【緋彩の瞳】 傷跡 21

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

傷跡 21

ルナとアルテミスはレイの蒲団に潜り込んできたので、取りあえず探しに来てくれるまでは預かることにした。もしかしたら、勝手に帰ってしまうかもしれないけれど、猫たちはとても慣れた様子でレイの部屋をウロウロしている。朝、猫に与えることができそうなものはないかとキッチンの棚を手あたり次第開けると、飼っていないはずなのに、キャットフードのストックがあった。
それを小皿に乗せて食べさせて、それから部屋でみちるさんのCDをかけながら、ぼんやりとアルバムを見る。毎日こうやって眺めても、何も閃いたりするものはなかった。
あの、みちるさんの嘘っぽい言葉はやっぱり信じられないけれど、こんな風に、もやもやする気持ちも、東京を離れてしまえばいつかは消えてなくなるだろう。
消してしまった方が、楽になるに違いない。


おじいちゃんに、美奈子さんたちの猫が来ているから、美奈子さんに連絡してあげてと伝えた。確か、勝手に来ないようにって伝えていたはずだから、待っても待っても、あの人たちはレイに気を遣って、神社に入ったりはしないだろう。おじいちゃんはレイの友達なのだから、自分で連絡をしなさいと言ってきた。連絡先が分からないって言っても、携帯電話はお前の机の中にあったはずだって、言われてしまった。
何日かくらいは、待ってみようって思った。実際2日待ってみたけれど、猫はのんびりとレイの部屋にあるコタツでうずくまり、寝ようとしたら布団にもぐりこんでくる。
みちるさんが連れて行ったのだから、飼い主の2人だって、どこにいるかくらいはわかっているだろう。前みたいに、レイの目を盗んで猫を引き取りに来るかもって期待をしてみたけれど、飼い主は放ったらかしているようだ。
「あなたたち、同じところにハゲがあるのね。三日月みたい」
アルテミスとルナは猫らしからぬ様子で、レイに懐いてとても聞き分けがよくて、走り回ったりもせずに、愛想よく尻尾を振っている。
「お揃いなのね。仲良し夫婦なの?」
「ニャー」
「そっか。……お揃いだものね」
アルテミスが喉を鳴らして、ルナにすり寄った。仲睦まじい猫の頭を撫でて、火野レイが使っていた携帯電話を手にしてみる。
この子たちの飼い主のフルネーム、少なくとも一人は覚えている。電源を入れて、電話帳を開いたら、おそらく最初に出てくる名字だろう。だけど、それだけで他を見ないでいられるだろうか。

たとえ、知ったところで、今のレイにはどうしようもないことだ。
「………お家に帰らなくてもいいの?」
「にゃ~」
「………それとも、私に電話をさせたくて居座ろうとしているの?」
「にゃー」
「人間の言葉がわかるの?」
「にゃー」
猫を相手に話しかけたって仕方ない。わざわざキャットフードを買い足してまで、彼女たちを待つと言うのも何か違うような気がする。
一応、猫が居着いているって言うことは伝えておかないと。遠まわしに、引き取りに来てほしいって言うことくらいなら、きっと伝わるだろう。
左の親指で電源のボタンを押した。真っ暗な画面に機種の名前が浮かび上がって、砂時計が現れる。
アルバムを眺めることで、少しずつ過去の自分を理解してきたつもりだけれど、
この中には、火野レイの日常が詰め込まれているには違いないだろう。
たとえば、男の人とのやり取りなんかもあったりするのだろうか。レイが都合よくみちるさんとの関係を疑っていてばかりだったけれど、絶対にそうだと言うものは何もない。
あるとしたら、この携帯電話の中にあるだろう。

起動されると同時に、メールのランプと不在着信の履歴がずらりと画面を覆いつくしてしまった。それを開いてしまわないように、メニューボタンを選んで電話帳を選択する。
そこにはいくつかのカテゴリがあった。“仲間”“学校”“家族・親戚”“病院”“お店”“その他”シンプルに分けられたその中から、“仲間”を選択すると、その名前は予想通りに1番に出てくる。
今は15:50。レイは通話ボタンを押して耳に携帯電話を押し当ててみた。
6コール目に差し掛かり、切ろうかなと思ったところで、通話がつながったようだ。
『……レイちゃん?』
「えっと、あの、……あの、猫を…その…うちで預かっているっていうか、置いて行かれたっていうか」
声は間違いなく美奈子さんなんだろうけれど、知らない人にかけているような気持は、和らぐことはない。
『あ、そうそう、そうだった。ごめん、レイちゃんの家に頻繁に置いて帰っていたから、気にしなかった。引き取りに行っても、大丈夫?』
「えぇ、その。いつ頃来ますか?」
『今日、学校からの帰りに行くわ』
「そうですか」
籠とか持ってこなくても、大丈夫?って聞くことも忘れて、取りあえず待っていますと言ってすぐに電話を切った。画面には、相変わらず沢山の着信履歴と未読のメール。
アルバムを毎日眺めても、何も思い出したりしなかった。
携帯電話の中にある情報を知れば、何か思い出したりするのだろうか。

それは、思い出してはいけないことで、苦しいことだったり辛いことなのだろうか。

美奈子さんは、火野レイは人生をやり直したいとか、そういうことを願っていたのかも知れないと言っていた。だから、記憶を失ったのかもしれない、と。
愛する人と離れて生きて行くために、忘れるなんて、と。

「……誰かと別れた直後だった、とか」
だとしたら、そういうことに関する内容のメールが沢山入っているかもしれない。
「忘れてしまったということは、火野レイの望み通りということ、か……」
真相に近づいたとしても、レイの何か琴線に触れるような、こみ上げる感情のようなものは身体の変化として現れることもなさそうだ。
「ねぇ、アルテミス、ルナ。私って彼氏……恋人はいたの?誰かと付き合っていたの?」
「にゃ~」
ぺろぺろとレイの頬をなめて、ルナは額を何度もレイの胸にこすりあててくる。
「………忘れたままが正解って言うことなのかもしれないけど」


忘れられた相手は、どう思うのだろう。

みちるさんは
みちるさんだとしたら、どんな思いで、毎日レイと一緒にいたのだろう。


『愛してるわ、レイ。このままずっと傍にいて』

あの言葉を聞いた時、どこかで聞いたことがあるような気がした。
それが唯一の記憶かもしれないと、そう感じた。


「………どうしよう。絶対にみちるさんではないって言う、決定的な何かが欲しい」

お揃いのペンダント
仲睦まじく写っている写真
誰もがみんな、“みちるさんを思い出さないの?”と何度も聞いてきた
“いつもずっと一緒にいた人”だと言っていた
みちるさんの字で書かれた、“愛してる”のメッセージの入ったバースデーカード
そして、それだけが引出しの中からなくなった


『愛してるわ、レイ。このままずっと傍にいて』



事故の時に人生をやり直したいと思っていたのならば、レイは振られた方なのだろうか。そのショックで記憶を失くしたとしたのなら、罪悪感でみちるさんはレイの面倒を見ていたのだろう。

だとするのなら、やはり、思い出そうとしない方がいい。

記憶が戻ったら、火野レイはみちるさんに縋るのだろうか。
縋って、元に戻ったからよりを戻してと迫るのだろうか。
みちるさんはそれを恐れているから、何も思い出さなくていいって言っていたに違いない。

それで、すべて辻褄が合うだろうか。

みちるさんはずっと、ずっと、罪悪感を持ち続けたままでレイのお世話をしていた


でも、だとするのなら、傍にいてと囁いたのはどうして。

罪悪感でいたたまれなくなったのだろうか。


「………振った人間の世話をするなんてね。でも、自分のせいだって思ったら、罪悪感には勝てないのかしら」

思い出してほしくないと思いながらも、仲間のことさえ忘れたことは、きっとみちるさんを傷つけてしまっただろう。


だったら、本当にもう、みちるさんとは連絡を断ち切った方がいい。
これ以上、罪悪感を抱いたまま、みちるさんに迷惑をかけられない。
今のレイには何一つ覚えはないけれど、振ってしまった相手に、ましてやそれを覚えていない相手に、気を遣う理由なんて何もないのだから。


その時の火野レイは、精神的に追い詰められていたのかも知れない。
それくらい、みちるさんのことを好きだったのかも知れない。


火野レイは、同性の海王みちるさんという人を


かもしれない、ではない。


好きだった


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Date:2015/02/19
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