【緋彩の瞳】 あなたと私の罪

緋彩の瞳

その他・小説

あなたと私の罪

あなたが優しくこの心を殺めようとするから
優しすぎるから
その全てを壊してしまいたいと




神様に願った




少しだけ火川神社に早く着いた。仲間はまだ誰も来ていない。勉強会をしようっていうことを最初に言ったのがまずかったのかもしれないけれど、学期末テストも近づいてきているのだから、遊ぼうなんていう口実で教科書を持ってこないという事にはなりたくはなかった。
「レイちゃん?」
少しだけ用事があるから、と聞かされていたから部屋には誰もいない。亜美は時計の秒針だけにしか歓迎されていないレイちゃんの部屋にあるテーブルに、持ってきた参考書を置いて、いつもの場所に腰を下ろした。
出会った頃、うさぎちゃんと3人でこのテーブルを囲み、たわいのないことをよく話していた。すぐにまこちゃんが加わり、4人で夕食を取ったり、亜美とレイちゃん2人で勉強をしたり、夜遅くまで敵について調べたり、泊めてもらうことも頻繁だった。
美奈子ちゃんが加わり5人になり、ずっとこのまま仲間と使命を背負いながら、それでも傍にいられる喜びをずっと胸に秘めて、生きていられたら。
それで幸せだって。
それで十分だって。
肺を満たすカラカラの空気は、恋というよくわからない何かを必要としなくても、心臓をちゃんと動かしてくれていて、それ以上、何を求めればいいのだろうかと、ひたすらに言い聞かせて。

冷たい瞳を持つその人の傍で
肺がキシキシ痛むことに、いつしか馴れていった



「あっ」
「………あら。亜美」
「こんにちは」
「ごきげんよう。レイは?」
「何か、用事で少し遅いみたい」

想う

それだけで幸せだと願える人のことを考えていると、襖が開いてみちるさんが現れた。ぐっと、奥歯を噛みしめて、何か血がジワリと舌の上に広がるような感覚が口の中を襲ったけれど、これはもう、いつものこと。

海王みちるの顔を見ると、いつも口の中に血の味が広がってゆく

「13時に行くって伝えていたのに。まぁ、いいわ」
サマードレスに大き目の鞄、ヴァイオリンを手にしていた彼女は、亜美の横を通り過ぎて、まるで自分の部屋のようにレイちゃんの寝室へとつながる襖を開けて、その中に入っていく。
思わず唇の端を指先で触れてみた。どこも切れていないし、血はにじんでもいない。
消えたりしない血の味、これは何なのだろう。
広げられたノートに書き込まれた数式が、ぼんやりとしか見えなくなってきて、小さく首を振ってみる。


なるべく2人きりになる状況を避けるようにして来た。
ずっと

レイちゃんが、海王みちるを好きだと知ったその日から
海王みちるを羨んだり、嫌いになってしまいそうな
そんな自分を認めたくなくて


「みんな、来るのでしょう?」
「え?えぇ」
「お昼ご飯、食べた?」
「あ、みんな食べた後でって言う話になってるから」
「そう?じゃぁ、レイだけね」
着替えを手にしたみちるさんは、よそ行きの笑顔を見せて、部屋を出て行く。勝手にシャワーを浴びるのだろう。レイちゃんの部屋に私服を置いているから。


血を飲み込むように鳴らした喉の奥には
カラカラした空気がヒューヒューと音をたてて入ってくる

咳き込んだりすることが悔しくて

悔しいという感情を一瞬でも抱いた
そんな自分が無様で


秒針の音よりも早い心臓が必要としてる
柔らかくて優しい空気なんて
今はこの部屋にはなくて
もう、二度とそんな空気は吸えないってわかっているはずなのに





「あ、亜美ちゃん」
「……レイちゃん」
「ごめん、ちょっと遅くなって。買い物に行ってたのよ」
少しだけ汗ばんだ髪を掻き揚げて、レイちゃんはいつものように無理した微笑みを見せてくれた。シャーペンをきつく握りしめていた亜美は、その笑みを模倣したものを送りかえして見せる。
「みんな、わざと遅れるつもりみたいね」
「まったく。場所を提供しているこっちの身にもなって欲しいわ」
神社まで勢いよく坂を上ってきたからって、レイちゃんはシャワーを浴びてくると着替えを取りに部屋に入った。そこで、みちるさんが来ているという証拠を見つけたのだろう。さっきのみちるさんみたいに部屋着を手にしている、その表情は、亜美が永遠に手に入れることができないそれになっている。

そもそも、本気で手に入れたいと思っていたのか
もう、今となってはわからない

「ごめん、みんな来たらアイスコーヒーとアイスクリーム買っているからって伝えて」
「えぇ。あ、さっきみちるさんが来たわ。シャワー浴びに行ってる」
イチイチ言わなくてもいいことを言って、何を試したいのだろう。
「え?……あ、そっか」
ほら、本当はうれしいのに、亜美が目の前にいるから困った顔をする。


気を使うのはどうして

知っているけれど
聞いてみたくて
聞けなくて


カラカラだった肺にさえ、血が混じっていくような
口を少しでも開けば、血が溢れて零れ落ちそうな



あぁ、誰か
誰か
誰か


神様、どうか



「……レイちゃん?シャワー浴びるんでしょ?」
「え?あ、きっと、みちるさんがまだ入ってると思うから」
「いいじゃない?恋人同士なのでしょう?」
「それは、それ。上がったら、交代で入るわ」
亜美ちゃんを一人にできないでしょ?そう言ってレイちゃんは要らない優しさを押し付けてくる。
亜美の隣に座って、汗ばむ額に手でパタパタと風を送りながら。
「気にしなくていいのに」
「よしてよ。私が嫌なの」
亜美が一声かけなければ、一緒にシャワーを浴びて、キスをして身体を抱きしめ合ったりしただろう。
きっと、恋人同士の戯れをしたかったに違いない。
レイちゃんは嘘を吐けない人だから。
残酷なまでにすべてが瞳に現れてしまう人だから。
「……気にしなくてもいいって言ったわ」
「あの、亜美ちゃん?」
「どうして、私に気を使うの?」



知ってる
亜美がレイちゃんをずっと想っていることを
レイちゃんはわかっている
友情だと誤魔化していた頃から、ずっと
レイちゃんは亜美の感情をわかっている
亜美が何も言わなくて、何もできなくて
だけど、傍にいられることの幸せを噛みしめて
その時間を愛でていたことも、すべて
知っていて
応えられないと、柔らかく拒絶をし続けているくせに
この距離を維持しようとしていることも




卑怯




「当たり前でしょう?っていうか友達が来ているのに、シャワー浴びるとか」
さっきまで、行こうとしていたのに。
まこちゃんや美奈子ちゃんが来ていても、レイちゃんは普通に部屋からいなくなって、シャワー浴びたり、用事だっていなくなったりするのに。
「……そういう気遣い、そろそろやめてもらえると嬉しいわ」
「亜美ちゃん?」
「卑怯よ」



そう言い放つ亜美こそが卑怯だ



彼女が寂しそうな顔をすることを期待している
俯いた瞳が何も言えずに困り果てている
その表情で満たされるものなんて

満たす何かなんて
乾燥しきった肺を満たす何かなんて


この世界にはもうないのに



「……そうね、卑怯ってわかってる」

“だから、亜美ちゃんと同じよね”

そう呟かれた直後、肺を何かがじんわりと満たしていって、呼吸ができなくなった。




「…………み、ちゃ」
彼女の腰にまたがって、親指をその喉に交差させて力を込める。心臓のリズムは意外にも秒針と変わらなかった。
とても静かに、それでいて穏やかなまでに、自分が何をしているのか、冴えわたっている。
視界に飛び込んでくる、恋しい人。息が苦しいはずなのにそれでも、激しく抵抗してこようとしない。

「………どっちが卑怯なのよ。レイちゃんの方が卑怯だわ」


傷つけまいとする態度のすべてが

そのすべてが

「傍にいないでとか、近寄らないでとか、気持ち悪いとか、言えばいいでしょ。私の目があると、みちるさんの傍から離れたりすることも、本当は嫌だって言えばいいのに」


そのすべてが
諦めようとさせてくれない


「……どうして抵抗しないのよ……殺されてもいいって、どうして本気で思うのよ」

ぐっと指先に力を入れても、レイちゃんは青白い頬で、まっすぐに亜美を見上げている。腕をあげることなく、ただ、受け入れている。


その瞳
残酷なまでに優しい瞳
傷つけまいとする、柔らかで清らかな瞳



レイちゃんらしい

肺が罪で満たされてしまえば
この乾いた世界は終焉を迎えるのだろうか

だったら、もうあと数分
その先にある世界が本当に亜美の望んだものであるのならば



あぁ、神様
どうかこの世界を終わらせてください



神様、どうか


この卑怯な友達から解放される術を



「やめなさい、亜美」

ゆっくりと開かれた襖の向こうには
レイちゃんの女神だけしかいなくて


「……み……ち………」

縋る声が喉を鳴らし、亜美の指先に伝わってくる
海王みちるを愛していると告げるその吐息



あぁ
神様、どうか



神様



「………助けて……」



青白い彼女の頬にぽたりと落ちたのは


唇の端から悲鳴と共に溢れた
真っ赤な痛みだった




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Date:2015/07/03
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