【緋彩の瞳】 tender ⑮

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

tender ⑮


「回復してすぐに、ヴィーナスが地球に送り込んだ兵を、すべて引き揚げさせた。ベリルは思惑が外れてかなりの抵抗を見せたけれど、ヴィーナスがマーズの配下になったと同時に、マゼランと地球も友好関係を解消したわ。地球は完全に孤立してしまった。でも、エンディミオンが説得をして、一度はベリルもおとなしくなったの。ベリルも恋する相手に対しては素直だった。それがまぁ、結局はセレニティとの恋で婚約破棄をされて、最期の最期に嫉妬に狂ってメタリアを呼び戻して、月と戦争をすることになったのだけど」
「……私の記憶では、気が付いたらマーズの宮殿にいて、マーズの配下になるようにと言われたのよ。アドニスが勝手に地球に降りて、地球国の軍と手を組んだという責任を取らされた。私には何の事だか分らなかったけれど」
「でも、事実あなたはその目でアドニスが地球に降り立って、マゼランの兵士ともども軍の強化にあたっていることを確認してしまった。もはや、従わざるを得なくなった。マーズの冷酷な笑みと、ヴィーナスの憎しみの顔は今も覚えているわ」
レイちゃんが、あの頃のマーズが、義眼だったなんて知らなかった。
身体を抱いていたころ、そんな違和感を一度も持ったことはない。

冷たい手を握りしめて、持っている力を与えても、まだレイちゃんから生気をあまり感じられないでいる。

「美奈子ちゃんが生きているのは、前世のマーズが自らの地位を捨て、命をかけてヴィーナスを守ったからよ。無茶をして、身体にある回復力のほとんどをヴィーナスに授けた。ただ、ヴィーナスを愛している。理由はそれだけ」
わけのもわからず、突然マーズにマゼランを支配された。アドニスはヴィーナスが行けと命令したと証言していたが、亜美ちゃんの話では、その言葉にウソはなかったということだ。
冷酷に玉座に腰を下ろしたマーズが、アドニスを筆頭に軍の人間の全てを処刑にして、また自身も責任を取り罰を受けるか、マーズの配下になるか、選択肢は2つだと言ったのを思い出す。奥歯をかみしめながら、ヴィーナスは責任を取る形でマーズの支配を受け入れた。
星を壊されたくはなかった。
「なぜ……本当のことを言えばよかったのに」
「マーズが愛よりも深いものを求めた結果だもの」
「………憎まれるために、身体を…」
言おうとして、美奈子はすぐに口を閉ざした。そばにみちるさんがいる。みちるさんの前では言えないことだ。彼女がどこまで知っているかはわからない。だけど亜美ちゃんは、自分しか知らないと言っていたのなら、前世のあの時のことも知らない可能性は高い。
「事実、美奈子ちゃんは…ヴィーナスはずっとマーズを恨めしく思っていた。ヴィーナスを守護神のリーダーに仕立て上げ、あなたはずいぶんクイーンにかわいがられていたわ。それもマーズがそういう風に仕向けたの。月に下るときにヴィーナスをリーダーにさせることを条件とし、自分は表舞台には出ないと。片目が使えず、回復力も著しく低下して、本領発揮できないことを外部に知られてはならない以上、そうするしかなかった」
マーズとは、嫌な思い出しかない。
見下され、身体の相手をし、服従させられた。
ずっと憎しみ続けた。
ずっと、ずっと、理不尽だった。
「……配下にさせられた時、私はチョーカーを付けることを義務付けられたわ。赤い宝石の埋め込まれたもの。命令に従わないようなことがあった場合、その宝石がマーズの妖術に反応して、私を痛めつけて動けなくして、星を燃やしてやるって。あの時、マーズは自分の部下たちは全員似たようなものを身体のどこかに付けているって脅していた。だから私は、マーズの命令には逆らわず、ひたすら従い続けたわ」
と言っても、マーズは身体を抱く以外に無理難題を押し付けたかと言えば、そんな記憶はない。ただ、それが一番の屈辱だった。
「マーズがあなたに施したチョーカーは、確かに本物だったと思うわ。本物というのは、マーズの持っていた聖石と言う意味よ。お守りのようなもの。殺すようなものを、あなたにつけるわけがないし、私たちはそんなものを持たされていなかったわ」
みちるさんはレイちゃんの髪を指でなぞりながら、美奈子を軽蔑に似た目で見つめてくる。亜美ちゃんは何か苦しそうに顔をゆがめてうつむいた。
あれは嘘だった。その嘘に踊らされて今までずっと。
現世であのチョーカーが首についていないのに、レイちゃんはまだずっと身体の関係を求めていた。初めに拒否したら、彼女は目を赤く光輝かせて、何もかもを奪われたくないでしょう?と脅してきたのだ。禍々しい赤い光は首を締め付けられるような錯覚を起させた。この魂の中にあの赤い宝石が埋め込まれているのかと本気で思った。そしてレイちゃんはそのようなことをにおわすことを口にすることが何度かあったから、本当のところ、どうなるのかわからなくて怖かった。
何もかも、錯覚だったということなのか。
「これほど一途に愛を貫く人なんて知らないわ」
亜美ちゃんは“愛”と言いきった。
「……この力を完全にレイちゃんに還すわけにはいかないの?」
「そうすれば、関係が切れて憂さも晴れる?」
「そうじゃなくて……いや、待って、ここでは」
みちるさんに視線が行ってしまう。みちるさんは美奈子を睨みつけてきた。
「何?言えないことでもあって?」
「……だって、レイちゃんのものでしょう?還せるのであれば、それでレイちゃんが目を覚ますことの方が大事でしょう?」
亜美ちゃんが首を振る。やはり無理なのか。永遠にずっと、この関係は続いていくのだろうか。
でも、今までの話が本当ならレイちゃんは美奈子を殺すということはしないのではないか、と思えてくる。
「私たちはマーズを守ると言ったわ。どんなことがあっても、そばにいてマーズを守る。マーズの想いも、願いも全て守るの」
「でも、こんな風に死にかけているじゃない」
美奈子の反論は、2人からの殺意となって跳ね返った。
どうして仲間にこんな風に想われないといけないのか。美奈子は苦々しくうつむくしかできない。
「口づけをしたらいいわ。きっと目が覚める。もちろんそれだけで還したということにはならないけれど、回復を助けるもっとも有効的な方法よ。美奈子ちゃんがみちるさんの目の前でそれをできるのであれば、レイちゃんは目を覚ますわ」
「……待ってよ」
「どうしたの?できないの?みちるさんは、露ほどにも美奈子ちゃんのことを好きではないわ」
好かれていないことなど、もう十分知っているけれど、亜美ちゃんは挑発するように言い放ってきた。みちるさんはただ、何も言わずに美奈子を見つめているだけだ。
「…………みんなは、レイちゃんだけが好きなんだね」
「ヴィーナスを愛したマーズを愛しているの」
みちるさんの言葉は、何一つ心に響くことなどない。涙すら出なかった。
「私が知っている愛の本質と、亜美ちゃんの言うマーズの愛はあまりにも違いすぎるわ」
マーズから愛されていた覚えもなければ、ヴィーナスが彼女をいとしいと思えるようなことをされた覚えもない。ひたすらに憎しみだけしかない。愛は永遠にあるというのに、なぜその道を選ぼうとしなかったのだろうか。
「……ベリルがどうしてヴィーナスに呪いをかけたのか。マーズ様をおびき寄せ、その呪いを受け継がせることがおそらくベリルの目的だったのではないか。そう言っていたわ。ヴィーナスに何かあれば、かならずマーズは助けすだろうと。、マーズの立場上の責務として。そして、マーズが悪の手に染まる時、そのマーズに裁きを下せるのは、もはや月しかない。すなわち、マーズを倒すには銀水晶を使うということ。それはマーズとクイーン・セレニティ、両者の命を奪うことになる。多くの星がそれに巻き込まれ、痛手を負う中、後に残る地球は、戦わずして銀河の聖者になる。そう言うシナリオだったのではないか、と。マーズは自分の存在がヴィーナスを痛めつけたと思っていたみたい。そうね、そういう罠だったかもしれない。でも、その罠に引っ掛かる愚か者はヴィーナスだけだった、ということよ。それでもマーズはヴィーナスを守りたかった……。自分は罰を受けるべきだと言っていたわ。何一つ罪などないのに。だから、憎まれ続けることを自らに課した。憎まれ続ける限りは罪を背負い続けられるのだからって。」
「だからって……。憎むこっちは忘れたいことばかりだわ。記憶まで改ざんさせられて。素直にそう言うべきなのに」
亜美ちゃんは小さく首を振る。愛しそうにレイちゃんを見つめながら。
「美奈子ちゃんは命をかけて愛を貫いたことがないから、知らないだけよ。そばにいて何もかもを見ていた私は、マーズが、レイちゃんが……ずっと苦しみ続けてきたことを知ってる。愛したいと願いながら、自らその愛を憎しみに変えなければならなかったその心が、どれほど痛いと叫び続けているか。美奈子ちゃんには聞こえないことが、悔しくて……仕方がないわ」
亜美ちゃんはポロポロと大粒の涙を流した。レイちゃんのことが大切で、大好きで、だから美奈子の態度が許せないのだろう。でもそういう態度にさせているのはレイちゃんなのに。その悪循環の理由も全て知っていて何もしないで。
「……泣かせてごめん」
「どうしても嫌なら、私は目を閉じているわ」
みちるさんが言った。席を立つつもりはないのだろう。レイちゃんのそばを離れたくはないという意思はわかる。


「…………」

呼吸を止めて、レイちゃんの唇をふさぐようにキスをした。

みちるさんがレイちゃんを助けたいと思っているのなら、と。
心のどこかでそう思ってしまった。




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Date:2013/12/08
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