【緋彩の瞳】 ただ、笑顔をみたいから END

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

ただ、笑顔をみたいから END

「えっと、駅はこっちだったかな」
強引に人の流れに逆らって、道を進む美奈の背中にしがみつくように歩いて、さっき食べたパンケーキが出てきそうだわ、って思った。帰りの電車は人が少なければいいって思いながらも、そうはいかないものだっていうことは想像できる。最初に乗ろうとした電車は見送った方がいいのにって言いたくなるのを満員の中を、強引に乗った。吐き気が食道まで迫ってきているような気がしてしかたなくて。
「大丈夫?」
「…………」
下を向くと致命的になるから、取りあえず美奈の肩に顎を乗せてみる。
「レイちゃん?」
「……………」
「レイちゃん?」
「次………降りない?」
「えっと、降りたい?」
圧迫されている身体と、隣の若い男の人がレイの耳元でガムを噛んでいる音が耳元で吐き気を誘ってきて。
「………………降りたい」
美奈の肩に吐き出す寸前で、流石に無理だって思った。
「わかった。酔ったの?」
船とか絶叫マシンとか、乗れないものがあることは美奈も知っているけれど、電車やバスは問題がない。乗り物ではない、人にやられてしまっている。
美奈に悪い気がして、一気に我慢して乗り換えの駅まで突き進んだ方が良かったけれど、次の駅で人に押された時に電車から降りた。
「大丈夫?」
「……………ちょっと…あの、少し…休ませて」
「電車、ダメだった?」
「………人混みっていうか」
駅のどこに立っても人の気配は絶えず流れていて、あらゆる不特定多数の感情が身体を通過していくような錯覚がする。
「そっか。ごめん……」
「いえ、別に美奈が悪いんじゃないんだけど。ちょっと………今、立って…られ、ない」
目を閉じて、レイは美奈子に縋るように抱き付いた。目を開けていられなかった。何か一つでも感覚を切っておかないと、神経がすべてに過敏に反応して、本当に吐いてしまいそう。
「わっ、だ、大丈夫?ちょっと、もうちょっと、こっち」
引きずられてどこをどう歩いたのかはわからないけれど、たぶん人の邪魔にならないところに連れて行かれたのだろう。歩いている感覚があるような無いような。



いきなり抱き付いてきたと思ったら、身体から力が抜けて行くのがわかった。美奈子はレイちゃんを抱き寄せて、なんとか通りの邪魔にならない場所に引きずって歩く。
「大丈夫?」
返事が来ない。耳元で息切れのような呼吸を繰り返している。
電車に酔ったのではなく、どうやら人混みにやられてしまったようだ。
満員電車になんてあんまり乗りそうにない人だし、そもそも苦手なのだろうって言うことは、何となくわかっていたけれど、“苦手”は感情の問題であって我慢できるかもしれないけれど、レイちゃんは”体質的に無理“らしい。
船に乗ることが“体質的に無理”なのと同じみたい。
知っていたら、誘わなかったのに。
どうして、最初の電車に乗った時に言ってくれなかったのだろうか。
「レイちゃん?」
足の力も頼りなくて、美奈子が腰を抱き寄せていなければ、横たえてしまうことは間違いないだろう。
「………ごめん……」
「ううん。私こそ、その、ごめん。そうだよね、もっと早くに気が付いてあげてたらよかった」
最初の電車の時から、レイちゃんは辛かったのだろう。壁をじっと見つめて列に並んでいたのも、人混みを視界に入れたくないって言っていたあれは、たぶん、それが“苦手”というものよりも“苦しい”ものだったからだ。美奈子に身体を寄せて歩いていたのも、迷子になりたくないからではなくて、人混みの中を1人で真っ直ぐ歩けないからだったのだろう。
「…………ごめん、美奈」
10分くらいぐったりしていたレイちゃんの足の力が何とか戻ってきた。美奈子は身体を支えて駅を出る。
「どこかで休む?」
顔面蒼白だ。
「…………ちょっと……タクシーを捕まえて欲しい」
「まっすぐ帰ろうか」
「そうしてもらえると」
タクシーの中で、レイちゃんは耳を塞いで美奈子の膝に頭を置いて目を閉じた。
耳を塞ぐ仕草が美奈子を拒否しているのかなって思えたけれど、美奈子の膝に頭を乗せてきたのはレイちゃんからで、頭を撫でてもそれを拒絶していないから。

結構な金額になったタクシー代を、レイちゃんがこれで払ってと財布を押し付けてくる。美奈子の財布の中だけでは全然足りないから、素直にそれで払って、レイちゃんを立たせた。諭吉様が満面の笑みで綺麗に並んでいる、諭吉だけに満面、なんちゃって。
……とか声に出しても、笑ってくれないだろうから言わないけれど。
「…………ちょっと、よくなった?」
「えぇ」
「まだ、真っ青なんだけど」
「……でも、拷問から、あ、いえ、人混みから離れたからもう、平気よ」

そっか、レイちゃんは本当に人混みが拷問に等しいんだ。



「最初に言ってくれたらよかったのに」
「………あそこまで人が多いなんて、予想できなかったもの」
「多いよ、あんな場所。電車だってどこだって」
「知らなかったのよ。満員電車だって、ほとんど乗ったことないから」
1人で立って歩けるほどに回復したレイちゃんは、静かな境内を美奈子に縋ることなく歩いていく。
「レイちゃん、人混みがダメなの?」
「………ちょっと、感覚が狂ってしまうのよ」
耳を塞いだことも、目を閉じたことも。普通の人よりもそう言う感覚が優れていて、さらにいらない感覚まで敏感なレイちゃんは、不特定多数がいる場所にいるとそう言うのが一気に身体に流れ込むらしく、拷問のように感じるらしい。
「でも、ほら、みちるさんのコンサートとか、そういう人の多い場所とかは?」
「だから、私、開演のギリギリにいつも行ってるでしょ?全員が同じ方向を向いて座ってくれていたら、そんなに苦痛じゃないし、クラシックコンサートは基本的にうるさくないし、穏やかな空気だし」
「……あぁ、そうか」
「学校もね、うちは1学年に2クラスだし、ギャーギャうるさいっていうのじゃないから。ずっと幼稚舎から一緒の子たちだから、もう慣れているっていうのもあるの」
人混みの条件にもよるっていうものか。
あと、人にもよるっていうの。
「そんな大事なこと、付き合う前から知っていたかったよ」
「……ごめんなさい」
「無理をさせてまで、一緒にパンケーキを食べたかったわけじゃないし」
「…………そうね、ごめんなさい」
部屋に入ったレイちゃんは、ストンと腰を下ろして、ぐったりしたため息を吐いた。
こんな風に弱弱しい姿、あんまり見せない人だから。
「もう、隠していることはないよね?」
「…………何かあったら………また、言うから」
まだまだありそうだわ。
美奈子は心配で仕方ないっていう気持ちと、ちゃんと教えてくれなかった気持ちで、自分でも悲しいのか寂しいのか怒っているのか、だんだんわからなくなってきた。
「約束してよ。私、レイちゃんが人混み苦手でも、泳げなくても、遊園地が嫌いでも、そんなことでガッカリなんてしないよ。でも、レイちゃんが何かを我慢して私と付き合うっていうのは嫌。私、どんなことがあってもレイちゃんが好きよ。傍にいるって、最初に誓ったわ」
「…………そうね」
膝を抱えてうずくまる美奈子の愛しい人は、流石に滅入っているから素直だ。
こう言うときに素直になるなんて、本当、どんだけ意地を張っていたの。


「美奈が楽しそうにしていたから………それを見ていたかったの」

何よ、こんな時にしか言わないなんて

「………私のこと大好きなら、私が一番大好きな人が誰か、わかってるでしょ?」
「そう、だけど」
「私が一番大好きで、愛していて、楽しそうな顔を見ていたいって思う人が誰かって、知ってるでしょ?」
「………えぇ」
しぼんで小さくなっているレイちゃんの黒髪を、指の間に挟んでサラサラと説いた。
「まったく、レイちゃんは本当に私のことが好きよね」
「………」
「本当、真っ青になるまで我慢するなんてさ。そりゃ、レイちゃんと美味しいパンケーキ食べに行きたいって思ってたけど、人混みがダメだって言ってくれていたら、人のあまりいない公園でのんびりしたり、部屋でエッチしたりさ、他にいろいろやれることあったのに」
「…………美奈が嬉しそうな顔をするから」
「私、レイちゃんと一緒にいることが嬉しいのよ?」
うずくまるその腕を解いて、美奈子はその身体をゆっくりと押し倒した。まだ顔色は悪いけれど、それでも、ごめんって訴えてくる瞳が美奈子を捉えて、何て言うか、泣いちゃいそうな顔が、可愛くて愛しくて。
怒っていたような感情も、消えている。
本当、レイちゃんって美奈子のことが好きなんだから。
わかりにくいのが、玉に瑕だけど。
「………その、今日の穴埋めはするから」
「いや、いらないって。穴埋めって、また電車乗ってどこか人混みの中にもまれに行くとでもいうわけ?」
「………ごめんなさい」
「いいよ、もう。食べたかったものは食べたし。レイちゃんが傍にいるならどこで何をしていてもいいから、今日はずっとこうやって、抱きしめているわ」
「…………そうね、こうしてて」
「私のことは、心地いい?」
「………当たり前でしょ」

レイちゃんって、ほんとに美奈子のこと好きよね。

青白い頬にキスをすると、力ない腕が美奈子の腰に回される。
弱いんだ、こう言うレイちゃんの甘え方。
お姫様なんだから、もう。
「美奈、もう少しこうしてて」
「ずっとしていてあげる」
「………そうして」

あぁ、もう、本当に
美奈子とレイちゃんってラブラブなんだから。
辛そうにしているレイちゃんに、美奈子は柔らかく優しく抱きしめて、深いキスをした。



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Date:2015/05/10
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