【緋彩の瞳】 声が聞こえる ②

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説

声が聞こえる ②

「……行きましょう、美奈」
「嫌なら、いいよ。麻布方面の電車なんて、ガラガラだから」
「何言ってんの?」
「だって……顔が怖いもん。ついでに言えば、これ以上レイちゃんが機嫌悪くなるの、宥める自信だってないし、この先もっと混んでたら、レイちゃんキレそうだもん」
「わかってて来たのでしょう?わかってて、誘ったのでしょう?」
「……わかってたよ。浴衣着て行ったら、断れないって言うことだってちゃんとわかってたから着たんだもの」


こっちだって
そんなことだろうってわかっていた
お互いに何を考えているかくらい、簡単にわかる
美奈が“わざと”花火大会に行こうと、はっきり口にして誘ってこなかったことくらい



「だったら、行くしかないでしょう?」
「………そうだよね」
しゃがんだりして少し着くずれした袂を直してあげて、手を繋いだ。
美奈の手は熱い。
きつく握られて痛い。
拡声器を持った警察官が声を張り上げて、人混みを誘導している。
暑い暑いとうめく子供の声、とにかく目が回りそうな雑音と、染みわたりそうな人の熱のこもった呼吸の音。
汗をぬぐうこともままならない。
「レイちゃん、あっちだよ!」
「……え、何?」

引っ張られて、押し出されて、予期しない時に横からも押されて。
それを繰り返しながら前に進む。

これを見越していたなら、スニーカーで来ていたのだけれど、サマードレスに合わせてヒールの付いたサンダルだから、誰かの足を踏みそうで怖い。と思っていたら、指先を誰かの下駄で思い切り踏まれた。
「っ……」
「どうしたの?」
美奈じゃないのはわかる。美奈は隣を歩いているから。かといってその人が悪いとは思えないし、これじゃぁ致し方ないことで。
「別に」
「え?何、聞こえない」
「……何でも」
声を張り上げることに意味を感じなくて、きつく握られた手を握り返すくらいしかできなかった。かなり強烈だったから、血が出ていたりしないだろうか、なんて思ったけれど、そうなったら美奈が買った絆創膏を後で貼るしかない。
「何、レイちゃん」
「だから、何でもない」

『前へお進みください!』
『立ち止まらないでください!』
『A会場へ行かれるは左手側へお進みください!この先のC会場はすでに満員となっております。先のD会場は、まだ余裕があります。そのまま真っ直ぐお進みください!』



波が3つに分かれようとしている。美奈はD会場まで進んだ方がいいと言うので、その流れへと向かおうとした。
「っ……!」
今度はヒールが何かに引っかかったらしい。躓きそうになって思わず、美奈と握っていた手を振りほどいて、見ず知らずの人の背中を押しそうになるのを堪えた。自分が手を繋いだまま倒れたら、美奈や周りの人を倒しかねないと、本能的な行動だった。
「あ、レイちゃん!」
「……大丈……夫。待って」
「レイちゃん!」
「待ってってば」
「え、ねぇ、レイちゃん!」
自分の足元さえ見えない人込みで立ち止まり、ドンドン背中を押されて、舌打ちされてしまう。イライラしたけれど、しゃがむわけにも脱いでしまうわけにもいかない。何とか足元に視線を向けて、ヒールを引き抜いてみる。アスファルトの窪みに挟まったようだ。ちらりと血の跡が見えて、やっぱり、って思いながら上手く足首を動かして引き抜いた。
「ごめん、美奈」


顔を上げると、オレンジ色の浴衣姿はまったくもって見えない


手を放してから
10秒?20秒?
1分も経っていないはず

D会場へ行こうと言っていたのならば、美奈は人の波に飲まれて先に行ってしまったのだろうか。それとも、この場所で波に逆らえなかったのならば、A会場の方へと流れてしまったのだろうか。携帯電話でと思ったけれど、レイ自身が立ち止ることが許されなくなって来て、押されて無理やり歩かされた。このまま、無理やり歩かされる波に逆らわなければ、美奈はどこかで待っていてくれたりするだろうか。

「レイちゃん!」
「……美奈?!」
拡声器以上に声が響いた。
でも、それがどこから流れてくるのかはわからなくて
「レイちゃん!!!」
「美奈!」
レイの声なんて、きっと美奈に届いたりしないのだ




声はいつだって、届かない






ドン
ドン
ドン
ドン




花火が始まった。
流れに逆らえずに辿り着いたのは、D会場。あたりを見渡してみるけれど、オレンジ色の浴衣はない。携帯電話を取り出してみる。不在着信が並んでいた。
「美奈」
『レイちゃん、どこ』
「D会場って書いている。美奈はDに辿り着いたの?」
『うん、Dって言ったから、レイちゃんも来るかなって』
だったら、どこかにいるはず。
それにしても人が多くて、レイの後から来た人がドンドン流れ込んできて、誰も立ち止まってはくれないのだ。入り口のスタッフがとにかく奥へ行けと、人を立ち止まらせてくれない。


ドン
ドン
ドン

夜空を照らす大きな花火の光
湧き上がる拍手
女の子たちの歓喜の声に子供たちの叫び声


「美奈、手を挙げてみて」
『こう?』
まったく、手を挙げている人がいない。視界の中に、美奈はいないようだ。
「ダメ、見えないわ」

花火が始まったせいで、だんだん座る人が増えてきた。
押されるし動けないし、花火を見ている視界を横切ることもしづらい。
レイは携帯電話を持ちながら、血で汚れた足で砂利道を歩いた。

「あんたは動かないで、花火見てて」
『でも』
「一緒に動いたら、探せないわ」
美奈の気配なんて、これだけ人が多いと見つけ出す集中力という問題ではない。首筋を伝う不快な汗も拭いたって仕方がない。
「花火見たかったんでしょ」
『……1人で?そんなまさか』



声は、いつだって届かない



ドン!
ドン!!
ドン!!!!



連続して散った花火の音は受話器の向こうからも聞こえてきて、思わず空を見上げた。



「……綺麗ね」
『そうだね、見てた?』
「えぇ」



いつも
声に出さないから



「あ、美奈!あんたどこの入り口から入ったの?3つに分かれていたわ」
『一番右端』
「わかった。花火が終わったら、私がそっちの入り口に向かうわ。入り口の端っこから絶対動かないで」
『じゃぁ、今から行くわよ』
「何で?花火上がってるのに」
『だから、でしょう?レイちゃんと一緒に見ないと意味ないってば』


いつも
その声を求めている



「えぇ、行くわ。また電話する」
『あとでね』



ドン
ドン!
ドン!!!


喜びの声を上げたり
甘えた声を出す浴衣を着た女の子たち


人混みの波間を縫いながら、何度も邪魔だと言われながら、押されたり、引っ張られそうになったりしながら、一度入り口を出てロープに沿って歩き、隣の入り口を目指す。


ドン
ドン!!
ドン!!!!


パッと開いた花火
始まりに間に合わなかった人混みは、立ち止まり空を見上げる
その隙間に美奈の姿を探した





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Date:2015/07/21
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