【緋彩の瞳】 傷跡 ①

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

傷跡 ①

私という人間は、確かにこの世に生まれ落ちて、17年間生きてきた

誰かと手を繋ぎ歩き
誰かに微笑み
誰かを傷つけ
誰かを想い

日々を繰り返し、重ねては、淡々と生きてきた

はずだった

人はそれを幸せと呼ぶのだろう

だから、私は不幸なのかも知れない

重ねてきたものが、身体のすべてから1枚1枚はらはらと剥がされてゆく

覚えていたいことも
忘れてしまいたいことも

愛しい人のすべても
愛した過去のすべても

私という人間を形成させたものがすべて
私という人間から剥がされてゆく


いえ、きっと私は自分で剥がしたのだ。








「おはよう、レイ」
時計のベルが鳴って目を覚ましたわけではない。だから今、朝のどれくらいの時間帯なのかはわからない。
「おはようございます」
「そろそろ、起こそうかしらって思っていたの」
部屋の扉を開けると、焼きたてと言った甘い匂いがした。この匂いがそういうものの類だと言うことはわかる。でも、それがクッキーなのかマフィンなのか、あるいはメロンパンなのか、そこまではわからない。
「顔を洗って、服を着替えてきます」
「用意しておくわ」
歩くたびに痛みを覚えていた左足も、部屋の中を歩き回ることくらいなら、今は何てことない。所々剃られてチクチクして、アンバランスな黒髪。右側は丁寧にそろえられて腰の近くまである。怪我の縫合の際、傷の周りを剃ったらしい。それでも、丸刈りを逃れたのは、家族だか親友だか、周りの人たちが泣き叫んで大反対したんだとか。頭の怪我は深刻なものではなかったようで、医者はその願いをできるだけ尊重し、結果3か所の傷の周囲だけを剃ったということになる。その髪を右側にすべておいやり、紐で適当に縛った。左手はまだ、指先以外は自由には使えないから、顔を洗うのは右手だけでしかできない。それでも置かれてある洗面器にお湯をためて、何度も何度も顔にお湯をかけることができればいい。タオルで水分を取り、髪の紐をほどいて、化粧水の含まれているコットンで簡単に肌を整える。寝ていた部屋に戻ると、その人が服を用意して待っていてくれた。
「よく眠れた?」
「えぇ。少し、頭がぼんやりしているけれど、寝すぎたのかもしれないです」
「今、朝の8時半を回ったところよ」
「そうですか」
右手でボタンをすべて外すと、シャツを脱がせてくれた。下着をつけて、フロントホックを
付けてもらう。長そでシャツに腕を通してもらい、ベッドに腰を下ろして柔らかい素材のパンツに履き替えさせてもらった。
「ありがとうございます」
「いいえ。痛みはない?」
「大丈夫です」
「そう。コーヒーと紅茶、どっちがいいかしら?」
「この甘い匂いは、何ですか?」
「パウンドケーキを焼いたの。チョコレートとアプリコット」
この家に来て今日で3日目。この人は毎食すべてを手作りで用意してくれる。都心から離れたところに広い庭のある一軒家を所有していて、それを自由に使っているのは、いいところのお嬢様だからなのだろう。昨日、お手伝いさんらしい人が2人、掃除をしに来て、大量にいろんな食材を置いて帰った。それでも、お抱えのシェフやらケータリングではなく、17歳らしいその人が、こうやってご飯を作る。
「じゃぁ、紅茶にします」
「わかったわ」
右足に力を入れてゆっくりと立ち上がると、それを心配そうに見つめていた瞳が小さくほっと安堵した様子が見えた。
「少しずつ、よくなってきているわね」
「毎日、マッサージしてくれているおかげです」
「それくらいしか、できないもの」
とても広い一軒家。たぶん、別荘だと思う。普段から生活をしていると言う雰囲気はあまりなくて、静かな環境だ。リビングの壁一面にはCDと本、ものすごく高そうなレコードも聞けるようなコンポ。ステレオなんかも本格的で、中央のソファーに腰を下ろして音楽を聞けばきっと、臨場感があるのだろう。そういうことを楽しむための家なのかしら、と思う。
ダイニングのアンティーク家具。高いのだろうと思いながらも、何を取ってみてもきっと高いのだろう、という感想しか持てないので、考えることをやめた。
右手しか使えないから、食器類は安くて使いやすそうなものに変えてもらった。うっかり割ったら嫌だから。
「どうぞ」
一口大に切られたパウンドケーキと、同じように細かくしてくれているフルーツが目の前に置かれる。
「いただきます」
フォークで刺して食べると、想像するほど甘くはなかった。もっと甘ったるいものを想像していた。
「ビターチョコレートですか?」
「えぇ。……甘いのよりも、こっちの方が好きだったの」
「そうなんですか?」
「苦かった?確認すればよかったわね」
「いえ。チョコレートって聞いて、私、甘いものだと勝手に思っていただけです。これはおいしいですよ」
「覚えておくわ。今度、何か作るときはミルクチョコレートにするわね」
「みちるさんの好みの味でいいです」
ふんわりとした、柔らかそうな髪の毛を一つにまとめて、作り笑顔をするお嬢様。彼女の名前は海王みちるさん。17歳で、高校は中退をしているらしい。お仕事をしているからだと、教えてもらった。この場所を提供し、料理を作ってくれて、リハビリを手伝ってくれる。彼女がどうしてそこまでお世話をしてくれるのか、よくわからない。
「ううん。素直に感想を言ってくれていいのよ。勝手に私が考えているだけじゃ、今のレイの好きなものが覚えられないから」
「よく、作ってもらっていたのですね」
「………えぇ。そうね」
「そうですか」
どうしてそれほど仲が良かったのか、何もわからない。知ろうと言う気力はまだ戻ってきていない。

レイ

海王みちるさんがそう呼ぶ。だから、この身体はレイと言う名前を付けられている。誰もがみんな、レイと呼ぶ。目が覚めてから、今日で3週間くらい。毎日そう呼ばれて、1週間ほどしてから、レイであるということを受け入れた。
レイと名前を付けてくれた人のことは知らない。父親だという人の顔を見ても、何も思わなかった。母親という人に会えたら、真っ白いキャンパスに色が付くのではないかと思ったが、その人はこの世にいないと言われた。なぜこの世にいないのか、それすらもわからない。

何もわからない。
火野レイと言う人物がどういう人なのかも、何もわからない。
そのことに疲れ果て、死のうとしたら、みちるさんが止めてしまった。




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Date:2015/02/11
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