【緋彩の瞳】 傷跡 24

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

傷跡 24

割れんばかりの拍手が身体を襲って、レイは意識を取り戻した。
周りの人がみんな、立ち上がっている。

必死に椅子から逃げるように、足を何とか動かして、会場から出た。
コートも羽織らずに、壁伝いに歩いて、冷えた風を受けながら、外に出る。


歩いている途中、大きな通りでタクシーを捕まえた。火川神社と告げて窓に頭を押し付けて、こわばった身体からため息を逃がした。





「……レイが?」
「うん、たぶん」
楽屋に来た美奈子たちは、会場にレイがいたらしいと伝えてきた。久しぶりの緊張感から解放され、まだまだもっと練習をしなければ、と反省していたのはわずか5分。みちるは衣装のままで受付に向かい、みちるのサインと日付を書いたメモを持った人が来たかと尋ねた。とても綺麗な若い女の人が来たという。


レイ



一つしかない出入口には姿もない。帰ってしまったのだろう。舞台からレイの姿を確認することはできなかった。どのあたりに座っていたのか、何も見えなかった。
「みちる?」
「………ごめんなさい」
「レイ、もういなくなったみたいね」
「えぇ」
楽屋に戻ると心配そうな顔をした仲間たちが、じっと見つめてくる。どんな想いで聴きに来てくれたのだろうって考えながら、よく部屋でみちるのCDを聴いていたということだから、単純に興味があっただけなのかもしれないって思いなおしてみる。
「せっかく成功したんだから、今は憂鬱な顔をしないで。復帰のお祝いしないと!」
みちるの中では、今日の演奏を決して成功と位置付けるものではない。何かが足りていなくて、それは練習でもあり、情熱でもあり、捧げたい人の存在でもあると思い知らされた。
「ありがとう、うさぎ。そうね、取りあえず、最後まで舞台の上に立っていられたのは、あなたたちがいてくれたおかげよ」
みちるは作り笑顔を見せて、うさぎの頭を撫でた。


仲間たちと部屋でパーティをして、みちるの復帰を祝って乾杯をした。レイが明日いなくなるということをみんなわかっていたけれど、そのことについて誰も何も口に出す様子はなかった。会いたいという願いを心の奥底にしまって、レイの幸せを願う。
どこまでも、仲間たちはレイを愛している。愛し続けるだろう。だから、レイに会えないという痛みを背負うのは、みちる1人だけではない。
傷の深さは違うし、愛の種類も違うけれど、みちるもずっと愛し続けようと思う。愛しても愛しても、どうしようもないこともある。それでも、愛すると言うことを辞めるということは、理性でどうにかなるものでもないのだから。
「今日は、みちるの中ではどうだった?」
「演奏?」
「うん。70点……くらい?」
ある程度お腹を満たして、少し落ち着いた頃、隣に座っていたはるかが少し声を小さくして聞いてきた。70点と点数を下したのは、本当はもう少し低いと言うことなのだろう。
「そうね。とても寛大な評価をありがとう」
「これでも、かなりの頻度で君の演奏を聴いてきたからね」
「そうね」
「ちゃんと世界に通用するまで、トコトンやるつもりはないのか?もっと技術を磨くためにどこかに留学するとかさ」
みちるは何度か海外での演奏は経験したけれど、世界を拠点にしたいなんて思っていない。レイの傍で生きて行く、時々海外に行けたら幸せ、そういう感じでよかった。
「……さぁ。日本でももっと技を磨く努力はできるから。ただ、今まで以上に真摯に向き合うつもりよ」
「そうか。それがレイの願いだからね」
はるかは柔らかく、爪でひっかくような傷を残す。有り余るレイへの想いがまた、みちるからヴァイオリンを奪うことがないようにって、くぎを刺したいのだろう。
「もう大丈夫って胸を張ることはまだ、……でも、あの子の願いを受け止めて、前に進まなきゃ。私たちのためにみんなが頑張ってくれたことだって、無駄にしたくないもの」
きっと、ふとした静けさに涙を流すことだって、まだまだ何度もあるだろう。
だけど、みちるにはレイと深く愛し合った過去がある。


愛してる
愛してた


みちるに対して、何か疑念を抱いているようにも見えたけれど、それでもレイは何も聞かずに、みちるは何も言えずに、遠くへ行ってしまう。
かつて愛し合った関係だと伝えても、レイには一つもいいことなんてない。
すでに終わったことを掘り返したとしても、気持ち悪さだけしか残らない。
そして、みちるだけが未練たらしく愛しているということが、嫌悪感を抱くことに繋がる。


愛してる
愛してた


その事実だけが見えないものとして、存在している。
ただ、それだけ。




「もう、会わないの?」
美奈子とうさぎはルナとアルテミスを置いて帰った。抱いて寝たらいい、少し前まではレイと毎日一緒に寝ていたからって。そこまで寂しいわけじゃないって言えずにその優しさを受け取ることにした。
「いつか、会えることがあるかもしれないけれど……見送りはしない方がいいわ」
ベッドサイドに置かれたままの誕生日カード。あの頃の想いと何も変わらないのに、無理にでも変えなければならない。違う愛の形に。
「私は会って、ちゃんと話をした方がいいと思う」
「気持ち悪いっていう想いを持たれて、遠いところに行かれてしまうかもしれない。嫌われたくないわ」
「でも、レイちゃんの過去でもあるのよ?愛し合ったことは事実だわ」
「だからって、伝えて何になると言うの?」
「記憶が戻るかもしれないわ」
記憶が戻ったとして、すっきりしたとしても、すがすがしいと思って晴れやかな気分になるのは、みちるでもレイでもない。
誰一人、そんな風にならない。
「……でも、傍にいられないことに変わりないわ」
だったら、諦めがつく形でいる方がいい。ずっと、みちるだけが覚えていればいい。
記憶の中をさまよいながら、愛し合った香りを求めることすらしなくていいように。
「レイが思い出せば、美奈子たちはレイの傍にいることができる」
「……………えぇ」
アルテミスは強く言い放った。彼は美奈子の相棒。存在を忘れられた痛みは仲間だって背負っていて、もちろんみちるだってそれはわかっている。
忘れられたことの苦しみを、ずっとずっと仲間たちは背負い続け、何も悪いことをしていないのに、押し付けられた痛みを抱えて生きてゆく。捧げる愛が蒸発していくのをただただ、感じながら。
「ルナはどうかしらないけれど、僕は美奈子たちのために、レイの記憶を取り戻すべきだって思ってる。レイがとてつもなく苦しい過去を背負っているのならいざ知らず、思い出したからってなんだよ。付き合っていた人と別れた、それだけのことだろ?恋人が死んだわけでも、殺したわけでも、何か罪を背負ったわけでもないのに。みちるは自分だけが悲劇のヒロインでいるのかい?」
悲劇のヒロインのつもりなんてないけれど、レイという最愛の仲間が傍から離れていくことを、回避する努力をしないのはみちるの怠慢なのだろうか。
洗いざらい愛し合ったすべてを話したところで、レイが思い出すなんていう保証だってないのに。それで何も思い出さないことで、みちるとその関係を知っていた仲間全員を毛嫌いする可能性だってある。
「レイは望んでいないわ。あの子は過去ではなく、今を選んだの。それを邪魔する権利だってないわ」
「毎日みちるのCDを聞いて、写真を眺めながら、みちるとどういう関係だったのかって、いろんなことを考えていたんだ。お揃いのネックレスをしていただろ?たぶん、レイはみちるとの関係を恋人同士だったのだろうと、結論を出している。出していて、その決定的な証拠がないことに不安と安心の両方を抱えているんだ。だから、みちるが想像しているようなことなんて、レイは思ったりしない。本当のことを伝えたところで、たとえ何も思い出せなくても、そうなんだって、思うだけだよ」
毎日、ずっとレイはみちるとのことを、過去を考えていたのだとしたら、それをみちるに聞いてこないのは、怖いって思っているからじゃないだろうか。みちるはベッドで膝を抱えてうずくまった。
「……事実を告げて、いってらっしゃいって言えというのね」
「思い出さなければね」
「思い出したとしても、あの子のことだから、東京を離れるという決断を覆さないわ」
それにそれが一番、レイとみちるにとっていい方法だと思ってる。
せつなもはるかもそう思っている。そうすることがみちるにとってもいいことだと。あの子はよりを戻したいなんて願わないだろう。そして、仕事復帰をしたみちるの傍にいるべきではないと、考えるに違いない。
「でも、美奈子たちはレイに会いにけるし、毎日電話を掛けることができる。深い絆は記憶喪失で分断されたとしても、距離で分断されるものではないからね」
みんな、みちるに気を遣ってずっと会いたいと思いながらも、レイに会いに行かずにいた。レイ自身が望んでいなかった記憶を取り戻す方法は、口を閉ざし続けてきたことを言うことだって、誰もが思ったに違いない。
そして、それがみちるの手前、出来ないと言うことを。終わってしまった愛を語ることで、振られた側のみちるが傷つくことを気にしたに違いない。
「仲間のために?」
「そうだ」
ルナとアルテミスにそのことを言われるとは思ってもみなかった。仲間たちは、特にうさぎや美奈子からは、それとなくそう想われているように感じないこともなかったが、みちるがそうしたくないという態度を、空気を読んでもらっていた。
「アルテミスは、仲間のためにって言えば、私の傷が浅く済むって考えたのね」
「………でも、立派な大義名分だと思う」
「そうね。でも……」
「足りないのは、みちるの勇気だね」
思い出しても出さなくても、それでも、海王みちるとして、凛と生きていられるだろうか。
レイは何を願って生きて行くのだろうか。
「わかったわ。明日の朝までに結論を出すわ」
その顔を見た瞬間、言葉が喉をちゃんと通ってくれるかどうかもわからない。





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Date:2015/02/21
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