【緋彩の瞳】 Ti amo ①

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

Ti amo ①

人差し指の切り傷はとてもやっかい
薄く残る血が、指紋の縁取りにまとわりついて
その赤い色は簡単に消えない


何もしていなければ、切ったことさえ忘れてしまっているくらい
痛みなんてないのに
不用意にペンを持ったり、お箸を持ったり、何かに触れた時に

ピリっとした痛みを思い出させる




「レイ?」
「……ん?」
「どうかしたの?」
「え?何が?」
手を洗ったときに不用意に傷に触れた時に感じた痛みは、美味しそうな手料理を前にして、少し、忘れていた。
それを思い出させたのは、お箸を持った時だった。
「気のせいね、ごめんなさい」
「……いただきます」
指先をほんの少しだけお箸からずらして、間違えた持ち方になってしまう。うずく皮膚の奥にめり込んでいる赤い一筋の周りは少しだけ腫れているようで、傷ついたときに丁寧に洗ったが、無意識にいろんなものに触れてしまうせいだろう。かといって、絆創膏を巻くと治りが遅くなる。

それに、それを知られたら、気を使わせるようで嫌だった。

夕食を食べた後、お風呂に一緒に入った。服を脱ぐたびに傷に布が擦れて、小さな苛立ちを感じながらも、人差し指を立てながら髪を洗い、避けるようにして泡立たせたソープで身体を洗う。流石にお湯に濡れっぱなしの傷口はジンジンと主張してきて、でもこれはもう、日にち薬でしかなくて。
「レイ」
「ん?」
「どうかしたの?」
「え?」
「何か憂鬱ね」
「そう?久しぶりにみちるさんに会えたのに、そんな風に見える?」
バスタブに腰を下ろすみちるさんの膝の上にまたがり、シャワーのお湯で流してみても、なお赤い血の跡が消えない傷口を見られないように、その首に腕を絡めてしがみついた。言いようもない安心感と、いつものシャンプーの香り。
暖かいその両腕がレイの背中を抱きしめてくる。
「じゃぁ、久しぶりに会ったレイは、また一段と愁いを帯びたということかしら?」
「学校と家の往復と、うさぎたちの相手では愁いなんて帯びないわよ」
「そう?何か疲れが溜まっているとかは?」
「疲れるようなことなんて、何もしていない」
耳たぶのピアスを爪先で鳴らして、そっと甘く噛む。
「……ん」
「みちるさんの方が、お仕事で疲れが溜まっているんじゃない?」
「じゃぁ、レイが癒してくれるの?」
「……もちろん」


火野レイという人間に“癒し”という才能など
本当はなくて
ただ、縋るしかできなくて

何も与えることなどできないというのに
傍にいさせてと希う想いを捨てきれずに

みちるさんのためにできることなど

何もない





みちるさんの右側に並び、何もしなければ感じなかったはずの痛みを、今はずっと携えたまま服を着て、髪を乾かし、化粧水を付け、どれだけ気を付けても寝て意識を失くすまで、この小さな痛みを携えなければいけないのだと、覚悟を決める。
ふやけるほどではないけれど、乾きそうにない傷口からは、さっきよりも色濃く血の色が見えて。
少し傷が開いてしまった。

「レイ」
「ん?」
「どうかして?」
「ううん」

ソファーに腰を下ろして、みちるさんの膝の上に頭を預けた。指を隠すようにお腹に腕を巻き付ける。やってることはさっきと変わらないなんて思いながら、肺を満たすみちるさんの匂いがレイには必要だった。
「今日はやけに甘えるのね」
「………そう?」
「何かあったの?」
「何かあったように見える?本当に何も身に覚えなんてないんだけど」
「本当に?」
ヴァイオリニストの指先がレイの髪を掬っては、サラサラ流し梳いていく。

繰り返される呼吸を耳に感じながら
1秒がもっと長ければいいのにと希う感情が
心臓の動きを速めて

そのドクドクと鳴る心臓のリズムに合わせて
指先に感じる痛みもまた、増していくような想いがする



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Date:2015/06/16
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