【緋彩の瞳】 傷跡 ⑬

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

傷跡 ⑬

車のエンジン音がして、たまらずみちるは玄関を飛び出した。
「レイ」
助手席から出てきたレイは、手に紙袋をぶら下げていて、何か買い物を楽しんできたのだと言うことがわかる。何かに思いつめて、はるかに助けを求めたと言う感じじゃなくてよかった。
「みちるさん。ごめんなさい、電話に気が付かなかった」
「心配したわ」
「はるかさんと、お買いものをしてきたの」
「………そう。レイがどこに遊びに行っても構わないけれど、できれば、連絡が欲しかったわ」
「うん、ごめんなさい。かかってくるかもって思ってたけど、時間を気にすることを忘れていたの」
それくらい、買い物をすることが楽しかったのかも知れない。どれだけ心配したか、なんてことを押し付けても仕方がない。
「寒くない?おうちに入りましょう」
「うん。はるかさん、どうもありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
「はるか、ありがとう」
どんな様子で買い物を楽しんでいたのか、すぐにでも聞きたい気持ちを我慢して、レイを家の中に入れた。

「楽しかった?」
「人が多くて、ちょっとびっくりした。でも、楽しかった、かな」
「そう」
「はるかさんが貸してくれたの。みちるさんのCD。春に出たって言ってたわ」
買い物袋を部屋に置いて、着替えてきたレイは、一枚のCDをみちるに見せてくれた。それは、幸せが永遠に続くと信じて疑わなかった頃、自分でも信じられないくらい仕事の調子が良かったころにレコーディングをしたものだ。みちる自身が作った曲も入っていて、あのCMで起用された。別れてからは、仕方なく出演した演奏会以外では、まったく聞いていないし、演奏したいと思えない。
「……あぁ。そうね」
「この中に入っているの、全部よかった」
「ありがとう」
レイと付き合っている間にすべてレコーディングされたもの。みちるのために有名な音楽プロデューサーが曲を作ってくれた。毎晩セックスをしたあとに、裸で抱き合いながらレコーディングの楽しさをレイに聞かせていた。
「3番目に入っているのが、一番好き」
「………そう」
「聴かせてもらえる?」
この曲は、レイを想っていた頃に作った。だから、レイを想う感情を音符に乗せていた。レイに捧げるためにと作ったわけではなかったが、今思えば、間違いなくレイがいたから作ることができた曲だ。
「………練習しておくわ」
指が震えて演奏になんてならないのではないか。そんな不安がよぎった。
だけど、レイが過去をすべて失い、それでも生きていこうと、何とか毎日を頑張っている。そうさせたのはみちるだ。その傍にいるにもかかわらず、みちるだけが過去に悩まされ、未来を、自分の未来を生きようとしないと言うことも、いつまでも許されるものではない。それくらいはわかっている。
「じゃぁ、クリスマスの時に聴かせて」
「えぇ」
この曲がこの世界に存在していなければ、レイとずっと。

ずっと……


また、そんな考えるだけ不毛なことばかりが頭の中を支配する。

みちるはレイの頭を撫でて、無理やりにでも笑って見せた。




「はるかさん、クリスマス・プレゼント、ありがとうございます」
『お気に召した?』
「はい」
クリスマス・イヴの日。宅配便でレイとみちる宛にプレゼントが届いた。レイにとっては5つ目の帽子と皮の手袋。みちるさんにプレゼントしたお店と同じメーカーの名前が書いてある。わざわざあの後に買いに行ってくれたのだろう。だから、お礼の電話をした。おじいちゃんからの手紙も入っていた。そして、お小遣いも。父親からは何もなかった。きっと火野レイはおじいちゃんっ子だったのだろう。そしておじいちゃんは火野レイをとても愛してくれていたに違いない。おじいちゃんからの手紙には、思い出してほしいとか、過去の話などは書かれていなくて、毎日元気に働いているから、おじいちゃんのことは気にせず、好きなように生きなさい。お金が必要なら、すぐに言いなさいって書いてあった。
『そうか、そりゃよかったな』
「おじいちゃんに会ったのですか?」
『あぁ、渡してくれって言われたからね』
「おじいちゃんは元気ですか?」
『元気だよ。結構、頻繁に顔を見てるんだ。安心してくれていい』
「…………そうですか」
おじいちゃんとはるかさんがとても仲良しで、みちるさんもおじいちゃんとは仲良くしていたらしい。それは、火野レイがとても心を許していた存在だったから。
そして、あの沢山いた“仲間”と言っていた人たちも。

結局、何も覚えていないことだというのに、過去に生きていた火野レイが残したものに依存しなければ、今のレイも生きてはいけないのだ。



「おじいちゃんに、私、ちゃんと生きてるって伝えておいてください」
『うん。手紙を確かに読んだって、伝えておくよ』
はるかさんの電話の向こうで、何か楽しそうな笑い声が聞こえてくる。あの子たちかもしれない。
「うん。あの、………メリー・クリスマス、はるかさん」
あの人たちが楽しい想いをしていても、レイは同じ想いを共有してあげられない。ふと、みちるさんのことを考えた。みちるさんはレイのために、この静かな家で一緒に暮らしているけれど、みちるさんは仲間に会いたいとか、仲間とパーティをしたいとか思ったりしていないだろうか。
『メリー・クリスマス』
「そこに、あの人たちがいるんですか?」
『………いや、今、外だからうるさいだけだよ』
嘘っぽいそれは、それでも気を遣ってくれているんだということはわかった。
「気にしないでください。あの……その…ごめんなさい」
きらきらと輝く沢山の瞳。火野レイを大切に想ってくれていたと、痛いほどよくわかる。それでも今、あの人たちの顔をちゃんと思い出してあげられない。何度もお見舞いに来てくれたにもかかわらず。名前もちゃんと憶えていない。
『レイ。何も気にするな。レイの人生だ。レイの生きたいようにすればいい』
「………私は、東京には帰りません。いえ、帰れません。もう、誰かの悲しそうな顔を見るのが……」
期待され、それを裏切って、悲しませたくない。
誰も傷つけない世界で、ただ、生きていたい。
おじいちゃんが、それを許してくれるなら。
死なないでいれば、おじいちゃんを悲しませずにはいられるだろう。
『いいよ、それで。ただし、たまには僕とデートしてくれよな』
「はい」
『じゃぁな。ちゃんとみちるにプレゼントを渡してあげて』
「はい」
部屋を出ると、みちるさんは真剣な顔付きで、CDをヘッドフォンで聴いている。明日の楽しみを取っておくために、ここ数日は演奏を聴いていない。
レイはいつものように散歩に行って、いつもと同じコースをたどり、1時間もしないで戻ってきた。その間もみちるさんはずっと何か譜面みたいなものを手に、ヘッドフォンをつけて、ヴァイオリンを練習している。

レイがお願いをしたことで、みちるさんは一生懸命になってくれる。
この人と、どれくらい仲が良かったのだろう。いつも一緒だったでしょ、と、あの人たちに何度も言われたことがあった。
それほど一緒にいたのに、何も思い出してあげられなかった。
そして、思い出さなくてもいいと、最初に言った人でもあった。
レイが追い詰められていくことを、理解してくれた。

今、この人とレイはどういう関係だと呼べばいいのだろうか。

友達だと思えない。
友達ならば、レイもみちるさんのために何かをしてあげるべきだ。みちるさんのことをもっと知って、いろんな話を聞いたりする関係であるべきだ。
一方的にお世話をしてもらっている。ボランティアをしてもらっていると言う関係。そう呼ぶ以外は何も思いつかない。
部屋に戻って、ベッドに寝転がった。
ヴァイオリンの音が漏れてくる。

あんまりこれ以上、みちるさんの時間を奪うわけにもいかないだろう。
おじいちゃんに、遠い、どこか、誰もレイを知らない街で生きていきたいと、そういう方法を探していると、伝えなければ。



夜、食事を終えてお風呂に入った後も、みちるさんは2階の部屋で練習をしているようだった。マッサージをしにあとで行くわと言われていたから、レイはウトウトして待っていたが、眠たくなってしまって電気を消した。
ノックの音が聞こえたか聞こえなかったか。
目を開けてしまうと、マッサージで2~30分ほど、みちるさんの時間を奪ってしまう。寝たふりをしていれば、みちるさんもそっと寝かせてくれるだろう。
「レイ?」
廊下の光を背中に受けて、暗闇の中、みちるさんはレイの顔を覗きに来た。
「……寝ちゃったみたいね」
髪を優しく撫でて、いつも寝る前にしてくれるみたいに、お布団を肩に掛けなおしてくれる。
「……メリー・クリスマス、レイ」
起きて、メリー・クリスマスって言った方がいいのか、それとも寝たふりを続けるべきか。
「愛してるわ、レイ。このままずっと傍にいて」
こめかみに冷たい何かが触れる。
レイは目を開けられなかった。そっと音をたてないように気を遣いながら、みちるさんが部屋を出ていくのを待って、寝息のふりをしていた呼吸をため息に変えた。

みちるさんの呟いた言葉

いつかどこかで、みちるさんのあの声で、同じようなことを言われたことがあったような。そんな気がする。

それは、何も思い出せなかったレイの、唯一の、過去のかすかな記憶なのだろうか。


クリスマス、当日。みちるはいつものように6時に目を覚ました。1人で眠るベッド。小さいころから1人で眠ることが当たり前だった。レイと付き合うようになってから、1人で眠ることの寂しさを知り、愛する人の温もりがすぐそばにあるという喜びを知った。
「……何?」
着替えを手に取り、お風呂で身体を温めようと扉を開けると、何かが床をこする音がした。
何かが引っ掛かっていると思い扉の外側を確認すると、リボンに包まれた紙袋が床に置かれてある。
そっと手に取る。柔らかい布のようなもの。Merry X’mas!と書かれたシールが貼られている。

…………レイが

はるかと一緒に出掛けたあの日、これを買いに行っていたのかもしれない。
みちるのために。

すぐにレイの顔を見たかったけれど、1階に降りてみても、起きている様子はない。いつも8時過ぎに目を覚ましてくる。リビングのソファーに腰を下ろして、ゆっくりと包み紙を広げた。テープの跡をビリビリと破いてしまわないように気を遣いながら。
ストールだった。みちるはそれを抱きしめて、顔をうずめた。
これは、このセンスは間違いなくレイ。
涙でせっかくのプレゼントを汚してしまわないように、それでも寒いクリスマスの朝、1人で迎えるクリスマスの朝、レイを深く愛していると思い知らされて、みちるは声を殺して泣いた。



「おはよう、みちるさん」
「おはよう、レイ。メリー・リスマス」
「メリー・クリスマス」
8時過ぎ、レイを起こしに行くと、少し肩を揺らしただけで目を覚ました。
「サンタさんから、プレゼントをもらったの」
「……とてもよく、似合っているわ」
泣きはらした後、お風呂に入り直し、肩にショールをかけた。飾っておくよりは、レイに見せたかった。
「ありがとう。本当に、嬉しいわ」
「喜んでもらえて、よかった」
抱き寄せて、唇を重ねることができない関係。愛しているという想いを押し付けてしまわないように、頭を撫でるだけにした。
「はるかと買いに行ったの?」
「うん。あの、いつも、美味しいものを作ってもらっているし、いろんなこと、お世話になっているから」
みちるは1人で買い物に出かけるような時間を取れずにいたから、レイへのプレゼントは物として用意できていない。
「お返し、用意しなきゃ」
「今日、みちるさんがヴァイオリン演奏してくれて、美味しい料理を作ってくれるから、私はそれでいいわ」
上手く演奏できるかしら。ハードルを挙げられたような気がして、溜息が思わず漏れてしまった。
「褒めてもらえるように、がんばるわ。さ、朝食にしましょう。身体を温めてきて」

レイのために
レイだけのために
かつて深く愛し合って
二度と永遠に愛し合えないことを、この魂に認めさせるために







ランチが終わって、せっかくクリスマスだからと、レイと一緒に散歩に出かけた。はるかからプレゼントにもらった帽子と手袋。まだ、包帯が取れていないから、片方だけを温めるようにしている。みちるはストールをコートの上からマフラーのように首に巻いた。クリスマスだから、別荘地に来ている人もそれなりにいるのか、あたりの家は電飾がきらきらと光っていた。落ち葉を踏み歩いて、歩調を合わせるように歩く。
一緒に歩く。それだけで楽しくて、幸せ。
「みちるさん、お正月はどうするの?」
「おせち料理を作るつもりよ」
「じゃなくて……。みちるさんはご両親のところに行くのでしょう?」
「いいえ。2人とも日本にいないのよ。帰ってくるなんて聞いていないわ」
連絡を取っていないし、イタリアから帰ってくるかどうかなんて興味ない。みちるの携帯電話にもそういう内容の国際電話は来ていない。
「でも、なんていうか、挨拶とか、そういうのは?」
「何も。それに、レイが気にすることじゃないわ。レイはどうしたいの?この家に飽きてきたのなら、どこか南の方の温かい場所にでも、ゆっくり羽を伸ばしに行ってもいいわ」

レイと、このまま淡々と生きていく。

レイが望むのなら、ずっとそんな空虚の幸せの中で生きていてもいい。
だけど、レイは少しずつ未来を生きようとしているのかも知れない。
いつまでもここで、2人で生きていくというのは、レイの願いじゃなくて、みちるだけの希望になっているのかもしれない。はるかの言う通り、みちるがレイの未来を縛ろうとしているのかも知れない。
「………おじいちゃんに会わないと」
「レイのおじいちゃん?」
「うん。1人でお正月を迎えるのなら、可愛そう」
「お正月は参拝客がたくさん来るから、大忙しだと思うわ」
「そっか。確か、神社だったものね」
「三が日を過ぎたら、遊びに来てもらう?それとも、行きたいって思う?」
レイは東京に帰りたくないと、強く思っていた。それも少し、考えが変わってきたのかも知れない。知らない人のはずのおじいちゃんを、それでも身内だということをいつの間にか受け入れている。
「………考えておくわ。あそこは…あの場所は、火野レイの思い出がたくさんあるのでしょう?」
「レイ。焦ることなんて何もないわ。おじいちゃんは、あなたの意思を尊重しているの。無理に行く理由もないわ」
「……うん。でも、……会わないといけないって思う」
レイの手を取って、握り返してこないその手を取って、ゆっくりと進む。
言いようもない胸を襲う苦しさは、ずっと傍にいられないかもしれないという焦りだと言うことはわかる。レイの幸せを心から願っている気持は、その幸せをずっと傍で見ていたいというみちるの我儘と同じ色をしていて、いつかそれが、レイの人生の舵を強引に変えてしまうことは間違いないだろう。



あの愛をレイが忘れてしまっていても
それでもいいと思っているのは
傍にいたいと願うのは
みちるだけのエゴ



関連記事

*    *    *

Information

Date:2015/02/14
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/453-3d19fee9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)