【緋彩の瞳】 tender ⑨

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

tender ⑨


「……あなたがここに来るなんて。久しぶりね、マーズ」
彼女は眩しい。
「ごきげんよう、ヴィーナス。ちょっと地球に行っていて。近くまで来ていたから」
「えっと……。殺気だっているけれど、どういうご用件?」
殺気立てているつもりはない。だが、希望の星に降り立つことがあまりに久しぶり過ぎて、少々浮足立っているのかもしれない。
銀河でもかなり優秀な軍を抱えながら、決して血を流させない。マゼランの愛の戦士セーラーヴィーナスの強い光は眩しくて心臓に痛い。直接話すことがどうにもできそうになくて、マーズはネプチューンの背中を押して、代弁させることにした。
「ヴィーナス、私たちはさっきベリルに会ってきたのよ」
ネプチューンは、なぜ私に?という視線を投げた後、ヴィーナスの前へと出る。
「そう。ベリルは若くして王位を継いで大変そうね。ずいぶんと将来のことを案じていたわ」
「何か相談事でもされて?」
マーズは聞き耳を立てつつも、ネプチューンに任せて完全にそばのウラヌスよりも後ろへと下がった。この星のさわやかな匂いにかすかに不穏な空気を感じている。
「相談というか……。前の戦いでほとんどの兵力を失ったから、軍事力の修復に力を貸してくれ、というようなことをね。かつて自分自身を狙っていたものも少なからずは生きているようだし、統制することもなかなか難しそうで」
「それで?」
「直接的に武器の輸出などは行えないからと、お断りしたわ。その代わり、うちの若いのをしばらく貸し出すことにしたの。人材育成の補助という名目でね。無報酬だし、彼に武器を持たせないという条件で」
問題がないと言い切れないが、やっていいことかと言われたら、本来ならよくはないだろう。だが、古くから友好関係にある国同士のこと。問題としてマーズが間に入ることは難しい。
「干渉しない方がいいわ、ヴィーナス。ベリルが何か仕掛けるつもりとも限らない」
「そうかしら?うちの若いのが1人地球に行ったとしても、彼は人の殺し方を教えるような人間でもないし、ましてや彼は人を殺せない性格だもの。地球がより豊かに繁栄していくには、ある程度の軍力が必要だということは否めないわ。実用としない軍というのが私の理想なの。軍とは本来、人のためになるもので、殺すためではないのだから」
自分に向かって言っているのであろうなと思いながら、マーズはその言葉が身体に突き刺さらないように、ウラヌスの背後から顔を出さない。
「地球は元々軍を悪用して、身内同士を殺し合っていた国だということを忘れたの?」
「だから、二度と過ちを起こさないための手段として、うちの兵士をよこしたのでしょう」
「他には?それ以外に何かしたの?」
「それ以外?」
「えぇ。ほかに要求とかは?」
「ないわ。第一、あなたたちこそ干渉できないはずよ。私はマーズのことは尊敬しているわ。誰かがやらなくてはいけないことをしている人だと思っている。でも、私は違うの。地球とマゼランのことは、地球にも月にも干渉を受けるわけにはいかないわ。愛を持って接すれば、二度とあの星は身内同士のいざこざを起こすようなことはしないだろうし、繁栄していけるはずよ。そのための手助けをしたまでよ」
これ以上は何の情報も手に入れることができないだろう。ヴィーナスが言っていることに対して、マーズとしても何も言えない。軍人1人貸し出しただけであるのなら、それに関して武力で制裁を下すきっかけとしては弱い。
「独立国であるのなら、本来はどんなことであれ干渉することはご法度よ、セーラーヴィーナス」
「わかり合い、助け合うことは独立国同士の間でも許されるはずだわ、ネプチューン」
「軽率な行動ともとらえられるわ」
「そうかしら。私は内政干渉をしているわけでもないし、地球でいうほんの数年よ。アドニスも、うちの若い兵の中では一番頭の切れる男だわ。ミスを犯すとも思えない」
「だけど、いずれそれが地球国軍を…」
淡々と、しかしネプチューンは軍人を連れ戻すようにと話を持ち込もうとしているようだった。
「もういいわ、ネプチューン」
マーズは小さなため息をひとつ前置きにして、ネプチューンの言葉をさえぎった。振りかえったネプチューンが怒った顔をして、唇を噛んでいる。
「ヴィーナス、悪いわね。私たちには干渉する権利は確かにないわ。地球国が豊かに繁栄をしていくことを望んでいる気持ちは、私たちにもある。あなたなりのやり方であるのなら、私たちは納得せざるを得ないもの」
ヴィーナスは少し睨みつけるようにマーズを見つめて、そして帰れと言わんばかりに扉へと視線を向けた。
「マーズ、心配せずとも地球はあなたを悩ませるほどの力はないわ」
「そうね。平穏であってほしいと願うわ」
一礼をして開かれた扉へと歩みを向ける。

ヴィーナスのチョーカーにある黒い宝石が光を増したように見えた。
あんな色のチョーカーだっただろうか。

「ヴィーナス、その……」
尋ねようとして言葉を飲み込んだ。
ずいぶん前に会った時に覚えていた、なんて。
なんとなく恥ずかしいような気もする。
「何?」
「いえ。……くれぐれも、気をつけてね」
ぞくりと背中に痛みを感じたが、マーズは立ち止まらずに回廊の向こう側へと逃げるように向かった。


「マーズ様、月へは?」
「いいわ。今は何も手出しできないわ」
「あれは内政干渉だと言えば、そういう捉え方もできますよ」
「……ヴィーナスだって馬鹿じゃないわ。表向き友好的に兵を送り込んだのでしょうし、報酬も受け取っていないのでしょう」
やはり、あの星に降り立つことは身体に悪い。マーキュリーの出迎えを受けて、そのまま自室へと向かった。後を追いかけながらも、ネプチューンとウラヌスはよほど不満があるのだろう、どこまででもついてくる。
「マーズはヴィーナスに対しては弱いな」
「……どうも苦手なのよ」
「苦手、ね……。僕らには容赦ないわりには、彼女に対してはどうも大人しい」
マーズはベッドに腰をかけて、そのまま背も預けるように横たえた。
嫌みか、それとも何か別の意味が含まれているのか、愚痴はこれから始まりそうだ。
「マーキュリー、お茶を淹れて。濃いものがいいわ」
「承知しました」
「あと、このうるさいのも連れだして」
「承知しました。お二人とも、出て行きなさい」
天蓋を見つめているから、ウラヌスの顔などは目に入らないはずなのに、彼女のふくれっ面が見えたような気がした。扉の閉じる音とともに、重たかったため息が漏れた。



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Date:2013/12/05
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