【緋彩の瞳】 ママにキスして ①

緋彩の瞳

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ママにキスして ①

5時半の目覚ましベルが鳴る。腕を伸ばして、そのジリジリと響き渡る音を止めて、起きたのはみちるだけ。
「……ママ~~」
「ん?レイ。まだおねんねしててちょうだい」
キングサイズのベッドには、川の字+1で親子が仲良く寝ている。ゆっくりとなるべく音をたてないように気を付けながら身体を起こすと、シルクのパジャマの袖を引っ張る娘。
髪を撫でてその手を引き離す。
「ママ~、キスして」
「………もぅ」
可愛いんだから。ここ3日くらいずっと、レイは先に起きるみちるに、キスをねだる。ドナルドのように突き出すその愛らしく柔らかい唇にキスをしてあげると、満足そうにまた、モゾモゾとお布団の中に潜り込んでいく。

お目覚めのキスなのか
お休みのキスなのか

まだまだ、甘えん坊なんだから。



「美奈子、ほら。もう、靴下の左右が逆でしょ」
「ん~。じゃぁ、こうする」
「お馬鹿、裏表反対にしたら、ゾウさんが見えないじゃない。ほら、ちゃんと直して」
お弁当を入れて、朝ごはんを作り終わったころに、はるかが起きてきた。娘たちをわきに挟んで連れてきてソファーに落としたら、その2人を受け取るのはみちる。色違いのパジャマを脱いで、自分で幼稚園の制服を着るから、ちゃんとチェックを入れてあげなきゃいけない。
「ママ、出来た」
レイが綺麗にボタンを全部留めて、靴下も左右間違えないで履いたがどうかを確認する。
「はい、おっけ」
みちるはレイにご褒美のキスをしようとすると、さらりとかわされて、コーヒーの準備をしているはるかの元へと走っていってしまった。
「……さ、美奈子は出来た?」
あれは何なの?
「うん」
一番上のボタンを留めていないから、それをみちるはきちんと留めて、頬にキスを送る。
「う~~」
「………何?」
「ううん」
何か、犬が威嚇するようなうめき声。唇を尖らせているのは、ボタンを開けていたいというアピールなのかしら。
「美奈子、ボタンはちゃんと留めなさい」
「………はぁ~い」
みちるが作っていた朝食をお皿に盛りつけて、コーヒーを注いで、子供たちのコップにホットミルクを注いで、はるかは子供用の椅子に美奈子とレイを座らせた。
「食べようか、みちる」
「えぇ」
育児は当番制。昨日、夜遅くまで働いていたはるかをギリギリまで寝かせて、朝食とお弁当を作って、娘たちを送るのが、今日のみちるの仕事だ。お昼すぎにみちるは仕事に行き、はるかが娘たちを迎えに行って、夕食の準備をする。

“いただきます”

お箸特訓中の2人。美奈子は毎日お箸を持つ手をコロコロ変えて、利き手はどっちなの?って聞くたびに毎回違う手を挙げる。レイは起用だから、割と上手に動かしている。お箸を上手に使えるようになるため、一日に2食は必ず和食にして、ちゃんと使わせるように気を遣っている。
最近までエプロンをつけさせなければ、あちこちこぼして仕方がなかったけれど、やっとそれも卒業した。時間がかかってしまうので、早めに起きてゆっくりと朝食をとるようにしている。
「ママ、今日ね、みんなで粘土するの」
「そう。何を作るの?」
「猫!」
「そう。レイは猫が好きなのね」
「美奈子はミニカーにする」
「おっ。いいね。上手に作れよ」
「はるかに売ってあげる」
「なんだそれ」
「100円で売る」
ウインナーにお箸を突き刺して、美奈子は得意げだ。作ってもいないのに。売るっていったい誰がそんなことを教えたのかしら。みちるは眉をひそめて、はるかを見つめた。
「かっこよく作れたら、見せてくれよな」
「売るの」
「お前、その売った100円で何か買うつもりか?」
幼稚園児の2人には、もちろんお小遣いなんて渡しているはずもなく、基本的に買い物に行ったら“買って買って”の駄々っ子との戦いだ。洋服はみちるが選ぶし、おもちゃは必要だと判断したら買うし、ゲーム類は与えない。
「ひみつ~~」
「………どこかで、何か、知恵をつけたわね」
まったく。美奈子は頭の回転が速くて、妙なところで天才的な発想を持って、行動力もある。
「僕じゃないからね」
「与えないでね」
「当たり前だろ」
レイは牛乳を飲み干して、白くなったひげをみちるにアピールしてきた。昨日見た教育アニメの主題歌を披露し始める美奈子。そんな些細な幸せを毎日楽しめる。



歯を磨いて、ブレザーを着せて、斜め掛けの鞄を持たせた。
「OK。さ、行くわよ」
靴をちゃんと履いたのを確認して、左手に美奈子、右手にレイ。
「パパ~!行ってきます」
「はるか~、上手に作るから!」
美奈子はなぜか、ガッツポーズをはるかに見せた。玄関で見送ったはるかに背中を向けて、引っ張る娘たちと歩幅を合わせる。春が近づいている朝はまだ少しひんやりとしている。日に日にあたたかさを感じるよりも、娘たちの成長はもっと早くて。目まぐるしくて。愛しい。
美奈子がまた、さっきと同じ歌を歌い始めて、それに合わせてレイも歌いだして。その歌に合わせた歩調は心地がいい。
「ママ~。お弁当何~?」
「今日はハンバーグを入れたわ」
「「ハンバーグ!」」
「突き刺して食べないで、ちゃんとお箸で切るのよ」
「「は~い」」
幼稚園バスが近づいてくる。みちるは2人が急に飛び出さないように、しっかりと繋いだ手を握りなおした。
「せつな先生~~」
美奈子がジャンプして手を大きく振る。飛び出す勢いに負けないようにしないと。
「はいはい、おはよう。朝から元気いっぱい」
レイも少しバスに馴れてきた。いつもせつなが抱き上げて、膝に乗せている間は酔わないでいられるようだ。
「2人とも、みちるに行ってきますは?」
「「行ってきます」」
「はい、いってらっしゃい」
いつものように、ハグとキスを。
そう思って両手を放して大きく広げる。2人は抱き付いて、みちるの頬にキスをしてくれたけれど、みちるが1人1人にキスを返そうとするよりも早くに、くるっとバスに向きを変えてあっという間に乗り込んでいった。
「………何よ」
何か、“キス”を避けられているのかしら。ふと、朝、レイが逃げだのを思い出した。
早朝はキスをねだったのに。
いつもの気まぐれなのでしょうけれど。


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Date:2015/03/18
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