【緋彩の瞳】 閉じた蕾のままでいて ②

緋彩の瞳

マリみて、舞乙、ワンピ

閉じた蕾のままでいて ②

インスタントコーヒーの粉を江利子が鼻歌なんか歌いながら、カップに入れているのを横目で見ながら、蓉子は制服の皺をひとまず伸ばした。
「あ、来たわね~」
ギシギシと階段を誰かが昇る音が遠くから聞こえてくる。江利子はもう一つのカップを出して、準備をする。歩く音が近づいて、とても丁寧に開かれた扉は、想像通りの人物。
「お姉さま、ごきげんよう」
「祥子、ごきげんよう」
「いらしていたんですね。お帰りになられたのではないかと」
「何となく、ね。祥子も?」
祥子が何となくという理由でここに来るとは思えないけれど、静かな場所で本を読みたいとか、まっすぐ家に帰りたくないとか、そう言う考えだったのかもしれない。
「いえ、お姉さまがおられるのではないか、と思って」
「あら、そうなの」
だったら、教室まで来てくれてもよかったのに、なんて思いながらも、祥子はそういう甘え方ができない子だったと考え直す。
「江利子様、ごきげんよう。私がやります」
祥子は鞄もスクールコートも手放さないまま、お茶の用意をしている江利子を見て、ちょっとだけバツが悪そうな顔をした。
「いいって。もうできるし、たまには自分で淹れたコーヒーがいいの。祥子が作るとやたら濃いのよ。祥子のコーヒーを美味しいって言うのは、聖だけよ」
「……でしたら、初めにそうおっしゃってくださればよかったのでは?」
まったく、江利子は。
人の妹をからかって、ムッとするのを楽しんでいる。
「お嬢様は、インスタントコーヒーなど飲んだことがないようだから、これが正解だと思っているのでしょうって気を使ってあげたのよ」
「ですが、令にはティカップ1杯分だと聞きました」
ムキになって言い返すことが、余計喜ばせることだって、いい加減に祥子も学習すればいいのに。まぁ、祥子はわかっていて挑んでいる節がある。
勝てる相手じゃないのに。
たぶん、学校の中でも江利子に勝てる相手はいない。
黄薔薇様がご卒業されてしまい、もはや江利子に敵なし。
「その1杯分って言うのは、山盛り?ギリギリ?私はこのカップの大きさを考えると、ギリギリよりもちょっとだけ少ないくらいがいいと思うのよね。どう思う蓉子?」
江利子は1年生の時から、薔薇の館では美味しくお茶を淹れると先輩方から評判が良かった。1人1人の味の好みをすぐに覚えて、それぞれにミルクと砂糖の有無や濃い薄い、温度、お変わりのタイミングまで、完璧だった。江利子が言っているその加減は、蓉子の好みの味なのだ。
「そうね、まぁ、山盛り入れて美味しいって言うのは、確かに聖だけかもしれないわね」
「お姉さま!だったら、どうしておっしゃってくださりませんの?」
別に江利子に加勢するつもりなんてない。
江利子が蓉子の好みを絶対に忘れたりしないことが、ちょっと嬉しかっただけだ。
「祥子が淹れてくれたものなら、何でもおいしく飲めるからよ」
それは素直な感情でもある。生粋のお嬢様がただ年下という理由だけで、蓉子にお茶を淹れてくれるのだから。江利子曰く、リリアンの幼稚舎の頃からいろんな意味での有名人だった。可愛い可愛い蓉子の妹。
それこそ、目に入れても痛くない。
「………ですが」
「あら、祥子。私は蓉子の味の好みならよく存じているわよ?祥子は蓉子のコーヒーや緑茶の好みの味なんて、知ろうとしなかったのでしょう?いくらお茶を習っていたからといって、安い飲み物を美味しく淹れられないんじゃ、蓉子の妹としてはまだまだね」
そう言って、江利子は沸いたお湯をカップに注いだ。もちろん一度カップは温められていて、何もかもが抜かりない。
「………」
悔しそうな祥子は苦い顔をしながら、仕方なくスクールコートを脱ぎ、鞄を置いた。
「はい、これが祥子」
「ありがとうございます、江利子様」
蓉子の対面に腰を下ろし、ニコリともしない妹。江利子が祥子よりも先に令を見つけていなければ、祥子は江利子の妹にされていたのかしら、なんてたまに思うことがある。
でも、それはないだろう。祥子の文字の綺麗さに江利子は負けたと感じた過去があるらしい。1年間同じ部活で、苦い想いをした相手を妹になんて、したくないだろう。

だから単純に、江利子は、そんな祥子をからかうことが好きでたまらないのだ。

「美味しいでしょう、蓉子」
「えぇ、そりゃまぁね」
インスタントコーヒーなのだから、味の濃さや好みの温度やミルクや砂糖の有無くらいしか変化を付けるものはないけれど、その限られた枠でいかに美味しく作るか、江利子はそんなことに無駄な力を注いで時間を潰してきた。そう、努力ではなくて、江利子は暇つぶしをして得たものなのだ。
「祥子は?」
「ちょうどいいお味、です」
祥子に欠落している感情の一つは、“素直”というもの。本当は美味しいのでしょうけれど、美味しいのが悔しいに代わってしまっている。でも、表情に出ているあたりはある意味素直って言えなくもない。
「なんて可愛くない。蓉子、あなた妹に、先輩に対しての口の利き方を教えなかったの?」
「お姉さまは関係ありませんわ」
「スールという制度は、妹のしつけも含まれているのよ」
「インスタントコーヒーの味の感想に、口の利き方なんてございませんわ」
「あらいやだ。遅れてきたくせに先輩に淹れてもらったコーヒーを“美味しい”と言わないということが、いいことか悪いことかの判断さえできないなんて。蓉子はどういう教育をしているの?」
江利子が蓉子にクレームを付けるのは、その方が祥子にとってダメージが大きいってわかっているから。蓉子にしてみたら、これもやっぱり江利子の暇つぶしというお遊びで、ハイハイって適当に流して聞いているフリをしておけばいいくらいのことなのだけれど、祥子ったら自分から江利子の罠に絡まりに行くのだ。

祥子は江利子が好きなのかしら

祥子は興味のない相手なら、徹底的に無視を決め込む子だ
好きの反対は嫌いではなく「無関心」だと聞いたことがある

「江利子、もう私の妹で遊ぶのはやめてあげて」
毒を飲まされているような祥子の表情を見ているだけで、江利子に何も言わないということも、祥子からしたら不満な様子だった。どうして助けてくれないのか、といわんばかりだ。
「あら残念。じゃぁ、さっきまで蓉子と楽しく遊んでいた続きでもする?」
思わずカップを落としそうになった。そう言えば、乱れたタイを結び直さないといけないことも、今、思い出した。

正面に座っている祥子は、蓉子のタイが不自然に乱れていることに気が付いているのだろうか。
かといって、あからさまに今からタイを解いてしまえば、“遊んでいた”ことを祥子が危ない方向に考えられそうで怖い。
………実際はそうなのだけど。
潔癖な妹には、出来れば想像の欠片さえ持たせたくはないのだ。

さて、困った。
さりげなさを装って、しわを伸ばす程度でも誤魔化せなくはないけれど、目の前に座っている祥子の目にはそれがいつもと同じタイの形に写っていなければ、やはり気にされてしまうだろう。

「祥子、体育の授業でもあったの?」
「午後の授業でありましたが、それが何か?」
肘を立てて組んだ指の上に顎を乗せた江利子が、何やらまた面白そうなものを見つけた、みたいな声で祥子を捉えた。ほんの束の間、江利子から解放されてホッとしていた祥子がまた、びくっと小さく身体を震わせて、すぐさま戦闘体制みたいな目つきになる。
「タイ、少し曲がってるわ」
「そうでしょうか?」
祥子は自分の胸元に一度目をやり、それから問題がないと言ったように江利子を睨み返した。
「教えてあげましょうか、綺麗なタイの結び方」
「遠慮いたします」
「遠慮させません」

まったく、今日はやたらと祥子に構いたがるんだから。
蓉子は自分のタイの先っぽを指でいじりながら、それでも祥子が江利子を睨み付けている間がチャンスかもしれない、なんて思った。

「祥子、江利子に教えてもらったら?学園内で一番綺麗なタイを結べるって言われているんだから、せっかくじゃない?」
「………お姉さまがそうおっしゃるのなら」
物凄く致し方ないと言わんばかりの声で、祥子は精一杯嫌そうなアピールをしている。


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Date:2015/04/04
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