【緋彩の瞳】 声が聞こえる ①

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

声が聞こえる ①

待ち合わせ場所と時間を指定してきた時点で、もっと深く考えるべきだったのだろう。駅前のコンビニで美奈を待っている間に、やたら視界に入ってくるのは、カップルの女の子だけが浴衣っていう見慣れない光景。お正月に着物で参拝に来るお客さんは、もうここ最近珍しいくらいなのに、ジワジワと蒸し暑い季節に限って、やたら若い女の子たちは浴衣を着たがる。

不思議で仕方がない。

レイ自身は浴衣も着物も1人で着られるし、ある意味その面倒臭い事情もよくわかっている。だから、必然性を感じない限りは着たいと思わないし、着慣れない浴衣を無理して着こんで、内またで歩く女の子たちに違和感を覚えずにはいられないのだ。
「おまたせ~!」
いつも通り10分待たされて、ようやく美奈の声が聞こえてきた。8分はコンビニの中にいたから、まだ腹立たしいという気持ちはない。
「……なぜ浴衣?」
「わ!なんでレイちゃん、浴衣じゃないのよ!」
通りを歩く女の子たちと似たような恰好で美奈が現れたから、ようやく今日、何があるのかと言うのを思い出したのだった。
「え?美奈、まさか花火大会に行くつもり?」
「え?え?って何?当たり前でしょ?っていうか、何でサマードレスなわけ?」
「……聞いてないわよ」
「え?今日、遊びに行くかって聞いたじゃん」
確かに、今日空いているかっていうのは聞かれた。遊びに行くよね?という問いかけに、どこかに行くつもりなのだろうと思って、大丈夫だと答えた。夏の時期、昼間の炎天下の時間帯を指定してこなかったから、外でご飯を食べるんだろうと、サマードレスを選んだのだ。
「花火なんて一言でも言ったの、美奈」
「え~!って言うか、今日花火大会があるなんて、誰でも知ってるわよ?」
誰でもって、誰よ。
突っ込みたかったけれど、言われてみたら確かにそういうものがあるということは、レイも知っていた。でも、それが今日だと言うことに気が付いたのは、美奈に会ったついさっき。浴衣の女の子たちを眺めている間は、そこに思い当たらなかった。
「………それで、浴衣を着こんだということは、行くつもりなのね」
「当たり前でしょ?そのためにママに着させてもらったんだから」
編み込んで、アップにまとめた髪、いつもと違うピアスに、オレンジ色の浴衣。
赤い帯。
真新しいちゃんとした鼻緒の付いた下駄。
やる気だけは本物だというのは、見たらわかるけれど。
「………大股で歩くと、着くずれするから気を付けた方がいいわよ」
「何よ、可愛いとか先に言うでしょうが、普通!」
「浴衣なんだから、上品にした方がいいわよ。そうね、馬子にも衣裳」
「それって、褒め言葉?」
「……それくらい、意味わからないの?」
コンビニで程よく冷やされた身体は、昼間に燦燦と太陽に照らされ続けて、熱されたアスファルトが抱いた熱を感じ始めている。
ジワジワと背中に汗が伝ってきた。
「それで、花火大会に行くのね?」
「行くわよ。何、嫌なの?」


嫌に決まってるじゃない


尋常じゃない混雑
押しくらまんじゅうみたいになって
人に酔って
ざわめきに眩暈がするから


そうまでして、花火を見たいと思うのだろうか



「……会場って、近くじゃないわよね?」
「うん、地下鉄乗るよ」
「タクシーは」
「無理無理、規制かかってる」
「あぁ……」
「やっぱり、行きたくないの?」

浴衣を着てこなかったら、嫌だと突っぱねることができるのに。
美奈から視線を外してみても、これから花火大会に行くであろうカップルは楽しそうに腕を組んで、みんな地下鉄に吸い込まれていく。もう一度、美奈に視線を戻すと、今度は美奈がそのカップルを眺めていた。
「………わかったわ。終わったらすぐに帰るから、ちゃんと神社まで送りなさいよ」
「やったぁ」
送れと言うのは、そうしてもらわないと困るような気がしてならないからなのだけど、あまりにも嬉しそうな顔で喜んで手を取られたから、結局いつも、この笑顔に負けてしまうのだと、もう飽きるほど思わされてしまう。


嫌だといえば
伝わるんだって言うことはわかってる


「……凄い」
「あんたが着くずれすることしか、思い浮かばない」
「そうなったら、直してもらう」
「嫌」
地下鉄の切符を買う時点ですでに混雑は始まっていた。天井から轟音と共に冷たい風は送られてきているはずだが、人々の熱気の方がやや強く、ざわめきの方がさらに強い。
「これ、離れ離れになったら大変だよね」
「そうね」
「離れちゃだめだよ、レイちゃん」
「……離れたら、帰る」
「え~!絶対放さないんだから」
指と指をきつく絡ませてきた美奈は、いつも人前で絶対にしないことをして、嬉しそうにさえ見えた。現実的に離れたら困るし、親子やカップル、友達同士っぽい人も何かしら、腕を組んだり洋服を掴んだりしているのが見て取れるし、この人の多さなら、誰もレイたちのことなど気にも留めないだろう。
そもそも、花火を見に行くわけだから。


浴衣率の高い電車に詰め込まれて、息苦しさを覚えながら会場に向かう。美奈はやっぱり馴れていない浴衣のせいで、お腹をきつく締めているからなかなか辛そうに見えた。これは自業自得っていうか、馴れっていうか、まぁ、覚悟していなかった美奈が悪い。
「あぁ、苦しい」
「何が?」
「……何でもない」
人混みが息苦しいレイは、早く酸素を求めるべく、地上へと向かおうと目の前の階段へと向きを変えた。
「やだ~、エスカレーターがいい」
「なんでよ、遠いじゃない。目の前に階段あるんだからいいでしょ?」
「階段、歩きにくいよう」
「自分が好んで浴衣着たんでしょ?」
「そうだけど、親指んとこも痛いし、階段で足上げづらいし」
「まさか、新しい下駄なわけ?」
「昨日買ったの」

………信じられない

徒歩10分とかの距離でもない、往復で1時間以上、この混雑具合ならそれ以上は歩き続け、立ちっぱなしを計算したら3時間以上はあるのに、どうして馴れていない下駄なんて履くのだろう。

「……もぅ」
階段を上がろうとするほかの人たちに背中を押されそうになるのを、振り返って仕方なくエレベーターのある場所へと移動する。
「レイちゃん、もっとゆっくり」
「……はいはい」
「ん~、絆創膏……」
「持ってきているの?」
「ない」
繋いだ手を引っ張るように歩いて、全員が同じ方向に向かう人混みに身を任せる。幸い、スローペースでしかこの巨大な波は動かないし、飲み込まれたら、漂うことしかできない。
「………レイちゃん、コンビニか、ドラッグストア」
「わかってる」
「あそこに見えてる」
「わかってる」
レイだって1秒でもこの人混みから逃れて、真新しい空気を吸って、ベタベタと押し付けられる他人の肌の温度から解放されたくて仕方がないのを、我慢し続けているのだから。
「……何、機嫌悪い?」
「これだけの人の多さで、機嫌がいい人っていないと思うわよ」
「でも、花火をこれから見るんだから、仕方ないんじゃない?」
「新しい下駄を履いたら痛いのも、仕方ないわよね」
「……そうだけどさ」
押し出されながら歩かされる、それを何とか押し返し、涼しそうに見えないコンビニに入った。もちろんコンビニも人が沢山いて、レジには行列ができていて、ビールやおつまみを買う人が多く、がらんとした棚が目立っている。水2本と絆創膏を買うのに20分かかった。冷房すら効かないドアが開きっぱなしのコンビニでも、アリの大群よりも酷い人混みよりはずっとマシ。ペットボトルの水を飲み、またこの群れに入らなければいけないのかと思うと、そうまでして見なければいけない花火って一体何なのかと思いたくなる。

「よし、うん、痛くない」
美奈は両足の指の間に絆創膏を巻き付けて、じんわりと額の汗をぬぐった。レイは下ろしていた髪を束ねて、自分の首筋と、ついでに美奈の首筋に流れている汗をタオルでふき取ってあげる。
「暑いね、レイちゃん。大丈夫?」
「暑いわよ」
「ははは、だよね。浴衣、凄く暑い」
「当たり前でしょう。こんなところに浴衣着てくるなんて、タダの馬鹿」
「…………見せたかっただけなのにさ」
唇を尖らせる横顔をちらっと見て、別にレイだってこんなことを言いたいわけじゃないって思いながらも、謝ろうと言う気持ちにはならない。

痛み分け、だと思う。

こっちは気分が悪いのを我慢している
美奈は浴衣の暑さと、下駄のせいで皮が剥けた痛みを我慢している

美奈は自業自得
レイの場合は、断り切れずに行くと判断したのだから自業自得

気絶しないで目的を果たすことが、レイのやるべきことなのだ
花火なんて今はもう、正直どうでもいい気がして
とにかく人の少ない、人と人の距離がゼロという空間を抜け出したくて仕方ない



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Date:2015/07/21
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