【緋彩の瞳】 傷跡 ⑦

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

傷跡 ⑦

いつも通りのマッサージをしてもらった後、レイは帽子をかぶった。手はがっちり固めていたものが取れた。髪が綺麗に揃うまでは数年はかかるかもしれないけれど、帽子さえあれば問題もない。
「散歩してくる」
「外、寒いわ」
みちるさんは東京で買ってきたという、高そうなジャケットを着せてくれた。周りは広い家だらけで、スーパーまでは徒歩で30分以上かかる。車の通りの少ない道を、プラプラと歩くのが、最近のレイの日課だ。はじめの頃はみちるさんと歩いていたが、地図が頭に入ったので、1人で行くことにした。お財布とみちるさんに渡されている携帯電話の入ったカバンを肩から掛けて、のんびりと歩く。何も考えたりしない。10分ほどして自動販売機がポツリとあって、そこでコーヒーを買って、手を温めながらさらに歩く。秋が少し深まって、ちらほらと赤い葉っぱが目に飛び込んでくる。サクサクと音を立てて、土の道に入って、散策コースみたいなところを歩いて。
のんびりと、ゆっくりと。帰りたくなるまでは歩く。歩いて心臓の音が響くのを感じながら、息苦しさの心地よさを知る。
また、来た道をゆっくり歩いて、同じ自動販売機の前を通り、家に帰る。
庭を歩いていると、家の中から何か音楽が流れてきた。みちるさんが何か聞いているみたいだ。
無言で扉を開いて、リビングに入った。
「あ、お帰りなさい」
みちるさんは聞いているのではなく、ヴァイオリンを演奏していた。
演奏っていうか、たぶん練習。
「ヴァイオリン?」
「え?えぇ……ちょっとね」
「邪魔したなら、ごめんなさい」
「いいえ、暇つぶしよ」
みちるさんはすぐに手を止めて、ケースに入れた。気が散ってしまったのだろうか。
「そういえば、お仕事で、たしかヴァイオリンを演奏しているって言ってたわね」
「え?えぇ」
ここにきて、それなりに日にちは過ぎたと思うけれど、みちるさんがお仕事だと言って出かけた記憶はない。
「今は、お仕事をお休みしているの?」
「夏からね。1年くらい休業しようと思って」
「もしかして、私とここにいるから?」
「違うわ。色々と、充電したくてね。もともと8月からずっと、こうやってのんびりしていたのよ」
「そっか。たまには演奏したくなったのね?」
「………えぇ」
「続けていいわよ」
「いえ。お茶にしましょう」
レイはどっちでもよかったけれど、みちるさんがキッチンに入ったので、それに従った。ソファーに腰を掛ける前に大量にあるCDの中から、みちるさんの名前があったりしないかを探してみる。4枚ほどあった。
「音楽かけてもいい?」
「えぇ。ボタンわかる?」
「うん」
毎日ではないが、たまに音楽を聴く。はるかさんがアメリカで一昔前に流行っていたなんていう曲の全集を持ってきてくれて、全部聞いた。聞き覚えがあるようなよくわからないものばかりだった。
再生ボタンを押して、ソファーに座った。波の音が繰り返されて、静かな旋律が響く。

みちるさんは、もしかしたらすごく有名なヴァイオリニストかも知れない。
どんどんその音色に引き込まれていく。スピーカーから聞こえるその音は、まるでそこに演奏している本人がいるようで、さっきのみちるさんがヴァイオリンを構えていた姿が瞼の裏に再現された。
「………どうぞ」
「あ、ありがと」
目を閉じていたら、紅茶の匂いがした。
「どうしてこれを選んだの?」
「聴きたいって思ったから。嫌?」
「嫌じゃないわ。レイが興味を持つって言うことが……嬉しいわ」
いつもの様にみちるさんはレイの隣に腰を下ろして、少しソワソワした様子だ。
「ヴァイオリンっていい音色ね」
「えぇ」
「あとで、演奏して聴かせてってお願いしたら、叶えてくれる?」
「……えぇ、いいわ」
「はるかさんがくれたCDよりは、こっちの方が身体になじむかもしれない。早く教えてくれたらよかったのに」
叫んでいるんだか歌っているんだかわからない英語の曲よりは、ずっといい。もしかしたら過去の火野レイは嫌というほど聴いていたのかも知れない。記憶のないことでも、身体には馴染んでいるなんていうことは、こういうことなのだろうか。でも、それでも、やっぱり何も記憶がよみがえるなんて言うことは起こったりしない。
「押し付けるみたいで、嫌だったのよ」
「そう?私はこのヴァイオリンはいいと思うわ」
みちるさんは視線を逸らして何かを考えている。そしてもう一度レイに視線を戻し、作り笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、レイ。ちょっと自信がなくなっていたの。だから、褒めてもらうと嬉しいわ」
「そうなの?でも、私の知っている音楽は、ここの棚にあった数枚とはるかさんの“あれ”くらいだから」
「でも、嬉しいわ」
みちるさんが嬉しいと言う言葉は、嫌な気分にならない。ただ、毎日を過ごすだけでいいと思っていたけれど、こうやって自分以外の誰かを、みちるさんを喜ばせるということに、心が反応している。少し人らしくなったような、そんな思いがする。




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Date:2015/02/13
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