【緋彩の瞳】 ママにキスして ④

緋彩の瞳

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ママにキスして ④

「どうした?」
「どうした、じゃないわよ。はるか、あの子たちの挙動不審は何?」
「………うーん。あとで教える」
美奈子とレイのために、熱い具材を冷ましながら食べさせている。みちるはずっと不安そうな顔で娘たちの顔色を伺っていてばかりだ。
たぶん、レイと美奈子がリップクリームを買ったのは、あれのせいだ。
でもはるかはちょっと複雑だった。お土産にって買ってきたものを、みちるがすごく気に入っていて、娘たちが嫌ってる。この場合は、どっちを優先させたらいいのだろう。
みちるがつけてくれるのは嬉しいし、薔薇の匂いがするし、唇の艶もセクシーだ。トリートメント成分がたっぷり入った、なかなかいい値段のものだった。
でも、どうやらみちるがお気に召していても、娘たちはそうではないらしい。
レイも美奈子も、みちるとキスをするのが大好きな子。

おはようのキス
行ってきますのキス
ただいまのキス
お休みのキス
愛しているのキス

いつだってなんだって、レイも美奈子もみちるにキスをされることが嬉しいっていう様子。思い返してみると、ここ最近はそんなありふれたシーンを見ていないような気がする。
さっきみたいに、頬にキスばかりだったような。しかも、避けた感じだ。



みちるが食後のデザートを用意している間に、レイが美奈子にリップクリームを渡してくれた。
「美奈があげて」
「うん」
「プレゼントってちゃんと言うんだよ」
「うん、わかってる」
じゃないと、喜んでくれないから。はるかのプレゼントに勝つために。これを使ってもらわないと困るから。いつまでもキスできないし。
「はい、どうぞ」
みちるが苺を小皿に乗せて、レイと美奈子の前に置いてくれた。
「みちる、あのね、前にお誕生日プレゼントをあげられなかったからね、レイと2人で選んだよ!」
「………え?お誕生日?2週間も前なのに?」
「うん!えっと、えっと、ハッピーバースデー!」
美奈子はみちるに両手でリップクリームを渡した。
198円で、何も匂いのついていないもの。
「………………あ、ありが、とう。え?なぜ?どういうことなの?」
レイと美奈子を何度も見つめて、何だか全然嬉しそうに見えない。
「ママ、嬉しくないの?2人で買ったんだよ」
困った顔で首をかしげるから、レイが泣きそうになった。はるかがプレゼントを渡したときは、すごく嬉しそうだったのに。
「嬉しいわ、レイ。ありがとう。でも……買ったって言うのは、どういうこと?」
「パパにミニカーを売った」
「………全然、話しが見えてこないわ」
どうして、みちるは嬉しくないのだろう。やっぱり、はるかがあげたあの変な匂いのするリップクリームをつけていたいから、レイと美奈子のあげたものは、欲しくないのだろうか。
「みちるが喜ぶ顔が見たいんだよ、2人とも。そうだよな、レイ、美奈子」
今にも泣きそうなレイの頭を撫でてはるかがそういうから、美奈子は力強く頷いた。使ってくれないのなら、あの変な匂いのやつをもう、隠してしまうしかない。それか、トイレに流してしまおう。うっかり踏んじゃったことにして、折ってしまおう。いろんなことを考えてみる。なくなってしまえば、外国で買ったものだから、2つ目なんてないのだから。
「あ、ありがとう。レイ、ママは嬉しいわ。そんな顔しないで」
「ママ、明日からレイと美奈がプレゼントしたものを使ってくれる?」
「えぇ。はるかがくれたリップクリームと交互に使うわ」
なんでそうなるんだろう。美奈子はみちるの腕を引っ張った。
「ダメ!!!!!!!みちるは、はるかと私たちとどっちが好きなの?」
「ママはレイたちのことが嫌いなんだ!」
レイが涙声でみちるの身体を押して、わーんって泣いてリビングを出て行ってしまう。
「レイ!何?……一体、何……」
「みちるなんて嫌い!みちるは、はるかしか好きじゃないんだ!」
レイと美奈子がプレゼントしたものを、毎日つけてくれないなら、毎日キスできないなら、そんなみちるなんていらない。
美奈子はみちるにあっかんべーをして、わんわん泣いて階段を上がっていくレイを追いかけた。美奈子は泣かなかったけれど、レイが泣いているということが悲しくて、腹が立って、悔しかった。



「待って」
追いかけようとするみちるの腕をつかんだ。
「……何?ねぇ、どうしてレイが泣くの?私、一体何をしたと言うの?」
何が何だかわかっていないみちるの瞳は、ひどく動揺していて、本当に困惑している。
「ごめん、その……たぶん、僕が悪いんだ」
「はるかが?ねぇ、本当に私、何が何だかさっぱりわからないのよ」
取り乱しそうなみちるを、ひとまず椅子に座らせた。動揺しているせいで身体が小さく震えている。悪いことをして怒って、娘を泣かせることは何度もあったけれど、みちるは怒ってないし、嬉しいって言っているのに、レイは泣くし美奈子は怒るし。それじゃぁ、みちるも何が何だかわからないに違いない。
「その、たぶん、レイと美奈子は、僕があげたリップクリームがお気に召さないらしい」
震える唇をはるかはそっと指先でなぞり、そしてゆっくりと口づけをした。
わずかに薔薇の匂いが残っている唇。子供には嫌な匂いなのかもしれない。
「……………あぁ、……そういうことなのね」
「僕にミニカーを買わせて、そのお金でドラッグストアに行ってさ、匂いのないやつを買ったんだ」
深い深いため息を吐く“母親”は、娘たちがはっきりと口にできなかった理由を想像して、たまらないと言った様子だ。
「おかしいって思ったの。だってこれ、持っているもの」
「これを使っていた時は、匂わなかったからだろうね。確実に大丈夫だってわかっているし」
レイと美奈子がプレゼントしたリップクリームは、どこにでも売っていて、高くもなくて、ついでに匂いの成分なんて入っていない。小さい子供でも使えるし、みちるも今までそれを使ってきた。冬や春先の乾燥しやすい時期に、みちるはいつも愛用しているし、まさかそれが変わっただけで、レイと美奈子が一致団結してみちるの唇を取り返そうとするなんて。
「………あの子たち、だから……。何となく、キスを嫌がられているように思ったの」
「うん、まぁ、そんな感じだね」
「レイは朝早くにキスをねだってきていたわ」
「朝なら、匂わないんじゃない?」
「美奈子は、全然キスをしなかったわ」
「だね」
気が付かなかったのは、はるかの落ち度だし、はるかがあげたものを嬉しそうにつけていたみちるは、何一つ悪いことなんてしていなくて。
だから、余計にレイと美奈子はみちるにはっきりと嫌だと言えなかったのだろう。
「レイも美奈子も、嫌いだったのね」
「大人の女性にはいい匂いなんだけどなぁ」
落ち込んだ背中を摩ると、髪を掻きあげながら苦笑いするはるかの愛しい人は、はるかの愛する娘たちにとってもなくてはならない、唯一の存在。
「………はるかは大人だから、匂いなんて関係なくキスをしてくれるでしょう?」
「僕は“どっちが大事”なんて聞いたりしない大人だからね。でも、この匂いが好きなんだけど」
名残惜しいような気もする。でも、娘とキスができないという犠牲を払ってまでつけて欲しいだなんて、もちろん思ったりしない。
「あの子たちとキスができないのは……泣かせるのも、怒らせるのも……」
「わかってるって。ごめんね、みちる。君を悪者にしてしまったかな」
柔らかい髪に唇を押し当てて、娘たちが愛してやまないみちるの唇にキス落とす。艶めいた唇。
でも、みちるとキスができるのであれば、はるかはそれだけでいい。
みちるが嬉しそうに、はるかがプレゼントしたものをつけてくれていることは、毎日見ていたい。

でも、
みちると娘たちが幸せそうにキスを交わす風景の方が、もっとはるかには大事なことだって、嫌になるくらいわかっているのだから。

「はるか。どっちが大事だとか、そういうことじゃないの」
「何だよ。別に拗ねてないし、考えていないよ」
「本当?」
「あぁ」
そう言ってもう一度、その唇を覆うように重ねる。
「………名残惜しいって顔だから、聞いているのよ?」
「だから、僕は子供じゃないよ」
「……そうね」
娘たちの頭を撫でるように、はるかは“よしよし”ってされた。唇を尖らせてわざとらしく拗ねて見せるけれど、泣いているレイと怒っている美奈子をこれ以上放っておかない方がいい。
「悪いことをしたわけじゃないけれど、一応あの子たちには“ごめんね”って言った方がいい?」
「好きなように言えばいいさ」
はるかに気を遣う必要なんてないけれど、そういうところも含めてみちるが好きだ。だから、どんなみちるでも、はるかがキスをすることをやめる理由はない。



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Date:2015/03/18
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