【緋彩の瞳】 名前を呼んで ②
FC2ブログ

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

名前を呼んで ②

「みちるさんって勇気あるのね」
「……何のことかしら?」
何となく誘ってみただけなのに、思いのほか彼女は、それほど深く知り合わない関係のみちると遊ぶことに抵抗がないようだった。断られても構わないと言うつもりでいたから、戸惑いが少しある。
「レイちゃん、自分勝手に迷子になる人なのに。……頑張ってね」
「え?頑張る?」
「亜美ちゃん、人聞きの悪い」
唇を尖らせながら、子供みたいに亜美に向かって拗ねている。方向音痴なのだろうか。
「レイちゃんも、あんまり自分勝手に歩いて、みちるさんに迷惑をかけないようにね」
まるでお母さんが子供に言い聞かせているようだ。みちるは眉をひそめて彼女を見つめてみた。知りません、と言った視線は遠くを見つめている。
「えっと、しっかり見張っておけばいいのね?」
絵を観に行くという目的で、彼女をちゃんと見張るっていうのもどうなのかしら、なんて考えつつも、亜美は冗談という様子ではない。
「みちるさん、そんな真に受けることないと思う」
「そう?」
彼女は亜美をしかめっ面でにらんだ後、何でもないと言わんばかりに携帯電話を取り上げる。そしてみちるに1コールして、登録しておいてね、と。

何という名前で登録をすればいいのか

彼女の周りは“れいちゃん”と呼んでいるけれど、漢字でどう書くのか知らない。

今更、フルネームを知らない相手と2人で遊ぶだなんて、大丈夫かしらって思えてくる。
聞くに聞けなくなってしまって“れい”と入れた。


彼女は、一度だってみちるに自己紹介をしてくれていないと言うことを、わかっていないようだ。みちる自身のことは、はるかが5人組に紹介をしてくれたから、みちるの名前はみんなに行きわたっている。だからこの子は普通にみちるのことを名前で呼んでくれる。

「レイ様!ごきげんよう」
TA女学院の制服姿のグループがお店に入ってきた。隣の席に腰を下ろして、黄色い声と共に、彼女に向かって丁寧に頭を下げてくる。
「………ごきげんよう」
“レイ様”を見つめる子たちの視線は、アイドルを追いかけているようなキラキラしたもので、もしかしたら、ここにいるってわかって来ているのかも知れない。
「あら~、中1!コラコラ!いくらなんでも制服でこういうところに来るのはどうかと思うわよ」
お店の子が注意をしているけれど、ここにはあと2人の中学生がいる。亜美たちは特別なのだろうか。それとも、中1だからダメなのだろうか。そもそもTA女学院の子が喫茶店に入るのは大丈夫なのだろうか。
「古幡先輩!でも、レイ様がここにいらっしゃるっていうから」
「今日だけは見逃してくださいませ!」
お店の子もTAの生徒らしい。みちるの斜め前に座っている“レイ様”は腕を組んでうつむいたまま、小さくめんどくさそうなため息を吐いた。
「“レイ様”、どうする?」
亜美は特段、珍しいものを見ている様子もない。よくあることなのかもしれない。みちるが彼女の姿を見たくて、はるかの誘いに乗るのと、きっとたいして違いもないだろう。あの追いかけている様子の子たちの気持ちはわかる。
「……美奈たちに、帰ったって言っておいて。おつり、あげるって」
「わかったわ」
1,000円札を亜美に渡すと、鞄を持って立ち上がった。
「みちるさん、じゃぁ土曜日に。ごめんね、今日は先に帰るわ。取りあえず、何かあったら電話して」
「えぇ」
心臓に悪いから、メールの方がありがたいんだけど、アドレスも聞いていないし、メールをくれそうにない。電話派っぽく思えてきた。

「あなたたち、反省室に連れていかれても、私は責任持たないわよ」
“レイ様”は後輩らしい子たちを一瞥して、さっさと帰っていってしまった。
「レイ様から、お声をかけていただいたわ」
「それだけで十分よね」
「来たかいがあったわ」
反省の欠片なんて見当たらなくて、神に祈るような崇拝した眼差しはキラキラと効果音が聞こえてきそう。
「モテモテなのね」
「麻布で火野レイを知らない人はいないもの。みちるさんは、麻布に住んでいないでしょ?」
「引っ越してきたばかりだから」

“ひのれい”

あの子は、だから自分から名乗って来ないのかも知れない。名乗らなくても誰もが知っている存在ならば。むしろ名乗りたいなんて思わないのかも。
「亜美、あの子のフルネームは漢字でどう書くの?」
「え?火野レイ。カタカナよ」
どうして今更?なんていう顔をされても、知らないものは知らない。漢字を知らないから、素直に聞いてみた。
「カタカナなの。古風ね」
「生粋のお嬢様なんだけど、本人は自覚がないの。そこがまた、可愛いところでもあるのよね。いろんな意味で変わり者だわ」
「そう。あんまりお話したことないから、よくわからないわ」
みちるからしてみれば、5人組は全員かわいらしくて、ちょっと変わっていて、だけど素直でいい子たち。はるかが気に入っているというのもよくわかる。それぞれ制服が違うのに仲が良くて、特にうさぎや美奈子は人懐っこい。その2人をよくフォローしているまこと、物静かで頭のいい亜美と、一歩引いたところで落ち着いた感じのあの子。
「惚れたりしないでね。レイちゃんは私たちのものだから」
「あら……そう釘を刺されると、ますます興味が湧いてしまうわ」
「ダメだから、本当」
笑いながらも、冗談ではないという想いだけは十分伝わってくる。
「あの子、誰かと付き合ってるの?」
「そんな人が現れたら、みんなでボコボコにするわ」
それでも、それが恐怖には感じない。今まであの子に近づいた男子は、大体はやっつけたらしい。なんていうか、かわいらしい子たち、って感心してしまう。
「でも、あの子が誰かを好きになったりするかもしれなくてよ?」
「レイちゃんが……恋愛……麻布十番がパニックだわ」
難しい本の読み過ぎじゃないかって言いたくなるのを我慢して、聞き耳を立てているTAの中等部一年生にも釘を刺しているのだろうと思い、真剣な顔をして頷いて見せた。

無事に土曜日を楽しく過ごせるだろうか。
何か、監視なんてついてこないだろうか。
あるいは、ボディガードとか。




前日の夜に電話が来て、一方的に待ち合わせの時間と場所の確認だけ念をされて、それじゃぁ、と電話を切られた。ランチどうする?とか、絵を観た後の予定なんて、あんまり興味もなさそう。みちるはそれから日付が変わる頃まで、なぜかわからないけれど、真剣に洋服を選ぶことに精を出して、香水やバッグやヒールなんかのコーディネートも手を抜くことがないように、チェックを入れた。
何をしているのかしら、何て自分に問いかけながら、初めてのデートみたいな気持ちに似て、なぜかドキドキして眠れないでいる。
待ち合わせを無視した時間に目が覚めて、イソイソとお風呂に入り、鏡に向かってる。
あの子を何と呼べばいいのか。

「レイ?レイちゃん?レイさん……?レイ様はないわね」
ピアスも抜かりなく、普段つけているものと違うものに変えて、待ち合わせよりも15分早くついてしまう。
流石に早すぎた。みちるはベンチに腰を下ろして、時計を確認しながら、音楽プレイヤーを鞄から取り出して、イヤフォンを付けた。15分間の穴埋めに、心臓のドキドキ音が低音を支えるようなジャズのナンバーをかける。
2曲聴き終わり、3曲目に入ったところで、左耳から音が消えた。
「待たせたみたいね」
「………あっ」
「声をかけても無視するんだもの」
声は背中越しに聞こえてきて、みちるはそっと振り返った。奪われたイヤフォンが返ってくる。
「ごめんなさい」
長い髪を丁寧に編み込んで、一つにまとめている。
「おはよう、みちるさん」
「おはよう」
レイ?レイちゃん?レイさん?あぁ、その問題を先に考えておくべきだった。
ジャズなんて聞いて気を紛らわせている場合ではなかったのに。
「何を聴いていたの?」
「ジャズ」
「クラシックじゃないのね?」
「違うジャンルって言うのも、刺激があって勉強になるわ」
「そうなの」
取りあえず横に並んでみて、目的地へ向かうことになった。歩いている間、彼女は特に自分から話題を振ってこないから、みちるも何を聞いていいのかもわからないし、かといって、静かな感じが嫌そうにも見えないから、そのまま会場までほとんど無言で辿り着いてしまった。



関連記事

*    *    *

Information

Date:2015/02/26
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/470-29094843
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)