【緋彩の瞳】 tender ⑭

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

tender ⑭


「目は?」
ネプチューンの言葉に、マーキュリーは首を横に振った。
「……とても、見るに耐えられない」
「そう」
「想像もしない方がいいと思うわ」
「………そう」
「義眼をすぐに作るから。皮膚の再生はマーズ様自身の力で始まっているみたいだけど」
「………どんなに回復力が高くても、ダメなの?」
ネプチューンの言葉に、またマーキュリーは首を振った。一縷の希望なんてありえないのだと伝えるには十分だ。
「存在すら吹き飛ばされ消えてしまったみたい。頭蓋骨や脳に影響がなかっただけ、奇跡としか言いようがないわね。そこまで到達させないようにうまくかわしたのかもしれない」
「月へはどうするの?」
「マーズ様は怪我のことは口外するなとおっしゃっていたわ。筋肉と義眼をうまく融合させて、右目の視線と合わせて動かせるように何とかするつもり」
ぐるぐると包帯で顔半分を覆われて横たわるマーズ様に近づいたネプチューンは、痣が残る左腕に唇を押しあてた。グローブがなければ、彼女にも呪いが襲いかかり、この世界が終果ててしまうところだった。
「マーズ様」
「ネプチューン?」
「えぇ」
「……あの子は?」
「隣の部屋で寝かせています」
「無事なの?」
「息はしております。ただ、回復力が底を尽きているようで」
「なぜ?あの石のせいなの?」
「おそらくそうでしょう。力を奪い、石が身体を操るような仕組みだったのかもしれません」
その点、マーズ様の回復力は銀河でも類を見ない。あれだけの攻撃を受けておきながら、もう会話するまでの力が戻っている。
それはつまり、永遠に戦い続けるという運命でもある。喜べないことなのかもしれない。
「そう……。迷惑をかけたわね、ネプチューン。あと数時間したら、マーキュリーが綺麗な硝子の水晶で私の左目を作ってくれるわ」
「………」
なぜ、そんなに淡々としているのだろうか。
どうしようもない愛しさがこみあげて、ネプチューンは涙をこらえきれずにごまかすようにうつむいた。
「ネプチューン、どうしたの?」
寝かされているマーズの左側にいてよかった。涙など見せてはならない。
「いえ……」
「左目は失ったけれど、あなたたちは私が守るから。どんな手を使ってでも、あなたたちを守るから。今日みたいな無様は二度と見せないと約束するわ」
「………あなたを守れなかった私たちの方が無様です」
髪に乾いた血の匂いが残っている。その黒髪をひと房握り、唇を押しあてた。
「義眼ができて、それに慣れたころに……私は月の王国の元へ下ろうと思っているの」
「………どういうことですか?」
マーズが月の王国の配下になれば、月は銀河最大にして最強の国家になってしまう。もはや、存在が神になってしまうと言うのに。
「地球をこのまま放置するわけにはいかない。でも、簡単にこちらからは手を出せない。そしてまた手を出されたくない。だとしたら、全てを守る方法としては最善だわ」
「待ってください」
「あなたたちを守るためでもあるわ。地球を監視し、そして地球から簡単には手を出されないためには、最も安全な場所を選ぶほかないわ」

それは、つまりはヴィーナスのため
二度と彼女がベリルの罠にかからぬようにするために
そのためだけに、月の配下になると

「……クイーンには、もう」
マーズは右目だけで小さく“まだ”と伝えてきた。
「太陽の動きと、地球のあのベリルの思想。状況は少し前と変わってきているわ。承認してもらうしかなの。それにこの目はあなたたちを守るために戦うには無理があるの。私1人の力ではまた、犠牲を強いることになる」
覆ることはない、マーズの中で決めたことなら、やはりうなずくしかない。ネプチューンは涙がこぼれないようにと天を仰いだ。
「私が犯した過ちで、あなたたちを苦しめることは本当に申し訳ないと思っているわ。だから、私はあなたたちを守るために、どんなことでもするわ。月に行けば、クイーンが守ってくれる。私が月を守り続けている限り、あなたたちは平和でいられる」
月を攻めてくるものなど、誰もいないのだから。マーズ様の冷たい手がネプチューンの頬に触れた。雫が指に伝って流れてゆく。
ヴィーナスが今、気を失っている間に記憶操作をして、たとえばマーズを好きであるように思わせるなんてことは、できないことではない。マーキュリーならできるだろう。だけど、そんなことをしてもマーズは喜びなどしない。
今のマーズに、安らぎを与えてあげられるものなど、何もない。
あるとすれば、ただ、ヴィーナスが生きている。それだけだ。
「承知しました。どんなことがあっても、私はあなたのそばにいるわ、セーラーマーズ」



義眼を動かす訓練はそれこそ目から血が出るほど痛みを伴った。それでもマーキュリーの医学技術は鏡を見る限り、それが義眼であるということは簡単には見抜けるものではない。
数日かけて目を動かすようにまで回復させ、ある程度歩くことの平衡感覚も手に入れたマーズは、回復力を削られ、かすかに呼吸をして眠り続けているヴィーナスのもとを訪れた。
「マーキュリー」
「マーズ様、どうされましたか?」
先客がいた。どうやら、適度に仲間たちが自らの力を与えて彼女を生かしていてくれているようだ。健康的な肌色。あの時の呪いを受けた面影はもうない。
「様子を見に」
「月で事情を説明して、金星の灯を放棄し、新しく銀水晶の加護を受けて再生させることで、ヴィーナスも元に戻ると思います」
「それはつまり、マゼランの血を捨てるというわけね」
「でも、どの道、月の王国へと……」
同じことでしょう、と言いたげにマーキュリーはその手をそっと放す。いつまででも永遠につながってなどいられないのだ。
「マゼランのプリンセスとして、彼女には月に仕えてもらいたいのよ」
「いえ。あの呪いで奪われた力は、寝て回復するようなものではないのです。誰かが犠牲になり力を授ける、もしくは月の人間として力を授ける。方法はどちらかですが、現実には1つだけです」
「………なるほどね」
目が覚めた時、彼女はもはや“愛の女神、ヴィーナス”ではなくなるということだ。
金星の、あのマゼランの美しい星の輝きを永遠に失うことになる。それすら自身が気づくことなく。自分が誰なのかわからなくなってしまう。
「忌々しい呪いだったわけね」
「あの石は攻撃を与えて破壊することは難しくないものですが、よしんば呪われた本人を助けたとしても、こういう仕打ちが待っている、という二重の呪いだったわけです。助けようとした人間にも同じ道を辿らせるという意味では3重ですが」
石で支配をし切れなくても、空っぽにしてしまえば目覚めたときに簡単に星を潰せる。だが、それほど完成度は高くないのだろう。ある意味失敗と言ってもいい。だから、ヴィーナスはこの程度で済んだのかもしれない。
「席をはずしましょうか?」
マーキュリーが何か遠慮気味に申し出た。間違えた気の使い方かもしれない。
「……別に。いえ、いなさい」
回復しないのであれば、こうするしかない。そう思ってこの部屋に来たのだ。だから、マーキュリーから聞かされた真実を知れば、なおさらこれしか道はないのだと、自分に言い聞かせた。
「マーズ様?」
「ヴィーナスには、マゼランのプリンセスでいてもらわなければ」
「あなたにも、軍神マーズでいてもらわなければなりません」
あぁ、もう感づいているようだ。
流石としか言いようがない。
「隠し通せるかしら?」
月にも、そしてヴィーナスにも
「…………必ず」
「憎まれてでもいいから」
「ええ。ヴィーナスの記憶を改ざんし、私は口を閉ざします」
「約束よ」
強い愛の光を振りまくヴィーナスが生きていなければ、もはや生きるという目的を失ってしまう。
「私は間違えていると思う?」
「……………」
持っている回復力を捧げ、二度と悪に愛が痛めつけられぬように保護力も捧げる。左目も失い、回復力も保護力も衰えて月に下り、銀水晶の庇護の中、その弱さを悟られずに生きてゆく。これしか思いつかない。
世界の平穏を維持していくにはこれしかない。
世界の光を、ヴィーナスをなくしてはならないのだから。
「愚か者よ、マーズ様」
「……あなたならどうする?」
「……記憶を改ざんするときに、……愛されるようにするわ」
マーズを見つめるまなざしは、逸れてしまった。それができることではないとわかっていても、彼女は言わずにはいられなかったのだろう。
「私だけが罪を背負うつもりでいたけれど。隠し続けるあなたたちにも辛い思いをさせるわね」
「お任せください。あなたがどんなにヴィーナスに憎まれようとも、私たちはマーズの想いを隠し通します」
マーズはヴィーナスの手に触れた。片目で見えるその身体に触れるためには少し距離がわからず、探り当てるように指を絡める。
「嬉しいわ。憎まれ続けた方が、愛されるような改ざんよりはよほどいい。憎しみほど深く根強い想いを私は知らないもの」
「………憎しみでよいのですか?」
「憎しみは愛よりも深い。本望だわ」

この唇で誰かに触れたことはあっただろうか。

遠い記憶をたどっても、思い出せない。
ネプチューンやウラヌスなどから受ける頬への口づけを思い出せても、自らが誰かの唇に重ねるということは考えたことがなかった。

愛とは何なのだろう
愛とは憎しみよりも軽く、もろく、柔らかいものだと思う
だから、ヴィーナスは心から憎めばいい
憎み続ければ、永遠にその心に残り続けるのだから

愛よりも深く



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Date:2013/12/08
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