬ人のようにさえ思えた。こんなことをするのはロビンじゃない。
ナミの好きなロビンじゃないって。


だけど、本当はナミたちを守るために命を差し出して………
裏切られたのかも、なんて考えた自分に腹が立った。
好きならもっと信じてあげればよかった。
今考えたら、ロビンが罪をなすりつけて勝手にいなくなったりするわけがない。彼女の行動にはすべてそうしなければいけない理由がちゃんとあるんだって、毎日見ていて分かっていたはずなのに。


「……ロビンを犠牲にして生きていけるわけないでしょう、この馬鹿」
大好きだったメリー号とのお別れは、避けて通れない別れだった。
思い出だけがいっぱい残って、さみしいけれど、次へと進むための活力を与えてくれる。
でもロビンと別れて、何事もなく生きていけるとでも…ロビンは本当に思っていたのだろうか。
ロビンの寝顔を見るときは、いつだってロビンが辛い目にあったときだけだった。
凍らされたときと、そして怪我だらけで気を失っているとき。
安らかに幸せそうに眠る顔など一度とも見たことがない。
「……馬鹿!馬鹿!馬鹿!ロビンの馬鹿!」
犠牲だなんて言葉は嫌い。
もう、誰かの命を犠牲にして生きるなんてことはしたくない。誰も死なない、誰も辛い目に合わせたりしない、根こそぎすべて掬いあげて生きていくんだから。

ベッドサイドにしゃがみこんで、ナミはこらえきれずに叫んで泣いた。
ロビンがいなくなってから再会まで別に何年も空いたわけじゃないけれど、こうして目の前にいるロビンを奪い返すために、どれほど凄い相手と戦ったのかを思い出すと、無性に泣きたくなった。
ほっとした、嬉しかった、辛かった、苦しかった、さみしかった、許せなかった。
好きだって言ったのに船を下りていなくなった。
何も言わないで目の前から消えて。
約束をたくさん破ったロビン。
仲間を守るために20年間孤独と戦い続けた命を、差し出したロビン。

「ロビ……馬鹿……うぇ…うっ…馬鹿!…」
ロビン以外誰もいない部屋で、我慢なんてせずに大声を出して泣いた。

ロビン
ロビン
ロビン
ロビン

何度も名前を呼んで泣いた。それで起こしてしまっても構わないって思った。
目を覚まして一番にナミの顔を見てくれたらいいって。

「………ミ」
泣きすぎて、鼻水のせいで呼吸ができなくなって、ティッシュでハナをかんでいたら、ロビンが小さく呻いた。
「ロビン?…起きた?」
「…………えぇ」
長いまつげが震えて、ゆっくりとロビンの瞳が開けられる。
「ロビン……」
「ずっと、……泣いていたのでしょう?…聞こえていたわ」
ロビンはゆっくりと左腕を布団から出して、涙でびしょびしょのナミの頬を包んだ。涙が冷たいのか、ロビンの手が冷たいのかわからないけれど、もう、なんだかどうでもいい。
「ロビン!ロビンの馬鹿!」
怪我しているロビンの身体を労わってあげる気持ちも瞬間どこかに飛んでしまって、布団の上から力いっぱい抱きしめた。
また溢れた涙をロビンの髪になすりつけて、叫んで泣いた。
「………ごめんなさい」
「馬鹿!馬鹿!二度と私の傍から離れんじゃないわよ!………馬鹿!!」
ロビンが馬鹿なのか、こんなロビンを好きな自分が馬鹿なのか。
たぶん、後者だろうけれど。
「もう……離れないから。許してくれるかしら?」
許すも何も、首輪をつけてでも離してやるつもりはない。
色々言ってやりたいのに、ナミは只“うん、うん”って頷くだけしかできなかった。
許してって、それは“どけ”っていう意味かなとも思ったけれど、ロビンに抱きついた腕の力は緩めたりはしない。
涙は次から次にあふれ出して、ロビンがそれで溺れてしまえばいいって思うくらい、泣いて泣いてしばらくそのままの体勢で泣き続けた。
ずっと、ロビンは“ごめんね”と言いながらナミの頭を撫でてくれていたけれど、たぶんそれをもっとして欲しくて泣いたんだと思う。

「涙って、海水なの?」
「……え?」
時間で測ったらどれくらいだろうっていうくらい泣いて、身体の水分全部出たみたいに泣いて、ナミは泣きながら、どさくさにまぎれて“よっこらせ”って、ロビンと同じ布団に身体を入れていた。
なんていうか、ちょっとラッキー。
ロビンの髪も枕もナミの涙で濡らしていて、今度はナミが“ごめん”って言いながらタオルで拭っている。
「………辛いわ」
「あ、ごめん。そっか…、怪我しているのに痛かったね」
殴られて痣になった頬やおでこ。貼られた傷テープの上からそっと撫でると、ロビンは苦笑している。
「そうじゃないわ。……人に泣かれるなんてこと、今までなかったから」
泣きまくって腫れた目と涙で冷えた頬。
指先まで細かい傷だらけのその指がゆっくりとナミの頬をなぞるから、背中がゾクゾクしてしまった。

……心臓に悪いことしないで。

「っていうか、泣かせたロビンが悪い」
「そうね。ごめんなさい」
ロビンだって、究極の選択を迫られた上での判断だったことはわかっている。
だけど、それでも言わずにいられなかった。
馬鹿って。
「ロビンの馬鹿。………好きだって………好きだって言ったじゃない」
傷だらけの身体だけれど、ナミはもう一度その身体にゆっくりとしがみついて、全身でロビンを捕まえた。
急に、心臓が酔っぱらったみたいにドキドキしている。
告白している気分になる。
っていうか、これって告白していることになる。
「ごめんなさい。どうしてもナミたちをバスターコールから……」
あぁ、
この鈍感女。
馬鹿女。
「そうじゃないでしょ?!」
人の告白をあっさりスルーなんて、冗談にもほどがあるんじゃなかろうか。
身体全部だきしめて好きだと言われたら、普通、気が付かないかな。

それとも普通じゃないのかな、ロビンは。

「……そうじゃない?いえ、だから本当に……」
「だから!だからさっ!」

普通じゃなかった、ロビンは。
20年間、普通じゃない生き方をしていたんだった。

「あの……?」
眉をハの字にして説明を求めるロビンの顔は、本当にわかりませんと言っている。
何と言えばいいのだろう。
どう伝えれば、わかってもらえるだろう。
「あのさ、ロビン。恋ってやつを知ってる?」
何でそこから説明するんだろう。
ナミは心の中で自分に突っ込んだけれど、口に出してみてやっぱりロビンに恋をしているんだなって改めて思った。
「えっと……特定の人に惹かれたり、深く想ったりすること」
出たよ、歩く辞書。
言うと思ったけれど。
ため息をつきながら、正解って言ってロビンを抱きしめる腕に力を入れる。
痛いって言われても、そんなもの知らない。こっちの方がいろんな意味で心が痛いわけだし。
「ロビン、私はロビンが好きなの。私が泣いている理由は全部、ロビンが好きだからなの」


……
………

唇と唇の距離はそれほど離れていなかったけれど、別に唇を奪いたいわけじゃない。
だけど目をそらしたくなかったから、鼻と鼻はほとんど触れているような近さだった。
心臓のペースがとても速くバクバクって繰り返されているけれど、それ以外はとてもしんとしている。
ロビンは操り人形のように、ゆっくりと首をひねらせてちょっと悩む顔をしている。
「流石に、意味はわかってくれたわよね?」
「……恋っていう意味での、ということ」
「その通り」
あ、目をそらした。
「ロビン?」
「………ごめんなさい、こういう場合はどう答えたらいいのか考えているの」
「私もよ、ナミ。って言ってもいいわよ?」
うわ、また困った顔でこっちを見つめ返してきて。

なんかもう、
この顔も好き。

「こういうものって、即答が必要なのかしら?」
「いや……別に」
急にしっかりした声で、顔で、ロビンはナミを見つめてくる。
ナミは泣きすぎてヒリヒリする瞼をパチパチ何度もさせて、ごくりと唾を飲んだ。
「この状況だとナミの涙のせいで、“私もよ”って言ってしまうから。……だから、今は返事なんてできない」
要するに、泣きじゃくって抱きついて好きだと言われて、同情してOKしてしまうのは本意ではない、と。別に同情を誘ったつもりはないけれど、確かに勢いに任せているところは否定できない。
「………ロビン、驚いたり気持ち悪いって思ったりしてない?」
「これでも、驚いているのだけれど……」
いや、全然そうは見えないし。
というか、ナミもつい勢いで告白してしまってそんな自分に少し驚いているから、ロビンが冷静でいてくれて助かったかもしれない。
ホッとしたけれど、別の部分で何かふと、妙に胸に引っ掛かるロビンからのセリフにある疑問が沸いてきた。
「ロビン、私のこと今なんて呼んだ?」
「え?……ナミ」

あ、やばい。
腰が砕けた。

恥ずかしすぎて顔を見ていられなくて、抱きついてまた顔をうずめてしまう。
「……やっぱり、ナミちゃんのほうがいい?」
「ううん、ナミって呼んで」
「そう?」
「うん。あのさ、その、……返事はいつでもいいから。とりあえず名前、もう一度呼んで?」
本当、返事なんて今はいいって思ってしまった。
だって、ロビンが“ナミ”なんて急に呼ぶから。
一度だって呼ばれたことがなかったのに。
「……ナミ」
「ロビン、好きだよ」
「………ナミ?」
「もっと、もっと名前呼んで」
涙は果てのない海のようにまた溢れてロビンを濡らしてゆく。
「……ナミ、泣かないで。泣かせたくないの」
「いいの!これはうれし涙なの!!!」
だって、本当にうれしいんだもん。
ロビンがナミの存在をちゃんと心にとどめてくれている気がして、それが本当にうれしいんだもん。
「ナミ」
心にしみてくる。
名前を呼ばれると、もっともっと好きになる。
やっぱり、ロビンが大好き。
好きになるのに理由なんてない。
とにかく、好きなんだから。
「ずっと、ずっと呼んでいて」



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Date:2015/02/01
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