【緋彩の瞳】 ずっと、笑ってて ②

緋彩の瞳

その他・小説

ずっと、笑ってて ②

「ちーちゃん!」
「レイ、ただいま」
「お帰りなさい」
いつものように、レイが廊下を走って来て、抱き付いてきた。頬にキスを送ってお風呂上りの子供用シャンプーの匂いとあったかい体温にため息を吐く。
「お帰り、おねぇ」
「ただいま、美奈子」
同じようにお風呂上りの美奈子が、荷物を受け取りに来てくれる。21時を回っているから、レイも早く寝かせてあげないといけない。
「レイ、今日もいい子にしていてくれた?」
「うん。美奈ちゃんと違っていい子だよ」
「そうね、レイは美奈子と違っていい子よね」
「………ふん」
中間テストの答案用紙が、いつになっても全教科揃わない。数学と科学の答案用紙がいつになったら返ってくるのかって聞いても聞いても、知らんぷり。だから今日は美奈子のお弁当箱には椎茸を半分くらい詰めておいた。
「レイ、おねぇにお休みのキスして、もうお布団に入りなさい」
「うん。ちーちゃん、お休みなさい」
レイの部屋まで抱っこして歩いて、それから頬にキスをされる。みちるもレイにお休みとキスを送った。最近のレイは1人のベッドで眠っている。みちるが休みの前日は一緒に寝ることもある。大きなセーラーVの人形を抱きしめて寝ている姿が、幼稚園児らしくてちょっとだけ安心する。

「いい加減、数学と科学の答案用紙を出す気になった?」
「出さなかったら、明後日のお弁当箱の中はどうなるの?」
「上がゆでた椎茸、下が炒めた椎茸よ」
「言うと思った。見せたところで、同じ結果のような気もするのよね」
壊滅的な点数なのだろうと言うことくらい、みちるだってもうわかっている。期待してない。留年さえ免れてくれたのなら、ちゃんと卒業して、あとはもう、美奈子が好きなことを突き進んでくれたらいい。隠すという行動が気に入らないだけ。
「……ほら、見せなさい」
「うーん、死なないでね」
美奈子は小さく折りたたんで隠していたらしい2枚の答案用紙を出してきた。

………
…………

「………5点」
「よく見て、1つも正解がないの。ある意味すごくない?式を途中まで書いて三角っていうので点数稼ぐってすごくない?」
科学は26点。なんだか、26点が結構いいじゃない、って思えてきて、みちるは怖くなった。
「仕事から帰って来て、どっと疲れが溜まったわ」
「おねぇのために隠していたんだからね」
具合が悪くなるほどの点数だけど、もうみちるは怒る気にもならなくて。そのまま答案を返した。
「………うわ、ため息だけ?」
「もういいわ。お願いだから、留年だけはしないで」
「しないもん。追試は受けるけど」
追試の日はレイを迎えに行けないと言われたから、みちるが時間を調整すると約束をした。それくらいなら、大丈夫だろう。仕事の穴をあけることで美奈子の留年を免れるのなら、みちるは仕事が減るくらい何の問題もない。
妹たちのことで仕事を調節することは、事務所もよく理解してくれている。土日のどちらかに休みを作ってもらうようにしているし、お弁当の日は早朝からの仕事を入れない。
「今日も、レイと美奈子は何もなかったわね?」
「うん、ない」
ビリビリと答案用紙を破りながら、美奈子は変な作り笑いを見せてきた。
「………お風呂入ってくるわ」
何かあったのかと聞いてもいいけれど、美奈子が隠すのならば、今はまだ聞かない方がいいかもしれない。レイのことかどうかはわからない。美奈子自身のことかもしれない。


追試の日、みちるは一日オフにしてもらった。前日にコンコンと美奈子に数式を覚えさせて、朝にお弁当を作り、レイを幼稚園に送り出す。鞄にまた、セーラーVのキーホルダーが増えていて、勝手に美奈子が買い与えたのだと知った。隠していたことはこれなのだろう。ゲームセンターで遊ぶことをやめて欲しいと言ったことはないけれど、5点を取った後にするべき行動ではない。
「レイ、今日はお姉ちゃんが迎えに来るから」
「うん、わかった」
「今日はお仕事お休みだから、ちゃんと時間通りに来るわ」
「うん!」
「帰りに、ケーキでも食べて帰りましょう」
「うん!」
嬉しそうに飛び跳ねるレイの頬にキスをして、セーラーVのお弁当袋を手に門をくぐりぬけて行く後ろ姿を見送る。こんなにたくさん子供がいても、レイがずば抜けて愛らしくてかわいい。内気で友達も少なくて、入園当時から、先生にもっと日頃から外で同世代の子と遊ばせるようにと言われてきた。何度も何度も公園に連れて行ったけれど、レイはいつも誰とも話そうとせずにじっとしていて、もう最近は諦めている。無理に公園に連れて行って、知らない子たちに挟まれて、それがトラウマになるくらいなら、美奈子や美奈子のお友達たちと笑顔で遊んでいてくれた方がいい。嫌だと思うことを、なるべくさせたくはない。おとなしいなら、おとなしいなりにレイの生きやすい方法はきっとあるだろう。
「みちるさん」
「あ、せつな先生。おはようございます」
「おはようございます。今日はみちるさんが送り迎えなの?」
「えぇ。美奈子は学校の行事がその、…忙しくて」
「そうですか」
教室の中に入っていった姿を確認して、みちるは一つため息を吐いた。
「うちの妹、相変わらずおとなしいですか?」
「まぁ、そうですね。いつもと変わらずと言えば変わらず」
「そうですか。いじめられていませんか?」
「それはないですよ。亜美ちゃんと仲良くしているし」
いじめられていないのなら、ほっとする。
「ただ、最近はお弁当の時になるとずっと下を向いて隠すように黙々と食べている感じですね。家でもそうですか?」
「え?食事ですか?いえ、いつも美奈子とうるさくしゃべりながら……」
朝も美奈子と3人で、レイが見ているセーラーVのアニメのことを楽しく話していた。美奈子はやたら詳しいし、テレビと本物は全然違うんだから、って力説していた。テレビアニメでは成績優秀で、一人っ子らしい。
「そう?じゃぁ、嫌いなおかずでも入っていたのでしょうかね」
「いえ、レイは好き嫌いがあまりないので、何を入れても食べますよ」
「あら……じゃぁ、きっと周りのキャラ弁のせいね」
「え?なんですか?キャラ?」
せつな先生は“キャラ弁”というものが今、幼稚園の中で流行っていると教えてくださった。いつもお弁当の時間になると、レイはせつな先生に毎回嬉しそうにお弁当を見せてくれるけれど、ここ最近は隠されていて、何も言ってきてくれないらしい。
「もちろん、全員がキャラ弁っていうわけじゃないですけれど、たまたま今、レイちゃんのグループはキャラ弁が多いんですよ」
「………はぁ」
「家で作って欲しいっておねだりされませんでした?」
「まったくそんな話しは聞いていません。その、お恥ずかしい話、幼稚園でそういうものが流行っているなんて、今知りました」
レイが持って帰ってくるお弁当箱は、いつも空っぽだと美奈子から聞いている。先週も何も変わらず、美味しかったと言ってくれていた。いつもの笑顔だった。何も言われていないし、おねだりされていない。美奈子からも何も聞かされていないから、あの子も知らないことかもしれない。
「みちるさんはまだ、お若いし、お母さんじゃありません。そこまで気にすることでもないですよ。ちゃんと必要なことは連絡帳に書かせてもらっていますし、何より、レイちゃんもみちるさんがお母さんじゃなっていうことは、小さいながらもよくわかっているのでしょう。言わないっていうことは、要らないって考えているのかもしれませんし。ただ、周りの子がお弁当の時間になるたびに、キャラ弁を見せ合うので、それがちょっと、嫌なのでしょうね」
「………それは、いじめられることに繋がりませんか?」
「大丈夫だと思いますよ。一応、気にかけておきますけれど」
みちるは正直、説明をされてもキャラ弁というものがどういうものなのか、想像が追い付いていなかった。だけど、そういうお弁当じゃないということを、レイがどんな風に思っているのかを考えただけで、いたたまれない思いがする。ママとパパがいない、それだけで周りの子と違うし、内気で友達と外で遊ばないし、周りで流行っているお弁当とも違う。みちるは彩ある、美味しそうに見えるお弁当になるようにって気を使っているけれど、時代はもっと進化していたみたい。
「深刻な顔ですけれど、キャラ弁をあなたが作る必要なんてないですよ」
「……一応、情報としては持っておきます」
「キャラ弁を作るお母さんは、みなさん時間に余裕のある主婦でしょうし。こちらも、レイちゃんには堂々とお弁当を食べるように注意しますから」
他にレイは何を隠しているのかしら、って考えてしまう。取りあえず、本屋に行ってみないと。手の込んだものらしいと言うことはわかるけれど、どれくらいの手間がかかるのだろうか。


関連記事

*    *    *

Information

Date:2015/05/06
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/546-7fc88e88
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)