【緋彩の瞳】 お揃い

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

お揃い

「………何?」
「今日、家庭科の授業で指切ったの、包丁で」
「で?」
「痛々しい?よしよししてあげたいって思うでしょ?」
学校からゆっくり歩いて神社に帰ると、すでに美奈が来ていた。縁側にいた美奈と目が合った瞬間に、嬉しそうな表情をして人差し指を差し出してきて。

少しだけ、赤く染まった絆創膏

「……痛々しいわね、いろんな意味で」
「いろんな意味って何よ」
レイは美奈の耳にちゃんと届くように溜息を洩らした。失敗を誇らしげに見せつけてくることを、恥ずかしいとも思わないというのが何て言うか。
馬鹿っていうか、馬鹿っていうか。


馬鹿


それを見せつけてきて、大丈夫って言ってほしいというアピール。
その言葉を待ちわびている瞳が、“言って、言って”と歌っている。


「家庭科で何を作ったのよ」
「グラタン。小麦粉からちゃんとソース作ったんだからね」
「で?その指は何を切っていたの?」
「人参」
「………あぁ、そう」
いつだったか、みんなでカレーを作っていて、美奈は指を切ったことがあった。大騒ぎをした記憶は、今でもちゃんと頭の中に残っている。その時も人参だった。
「何よ、その顔」
「別に。学習能力ないって思っただけよ」
「痛くない?とか、大丈夫?とか心配して、頬にキスしてくれないわけ?」
「たかが、指切ったくらいで」
部屋に入って制服を脱ごうとする背中を追いかけてくる美奈は、レイが想像したとおりの文句を言ってきた。言わなければ、そう言ってくるだろうなんて、簡単にわかる。単純で馬鹿だから。

「レイちゃん意地悪なんだから」
「骨が折れたら、大丈夫?って言ってあげるわよ」
奥の部屋に入り、後ろの美奈が入って来ないようにわざと襖を閉めてみる。締めだしたってどうせ入ってくる。
「左の人差し指だから、右じゃなくてよかったって思わない?」
断わりもなしに、当たり前のように襖を開けた美奈が、制服を脱ごうとボタンに手をかけていたレイにニヤニヤした顔を見せつけてきて。
「…………あんたさ、よくそういうこと平気で言うわね」
「レイちゃん、今、セックスのことを考えたでしょ。私、何も言ってないよ?」


……
………


骨を折ってやろうかと思った。


「ボタンはレイちゃんが自分で外してよね」
「……離れなさいよ」
ブラウスのボタンを外していると、当然のように背中に抱き付いてくる。巻き付かれたその左の人差し指に巻かれている絆創膏が視界に入ってくる。
「私の身体洗ってくれてもいいよ?」
「……その、頭の中を洗ってあげたいわ」
ブラウスごと美奈を剥がして部屋着に着替えてボタンを閉じ、さっさとデニムに履き替えた。着替えを見られることに照れていたのは最初のころだけで、もう、どうでもよくなってきたっていうか、入るなと言ったところで、その声を出すことが無意味だと思い知らされてから、諦めた。本気で嫌だと思うことを、美奈がしてこないっていうことはわかっている。だから、このままいきなりセックスに持ち込まれたりしたことは、一度もない。
「相変わらず、いけず~」
「相変わらず、馬鹿」
髪を一房握られて、口づけをされて。
「………お茶淹れてくる」
「ん~、待ってる。おやつもね」
右の指の間を通り抜ける自分の髪を美奈から逃がすように、レイは台所に向かった。



昨日、お手伝いさんがおいしそうな苺を買ってきてくれていた。お湯を沸かしている間に冷蔵庫から取り出して、さっと洗った。そのままで出すのも味気ない。
最低限必要な料理しかしない。包丁も使えるけれど、まこちゃんみたいにさらりと使えるほど使いこなせるって言うわけじゃない。でも、
苺のへたを落としてお皿に盛るくらいは、簡単にできる。
一口では食べられそうにないものは、2つに切って、フォークを用意すればいい。
一つ一つ切っていると、お湯の笛が鳴った。

「…………っ!」
火を止めないと、って思いながらヘタを落としたつもりだった。
左の指に一瞬鋭い痛みが走る。

ピーピーとうるさいし沸騰したボコボコとなるお湯の音。レイは包丁を手放して、左手を確認しながら、ゆっくりと火を止めた。
「………」

さっき、美奈を馬鹿にしたところなのに。

真っ直ぐ横一線に切られた皮膚から、真っ赤な血が溢れだしてくる。ばい菌が入らないように水で傷口を洗って、綺麗なタオルで止血をしないと。あぁ、でもせっかく沸騰したお湯を冷ましたくもない。レイは左人差し指を上にあげながら、片手でティポットにお湯を注ぎ、蒸らしている間に、隣の居間に行った。救急箱の中からガーゼを取り出して、傷口をぐっと抑える。
「…………」
大したことはないだろうけれど、すぐに血が止まるという感じでもなさそう。
少し……数分はこうやって押さえておいた方がいい。
「………はぁ」
紅茶が苦くならないうちに、美奈に飲ませないと。苺もまだ、全部切っていない。先に紅茶を出しておいて、あとから苺を持って行って……
どうやって誤魔化そうかと思いながら台所に戻ろうと居間を出ると、目の前に美奈が立っていた。
「っ……な、何?!」
咄嗟に左手を後ろ手に隠す。
はらりとガーゼが足元に落ちた。
「………なんか、ピーピー鳴ってるのが長かった気がしてさ」
「そ……そう?」
ガーゼを踏んずけて隠そうと試みようかしら、なんて考えてみる。
「何、うろたえてんの、レイちゃん」
「……何が?」
視線を逃がしている時点で、何かを隠しているんだって、それが簡単に伝わることくらい、いい加減学習すればいいのにって自分でも本当に思う。
それでも、美奈の瞳を見つめられない。
嘘とか何かを隠そうとするときには、美奈の瞳を見つめることができない。
何一つ偽りのない愛しか持たない美奈の、その清らかな瞳を見つめることができなくて。
「指切ったの、隠してさ」
「…………大したことじゃないから、別に言うことでもない……わ」
「レイちゃんって馬鹿だよね」

あんたより、マシ
って言いかけて、言えるわけないって思いなおす。

「美奈………紅茶淹れるから、先に飲んでおいて」
「紅茶は私が淹れておくから、レイちゃんはその傷、何とかしなよ」
美奈には見せていない、後ろ手に隠した左手。
「大丈夫よ」
「……そう?痛くない?ちゃんと消毒もしないとダメよ」
「わ、わかってるわよ」
一歩後ろに下がった。あまりにも美奈が近すぎて、ミスをした自分が恥ずかしいって言うか情けないって言うか。
「私がちゃんと、絆創膏まいてあげようか」
「いらない。自分でするわ」
「そう?痛いの痛いのとんでけ~って」
「いらないってば。紅茶が苦くなるから、さっさと淹れておいて」
「…………可愛くない」
ぐっと左腕を掴まれると、力いっぱい引っ張られた。隠していた左手が美奈の前に引きずりだされて、血が傷口から溢れているのを見られてしまう。
「何するのよ」
「早く治るおまじない」
「……やっ」
ニヤッとされたように感じて、やめてといおうとしたのに。想像した通りのことをしてくるから。

簡単に想像できてしまう自分が、時々嫌になる。

「ちょっと、ばい菌入るでしょ」
生ぬるい感触を指先で感じながら、レイは絶対に視線が重ならないようにまたそっぽ向いた。
「………美奈」
血を吸われている感触と、なめられている感触。
「美奈ってば」
それから少しだけ沈黙が続いた。いたたまれなくなって、足元のガーゼに向けていた視線を美奈に向ける。

本当、嬉しそうな顔をするんだから、この馬鹿は。

「ばい菌、入れないで」
「…………愛情たっぷり入れてたのに、失礼な」
ようやく解放された指先は、傷口以外も少し赤くなっている。
「ばい菌よ、まったく。また洗い直して消毒しなきゃ」
「あ~ぁ、意地っ張り。逃げ出さなかったくせに」

……
………


こんな馬鹿に苺を食べさせてあげようって思ったから
罰が当たったんだわ

「私の持っている絆創膏まいてよ。そうしたら、お揃いの指輪みたいだからさ!」
もう一度傷口を洗い、消毒をして、絆創膏を巻こうとしたら、嬉々とした美奈がどこにでもあるような絆創膏を鞄から取り出してくる。
「………馬鹿じゃないの?」
「指切ったレイちゃんだって、馬鹿だから同じでしょ?ほら、指出して」
別に、お揃いを巻きたいわけじゃないんだから。
心の中で思いながらも、血が止まって薄っすら赤くにじんだ傷のある指を差し出してしまう。
「お揃いで馬鹿だね」
「……一緒にしないで」
「いや、同じだよ。私だって、レイちゃんにグラタン食べさせてあげたいな~とか思ってたら指切ったんだもの」
「べ、別に私は、あんたのことなんて……お湯に気を取られただけよ」
「ま、そう言うことにしておいてあげるって。お揃いだから、いいじゃない」
こういうことだけは、手先が器用なんだから。綺麗にまかれた絆創膏。左手の甲に唇を押し当ててきて。
嫌だとは思わない。
「……紅茶、蒸らし過ぎたから、淹れなおすわ」
「ううん、いいよ。ミルクたっぷり入れたらいいし。苺もそのままで食べたらいいし」
「………そうね」
「お揃いだしね」
「……………違うけど」

違わない気がしてならないのに
簡単に“そうね”って笑えない

「意地っ張りなんだから」

代わりに美奈が笑って、美味しそうに大きな苺を口にいれた。






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Date:2015/05/04
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