【緋彩の瞳】 tender ⑤

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

tender ⑤


「……このままだと、持って……後、2日くらい」
「今のレイにはマーズの力をコントロールすることはできないのね」
「えぇ。回復力もほとんどないわ」
「あの時の影響が……この世界でも」
「あの時のあのことは、マーズ様が望んだことよ」
亜美の持つ治癒力もみちるの持つ治癒力も、レイの回復には大した力を与えてあげることはできなかった。冷たいレイの手を握っても、わずかな動脈の動きを確認できるだけで、何事もなく起きあがる気配はない。
「最初からレイを呼んでいれば、こんな風にならずにすんだわ」
「そうでしょうね。きちんとした作戦を立てて、全員で敵を倒せた。でも過ぎたことだわ」
亜美は美奈子を責めなかった。レイがそれでいいと言ったのだから、何も言うつもりもないということなのかもしれない。
「理由を教えてもらえないの?」
「……美奈子ちゃんに聞けばいいんじゃない?」
治療中、美奈子はレイに近づこうとはしなかった。遠くから心配そうな目で見てはいたけれど、申し訳ないというような想いはあまりないように見える。
「前世でヴィーナスを救ったのはマーズだというのに。その恩を仇にして返すなんて」
「ヴィーナスの記憶にはそのあたりがないのよ。気づいたら、マーズが自分の星を乗っ取っていたと思っているもの。マーズの配下に入れて彼女を守り続けたなんて、知る必要もないことよ」
「そうだったわね。……私たちが抹殺すべきだと言っていたなんて、知ったら悲劇ね」
「ヴィーナスの記憶は改ざんされたままよ。マーズは憎まれてでも、彼女の星を守るために」
愚かなのは、マーズなのかもしれない。金星が滅んで銀河の秩序が多少乱れたとしても、あのときのマーズの力でなら、どうとでもなったはずだ。
憎まれる道を突き進み、結局、それが彼女を苦しめ続けている。
「美奈子の中にマーズの力が流れているのでしょう?」
「えぇ、今も」
「じゃぁ、還していただきましょう」
「……繋がっている間は1つの力を共有し合える」
「そう。美奈子を呼ぶわ」
亜美は何か言いたそうな顔をしていたが、頷いて見せた。過去にも美奈子を使ってレイを回復させたことがあるのだろうか。きっとあるのだろう。そんな気がした。


「………私が?レイちゃんを?」
「あなたがレイを救うのよ。これしか方法がないわ」
「なぜ私なの?」
「説明をしてあげたいけれど、マーズがそれを許さないと思うから。目が覚めるまで、しばらく手を握ってあげるだけでいいわ」
みちるさんの説明は、“なぜ”という大事な部分を意図的に削除されている。亜美ちゃんは意味を分かっているという顔付きだけど、ただ美奈子を睨みつけているようだ。事情をよく知っているのは、みちるさんより亜美ちゃん、と言ったところか。
「手を握ればレイちゃんが目を覚ますわけ?」
「えぇ」
「私の回復力を利用するとか?」
ほかのみんなより、美奈子は一番回復が早い。同じ怪我を負っても、ダメージの度合いが違うらしいというのはわかっている。それを使おうということなのかもしれないけれど、人に分ける才能なんてあったのだろうか。亜美ちゃんやみちるさんたちのように、人の怪我の治癒をしたりする才能は今までなかったはずなのに。
「まぁ、簡単にいえばそういうこと」
「得意分野は私じゃないけれど」
「いえ、この場合は美奈子だけよ」
みちるさんは有無を言わさずの目つき。亜美ちゃんの睨みとはまた別のもの。美奈子がみちるさんから好かれることはないだろう。そう思わせるには十分すぎる。

みじめったらしいわ。

「………わかった。言うことを聞くわ。悪いんだけど、みちるさんは外にいてくれない?」
みちるさんの手を握ったこともないのに、レイちゃんの手を握るというのは、見られたくはない。この期に及んでも、無様なセンチメンタルがわずかに残っている自分に苦笑いしたくなった。
「いいわ。だけど、亜美は置いていくから」
「……信頼ないんだね、私。みちるさんの大切な人なんでしょ、レイちゃんは。仕方ないか、私がこうさせたんだもんね」
みちるさんは何も言わずに、亜美ちゃんに目配せをしてから簡易ベッドの置かれた部屋を出て行った。

「……私じゃなきゃいけない理由っていうのがあるんでしょ?」
「あるわ」
レイちゃんを数えきれないほど抱いたけれど、手をつないだこともなければキスをしたこともなかった。レイちゃんに求められたこともないし、抱くことはできても、手をつなぐこととキスだけはどうしてもできなかった。変なこだわりなのかもしれないけれど、そういうことは好きな人としかできないものだと思っている。それをしないことで、心の中で自分を納得させていた。
「……これでいいの?」
「しっかり握りしめて、放さないで」
冷たくて、さらさらした綺麗な左手を強く握りしめる。瞬間、身体の奥から何かが反応するような錯覚を覚えた。レイちゃんを抱くときにもこういう感覚がよくある。
「私が…私だけがレイちゃんを元に戻せるんでしょ?」
「えぇ」
「…………まさか、だから……」

だから、レイちゃんは戦いのあった夜は必ず美奈子を呼び出すのではないか。

戦いで削られた力を回復させるために?

「何か聞きたいという顔ね」
いつもの心優しい亜美ちゃんの声色を今日は一度も聞いていない。亜美ちゃんは出会ったころからずっとレイちゃんのことを気にかけている。まこちゃんと恋人同士だというのに、レイちゃんのことをいつもいつも。
「亜美ちゃんは何を知っているの?」
「……ほとんどのことを知っているわ。美奈子ちゃんがレイちゃんを抱いていることも、その理由も」
「っ……!知って…いたの?」
前世の頃から続いていた関係を、亜美ちゃんは見て見ぬふりをしていたというの?止めることも、批難することもなく。
「知っているのは私だけよ」
「どうして…?どうして?……屈辱的なことをさせられているってわからないの?」
握りしめた手に力が入る。腹立たしさのせいか、冷たさを感じなくなってきた。
なぜ止めてくれなかったのだろう。なぜ、レイちゃんを軽蔑しないんだろう。
「マーズとヴィーナスを守るため。……今もそう」
「守る?どういう意味よ。私はマーズに殺されかけたことはあっても、守られたことなど一度もないわ」
言葉にして、亜美ちゃんの視線が痛く心臓に突き刺さった。
ついさっき、マーズがヴィーナスを命懸けで守ったことをすぐに思い出した。
あれは、間違いなく“命掛け”だった。
「……ごめん、言い過ぎた」
「私に謝られてもね。………きっと、美奈子ちゃんにはわからないわ。前世の頃から、どんな想いでマーズ様があなたを守り続けているのか」

マーズ様。

普段、そんな風には言わないのに。いや、でも過去にも数回聞いたことがある。前世のあの頃、マーキュリーはそういう呼び方をしていたような気がするけれど、水星だってマーズが支配していたはずなのに、そのことに何か想うことは彼女になかったのか。

「……亜美ちゃんはレイちゃんのことが…マーズが好き?」
「好きよ。彼女は非力な私の星を守ってくれたわ」
「奪ったわけではないの?」
「私の星も、ジュピターもウラヌスもネプチューンも。みんなマーズが守ってくれたのよ」
「……私の星だけ」
「それは違うわ」
じゃぁ、何が違うの。亜美ちゃんは何も言ってはくれない。唇をきつく結んでしまった。
自力で調べれば分かることだろうか。いや、かつて何度も調べようとしたことがある。だけど、指令室にある資料には何もなかった。

特別な結びつきのあるマーキュリーたちと、自分では何が違うのか。
もし、レイちゃんが無事に元に戻るのであれば、本人に土下座をして教えてもらうしかないのか。
きっと、教えてくれないだろうけれど。



「……レイちゃん?」
左手に人の温度を感じた。どれくらい久しぶりだろうか。いや、もしかしたら初めてなのかもしれない。誰かと手をつなぐという行為なんて。
「…………見えない」
身体が横たわっているということは自覚できた。だが、視界が酷く悪い。世界の半分が暗闇に覆われているようだった。

敵を倒して、そのまま意識を失った。

思い出すまでに数秒。
あの時、死ぬかもしれない覚悟なんてしていなかった。
目の前の敵を倒すことしか考えていなかった。
いや、守ることしか考えていなかった。
死なずに済んだのはなぜだろう。
美奈が身体に何かしたのか。亜美がそうしろとでも言ったのか。
「手が……」
「亜美ちゃんの許可がないと、放せないのよ」
「………誰……美奈?」
「そうよ。今、あなたの手を握っているのは私」

あぁ、だから

拷問だわ

心の中で呟いてしまった。望まなかったことを、意識のない時にさせるなんて。亜美は知らずにいたのだろう。手を握ることもキスをすることも、レイは美奈子に望まなかった。それは彼女が愛する人とするべきだと思っていたから。

「美奈……悪いわね」
「別に。こうなったのは私のせいでしょう。死なせたら、私がみんなに殺されるわ」
間近で聞こえる美奈の声。だけど姿がよく見えなかった。

どうやら左目が見えていないらしい。前世のあのときに受けた傷を思い出す。
無謀なことをした罰があたったのだろうか
「もういいわ、ありがとう。……悪いけど、亜美を呼んできて」
左手に感じた温もりが消えると、回復の回廊を断絶されたように身体に痛みが走った。だが、まだこっちの方が耐えられそうだ。

「レイちゃん」
「…………亜美」
「まだ、回復していないわ」
「いいのよ。手を握られるなんてごめんだわ」
「だったら、そのっ……ほかの方法が」
腕さえ動かせないのに、亜美は本気でそんなことを言っているんだろうか。心配させているということだけは、十分に伝わって来た。
「もういいわ。美奈を説得させたの?」
「みちるさんが」
「……そう。死なずにすんだわ。ありがと」
「無事でよかった」
身体を抱きしめてくれる亜美の温もりが、どれだけ心配させたのかを物語っている。一晩意識がなかったらしいが、その一晩中、美奈は手を握っていたのだろう。

左手がしびれて痛かった。



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Date:2013/11/30
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