【緋彩の瞳】 閉じた蕾のままでいて ④

緋彩の瞳

マリみて、舞乙、ワンピ

閉じた蕾のままでいて ④

「……祥子、そんなに怒らないで。別に私、嫌じゃないわよ」
「お姉さまは、玩具にされて不愉快じゃありませんこと?」
「私は玩具にされてないわよ。1回だけだから、祥子もしっかり見ていなさい」
タイを直して欲しいというわけじゃないけれど、乱れていたままのタイを綺麗に直す口実っていうか、心の中で言い訳をしていると、江利子の指がさらりと乱れたタイを解いて、そして祥子に見せつけるようにゆっくりゆっくりと丁寧にタイを結び始めた。
「わかった?」
「………はぁ」
「ゆっくりやって見せたんだから、やってごらんなさい」
祥子は江利子が見せたタイの結び方が、今までの自分とどう違うのか、それほど理解できていないようだけれど、今の蓉子の胸元のタイは、確かに綺麗なシルエットを描いているのだから、江利子が綺麗にタイを結べること自体は、渋々と受け入れているようで、鬼のような顔つきが、見る見るうちにしぼんでいった。
我が妹ながら、江利子に遊ばれているときの祥子の完敗具合は相変わらず、可愛そうだけど少々情けなさが見え隠れしてならない。
それで、祥子はじっと江利子を見つめながら、タイを丁寧に結んで見せてみた。
「いかがですか?」
「うーん、70点」
「なぜですの?」
「頭で考えながら、結んでいるからよ」
「そんなの当たり前でしょ?」
「は~、わかってないわね。ま、さっきよりは綺麗だけどね。普段の蓉子の方が綺麗ね」
それは蓉子が江利子のタイの結び方をまねているから。
江利子は覚えているみたいだ。覚えていて、あえて今そう言ったのだろう。
「さほど大差があるとは思えませんが」
「蓉子の妹なのにねぇ、蓉子が普段誰のタイを真似て結んでいるのか、妹は存じ上げていないみたいね」


普段、何事にもやる気なさげで、つまらなさそうな顔ばかりの次期黄薔薇様は、すっぽんのように祥子という玩具を捉えて放そうとはしない。
祥子が江利子の望むような反応をする限りは、江利子が祥子で遊ぶ行動はこれからも続くだろう。

令や聖がいればまた、江利子はこんな風に祥子で遊ぶこともないんだけど。
かといって、祥子に江利子のことを本気で相談されたことはない。2人きりの時に困ったことがあった、とかそういうことも聞いたりしていない。
ということはもしかして、この3人になるシチュエーションに限って、江利子は祥子で遊ぶと言うことなのかしら。
いや、祥子で遊んでいるというよりは、祥子をからかって遊んで、蓉子の反応を楽しんでいるのではないか。
江利子ならあり得る。というよりも、江利子は同時に楽しんでいるに違いない。

複雑だわ、って思った。
江利子に好かれていたいって思っている自分がいる。
飽きられて、興味の対象から外れてしまいたくはない。
だからこうやって、自分の妹をからかったり、それに蓉子を巻き込もうとしているのであれば、それはつまり、江利子は蓉子に興味を持ってくれているということ。

祥子には申し訳ないけれど、何て言うか、好かれていることの確認のようなものができてしまった。


「江利子様のタイを真似ていると、おっしゃりたいの?」
「だって、中学の時に蓉子に何度もやり方を見せてあげて、生真面目優等生はそれを真似るようになったんだもの」
「本当ですか、お姉さま」
江利子の言葉なんて信じません、みたいな表情と口調。
「教えてもらったわよ。何か悪いことでも?」
「……いいえ」
祥子はきっと、心の中で薔薇の館に来るんじゃなかったって強く思っている。そんな考えを持っていると、ありありと見て取れてしまう。
可愛そうだけど、それでもそうやって感情を外に出せる場は、ここしかないのも確か。1年の春なんて、今とは想像もできないくらい無口で、むっつりした顔のまま、いつも何かを我慢していた。蓉子のお姉さまたちの前ではニコニコしていることも多かったけれど、それでも簡単に鎧を脱ごうとはしてくれなくて、蓉子はそれをどうやって脱がせるべきかなんていうことに、使命感を覚えていた。

まったく江利子ったら、いとも簡単に蓉子の妹をこんな風にしてくれちゃって。




3人のカップにコーヒーがなくなると、特にやるべきこともない薔薇の館に、ストーブを付けてまで長居することもないと、3人は帰ることにした。
門まで一緒に帰り、江利子は蓉子と祥子に手を振って帰路へと向かう。

夜、電話をしなきゃ。

特に話をしたいことがあるわけじゃないけれど、いつも“ごきげんよう”ってこの門の前で別れて後姿を見送るたびに、夜、江利子に電話しなきゃって思ってしまう。
たぶん、好きだからだ。
江利子の関心を、蓉子に注いでいて欲しいって思う。
自分の存在を数時間おきにアピールしておけば、江利子は蓉子という存在を興味の対象から外さないでいてくれる、そんな気がして。
「春になるわね、祥子」
「……そうですね」
真っ直ぐ凛とした姿勢の妹は、ちらりと蓉子を見て、それからまたすぐに視線を逸らした。
バス停には数人のリリアンの生徒が並んでいる。その最後尾に並ぶと、何人かの生徒が振り返って会釈をしてきた。
「祥子、何?何か言いたいことでも?」
「いいえ」
「あるのでしょう。言いたいことを言う気がないのなら、そういうムッとした表情をするのはおやめなさい」
1,2週間に1度はこのセリフを祥子に言っているような気がする。それでも回数は減ったのだ。祥子だって聞きあきてきたのだろう。
「お姉さまは……江利子様のこと好きですか?」
「好き?そりゃ好きでしょう」
祥子はもちろん、その好きの意味を深く掘り下げたものだとして聞いてきている。
だけど、とぼける以外に正しい答えなんて伝えられない。
「そうですか」
「江利子は祥子のこと、相当好きよね」
「お姉さまがそうおっしゃるのであれば、そうなのでしょう」
「祥子も、何だかんだ言って、江利子のこと好きでしょ?」
嫌いです、なんて言われてしまえば、返す言葉が思いつかないから困るけれど。10秒くらい視線を外して、それから祥子は控えめなため息を吐いた。
「………そうですね。でも、江利子様は私に興味があるとは思えません」
「そう?江利子は興味がない相手をからかったりしないわよ」
祥子で遊ぶ江利子はイキイキとしている。
今日も、ものすごく満足そうだった。
興味というか玩具というか、江利子は祥子の表情を観察することが趣味なんじゃないかって、思えてしまう。
「お姉さまのことがお好きだから、私をからかっているように思えますわ」
「………何、そのひねくれた考え方」
素直じゃないわね、なんて言う言葉を選べなかったのは、あながち間違いではないような気がしたから。それに対してちょっとだけチクッと胸が痛む気がしたのは、どうしてかしら。
「いえ、ただ……そう思うだけです」
巻き込まないでほしい、なんて心の中で思っているのだとしても、江利子がからかうことは江利子の自由で、蓉子はいくら祥子が妹だからって、それを止める義務なんてない。
「わかったわよ、祥子。祥子はもっと私に構ってほしいわけね?」
蓉子は出来る限り明るい声で、そして妹の頭を撫でてあげた。だけど祥子はそれに照れくさそうな表情や、困った表情さえ見せずに、目が何かを考え、そして答えを導き出そうとしている。
「そういうことに、しておいてください」


この子は、もしかしたら江利子のことが好きなのかしら。
それとも、蓉子が江利子を好きなことを知っていて、それが気に食わないのかしら。
あるいは、江利子が蓉子を好きだということをわかっていて、それが嫌なのかしら。

どれか一つがそうだとしても、蓉子も江利子も、何も変えられないし、この祥子という妹は、何も言ってこないだろう。
「江利子のこと、好き?」
祥子はさっき、はっきりとその問いかけに答えずに、上手く話題を逸らしていた。
「嫌いではありません」
「………ふーん。そうよね、あれだけやられても、本気で嫌がらないものね」

蓉子は祥子の何を確かめたいのだろう。
祥子が江利子に対して、どう想っているのか、何を今更気にしてしまうのだろう。
今の今まで気に留めたことさえなかったのに。

自分の感情が祥子にばれてしまうことばかり、気に取られていたせいだろうけれど。

まさか、ね。



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Date:2015/04/04
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