【緋彩の瞳】 tender ⑰ end

緋彩の瞳

ポイ捨て小説

tender ⑰ end


「お願いだから、そろそろやめて」
「亜美。相変わらず、気配を感じさせないわね」
「煙草は鈍感にさせるのよ、きっと」
隣に腰を下ろした亜美は、煙草の煙を亜美から遠ざけるように吐き出したレイちゃんに向かって、嫌みのようにパタパタと腕で風を送る。
「いつかやめるわ」
「……お願いよ」
それでも強くは言いだせない。
煙草を吸うくらいの元気があることが、少しほっとさせるくらいだった。
「それで、美奈子ちゃんは?」
聞いて、亜美はその言葉が罪となって自分の胸にも刺さるような痛みを覚えた。もちろん、この言葉は彼女の優しい優しい心臓にナイフを刺すに等しいことくらい知っている。
「昨日来たわ。憎々しい顔だった」
「そう。変わらずなのね」
「えぇ。本当に儀式のようにワンパターン」
レイちゃんは澄ました顔で笑ったけれど、亜美はにこりともできなかった。
「………体調は?大丈夫」
「今のところはね。視界は相変わらずぼやけているけれど、ちゃんと動いているようだし。周りは誰も気が付いていないわ」
目を覚ましたレイちゃんの視力は、光を認識できる程度だった。ようやく輪郭があるかどうかくらいの回復をして、今はなんとか距離感をつかめる手前と言ったところらしい。
「原因をずっと考えていたの。みちるさんからその時の状況を詳しく聞いて、やっと思いだしたわ。かつて、レイちゃんは…マーズ様は、左の眼に自らの戒めを施した」
マーズは義眼を入れるときにある仕掛けを施した。自ら罰として、ヴィーナスを愛しいと感じるたびに、義眼を覆う筋肉に強烈な痛みのシグナルを送るように。
マーズはマーキュリーに隠れてやっていたつもりだろうけれど、それを蔭から見てしまった。
前世のあの頃、“少し不具合がある”と月の王国で、何度か彼女の目の治療をした。愛と憎しみが襲う身体中の痛みに、いつまで耐え続けていたのか、それはマーズにしかわからない。
決まって、身体の関係があったあと。ただ、それも順応していった。
痛まなくなったのではなく、痛みに馴れたのだとマーキュリーは心の中で思っていた。
「あの名残が……この身体は覚えていたのね。そっか、やっぱり知っていたのね。何でもお見通しね」

それは、美奈子ちゃんを愛してやまないと認めているようなものだ。

「もう少し時間がたって、また目も見えるようになればいいんだけど」
「だと…いいわね」
「もう、痛みを発したりしないように、かなり強力なヒーリングを施したから」
「かなり強力……そう?まぁ、いいわ」
美奈子ちゃんの記憶を消す前に、瞼にキスをさせた。
それだけだ。
わかっているのか、認めようとしないのか、レイちゃんはそれ以上そのことを聞いてこなかった。

亜美が改ざんしたのは、美奈子が真相を知ったということを全て消したことだ。

ほんの数日前に時間を戻したようなもの。
もちろん、美奈子ちゃんが意識のないレイちゃんにキスをしたことは伝えていない。

レイちゃんの記憶を改ざんなんて、できるわけもなかった。
そんなことをしたら、これからレイちゃんは何を想い、何を信じ、何を守り生きて行くのだろうか。
いつか、本当にレイちゃんが何もかもを忘れることを望むのなら。美奈子ちゃんの記憶も全て消して、また出会いから始められないだろうか。
マーズの力を還し、互いに何事もなかったかのように。

否、

美奈子ちゃんの体内に宿るマーズの力は、赤い糸などと呼ばれるものよりももっと強く2人を結ぶ命の糸だ。



「レイちゃんが望めば、ヴィーナスの中に眠る力をマーズの中に戻すことができるのではないかしら。今の世界であれば美奈子ちゃんにだって影響もそれほどないし。きっと戻しさえすれば………」
「私は罪から解放されて、楽になれると?私が……それを望むと思う?」

「………………そう、ね」

強さが欲しい
亜美は思った
彼女の痛みから目を逸らさずに見守り続ける強さを
守ってあげられるような強さを
何もかもを忘れさせる決心を持つ強さを

「亜美、私はそのあなたの優しさが好きよ」
「……………マーズ様」
「私のことを憐れめばいいの。愚かな女って」
「……愚かだわ」

「知ってるわ」

「ヴィーナスを愛しているのでしょう?」



煙草の煙が目に染みただけだ



「さぁ……………何のことだか」

彼女の左目から溢れる雫も
亜美の頬を伝う涙も



変えられない想いは
憎しみを浴び続ける限り、消えはしない
彼女たちが生き続ける限り

愛よりも深く 想いはそこにあり続ける


優しすぎた
愛しすぎた
好きで仕方がなかった
それが伝えられなかった
伝える立場でいられなかった
けれど、その想いを持ち続けていたかった


いつかまた、マーズがヴィーナスを守り危険な状態に陥ることになったなら
その命を繋ぎとめるようなことはしないでいようと思う
彼女を死なせてあげようと思う

最期はヴィーナスの記憶を改ざんさせて、マーズを愛していることにして、
キスをさせたい

愛のある口づけを
愛していると囁いて

軍神マーズは愛の女神に
愛し愛されて死んでいく

返り血を浴び続け疲弊した心が
愛の光を求めたことへの罪は
それで終わりにさせてあげたい


そんな未来があればいいのに

「本当に愚かだわ」

愛と言う光を乞うた
軍神の罪は重い







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Date:2013/12/08
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