【緋彩の瞳】 tender ⑧

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

tender ⑧


「ベリル?」
「はい。少女くらいの、見た目はマーズ様よりも少し若く見えるくらいです」
「そう。あの子はまだ小さかったのに。あっという間なのね」
地球でお姫様が生まれたらしいと聞いたのはいつだっただろうか。感覚ではつい最近だと思っていたが、かわいらしい赤ん坊も地球では瞬く間に成長をしてゆく。さぞかし充実した生き方にちがいないだろう。
「マーズ様、地球に行かれるというご予定は?」
「別にないけれど。どうしたの?」
マーキュリーの淹れてくれるお茶は、いつもいつでも味が一定している。定められた通りのハーブティの淹れ方らしいから、おいしいのは当たり前だが、マーズの好みからすると少し薄い。とは言えないから、おいしいわと呟いて、飲み干すのが日課になっている。
「いえ……、ネプチューンとウラヌスからの情報なのですが、お母様とお兄様を亡くして、ベリルが王位を継承されることになったみたいで」
「あぁ、そのことね。聞いているわ。エンディミオンよりも適任なのでしょう?」
確かプリンスもいたはずだ。それもかなり幼かった。王族ではあるが直系ではなかった。だが、ベリルの兄が死に、従兄である彼一人しか男系は残っていないということになる。王位の座を狙う争いが、ベリルとエンディミオンという幼き子たちだけにさせてしまった。
火星も月も、地球国内の争いには手出しをする理由も必要も持ってないのだ。ただ、知っているだけ、と言ったところだろう。
「ベリルとエンディミオンは婚約したようです」
「そんな年齢?ベリルはまだ地球で言うところの…10歳より少し上くらいでしょう?」
「エンディミオンは幼いですよ」
「直系の確固たる安泰を守る、最後の術なのかしらね……」
「“一応、表向き”戦争は終結ということで、ネプチューンとウラヌスが地球に偵察に行くつもりらしいです」
「……そう。いいわ、私も行きましょう。セレニティのご意向でしょうから」
あの二人が積極的に地球に降りるとも思えなかった。セレニティが地球国のいざこざに対して、心配をしているということを知っていて、降りることができない彼女の代わりに行くつもりらしい。いくら自由に行動してもいいからと言っていても、一声かければいいのに。
「たぶん。ネプチューンたちもマーズ様が動くであろうと思っているはず」
「まぁ、それを見越してあなたに情報を流したのでしょうから」
「お見通しのようで」
あまり目立つようなことはしたくないが、地球は用もなく下りられない場所でもある。清く澄んだ世界を見る恰好のチャンスを逃さなかったのだろうネプチューンたちを追いかけるように、心の中で言い訳を考えつつ、マーズは回廊を出た。

「マーズ様」
「ネプチューン。御苦労さま」
回廊の扉の前でウラヌスと地球の風景を眺めていると、思ったよりも早くマーズ様はいらした。
「来られると思っていました」
「マーキュリーの口調は“行け”と言っていたもの。あなたたちはまだなにも?」
「流石にこの星でゆっくりとデートと言うわけにはね。ベリルに正面切って会うにはマーズにいていただかないと」
ウラヌスは最敬礼をしながらも、柔らかい口調でマーズを少しだけ笑わせた。
「そう。じゃぁ、ベリルに会った後はのんびりとデートをすればいいわ」
いつもの返り血を浴びたときの顔とは違い、緊張の糸もいくばかは緩やかな様子。国内でのイザコザはあるものの、地球という星は外部の星と戦ったり何かを奪い合ったりということは必要のない、豊かな国だ。
「回廊を通る時に、マゼランには?」
「マゼラン?なぜ?」
「ヴィーナスも、ベリルに会ったというようなことを風の噂で聞いたので」
地球に降り立つのが遅れたのは、その前に少しだけ情報を集めなければならなかったからだ。マーズ様からの命で、シルバーミレニアムにも頻繁に出向いては、クイーンから情報を集め、あちこちの王国の現状を常に把握し、それぞれの星の秩序を乱さぬように努めている。
「ヴィーナス?あそこは独立国だし地球とは友好的な関係なのでしょう?」
「シルバーミレニアムとも、ですが。ベリルは地球国の繁栄と軍の強化のために、マゼランを“モノ”にしたいらしいです」
ウラヌスの言葉に眉をひそめたマーズ様は、小さなため息を漏らした。
マーズ様はマゼランをどこの星よりも気にかけておられる。
「よその国に手出しできるわけもないでしょうに」
そんな当たり前の暗黙のルールが銀河にあっても、望まぬ戦いは終わりを迎えることはない。マーズがいくら身体中に傷を負っても、恒久の平和など、この世界に訪れない。

若き四天王に続き、ベリルのいる王宮に案内された。赤いウェーヴの綺麗な髪を持つまだ、少女と言ってもいいくらいだろう。マーズは最敬礼をしたのち、王位継承の祝いを述べた。
「マーズ、噂には聞いておる。銀河のほとんどの星を従えているようじゃな」
「その代わり、その星を守ることが私の使命です」
幼いころから、身内同士の醜い争いの中で生きてきた。表情には少女らしさもさわやかさもない、生きている喜びすらない、という印象だ。青く美しい星を治めるには、彼女はこれからあらゆる政治活動をしていかなければならないだろうが、いささか不安になる。
「ようやく私の手の中にこの王国がおさまった。血なまぐさい身内同士の争いはもう懲り懲りだと思っておる。だが、地球国の人間は短命。長く平和的に統治したくとも、マーズの10分の1も生きられん。惜しいと思わぬか?」
「エンディミオンとの間に子をもうけ、その子に託せば良いでしょう。長く生きなくとも、平和を受け継ぐことが、この星には必要なことです」
王座に腰を下ろす少女の華奢な腕。マーズは片膝をつきながらも、やはりこの国の王になるには考えが浅いと内心苦笑いしていた。
「エンディミオンとか…それもよい。だが、この星を強くして、やがては銀河を統治する力が欲しい。そうでもしない限り、私の子も、またその子も、マーズのように銀河の星を従わせるようなことはできんと考えておる。短命がゆえに、星の外へと行く前に死に倒れる。おぬしらのように長く生きようものなら、地球国は繁栄の力を手に入れる動力を手に入れられるのに、哀れだと思わぬか?」
ベリルが彼女なりに、地球のことを想っているということはわかる。
地球の民は時空の回廊に出ることを許されてはいない。星と星の間を行き来することは、シルバーミレニアムのセレニティと、軍神であるマーズの許可が必要とされている。そしてその暗黙のルールを破ればマーズは容赦なく相手の息の根を止める。それだけ、地球以外の星たちは一歩間違えれば死と隣り合わせの中を簡単に死ねずに生きているのである。
どこの星たちも地球の素晴らしさに想いを馳せ、手出しせぬように見守っているというのに、その地球がこちら側に憧れを抱くというのだから、不思議なものだ。
「わかりません。この王国はこのまま、王国だけの力で穏やかに恒久の平和を築く力を十分に持っています。そのために私の部下たちは、地球国を傷つける悪が現れないようにと見守っておりました。先の戦いも終わり、ようやく私たちは安心しているところです」
「頭を下げながら、ずいぶんと頭上から降り注ぐ言葉よのう」
マーズの背後で同じように頭を下げたままのウラヌスから、舌打ちが漏れて聞こえた。マーズは目で制して首を振る。
「そのようなつもりでは」
「マゼランのヴィーナスが来たが、あの娘は真剣に話を聞いてくれた。やはりマゼランは古くから友好的でよい。話しがわかるものも案外おるんじゃ」
独立国のマゼランの人間に何ができると言うのだろうか。余計な手出しをしなければいいのだけれど。
「……マゼランは独立国です。友好的とはいえ、よその国の政治に関与することはできません」
「独立国?それがなんじゃ。だったら地球の配下にすればよいのか?マーズが多くの国を力で奪ったように」
この王国が代々身内同士の戦を繰り返してきた理由が分かった。
もしかしたら、彼女の曽祖父くらいの代で、強引にでも配下にさせておけばよかったのかもしれない。だが、それは許されないことでもある。セレニティともお互いに地球国には干渉しないという意見で一致しているのだ。
「ベリル。あなたがしなければならないことは、よその国の人間を支配することではなく、この地球国という豊かな国を守り続けることです。それができないのであれば、やがてまた、あなたも誰かに命を狙われることになるでしょう」
ベリルは鼻で笑ったが、マーズは立ち上がり軽く頭を下げると、コツコツとヒールを鳴らして急ぎ足で王宮を後にした。黙ってついてくるネプチューンとウラヌスのヒールの音も同じようにせわしない。のんびりと美しい星を目に焼き付けるような余裕はもうなかった。


「悪いんだけど、帰りにマゼランに行くわ」
マーズはエンディミオンに会う予定をやめて、急いで回廊へと向かった。
「マーズはあの星には不干渉なのに」
追いかけてきたウラヌスはマーズを追い越して回廊の扉を開けた。風が身体をふわりと浮かせる。
不干渉ではない。関わりを持つことをできる限り避けようとしているだけだ。
過干渉過ぎるからそう思われるのだろう。
「仕方がないでしょう?ベリルが何をしようとしているのか、ヴィーナスに聞くわ」
「月には?」
「状況次第では行くしかないでしょうね。ただ、ヴィーナスの行動について、今は私が何かを言える状況ではないから…」
「月とマゼランもいい関係ですしね」
マゼランという星はとても豊かだ。地球とはまた違い、軍を持っている国のわりには穏やかでのんびりしている。実のところを言うと、数多くの悪意ある星から幾度となく狙われているのだが、その敵がマゼランに入り込めたことは一度としてない。全て、マーズが排除しているからだ。数少ない独立国を蔭ながら守るのも、マーズが軍神としてなすべき使命の一つなのだ。守るために配下にせざるをえなかったネプチューンたちの星と違い、マゼランはマーズが遠くでそっと見守ると決めた星なのだ。
理想の星でもあり、希望の星でもある。いつか銀河の悪全てが消え去ったら、配下になった星たちがマゼランのような星になれるように、と。
「ネプチューン、月からの情報は?」
「ベリルは魔術に長けているから気をつけるように、と。ヴィーナスのことは何も聞いておりません」
「……魔術、ね」
純粋な人ほどかかりやすいものだ。ヴィーナスが何か既に仕掛けられていなければいいけれど。
それにしても、ベリルは手際が良すぎる。ベリルの親族が死に、持ち上げられたように彼女が王位を継いだと聞いているが、それもどこまで信用できるものか、今となってはわからなくなってくる。どこかで誰かが糸を引いている可能性も探った方がいい。
彼女が寿命を全うして死んでしまうまでは、何事もなく穏やかであればいいと願う。
だが、ベリルの顔を見た瞬間、それは望めないだろうとわかった。そして、厄介なことに巻き込まれるであろうという予感も。





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Date:2013/12/02
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