【緋彩の瞳】 すでに……恋

緋彩の瞳

絵里×海未小説[ラブライブ!]

すでに……恋

典型的な恋ってどんなものなのか



とにかく、偶然を装って会いたくなる
その人が誰を好きなのか知りたくなる
携帯をいじっていると相手が誰なのか気になる
その人の好きなものや興味のあるものを好きになってしまう
自分のことを好きになって欲しくなる

……とか


被服室でみんなが衣装作成に追われている頃、絵里は海未が1人で作詞作業をしている部室で、生徒会の引き継ぎ資料を作成していた。生徒会室でしてもよかったけれど、海未が1人でいるってわかっていたから、わざわざ両手に資料を抱えて移動してきたのだ。もくもくとパソコンに文字を打ち込む傍ら、チラチラとその真剣な瞳を盗み見る。
真っ白なノートにどんな言葉が並べられているのだろう。
どんな純粋無垢な言葉が並べられているのだろう。
できればじっと隣に座ってノートを眺めていたくなる。

「海未」

対面に絵里がいないかのように、ため息を吐いては消しゴムが揺れる。その動作のすべてを、画面に向かうフリをした瞳は、ちゃんと追いかけていた。

「………絵里。どうしましたか?」
「ごめん、ちょっと名前を呼んでみた」

困ったような眉。その表情は名前を呼んだから困っている、と言うだけじゃない。どれくらい言葉を埋め尽くしたのかなんて、あれだけ何度も消しゴムをダンスさせているのだから、想像はできる。

「……絵里」
「なぁに?」
「……いえ、呼んでみました」
「そう?」
「はい」

微かに震える長い睫
じっと見つめると、同じように見つめてくれる
何か言葉を紡ごうと思ったけれど、呼んでみただけだという海未が話題を振るようなこともない

名前を
呼んでみただけ

絵里はそれに返事をしただけ

海未に想いを汲み取ってもらうには
5秒ほど視線が絡んだだけでは足りないのかもしれない

いや、きっと彼女には
こういう感情なんて
伝わることはないだろう


海未は手元に置いてあった音楽プレイヤーのイヤホンを付けて、新しいページを捲った。
1人で作詞作業をしようとしていたのを、勝手に邪魔したのは絵里。断られることはしなかったけれど、これが海未のいつものスタイルならば、絵里を1人にしないでと言う権利なんてない。

ペンを持ったままうつむいて、いつまででも見つめていたいと思う瞳は閉じられた。
真姫の紡ぐピアノの音色に惹きこまれてしまって、絵里のいない世界へと誘われる。

海未がどんなことを想い、願い、考え、清らかな言葉を選んだとしても
その言葉たちの中に関わっていることなんてない
歌詞の中に絵里を想うものなど1つもないに違いない


「海未」


名前を呼んでみた
呼んでみただけだ

イヤホンを付けた彼女は当然、絵里が名前を呼んだことなんて気が付くことなどない。
何か思い出したように目を開いても、視線はノートに注がれて、サラサラとシャーペンが走る音と、直ぐに文字を消す音。


「海未」

パソコンの画面から顔を上げずに名前を呼んだ
視線も返事も何もない


「海未のことが好き」


唇が動いていることを悟られないように、カタカタとパソコンのキーボードを打ちながら、声を出した。

そんな言葉を口にした後、遅れてドキドキと心臓が乙女の舞いを始めて
いつからこんな、乙女チックなことをするような人間になったのって自分に突っ込みを入れる。




……
………



こそっと海未を盗み見た
俯いてペン先を見つめる姿は変わらない
イヤホンも外されず、もちろん絵里へと視線を向けることもしない


聞こえていなくてよかった。
いや、聞こえていないって確認できたから、声に出してみたのだ。


「海未」


視線をパソコンに戻して、もう一度名前を呼んでみる。



サラサラとペンが走る音


返事はない


「好きよ、海未」

その言葉の先に、何かを望んでいるのか自分の心の中に問いかける

恋人になって欲しいとか
手を繋ぎたいとか
絵里のことも好きになって欲しいとか


具体的に、海未に何かを望む感情を強く持っているわけじゃない

ただ

そう言う感情をいずれ抱いてしまうかもしれない

ならば、そんな絵里の想いに興味がないと見せつけられてしまえば
恋が芽吹く前に枯らしてしまうことだってできる

今ならまだ、全然問題はない


「好き、海未のことが好き」

何かを求めるような感情ではなく
ただ、好きって想う
理由なんてない


キーボードを打つ指が、S U K I というローマ字に触れていた



「絵里」
いっそ、この4つのローマ字をひたすら打ってみようかしら、なんて考えていたのがばれたのだろうか。
「な、な、何っ?」
「あ、あの、すみません。ちょっと、真姫と相談したいことがあるので、少しだけ被服室に行って来ます」
「え?あ、そう。わ、わかったわ」
イヤホンを外して、海未はプレイヤーだけを手に持って出て行ったから、きっとすぐに戻ってくるのだろう。
大事なノートを置いてと言うことは、メロディのところで気になることでもあるのかもしれない。

「聞かれてなかった……わよね」

顔が赤くなっていないだろうか
ドキドキしている様子が見えていたりしたのだろうか
それとも、見ていないフリをしていたけれど、チラチラ盗み見ていたことに気づかれていたのだろうか


胸に手を当てて3回深く呼吸をして見る

聞かれていたところで
いくらでも冗談よって、誤魔化すことができる


4つのローマ字のキーの上に置かれた指、1つずつキーボードをゆっくり押してみた


すき


自分で打った文字なのに、何かソワソワして誰かに見られたりしたら恥ずかしい気がして、慌てて叩くバックスペース。
海未の傍では作業が捗りそうにないけれど、海未がいなくても、自分勝手な感情のせいで、作らなければならない資料をまとめる脳みそが機能してくれない。
「何をしているのよ、私は……」


開かれた歌詞ノートがそのまま置かれている。
いつもは出来上がるまで隠したがるはずなのに。







『私も絵里が好きです』








「絵里」
「ん?ん、な、何?何かしら?」

カタカタカタカタカタカタ

震える指先は、もはや日本語とは言えないような奇妙なひらがなとローマ字を羅列させていた。戻ってきた海未と視線を合わせられず、ただ、必死に画面だけを見つめたまま。
「いえ。音楽室で真姫と少し言葉が合うか試してきます。絵里はここにいますか?」
「そ、そう、そうね。もう少しで終わるから、えっと、そうね、あとで、ひ、被服室に行くわ」




……
………


ドキドキドキドキ
カタカタカタカタカタカタ
SUKISUKISUKISUKISUKI


「絵里」
「な、な、な、何?」
開かれたノートを閉じようとした手が止まったのは、見ていなくても空気でわかった。
「いえ、な、何でもありません。えっと、呼んでみただけ、です」

心臓が痛いくらい踊って
震える指先はもう、キーボードの並んでいる文字を選ぶという行動が困難になるほどだ。

「海未」
きつく目を閉じて、それから視線を彼女に向けた。
「は、はい」
「私も呼んでみただけ」


……
………

「……ズルいです、絵里」


海未に何かを求めているわけじゃないとか
大人ぶったことを考えていたはずなのに

部室から逃げ出した好きな人に、何も声をかけられなくて



『海未と絵里は両想い』



赤いハートマークで文字を囲んで歌詞ノートに書き込んでおいたのを、見たに違いない。
あの真っ赤な頬。
帰るときにどんな顔を見せてくれるのだろうか
想像するだけで、ドキドキとワクワクとソワソワと、胸のあたりが熱いような苦しいような。

やっぱり
すでに恋してしまっていることを、認めるしかない。

海未が座っていた椅子に腰を下ろして、しばらく火照った頬を冷たいテーブルに押し当てて、深呼吸を繰り返す。


結局作業ははかどらず、家に持ち帰る羽目になった。

理由なんてない
いや、あげだしたらきりがないのだろう
とにかく、すでにもう典型的な恋っていうものが絵里の心には確かにあるらしい。






(誕生日おめでとうございます)
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Date:2015/07/30
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