【緋彩の瞳】 彼女の香り

緋彩の瞳

その他・小説

彼女の香り

“恋って香りがするのよ”



火野レイを愛してやまない、海王みちるというヴァイオリニストは
仄かに頬を赤くしながら呟いた


「2年付き合っても、まだ“恋”って呼ぶのね」
「当たり前でしょ。少なくとも、私はね」
レイがどう思っているかはわからない、なんて言っているけれど。
熱を帯びた視線のその先に現れたのは、海王みちるが恋する人


大人びた親友もまた、恋する視線を飛ばしている

絡み合い
見つめ合い
溶け合いたいなんていう想いが香りになって
2人を包む

もう、すっかり慣れ切った2人のやり取り

恋の香り
甘い匂いでもするのだろうか











「煙草の香りしかしない」
「………何?」
みちるさんとレイちゃんと3人でランチを取り、仕事帰りのはるかさんと合流して4人でお茶をして解散した。そのまま家に帰ってもよかったんだけど、せつなさんのマンションの方が近くて、何となく寄ってみた。


喫茶店にいた時に、ふわりと鼻をくすぐる香りがしたから。


いるかいないか、知らない。いなければいないで、勝手にシャワーを浴びてから帰ろう、くらいのつもり。一軒家の美奈子の家よりも、無駄に広いせつなさんのマンションのお風呂の方が心地いい。カードキーで部屋に入ると、1足だけローヒールが置かれていた。
彼女は土曜日の午後だと言うのに、部屋にいるらしい。

まぁ、そんなローヒールの存在よりも、せつなさんが部屋にいるとすぐにわかったのは


気配でもなく、予感でもなく、

恋ではない、いつもの香りのせい


「別に」
「残念ながら、20歳超えているの」
「知ってるわ」
空気清浄機がモーター音を控えめに響かせながら、マイルドセブンの煙を吸引している。部屋に煙が立ち込めることが嫌らしい。
「あら、それはよかった」
「うん」
左の人差し指と中指に挟まれたままの煙草。
ダイニングテーブルに広げられた分厚い本と、何かの資料だろう。
空のグラスとデキャンタ。
5本ほどもみ消された吸殻が入ったままの灰皿。
「………煙草の香りだよね」
「何?」
その指の間に挟まれた彼女の香り。
そっと奪って、一口吸ってみた。
「香りがどうかしたの?」
「……ちょっとね」

せつなさんはマイルドセブンの香り

だから、それを肺に思い切り吸い込んで
全身に沁み渡らせてから吐き出す

「シャワー浴びて帰りなさいよ」
「あぁ、っていうかシャワーを浴びようと思って来たのよ」
「そう」

血液の中にこの香りが溶け込んで
身体中に沁み渡らせるように

これを恋と呼ぶのだろうか、と、ふと想う

いや

想うまでもないのだ

恋ではないと出会ったときから知っていた
彼女に求めようと考えたことなどない


「それ、仕事?」
「半分は趣味ね。論文を読んでいるのよ」
英字がびっしりと書かれたものが無造作に置かれているのと、手書きのノート。美奈子は返せと言われないので残りの煙草を2口吸い込んで、ぎゅっともみ消した。
「泊まる」
「どうぞ」
「夕食まで時間あるし、セックスする?」
「えぇ、いいわ」
左から右へと瞳は文字を追いかけていて、でもそれも10秒待たずとも放りだすように置かれた。
ときめくようなセリフで誘わないし、誘い文句を考えようと思ったことはない。
恋愛ドラマを見ることは好きだし、そういう特集が組まれた雑誌を読んだりもするけれど、それらとせつなさんを重ねたことは一度もないし、彼女が望んでいると言うことを微かでさえ感じたこともない。



「………せつなさんの香りよね」
「ん?」


重ね合う唇から香る仄かな想いなど
お互いに必要としていない


絡みつく雫を舐め
その指で
彼女の香りのする煙草を手に取る
身体中に残る絡み合った熱と
拭いきれない汗の匂いと

ただ、愛していると言う身勝手な感情と

「未成年のくせに、人の身体を散々愛したあとに、煙草を吸うが好きよね」
「……うん、好きなんだろうね。考えたことなかったけどさ」

寄り添わず
預けずに
受け取らず
縋ることもなく
それでも飽きもせず
美奈子はこの香りの元へと帰ってくるのだろう
そして彼女はそれを拒むことはないとわかる



「これはせつなさんの香りよね」
「どこでも売っているものよ」
「私はこの部屋でしか吸ったことないし、他の煙草の匂いも味も興味ないのよね」
「なら、ずっとそれを吸ってなさい。できれば20歳を超えてからがよかったわ」
「残念ね。止めない大人が悪いのよ」


恋の香りなどしない彼女だけれど


美奈子の魂に沁み渡る香りはあるのかもしれない


彼女を愛した指に挟んだ煙草を吸う
唇から肺に伝わる香りと
彼女が美奈子を愛している香りが全身を廻る



関連記事

*    *    *

Information

Date:2015/07/14
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/600-dff879a6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)