【緋彩の瞳】 傷跡 ④

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

傷跡 ④

「レイと会えなくてもさ、君の顔を見ておこうと思ってね」
「はるか」
レイを別荘に連れてきて、1週間が過ぎた。毎日のマッサージとリハビリを繰り返す。食事はいろんな国の料理にチャレンジした。みちるにはやることがそれくらいしかないから、本を取り寄せて、メキシコ料理やタイ料理なんかも作った。
一度、腕や手首の骨の具合や傷の確認をしに病院へ行ったが、それ以外は、レイはずっと家の中に籠っている。足腰の痛みはなくなったし、腕や手もゆっくりと動かしている。それでも、瞳はまだ、光を取り戻したいと言った様子はなかった。
「レイは?」
「部屋にいるわ」
「そっか」
「会うか、聞いてみるわ」
「うん。あ、でも、無理やりはやめてあげて」
はるかは気を遣ってそういって、玄関から入ろうとしない。
「レイ、今、ちょっといい?」
扉をノックすると、どうぞ、と返事が聞こえてくる。レイはベッドで横になっていたらしく、そっと起き上がってみちるを見上げた。
「レイ、あのね。私の友達が遊びに来たの。病院でレイも顔を見たことがある人よ」
「…………そう」
「どうする?顔を見たくないなら、無理にって言わないわ。ちょっとだけ、お茶をして帰ってもらうつもりだから」
「別に、………顔を合わせるくらいなら」
レイはゆっくりと立ち上がって、髪をはらった。まだ地肌が隠れてしまうほどの髪は生えていない。それでもすべてを剃り落さずに済んで本当に良かった。
「やぁ、レイ」
「すみません、名前がわからないので。えっと、動物の名前だった人じゃないですよね?」
「はるか、だよ」
はるかは久しぶりに会うレイがちゃんと1人で立って、歩いている姿を見て本当にうれしそうな笑顔を見せていた。
「はるかさん。そっか、そうでしたね」
「怪我の調子も、ずいぶんよくなったね」
「はい、お陰様で」
「そっか。よかったよ」
はるかは大きな掌で、嬉しそうにレイの頭を撫でた。レイはされるがままで、じっとしている。嫌そうな様子は見せていない。
「そうだ。君にお土産っていうか、買ってきたんだ。髪、ちょっと切っちゃったからさ。これから冬が始まるし。はい」
はるかは紙袋から、最近はやっている毛糸の帽子を取り出して、レイにかぶせた。
「うん、色違いと形が違うものもあるよ。外に散歩に行くときにでも。気に入らなかったら、みちるにあげて」
「ありがとうございます」
レイはかぶせてもらった帽子を外さずにいた。嬉しいと言う感情が、無理をしている様子も見えない。

「ここの生活はどう?みちるの料理はそろそろ飽きてきたかな?」
「毎日、とても豪華な料理を作ってもらっています。昨日はタイ料理でした。今日は何が出てくるのか、まだわからないんですけれど」
「今、ネットで調べているの。沖縄料理にしようかしらって。食材がないから、買いに行かないと」
だから、お手伝いさんに電話をするか、今日は残っている食材だけで肉じゃがでもするか、悩んでいたところ。
「買い物行くなら、車乗せてあげるよ?」
「レイを一人にしたくないからいいわ」
「一緒に行けばいいじゃん。レイは嫌?」
「外ですか?」
「うん。スーパーに行って、買い物して帰ってくるだけだよ」
眉をひそめて、瞳が左右を往復している。
「レイ、嫌ならいいのよ」
「いえ……ここは、私の名前を知っている人たちが暮らしているわけではないのでしょう?」
「えぇ。麻布から車で1時間以上離れた場所だもの」
覚えのない人たちに、名前を呼ばれることを怯えている。それが怖くて外に出ていなかった。
「じゃぁ、行こうかな……。帽子もらったし、ハゲてるのも見えないから」
「よし、決まりだ」
みちるはレイの手を取って、暖かい服に着替えさせてあげた。
「気分が悪くなったら言ってね」
「わかったわ」
「あと、買いたいものがあったら、買っていいわ。はるかはお金たくさん持ってるから」
レイの手を引いて、2人で後部座席に座る。広い窓から見える景色。秋も深まってきている。
15分ほど走ったところに、そこそこ大き目のスーパーがある。高級で品質のいいものばかりが揃っているから、みちるはここでいつも、お手伝いさんに材料を買ってきてもらっていた。
「レイ、食べたいものがあったらかごに入れちゃっていいよ。何でも買ってあげる」
「はい」
どこをどう歩けばいいのかわからないのか、キョロキョロしながら、レイはみちるの背中に額を押し付けて動かなくなった。
「大丈夫?」
「うん、なんか、たぶん、ずっと外に出てなかったせい。目まぐるしいわ」
深呼吸を何度か繰り返している。人は多くはない。みんな、野菜を吟味するのに忙しそう。
「ゆっくり歩きましょう。大丈夫よ、すぐに馴れるわ」
そっと背中を撫でる。弱弱しい身体。いつもいつでも傍にいて、いつまでも愛していると声に出していた。どれだけ撫でても、その瞳は二度とみちるを愛してくれはしない。
この期に及んで、まだ愛し合いたいという願いを抱いている自分の浅はかさが、自分の心を責めたてる。
「ありがと。もう、大丈夫」
レイはしがみついていたみちるのコートを放して、はるかのコートをつかんだ。
「はるかさん、何か美味しいものを教えてください」
「よし、ジャンキーなものがいいな。みちるが作らなさそうな、こう、身体に悪そうなやつ」
はるかはみちるにウインクを一つ飛ばして、レイの身体を抱くようにしてお菓子コーナーに行った。みちるを含めて、仲間に激しく拒絶反応を見せていたレイだったけれど、落ち着気を取り戻し、1人なら受け入れてくれるようになったのかもしれない。心配だったが、はるかに任せて、みちるは必要な食材をかごに次々に入れた。明日明後日分くらいまでは買い占めておきたい。


「ポテトチップスなんて、美味しいものですか?」
「なんで?美味しいよ」
ポテトチップスの袋を手に取るから、レイは口の中で味を思い出していた。ほとんどのことは忘れているけれど、ものを見て味は大体わかるから、そのあたりの本能的な部分は消えていない。
「そうですか?」
「あとは、ビスケットとか」
「それはみちるさんが、作ってくれます」
「なるほどね」
「チップスも、たぶん、みちるさんにお願いしたら作ってくれそうです」
「いいじゃん、これくらい」
「ご自分が食べたいのでしょう?お好きにどうぞ」
「そうだ、僕が食べたいんだ」
はるかさんはポテトチップスのほかにも、グミやナッツ類、チョコレート菓子を手に取っていく。
「はるか?」
「お、来た来た」
みちるさんがカートを引いてお菓子コーナーに入ってくると、両手に抱えたそれをかごに入れた。
「何、こんなに買うの?」
「うん、あ、そうだ。今日の昼ご飯、ハンバーガーにしよう。ポテトフライとかオニオンフライもつけて。作ってあげる」
はるかさんは、お昼ご飯を食べて帰るつもりでいるみたい。笑顔で挽肉取ってくるなんて、姿を消してしまった。
「レイ、いいのよ、気を遣わなくても」
「……大丈夫。あの人、楽しそうだもの」
みちるさんは、お昼ご飯に何を作るつもりでいたのだろう。何か、また手の込んだものを考えていたのかもしれない。
「そう?」
みちるさんの隣を歩いてレジに向かう間に、はるかさんは次々に食材をかごに入れに来た。はるかさんがカードで支払いをして、大きな紙袋を両手に持ってくれた。
「疲れなかった?」
「久しぶりに外に出て、ちょっと疲れたわ。少し横になってる」
家に戻って、レイはベッドにすぐに横になった。眩暈というほどのものはなかったが、嫌ではない疲れが身体を襲った。お昼御飯ができるまで眠っていたい。そう思って目を閉じた。




部屋でレイはすぐに眠ってしまった。久しぶりに外で歩いて疲れた様子を見せていた。
「キッチン、借りるよ」
「はるか……みんな元気?」
「あぁ。心配してる、みちるのこともね」
買ってきた食材を冷蔵庫に一つ一つ入れて、みちるはダイニングの椅子に腰を下ろした。対面キッチンの中にいるはるかは、イキイキと挽肉をボールに入れて、調味料を並べている。
「レイ、今は精神的に落ち着いているわ」
「そうみたいだね」
「でも………何も……今はまだ、ダメね」
「そうか。まだまだ、時間がかかりそうだな」
「思い出したいという気持ちは、……望めないのよ」
「周りがそれを望むなって、言われただろう?」
不安の渦の中、周りの人間の期待を背負わせることは、レイの精神には耐えられなかった。自分が生きてきた過去を何もわからないと言う恐怖なんて、誰もわかってあげられない。
生きていてほしい。それだけしか、望むことは許されない。
「違うのよ、そうじゃなくて……私どうかしてるわ。レイが何もかもの思い出を失って、自分が何者なのかもわからないで苦しんでいると言うのに、そのまま何も思い出さないで、また初めから私との関係を築いて欲しいなんて、あさましい想いを抱いているの。あの別れもなかったことにして、またレイの傍にいられる。私、心のどこかでそれを嬉しいと思っているの。このまま、ずっと傍にって……」
レイと出会ったその日から、レイのことを想わない日はない。確かに愛し合い、死ぬまで愛していると心に誓った。ただ、世界で1人だけ。みちるの世界にはレイ1人だけ。愛してくれたレイをどれほど愛しても、レイはみちるの傍から離れて行った。繊細なレイの心を守ってあげられなかった。レイは最後まで自分が悪いと言い続け、別れたくはないというみちるの愛を乞う叫びに、耳をふさいで去っていった。少しずつかみ合わなかった歯車を、修正する機会はきっと何度もあった。それがみちるには、わからなかった。
「……………誰でもそう思うよ。君の立場だったらね」
「あの子が元気になって、ここから出て、いろんなことを知っていって、誰か男の人に恋をするかもしれないって思うと……」

ずっと傍にいて
ずっと愛させて
ずっと触れる距離でいて



何も
思い出さないでいて

「でも、レイがそれを幸せだと思うかもしれない」
「…………そうね」
「そうなったら、今度はみちるが死んでしまうだろうな」
「…………かも、知れないわね」
「みちる。君とレイとは、事故に遭う前に関係を終わらせたんだ。レイの未来はレイが決める」
「そんなこと」
そんなこと、分かっている。
「あぁ、そうだな」
毎朝、レイが何も思い出していないことに安堵している。夜になれば、愛し合った過去の記憶がみちるを苦しめる。思い出しても、思い出せなくても、二度とみちるの恋人は戻ってこない。
現実は、いつまでも永遠に変えられない。
「さて、美味しいハンバーガーを作ろう」
「…………レイ、きっと喜ぶわ」
「だろ?」
はるかはきっと、みちるが現実を受け入れているかどうか、確認しに来たのだろう。
レイの人生をみちるが縛りつけてしまわないように、と。





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Date:2015/02/12
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