【緋彩の瞳】 傷跡 ⑧

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

傷跡 ⑧

「…………電話も出ないし、メールも返信ないし、あの後何かあったのかなって思ってさ。週末のみちるさんの演奏会に顔を出しても、レイちゃんはいないし、みちるさんの顔色も悪いし無表情だしで。楽屋にも入れてもらえなかった」
あれから1週間。神社に押し掛けると、みちるさんといい勝負の顔色の悪さの美奈子の親友は、死んだような瞳でこっちをちらっと見るだけだ。部屋に入ってぼんやりとしているその人の頬を両手で包み込んでみる。
「美奈……演奏聴きに行ってどうだった?」
「なんていうか、海王みちるじゃなかった」
「そう」
「喧嘩でもした?」
あのダンサー事件から5か月ほど、ずっとレイちゃんは自分自身の感情の持ち方に悩んでいる。みちるさんから欲しいフォローをもらえず、信じるしかなくて、それがレイちゃん自身の心にプレッシャーとして蓄積しているのは見ていてわかる。大人の対応は流石だと最初は想っていたが、どうやら、それはレイちゃんがそうしなければならないと思っているだけで、レイちゃんの望みでもないらしい。
「…………別れた」
「え?」
「別れたわ、あの日」
嘘ではないのは、あのみちるさんの顔色と、今のレイちゃんの状態を見ればわかる。
「なんで?修復できる余地なんて、まだまだあったでしょ?」
「私はそんなに、寛大な人間になんてなれないもの。何が起こっても、みちるさんを包んであげられるような、器のある人間ではないの」
「…………そっか。想っていた以上に辛い想いしてたんだ。もっと早くに言っておけばよかったかな」
「みちるさんは、もっと大人の対応ができる人が傍にいて、みちるさんを心から励ましてあげられるくらいの人の方がいい。私は、自分の感情ばかりに気を取られて、みちるさんがどれだけ仕事をかんばっているかなんて、口で言うほど思っていなかったわ」
それでも、レイちゃんはみちるさんを心配していたのは確かだ。だけど、自分の中にドンドンみちるさんに対する想いが積み重なっていって、爆発するくらいなら、傍にいない方がいいという結論を導いたのだろう。
「私、レイちゃんの決断なら尊重するよ」
美奈子だったら、最初の雑誌で大喧嘩になったに違いない。言いたい文句は言っただろうし、仕事だなんて、そんなものは知らないって言って相手を困らせただろう。困らせると言うことで、自分を納得させるし、もし、それに相手が逆切れなんてしようものなら、別れるというセリフを口にして反応を見る。そうやって愛情を推し量る作業はした方がいい。大人の対応は、大人がやるべきだ。女子高校生のやるべきことじゃない。
「美奈、みちるさんのことをちゃんとフォローしてあげんのよ。私は別に大丈夫」
「……こんなときくらいさ、そんな大人ぶったりしないでよ」
一緒に演奏を聴きに行ったはるかさんが今頃、みちるさんに会っているはず。あっちはあっちに任せておけばいい。
華奢すぎるレイちゃんの身体は、抱きしめたら折れてしまいそうだ。
それでも、抱きしめていたかった。
「次はいい恋しなよ」
「……もうしないわよ」
「言うと思った。大人になったら、またみちるさんと付き合うっていう選択肢だってあるよ?」
「……ないわ。あれだけ傷つけておいて、そんな調子のいいこと」
レイちゃんはみちるさん以外を愛するなんてことはしないだろう。罪を背負ったとでも思っているに違いない。
「人は変わるものよ。年を取った時に、若い頃は間違っていたって思ってさ、その時もお互いに愛していたら、また、一緒になればいいじゃん」
「………繰り返すのはこりごり。もう、その話はいいわ」
美奈子を振り払ったりはしなかったけれど、レイちゃんは何も捉えない瞳でぼんやりと天井を見ている。

ひとつ、恋が終わっただけ。

本当は大したことないことなのかもしれないけれど、互いに愛し合う2人には、死ぬかもしれないくらいのこと。
それでも、愛や恋に興味なさそうだったレイちゃんは、みちるさんと出会って変わった。
だから人は変われるということを、本当はわかっているはずだから。
「夏休みに入ったら、5人で旅行でも行こう!久しぶりに、5人だけで」
「……えぇ」
レイちゃんの隣を歩くことができるのは、海王みちるくらいの美貌と才能がなきゃダメだ。また、いつかその姿を見られる日まで、支えてあげられたらいい。





8月に入った。みちるは事務所からどうしてもと言われて、2,3つほど仕事を入れたが、それ以外はオフになった。はるかとせつなが頻繁に電話をかけてくるし、会いに来る。とにかくひどい顔色だと、会うたびに言われた。外を出歩くことも嫌で、一日のほとんどをベッドの上で過ごした。あの日以来、レイは一度も来ていないのに、部屋の中のレイのものは何もない。きっとは別れるつもりで、少しずつ持って帰っていたのだろう。それにさえ、気が付かなかった。今月中にこの部屋を出て、新しい場所を探さなければならない。レイと愛し合ったベッドで1人眠ることは、息が苦しくて仕方がない。それなのに、それに縋っている。自分が犯した罪を身体に浴びて、仕方がないんだと言い聞かせて。
それでもここにいる限り、このまま廃人のようにただ、生きていくだけしかすることがない。それは、レイの望むみちるではない。
東京から離れると言うことも考えなければならない。あの子と同じ制服の子がどこかを歩いているなんてことのない場所まで。
レイと言う名前が聞こえない場所まで。





日に日に痩せていくレイちゃんの腕を掴んで、美奈子たちは東京を離れた山奥のペンションにやってきた。亜美ちゃんは友情のために予備校通いをやめ、まこちゃんは大量の食材を持ち込み、うさぎは夏の間は衛さんと会わないし、衛さんの話題を出さない。美奈子はとにかく、レイちゃんにちゃんとご飯を食べさせ、眠らせ、レイちゃんらしくさせることを誓った。愛する火野レイは、愛しい人を想わない日なんてないのだろう。それでも、何とか必死になってみんなの気持ちに応えようとしてくれている。
みちるさんは東京を離れようとしたらしいけれど、はるかさんとせつなさんが強く反対をしてくれた。生活をする環境を変えることには賛成だったため、必要なもの以外をすべて捨てて、部屋の余っているせつなさんのマンションにいるという。それでもいずれ、また元気になったら、どこかに引っ越すだろう。一時的にでも、1人じゃない環境にいた方がいい。ヴァイオリンは長期休暇を取ったみたいだ。それがまた、レイちゃんを悩ませるのは間違いないけれど、何事もなかったように人前に立つことができるほど、みちるさんもまた大人ではない。
2人は17歳同士の恋愛をしているはずなのに、大人でいようと無理に背伸びをしていた。
仕事をしているという環境が、不必要にそうさせたのだと思う。
8月の間は、ずっと5人と猫2匹で生活をした。みんなでご飯を作り、みんなで宿題をして、みんなで花火をして、みんなで枕を並べて眠る。引きつるような笑みばかりだったレイちゃんも、8月が終わりに近づくと、やっと少し自然に笑えるようにはなってきた。毎日はるかさんたちからみちるさんの様子はメールで届く。あちらはあちらで、少しずつ回復しているようだ。


9月、レイちゃんは真面目に学校に通っていた。クラウンに顔を出すことはなかった。レイちゃんはよく、みちるさんとクラウンで待ち合わせをしていた。その思い出がまだ、胸を抉るのかも知れない。レイちゃんはたぶん、忘れたいわけじゃない。覚えていたいはずだろう。しっかりと切り刻んで傷跡にして、それを抱いて生きる強さを求めているのだろう。
放棄すれば楽になることを、自分自身が許そうとしていない。
それが火野レイだ。それが火野レイだからこそ、彼女は海王みちるというヴァイオリニストとの関係を、終わらせなければならなかった。
美奈子たちは4人で曜日を振り分けて、放課後になると神社に顔を見に行った。ネコ2匹は火川神社に長期滞在している。朝食を抜くし、学校でもまともにランチは取っていない様子が聞こえてくる。夜はまこちゃんと亜美ちゃんが当番の時は差し入れや料理を作り、美奈子とうさぎのときは、2人とも家に帰ってママにお弁当を作ってもらって、それをレイちゃんと一緒に食べた。無理やり口の中に押し込んでいる姿は痛々しいけれど、本人は会いたくないとか、家に来るなとは言わない。みんなの気持ちを跳ねのけたりしないのは、みちるさんのことを考えているからだろう。
9月はそうやっているうちに終わって、10月早々中間テストが始まった。みんな揃ってテスト勉強をする名目で神社に集まり、はるかさんとせつなさんが差し入れを持って遊びに来てくれたりもした。
「みちるはちゃんとご飯も食べているし、急に泣き出すようなことも、今はないわ」
「そっか。じゃぁ、きっと来月あたりになったら、またヴァイオリンを手にする日も来るよね」
せつなさんはみちるさんが、自分で料理をする気持ちが最近出てきたと教えてくれた。レイちゃんは、みちるさんが仕事を休んでいることを心配している。時々、レイちゃんからみちるさんの様子を聞かれていたので、それは素直に知っていることはすべて答えた。その代り、レイちゃん自身のこともみちるさんに伝えてもらっている。
お互いのために、ゾンビでい続けてはいられないことを、わかってもらうために。
「えぇ。みちるもレイを心配しているわ。ちゃんと栄養のあるものを食べて、寝て、楽しく生活しているって、もうそろそろ伝えられそう?」
美奈子はせつなさんの問いかけに、頑張るって答えるしかなかった。周りが頑張れば、きっとレイちゃんもみちるさんも、それに応えてくれる。


10月も3分の1が過ぎた。外に出るようになったころは、買い物だけをして真っ直ぐマンションに戻ることを繰り返していたが、今はゆっくりと外を歩き、ショーウィンドーを覗いたり、せつなとお茶をするくらいは出来ている。毎年、10月は演奏会の梯子をしていた。去年の今頃、レイもみちるを追いかけて都内のあちこちを巡った。同じ曲を何度も演奏するというのに、レイはいつも来ていた。いい加減、腕が衰えてしまわないように、練習を再開させなければならない。テレビをつけたら、忘れたいのに、CMでみちるの曲が流れてあのダンサーが微笑みながらコーヒーを飲む姿を見てしまう。みちるは彼から今後一切連絡をされないように強く事務所に伝え、当然着信拒否をした。引越しをしているし、仕事もしていないから、会うこともない。
「みちる、来たわね」
「……せつな」
せつなとの待ち合わせは、レイとよく食事をしたレインツリーというお店だった。荒治療だわ、なんて思いながらもいつもと同じ窓際の席に腰を下ろす。レイがいた場所には今、せつなが座っている。
「お昼にね、レイと電話をしたの」
「レイと?」
「えぇ。みちるの休業のこと、心配していたわ」
「………そう」
休むことがレイを傷つけることくらいわかる。でも、それでもどうしても、手の震えが止まらなかった。人前になんて、とても立てない。別れてから数回あった演奏会はひどい有様だった。事務所が簡単に休業を認めてくれたのは、海王みちるの無様を世間に見せないためでもある。
「会って、直接言えばみちるがやる気を出すなら、会いたいって言っていたわ」
7月に別れて、10月半ばまで一度も顔を見ていない。毎日心の中で名前を呼び、声を思い浮かべている。夢で逢っている。
「………レイは会ってくれるの?」
「みちるが会いたいのなら。そして、ちゃんと前向きになれるならね」
そんな難しい要求を飲まなければならないなんて。せつなの荒治療は傷跡にナイフを刺すようだ。
「レイは元気?」
「必死に元気になろうとしているわ。本当に必死なのよ、レイも」
「レイのためにヴァイオリンを再開させるべき、ということね……」
「そういうことよ。あなたがこのまま休業し続ける限り、レイはいつまでも限界のギリギリで、仲間に心配されながら生きていかなければならないわ。大丈夫だって、見せてあげることはできない?」
レイに会えば、その手を取ってこの世界じゃないところへ引き込んでしまう衝動に駆られるのではないか。そんな不安が胸を撫でる。
でも、もうあれから3か月過ぎた。レイは前を向いて生きようとしている。生きていくためにみちるの傍から離れていった。ヴァイオリニストの海王みちるとレイの恋人の海王みちる。レイは、ヴァイオリニストの海王みちるを選んだ。ただの人間になったみちるなど、レイには何の価値もないかもしれない。
「…………会うわ。今月中に何とか、ヴァイオリンの練習を再開させるように、レイと約束をするわ」




『みちるさんに会ってくる。また、演奏をしてほしいって、お願いをしてくる』
レイちゃんからメールが来た。せつなさんからも、レインツリーで食事をすると聞いている。せつなさんがいてくれるから、きっと前向きな話になるだろう。事前にみちるさんに確認をしてから会わせるって言っていた。
『がんばって。また、みんなで演奏を聴きに行きたいって伝えておいて』
『わかった』
今日は美奈子が当番だったけれど、夕食は要らなさそうだ。17時くらいになったら、一度せつなさんに連絡を取ろう。
2人をよろしく、と。


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Date:2015/02/13
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