【緋彩の瞳】 傷跡 ⑯

緋彩の瞳

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ポイ捨て小説

傷跡 ⑯

「…………ごめんなさい、あの。借りていたものを……返しに来ただけで……」



あまりおいしいと思えない夕食を食べて部屋に戻ると、“仲間”と言われていた人の1人がレイの部屋の中にいた。あまりに驚きすぎて、声も出せなくて、ただ、固まってしまった。それを見て彼女は一歩後ろに下がって、それから鞄から何かを取り出して見せてくれる。
「すぐ帰るから、ごめん、おじいちゃんから、来ないでって言われてたんだけど。その、ごめん、前に持って帰っちゃったの。その、だから、忘れないうちに、返しに来ただけだから」
手にしているものは、レイが部屋中探しても出てこなかった携帯電話の充電器だ。
「………すごく探しました、それ」
「ご、ごめんね。同じ機種でさ……私、自分のをなくしてる間、ちょっとだけ、借りてた」
レイが手を出すと、恐る恐るその人は渡してくれた。まるで、腫れ物を触るように。
「名前……あなたの名前……」
沢山の名前があったけれど、全然覚えていない。レイは暖房を付けてから、こたつのスイッチを入れて腰を下ろした。帰れ、と言わなかった。写真に沢山写っていた子。火野レイと頬を寄せ合い、腕を組んでピースをしていた子。
「美奈子。愛野美奈子」
「……そうでしたね。お正月に、みちるさんが電話で怒っていた人」
みちるさんは美奈子って呼んでいた。かつて、火野レイは彼女のことをどう呼んでいたのだろう。
「うん……えぇっと、じゃぁ……帰る。あの、ごめん。でも、その、元気そうで、よかった。本当、……本当に元気そうで、安心したわ」
立ちっぱなしの美奈子さんを見上げると、きららの涙をポロポロとこぼしている。
「ごめんなさい……あなたのことが、何もわからないの。何も、思い出せないの」
彼女に向かって、何度このセリフを口にしただろう。
「いいよ、全然。こっちも、思いつめるようなことばかりして、ごめんね。レイちゃんが忘れても、私たちはずっと……ううん、レイちゃんはレイちゃんの人生を、これから楽しんだら……いいんだよ」
あれから2か月くらい経っているのに、それでもこの人は、こんなにもレイのために泣いてくれている。
「火野レイは、……あなたたちが大切にしていた仲間は、きっといい人だったのですね」
「レイちゃんはレイちゃんだよ。世界に1人しかいない。そうやって、他人みたいに言わないで」
他人にしか思えないって、どうしてわかってくれないのだろう。
「………ごめんなさい。私なんて、いっそ死んでいれば……あなたを何か月も悲しませたり、期待させたりせずに済んだのに」
「馬鹿言わないで」
宝石のような涙だわ、と思った。
一粒の大きな滴が音を立てて畳に落ちていく。

とても綺麗
人を想う気持ちはとても綺麗

レイはこんなにも人を想うことができる人間には、きっとなれないだろう
こんなにも想ってくれる人とは、きっと巡り会うこともできないだろう
でも泣いているのは火野レイのためであって、火野レイが大切だから。一秒でも早く、記憶を取り戻してほしいと思っていて、それが叶えられないからだ。
「………私の過去は、どうして消えたのですか?どうして私は、過去を失わなければならないのですか?私は何か罪を犯したのですか?何もかもを消したいだなんて、強く願ったのですか?これはその報いですか?」
美奈子さんは涙を手の甲でぬぐいながら、レイの傍に腰を下ろした。
「わかんない。でも、…………もしかしたらあの日、あの事故に遭う前に、心のどこかで、レイちゃんは人生をやり直したいだとか、過去を消したいとか、そういうことを強く思っていたのかも知れない」
「どうしてそう思うのですか?」
「そう考えてもおかしくない、そういう状況だった」
本当は、この人はレイが過去を失った原因を知っているのではないだろうか。
知っていて、言えない事情があるのではないか。
「……そうですか」
「でも、それも、憶測だから」
知ったとしても、嫌な気持ちだけが増えるだろう。もしかしたら思い出してしまえば、忘れたままでいたかった、なんてことを考えるほどのことなのかもしれない。
結局は、この今の状況に陥ることを、火野レイが望んだと言うことなら、願いが叶ったと言うことなのだろうか。
「……私は、その時の私は、後のことなんて考えていなかったのですか?あなたたちを悲しませたり、覚えていないと言うことに苦しむかもしれない、なんてことを」
「どうだろうね。1人で何かを思い悩むときなんてさ、そんなことまで考えたりしないよ」
「それも……そうですね」
もし、その仮説が本当だとするならば、その原因がわからなければ、ずっと真っ白い過去を抱いて生きて行くしかないだろう。
何があったのかを知れば、もしかしたら、その真っ白な世界に鮮やかな色が映えるだろうか。でも、同時に、悲しみだとか苦しみだとか、死にたいだとか、そう言いう感情に掻き立てられたりすることになるのかも知れない。
だけど、事故だった。死にたいと言う意思でバスに飛び込んでいない。両手両足を失わずにちゃんと生きているのだから。過去を消したいと願っても、死にたいほどではなかったのだろう。

今の状況と、その時の火野レイと、どっちが苦しいことなのだろうか。
その答えを、目の前の美奈子さんは持っているのだろうか。

「…………馬鹿だよね、レイちゃんって。もし、本当に、愛している人と離れて生きて行くために、記憶なくしちゃったなんてことだったらさ、馬鹿にもほどがあるよ。“あの人”も流石に記憶を失くされてしまったら、諦めがつくだろうし。一石二鳥とか思ったのかな」

あの人って誰。
愛している人って誰。

だけど、声が出なかった。出せなかった。知らないことだから。
レイには何一つ、美奈子さんが言っている言葉の意味が分からないのだから。

「……………帰るね。レイちゃんがいなくなっても、おじいちゃんのことは私たちがちゃんと寂しくないように、顔を見に来るから」
「………ありがとうございます、美奈子さん。何も思い出せなくて、ごめんなさい」
美奈子さんはレイに向かって両手を一度広げて、だけど抱きしめることをせずに視線を逸らして立ち上がった。
「本当は、……本当は、覚えていないからって、それが何よって、過去なんて、終わったことなんて、どうだっていいじゃないって、頬っぺた叩いてやりたい。あなたは火野レイ。それ以外の何者でもないんだってね」
見下ろすその瞳はきらきらしている。眩しすぎて痛くてたまらない。
「それは、あなたの中に過去の火野レイがいるからです」
希望を捨てたりしないっていう輝き
とても優しくて、みんなきっと、こういう気持ちを愛って呼んでいるだろう。
「……レイちゃんは世界で1人よ。過去の火野レイ?そんなものはない。私の目の前にいる火野レイは、世界でたった1人。私たちは命がある限り、レイちゃんを大切に想い続けるし、愛し続ける。レイちゃんが愛したもののすべてを、私たちは身体中に刻んでどんなことがあっても、忘れたりしない。声に出すことじゃないかもしれないし、放っておいてなんて思われるかもしれない。それでもいい。レイちゃんは、レイちゃんだけのものじゃないんだから。勝手に孤独になって、勝手に私たちの縁を切ったりしないで」

どうして火野レイを諦めないのだろう

みちるさんは諦めてくれたのに

美奈子さんは諦めないのだろう



「………ごめんなさい」
「大好きだよ、レイちゃん。私たちは、ずっと今のレイちゃんが大好き。ずっとずっと愛してる」

とても心地のいい響きの言葉なのに。
身体に浴びるその心地よさはあっという間にすり抜けて行ってしまう。
レイは顔を両手で覆って、うつむいた。ありがとうと言う言葉も、ごめんなさいという言葉も、どちらも言えなくて、どういう言葉をかけることが適切なのかも思いつかなくて。

美奈子さんはレイの部屋を出て行った。

忘れちゃったって、笑えたらどれだけ楽になれただろう
知らない間にどんな友情を交わしたのかわからない人に、大好きだって言われても
その気持ちに応えてあげられない心苦しさと向かい合いながら
笑って生きて行けだなんて、レイにはできない




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Date:2015/02/16
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