【緋彩の瞳】 猫になりたい 

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

猫になりたい 

あなたが私に吐いた嘘
私があなたに吐いた嘘


再び巡り会えたその時に

嘘を吐いてごめんって言いたかった
嘘つきって言ってやりたかった





「……あら、三毛猫ちゃん」
陽が落ちて、薄暗闇になる頃。
火川神社は木々に囲まれていて、境内も人の気配がほとんどなくなっている。レイは司令室で亜美ちゃんとまこちゃんと話をして、すっかり遅くなって早歩きで境内を抜けていた。
「どうしたの?遊びに来たの?」
1月か前に、神社に遊びに来る子供が連れてきてしまった野良猫。怪我しているから助けてあげてと、別に神社の中にいたわけでもないのに懇願されて、致し方なく動物病院に連れて行き、1週間ほどお世話をした。
「……お前はルナと違って、話せないものね」

にゃ~

薄暗闇はもう、あと10分ほどで暗闇に変わってしまう。足にまとわりついたその猫の頭を撫でて、じゃぁねと言っても、一歩一歩進むたびについてくる。
「…………もぅ。入れないわよ」
だから、動物病院になんて連れて行きたくなかったのに。
心の中で思いながら、玄関の中に入れないように気を付けて、ぴしゃりと扉を閉めた。



I am a liar



あの子は、マーズは、ヴィーナスの姿を見ても特に何か思い出した様子はなかった。本当にプリンセスだと信じている瞳。
そのことに苛立ちとか怒りとか悲しみとか、そういうものがあるような無いような。
近づきたいという気持ちと、あまり近づきたくないと言う気持ちがある。

ずっと
ずっと
探していたから

ううん、ずっと、火野レイがマーズだと知ったその日からずっと
ずっと、その瞳にこの姿を映し出したかった


でも、それで何になると言うの。

嘘を吐いたのに、それなのにまたずっと傍にいてと願うことなんて
許されるはずもない




薄暗闇から、完全な闇へと変わる一瞬。
美奈子はなるべく靴音を立てないように、境内を歩いて奥へと向かっていた。
いつもここまで来て、気配だけを感じて、何もしないでじっとしていた。
でももう、昨日の夜、正体をやっとあかせた。
愛野美奈子として、火野レイに会うことが許される。
セーラーヴィーナスとして、マーズの仲間として。

だけど……



「もぅ、居座られても困るのよ。帰りなさい」
裏庭の方からレイの声が聞こえてくる。誰かがいるのだろうか。こんな暗い時間に誰と。
「……媚を売っても、食べるものなんてあげないってば」
自然と足はその声のする方へ向けられていて、いつの間にか敷地内に入ってしまっていることに気が付かなかった。
「誰?!」
「……えっと………はぁい」
縁側で、レイが敵意むき出しにして美奈子を睨み付けてくる。
ドキッとして、それからわざとらしく明るい声を出して見せた。片手を軽く上げて、遊びに来たみたいなノリをみせてみても、そんな関係なんかじゃないのに。
「あなた……プリンセス・セレニティ」
「美奈子よ。愛野美奈子」
昨日ちゃんと、自己紹介したのに。
思いながらも微笑んでみせる。殺気立った気配がすぐに消えたけれど、明らかに不審そうな瞳の色はそのまま。



「どうしてここに?」
部屋の中に入れるつもりはないのか、レイは縁側に腰を下ろした。さっきからニャーニャーと猫が鳴いている。座った瞬間に、当然のようにレイの足をよじ登って膝の上に乗って頭を制服にこすりつけ、そして、甘えたゴロゴロとしたのどを鳴らし始めた。
「………猫、飼ってるの?」
「まさか。野良猫のはずなんだけど。ちょっとね、怪我した時に保護していたの。そのあとすぐに住んでいたところに返したんだけど、なんだか遊びに来たみたい」
美奈子はレイの隣にそっと腰を下ろした。座っていいとは言われなかったけれど、帰れとはっきり言われてもいない。
「懐いちゃったわけ?」
「さぁ?エサが欲しいんじゃない?」
「野良なんでしょ?」
「えぇ。エサをやるつもりはないし、飼うつもりもないわ」
でも、追い返したりしないんだ。レイの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らして縋るように甘える猫。レイは諦めたようにその小さな頭を撫でてあげている。
「それで、えっと……何か用?私、さっきまで司令室にいたんだけど。用があるならほかのみんなに連絡した方がいい?」
猫を見ている瞳の色と同じ色を、美奈子にはくれなかった。
とても他人行儀でいて、相変わらず他人を見つめるように冷めている。
「ううん。ちょっと、あなたの顔を見に来ただけよ」
「なぜ?」

なぜ

その疑問に対して、本当のことを言って、納得してくれるだなんて少しも思えない。

「なぜかしらね。何となく、前世の頃を思い出して、懐かしいなって」
「懐かしい?」
「そう……懐かしい」

そのしなやかな指先でヴィーナスの身体に触れてくれたこと
その唇で、キスをくれたこと
愛しているという言葉も
嘘つきという言葉も
何もかも

この身では何一つ経験のないことなのに

それなのに

「私、まだ、前世なんて思い出していないわ」
「そうみたいね。見ていればわかる」
甘えた猫が目を閉じて、その撫でる指先の心地よさにうずくまろうとしている。

彼女の膝の温度、数えるほどしか膝枕なんてしてくれなかった。
マーズの亡骸を膝に抱いたことは覚えている。
それが、ヴィーナスが観た最期のヴィジョンだった。


「思い出した方が、戦いやすいのかしら?」
「そうね。どうして戦わなければならないのか、はっきりするかもしれないわ」
「私はただ、今の世界を守りたいだけよ」
柔らかそうな毛並をなぞる手のひら。何度も何度も撫でるその手の動き。
「………でも、繰り返してはダメなのよ」
「前世を?」
「………そうよ」

繰り返してはならない
あの愛をまた、繰り返してはならない
彼女を傷つけてはならない

わかっている。
傍にいるということは、ずっと戦い続け、傷つけ、彼女に許しを求め続けるだけ。

「やだ、寝ないでちょうだい」
眠りそうな猫の仕草に、レイが困った声を出した。
「そりゃ、そんな風に優しく撫でるからでしょ?飼う気がないなら無視を決めた方がいいわ。中途半端な優しさは、あとでその子を傷つけるだけよ」
「だから、すぐに野生に戻したのよ」
一度手を差し伸べたのなら、最後まで見てあげなきゃ。それができないのなら、無視を決め込んだらいい。怪我で死ぬのも自然の理。誰のせいでもない。
言おうとしたけれど、美奈子は言えなかった。


まるで、自分のことを見捨てなさいと言っているようなものだわ、なんて。
今の美奈子も、傷を負って少しの癒しを求めたくて、縋りに来たようなものだから。


ずっとずっと、月の王国は平和な世界だって
だから、ずっと永遠に傍にいるって
戦いなんて、絶対起こったりしないって

本当にそう信じていた
だから
もし、そんなことになったら、あなたを守ると嘘を吐いた
戦いなんて起こったりしないから、それが嘘になんてなることはないと
高をくくっていた



「……懐かれちゃってさ。飼ってあげたら?」
「うちはペットを飼わない主義なの」
「なぜ?」
「自分より早く死ぬものを、傍に置いておきたくないからよ」
あぁ、マーズらしい。そんなことを想いながらも、見捨てきれない精神の弱さも愛しいと思っていた。

見捨てたらよかったのに。

「………そっか」
美奈子はため息を誤魔化すようにして立ち上がった。このままレイの隣に座っていたら、猫が羨ましくなって、あるいは可愛そうになって、あの頃の何もかもレイに伝えて、あなたがその手で温めなければいけないのは、美奈子だって言いたくなってしまう。
「あら、何か話があったんじゃないの?」
「いいわ。きっと……もう少ししたら、嫌でも思い出さなきゃいけないことだから」
「前世を?」
「そうね、全部」


マーズは嘘を吐いたヴィーナスを守って、先に死んだ


本当は戦いが起こることも、月の王国が崩壊することも知っていたはずなのに
嘘を吐いたヴィーナスに、嬉しそうに頷いたマーズは


もっと嘘つきだ



「……じゃぁね、レイ。その猫、神社に居着いてしまうかもしれないわね」
「でも、エサをやるつもりなんて本当にないの」
「それがいいわ」
でももう、レイの膝の温もりを知った猫は、その優しい温度を忘れたりしないだろう。

何度でも何度でも、その優しさを求めようとするだろう。

膝に乗せたままの猫。美奈子は軽く手を振って裏庭から出た。


月が低い位置に見える


永遠にあの場所にいられないってわかっていたら
あんな嘘を吐かずに済んだのに

嘘を吐かせたマーズのあの優しい手の温もりが
あの、最期の血の温もりに塗り替えられて
想い出す熱が、一体何なのかわからなくなる

この頬を伝う涙は

嘘を吐いた痛みなのか
嘘を吐かれた苦しみなのか


ごめんねって
そんな簡単な言葉で許されたりしない
ごめんねって
そんな簡単な言葉で許してなんてあげない




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Date:2015/03/04
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