【緋彩の瞳】 傷跡 ⑲

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

傷跡 ⑲

1月も残り少ない。手足は完治している。神社で生活をするようになっても、記憶が戻ることはなかった。だけど、最近は、ここで暮らす毎日というものにそれほどの怖さを感じなくなってきている。レイのことを知っている人がいきなり訪れることもなければ、神社の自分の部屋にいる限りは生活に困ると言うこともない。
みちるさんからは、相変わらず毎日、レイの様子を聞いてくる電話が入ってきて、元気、大丈夫と繰り返すだけ。あのカードの行方のことを、「こんなことがあって困っているけれど、どうしたらいいか」って聞いてみようか毎日電話をしながら悩んで、それでも言えないままだ。
夕食が終わると、いつものようにみちるさんから電話がかかってきた。いつも3コール聞いてから出る。
『レイ』
「みちるさん。こんばんは」
『今日も、特に何もなかった?』
「はい」
『そう。あのね、明日、はるかの誕生日なのよ』
「はるかさんの?」
『そう』
はるかさんとは、クリスマス前に一緒に買い物をして以来、顔を見ていない。あの子たちと、美奈子さんたちと一緒にパーティとかするのだろうか。それとも恋人と一緒に過ごすとか。
「おめでとうって、伝えておいて」
『きっと、喜ぶわ。はるかとも、会ってないの?』
「別に、会いたくないって言うことはないけれど。特に連絡はないわ」
『そう』
今日、おじいちゃんと学校のことを少し話していた。お父さんの血筋の人が、大きな屋敷に一人で生活をしている。近くに私立の女子校があって、今のレイが通っている学校の理事長が、そこの校長と知り合いでもあるらしい。そこならば話を通せるから、どうだ、ということ。場所は東京から新幹線で数時間の場所だ。レイは親戚ということに少し眉をひそめたが、何かあった時に血のつながった人間が誰一人いないと言うことは、おじいちゃんもお父さんも心配だと言われた。それに、その血筋の人とレイが最後に会ったのは小学生の時らしく、レイのことをよく知ると言うほどでもないんだとか。大きな家で、個室も用意してくれて、お手伝いさんもいて、寮生活よりはお前の性格に合ってる、なんて言われた。
自分の性格なんてよくわからないけれど、大人数で規則正しい生活をすると言うことよりは、確かにいいかも知れない。
だからたぶん、レイは来月中に引越しをして、まず向こうでの生活に慣れて、そして4月からは新しい学校に通うことになるだろう。

東京から遠く離れた場所で。

『ねぇ、レイ。明日もしよかったら……顔を見に行ってもいい?』
「……うん。あ、でも、はるかさんのお誕生日でしょう?」
『夜にパーティをするの。その前に顔を見に行くわ』
「うん。わかった」
やっぱり、あの子たちとみんなでお祝いをして、楽しく過ごすみたいだ。何となく、きっとあの子たちは誰かのお誕生日になれば、パーティをするんだろうなって思えた。アルバムの中にもそれらしい写真があった。火野レイは本当に楽しそうな笑顔を見せていた。
幸せそうだった。本当に、幸せそうな顔だった。


今のレイは、何を幸せと感じるだろう。
何も感じない。
幸せと認識するべく感情は、常に過去から学んできたはずなのだ。
だから、何も感じられない。



引越しも終えて、せつなとの生活から久しぶりの1人暮らしに戻った。引越しの手伝いに仲間を総動員していて、その流れでみちるの新しいマンションではるかのお誕生日パーティをすることになっている。美奈子の誕生日もせつなの誕生日もみちるはいなかったし、クリスマスも新年会も会わなかったから、みちるには久しぶりの、だけど全員が揃わないパーティ。仲間たちが買い出しや準備に取り掛かっている間に、みちるは猫2匹を連れて、徒歩で行ける距離にある神社に久しぶりにやってきた。ルナとアルテミスなら、言葉を話さない限り、レイに近づくこともできるし、レイが元気だと言うことを、うさぎや美奈子たちに伝えてくれる。会いたがっている仲間たちの中で、会わせることができるのは猫くらいだ。
「ごめんください」
玄関先で中に声をかけると、前と同じようにお手伝いさんが近づいてくる。
「レイは?」
「おられますよ。海王さんが来られることは、伺っております。どうぞ」
みちるはレイの部屋の前に立って、小さく咳払いして、その風を足元の猫にかけた。言葉を出さないように、と。
「レイ?」
「どうぞ」
襖をそっと開けると、コタツに腰を下ろしているレイと視線が合った。
「みちるさん」
「レイ。元気だった?」
「うん。手もすっかり良くなったわ。もう、わりと普通に動かせるの。座って。お手伝いさんに、お茶を持ってきてもらうように言ってる」
「ありがとう」
レイに言われて腰を下ろそうとすると、アルテミスとルナがみちるの肩に上ってくる。
「キャッ!……ね、猫?!」
レイはびっくりしてのけぞって、心臓のあたりを抑えている。レイの家のこたつの中なんて、何の連絡もなしに勝手にいたことなんて当たり前だった。レイとみちるが2人きりだと思っていたのに、アルテミスがいた、なんてこともあった。そんな過去が懐かしい。
「あっ。言うのを忘れていたわ。この白いのがアルテミス、黒いのがルナよ。ごめんなさい、猫は大丈夫?」
「え?えぇ……えっと、ペットなの?」
「うーん、まぁ、そうね。私じゃなくて、美奈子とうさぎの。この子たち、レイに会いたいって鳴いて、勝手についてきたの」
「えっと……あ……待って」
かわいらしく鳴いてみせる猫を交互に見て、レイは何か思い立ったらしく、勉強机の引き出しを開けて、アルバムのようなものを持ってきた。
「その猫、写真で見たことがあったわ」
「レイ……アルバムを見たの?」
意外だった。過去なんてもう、知りたくもないに違いないと思っていたのに。
どうしてレイは、あの頃の写真を見たいと思ったのだろう。何の抵抗もなく開いている。
「ほら。かわいい猫、美奈子さんの肩に乗ってる」
「えぇ。旅行に行く時も連れて行っていたから」
ルナとアルテミスがレイの膝の上に乗って、ものすごく喉を鳴らして頭をお腹に摺り寄せている。会いたいと強く思っていたのは、美奈子たちだけじゃない。2人だって、夏から秋はずっとレイの傍にいたのだから。
「可愛い。うちの神社広いし、おじいちゃんも1人はかわいそうだから、何か犬とか猫とか、飼ったら寂しくないかしら」
「……えぇ。レイ、そういえば学校は決まったの?」
「うん。4月から通うの。それで、とりあえず来月には引越しになると思う。と言っても、それほど持っていくものもないんだけど」
すり寄る猫2匹を撫でながら、レイはみちると視線を意図的に合わせようとはしない。
「そう」
お手伝いさんが紅茶を持ってきてくれて、一口飲み、机の上に置かれたアルバムの存在が気になってきた。


付き合っていた頃は、デート中に写真を撮るようなことはしなかった。だけど、仲間といるときでも、普通に2人でいたし、並んで座っていたし、寄り添っていた。写真を誰かが撮っていてもそんなことを気にして離れるなんてこともしなかった。だからもしかしたら、何かレイが違和感を覚えるような写真があるかもしれない。
「学校は遠いの?」
「うん。東京じゃないわ」
「……そう」
「でも、これでやっと、私、生きていけるんだと思うの」
「そうね。新しい環境で、将来を考えられるといいわね」
「………今はまだ、とりあえず生きるって言うことだけなんだけど」
レイはアルバムを手にして、パラパラとめくった。付き合っていた頃のものだ。幸せそうにレイの背中を抱きしめている写真がある。ほかの仲間たちもレイを抱きしめている写真があるけれど、みちるは吸った息を飲み込んだ。

溢れすぎて零れ落ちるほどの愛がそこにはあって、あの幸せはずっとずっと未来に繋がっていて、何の恐れもないと思っていた頃。

息が苦しくなってくる。
何事もなく、平然を装えるだろうか。

「にゃー」
「………ルナ……」
みちるの膝の上にルナが乗ってきて、心配そうに見上げてくる。
無理やり笑ってみせて、頭を撫でた。
「最初はね、この家に住むのが嫌だって思ったんだけど、でも、おじいちゃんは記憶をなくしてしまったことなんて、大したことないって言うの。忘れちゃったって言って、笑っておけばいいんだって。それは……難しいことなんだけど、でも、ここに住んでみて、自分が確かにここで生きてきたんだなって言うこともわかった。今は、ここにいると言うこと自体は、それほど苦しくはないわ。部屋にいれば誰かに会うこともないし、昼に外に出れば、特に誰かに声をかけられることもないから」
だったら、遠いところに行ってしまわなくても、なんて言える訳もなくて。
みちるはルナを抱き寄せ額にキスを落として放した。
「そう。辛くないのなら、よかったわ」
「うん。過去の火野レイがこの人たちと、すごく仲が良かったって言うことも知ったわ。そして、こんなに幸せそうに笑い合っていた過去があったんだって思うと……この人たちに申し訳ないっていうか。感謝もしないとって」
「みんな、レイが生きているだけで幸せだわ。それに、別に今からでも仲良くなればいいじゃない」
レイは小さく首を振った。みちるを拒絶しているように思えた。
「いいわ。だって、この街から、私はいなくなるんだもの。火野レイは思い出のまま、みんなの中できっと笑ってると思う。って……死んでないけどね」
記憶をなくしたレイがみちるにだけ心を許したのは、思い出してほしいと願う態度を見せなかったせいだ。

ただ、それだけ。
そっちの方が異常なことだというのに。

「……そう。いいわ。レイの生きたいようにしてほしいもの」
何が本心なのかなんて、もうみちるにはわからない。
「うん。あと、みちるさん。聞こうかどうか……ちょっと悩んだことがあるの」
「なぁに?」
アルバムを数枚めくった後、レイは写真の中のみちるの首元を指さした。
「このネックレス、とても綺麗ね」
レイとお揃いのネックレス。一緒に買いに行った。その日のことが映画のように映像になってよみがえってくる。絶対に、どんな時も外さないんだからってレイは言っていた。別れ話をしたその日に、レイは自分で外して、みちるの手のひらの中に置いて出て行った。
「……そうね」
「同じものを、私も付けていたみたいね」
「…………えぇ。わ、私…私の、買いものに、レイが付いてきて、その、何となく、同じものを気に入ってしまって、それで、結局、一緒のものを買ったの」
「宝石はルビーとこれは何?エメラルド?」
「えぇ」
「宝石の順番は違うのね」
「えぇ」
「部屋中を探し回ったの。ピアスとかブレスレッドとか、他のネックレスは見つかったの。でも、これが出てこなくて」
捨てる決心がつかなくて、みちるのものと一緒に、みちるのジュエリーボックスの中に入れられている。レイは、今のレイはある程度の予測を立ててみちるの態度を確認しているのだろうか。それとも、それすらわかっていなくて、ただ知りたいだけなのだろうか。
レイとみちるがどれほど仲が良かったのかを、純粋に聞きたいのだろうか。
「……ごめんなさい、それは流石に私にもわからないわ」
「どこかで失くしたのかしら?」
「さぁ。わからないわ」
「……そっか。でも、お揃いのものをいつも着けていたのね」
咄嗟に適当にしゃべった言葉の通りだと、わざわざ2人揃っているときに付ける必要なんてない。むしろ、どっちかがいると分かっているのなら、避けてもいいくらいだ。

レイは何を知りたいって言うの。
何も知りたくないって言っていたのに。
知って、どうだっていうの。
みちるに何を言わせたいの。


「今のレイには、覚えのないことだから」
「うん。そうよね。でも、火野レイが大切にしていたものを、私は捨ててここからいなくなるわけでしょう?過去のことなんだけど、なんていうか………落ち着いて考えてみると、誰かの、いえ、火野レイが大切にしていたものを平気で捨てて行くのも、ひどいことかもしれないって思えて。それで、一応は見ておこうって思ったの。どうして彼女たちが私を、キラキラした瞳で見つめてくるのか。どうしてずっとずっと信じ続けているのか。どうして、みちるさんと火野レイが同じネックレスをつけていたのか。誕生日にくれたカードの送り主は誰なのか」


レイはみちるがカードを持ち出したことに気が付いている
だから、みちるが持ち帰ったと言うことを、みちる自身に問いかけてきている
あのカードの内容の意味も
あのカードを持ち帰った理由も

ペアリングではなかったことが、せめてもの救いだったかもしれないけれど、女同士の友情としては、少し度が超えているとレイは思ったのだろう。



「………私たちにとっては、レイは世界で1人だけよ。あの事故の日を境に過去と今を引きちぎってしまったわけではないわ。でも、それは私たちの考え方。思い出せないレイが、生きやすい道を選んで、今のレイがレイらしく生きて行けばいいの。別にレイが過去を知らなくても、私たちが覚えているから、安心したらいいわ」
レイは視線を合わせることなく、アルバムを閉じた。アルテミスがゴロゴロと喉を鳴らして、その身体にすり寄っている。軽く頭を撫でながら、漏らすため息はどれくらい重たいのだろうか。
「……ありがとう、みちるさん。でも、おじいちゃんが、仲間だって言ってくれた人たちに、ちゃんと感謝しなさいって言うの。過去にあの人たちから深い愛を受けていたのだからって」

美奈子たちは泣きながら笑うだろう
必死になって笑って、レイにさようならって言って
それでも信じ続けているだろう

みちるは

みちるはどうすればいい

「もちろん、みちるさんにも」

やっと、愛し合った日々を過去のものとして受け止める決心ができた直後に、レイはその過去を失った。
愚かにも、みちるはそのレイの傍で生きていられるのなら、忘れたままでいて欲しいと願った。あの愛し合った過去のないレイであれば、ずっと傍にいられる。髪に触れることも、声を聞くこともできる。もしかしたら、もう一度一から関係を作り直せば、恋人にだってなれる可能性がゼロではない。
でも、結局、神様は、そんなみちるの我儘で愚かな願いなんて認めてはくださらなかった。
初めから、結末はわかっていた。
レイの未来はどんなことがあっても、みちるを必要とはしない。
みちると愛し合う未来など、レイには必要じゃない。

だから、もう、あの苦しみを味わいたくはない。
思い出してしまって、そしてまた、傷跡に再び鋭利な刃物で現実を突き刺されるくらいなら、今の火野レイを受け入れて、今のレイが望む未来を、そっと見守っていることの方が、傷は浅くて済む。
レイの幸せを願っている。レイが幸せな未来を歩めるのならと、別れを受け入れた。
それをすべて、一から今のレイに言いたくなどない。
いや、嘘を吐いてしまいそうで怖い。
ずっと、恋人同士だったと。別れたという事実を口に出して言うことが怖くてできない。
嘘を吐いて、恋人だと偽って、愛してと縋ってしまいそうで怖い。

「みちるさん?」
両手で顔を覆ってしまいたくなることを必死でこらえた。笑って見せることができなくて、呼吸を乱さないことだけで精一杯。
「……そろそろ、行くわね。東京を離れる前に、もし会えるのならば、みんなに会ってあげて。みんな笑顔であなたを見送ってくれるわ」
「うん。1度、会えたらいいって、今は思うわ」
これ以上ここにいると、みちる自身がどうなるかわからない。レイの前では涙を見せないと自分に言い聞かせてきた、それが保てなくなってしまう。
「はるかに伝えておくわ」
「うん。あ、お誕生日。パーティでしょ?」
「えぇ」
みちるは立ち上がって、コートに腕を通した。背中を向けて、鞄を手にする。
「行先の住所とか、また教えてね。あと、何か手伝いが必要なら遠慮なく言って」
「うん」
「じゃぁね。寒いから、見送りはいいわ」
振り返って、視線を合わせないで手を振った。立ちかけていたレイが追いかけてこないようにすぐに部屋を出て襖を閉めた。
逃げるように玄関でブーツを履いて、駆け足で鳥居を潜りぬける。隠し堪えた涙が、安心しきったかのように、頬を川のように流れては零れ落ちていく。
肩を震わせながら、嗚咽を漏らして泣きながら歩いた。
自分に問いかける。

どうしたいの?
何を望んでいるの?



なぜまた、こんな息苦しい想いをしなければならないの。


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Date:2015/02/17
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