【緋彩の瞳】 あなたとの約束 ①

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説[実写・単発もの]

あなたとの約束 ①

「相変わらず、約束の時間を守らない人ね」
「何よ、忙しいのにわざわざ来たのよ?」
「忙しい?学校行って来ただけじゃない」
夏休みの間、ずっとライブ活動をして忙しかった愛野美奈子と言うアイドルと、ゆっくりのんびりと過ごす…なんて言うことはもちろんなくて、9月に入ったら入ったで学校が始まる。同じ学校でもないし、通学路は掠りもしない。どちらかが約束を取り付けて、どちらかの都合を無視して、そうやって会うようにしなければいけない。

もう、そう言うのにも慣れた。

「そうだけどさ」
「呼び出したのは美奈子で、場所を指定したのも、時間を指定したのも美奈子」
「まったく、イチイチうるさいんだから、レイは」
美奈子がよく利用するホテルの人が誰もいないプールサイド。一応、利用可能時期は9月10日までと看板が出ているけれど、流石に陽も落ち始めた夕方、いくら残暑が厳しいと言っても、プールで泳ぎたい暑さではない。
暇つぶしにローファーを脱いで足をプールに浸けてぼんやりしていた。どうせ待たされると言うのはわかっていた。このホテルに呼び出したと言うことは、このホテルに泊まるつもりでいるのだろう。
「で?」
「で?何が」
「ここに呼び出した理由は?」
「会いたかったからに決まってるじゃない」
だったら、時間通りに来てレイを出迎えるくらいすればいいのに。精一杯の溜息を吐いてにらみを利かせたって、それも折込済みと言わんばかりのニヤリとした笑顔。
「………レイの夏の制服ってさ、あんまり見なかったわね」
「そう?」
「うん、6月も7月も夜遅くにしか会わなかったし」
「そうかもね」
ライブのリハだとか、新しい曲とか、とにかく忙しかった。愛野美奈子の考える暇な時間と、レイの考える暇では、時間の長さがはるかに違うということは、アイドルという職業をよく知らなかったレイにとっては戸惑いの連続だった。知り合うより前に、彼女はアイドルだった。黄色い声援を浴び、笑顔を振りまき、見知らぬ誰かを元気にさせる。
そう言うことに生きがいや喜びを感じる人だった。
生き急ぐ人だった。
「夏休みも終わっちゃったな~」
レイのローファーの横に、美奈子の脱いだ形のままの靴下が押し込まれたローファーが並んだ。
「ライブ、大成功だったじゃない」
「うん」
「充実していたんでしょ?」
「そうだけど」
「けど?」
水面をゆらす細く白い足。青い夏服のセーラー服に赤いスカーフ。思えばレイだって、美奈子の夏の制服姿なんて見た記憶がほとんどない。いつも夜中にいきなり家に押しかけてきたり、早朝に呼び出されたり、その繰り返しだったから。
「ほら、夏らしいことを2人でしたかったでしょ?」
「そう?暑いのに暑い日差しのある場所に行きたかった?」
「花火とか、海に行ったり、プールに行ったり、夏祭りに行ったり」
「……あぁ」
レイは、夏休みの間にまことたちと海にも行ったし、キャンプもしたし、夏祭りも浴衣を着てみんなで楽しんだ。そこに、愛野美奈子というレイの恋人は一度も来ることはなかった。事前にもらうスケジュールで、7月8月はびっしりと文字が埋め尽くされているのはわかっていたから、誘う余地がなかったのだ。
「レイは?みんなと行ったんでしょ?」
「え?うん、まぁ」
「あ~あ~」
「し、仕方ないでしょ?美奈子はライブが忙しかったんだし」
緩やかに波を作っていた足が、バタバタと音と泡を立てる。不貞腐れた横顔は、それでも愛野美奈子として夏を充実したことには違いないはずなのに。
「レイと遊びたかったな」
「………休みは?」
「うん、9月は学校ある日のほとんどは休み。ボイストレーニングとか、たまにあるけれど。あと土曜日も、ちょっとだけ休みにしてもらってる」
陽に焼く暇もなかった、真っ白な肌。美奈子の髪を小指で掬ってそっと手のひらに乗せてみる。
「じゃぁ、どこかに遊びに行く?」
「今更ね、もう夏は終わったし。だから、どこか行かなくても、レイとずっといたい」
「…………な、何、それ」
「夏の疲れを、レイが癒してよ」
右肩に感じる重み。委ねられた身体を思わず両手で抱きしめた。
華奢でちょっと体温が低くて、あの頃は命が燃えて行くようにさえ感じていた。
「………癒すって」
「ねぇ、キスして」
耳元で囁かれる吐息に、腰の近くが震える。


少し、何か、

どこかが痛い

「ねぇ、レイ」
「ま、待って……ここじゃ…」
誰もいないってわかっていても、どうして身体が逃げようとするのかよくわからなくて。

なぜか、胸のあたりが痛くて

ドキドキと鳴る心臓に合わせて、ズキズキと痛くて

「誰もいないわよ」
「そう、だけど。っていうか、どこで誰が見ているかわからないでしょ・あなた、一応はアイド…」

逃げ出したいのに、押し返すこともできなくて、美奈子を抱いた腕の力を抜くこともできなくて

「馬鹿」

だからそのまま美奈子に引っ張られた時に、何がどうなったのかわからなかった。



「な、何ってことするのよ!」
「一緒に落ちてあげたでしょ?」
「そっ!そう言う問題でもないわよ!」

一瞬だけ真っ白になった景色と
自分の吐く息が泡になり空へと上がっていく景色
プールに落とされた瞬間、何を考えていたのかなんていうことよりも
本能的に酸素を求めてジタバタともがく、情けない自分がいた

「………冗談じゃ済まないことをしてくれるのね、美奈子って」
「そう?着て帰るものがないのなら、泊まってく?その間にクリーニングに出せばいいし」
「泊まって欲しければ、そう言えばいいでしょう?」
「して欲しいのは、キスって言ったわよ」
プールの中でも立てば胸くらいの深さだった。それでも勢いよく引っぱり落とされて、髪もずぶ濡れ。こっちは腹立たしい気持ちなのに、美奈子はいつものように意地悪な笑みを向けてくる。

そうやって、レイを試そうとする

「別に、キスして欲しければするわよ」

そんな風にレイを試そうとしなくても

「そう?じゃぁ、深く息を吸って」
「は?何するの?」
「アイドルだから、キスしてるところ見られると、まずいでしょ?」
「はぁ?」

だから、息吸って、潜って

「え?ちょっ…」

待ってと言うよりも、美奈子は水の中に潜って行く
そんなの無理に決まってるでしょ?
そんなセリフを言う隙なんて与えてはくれない

制服を引っ張られて、慌てて潜った。来ている服が身体を水面に押し上げようとする。美奈子の腕を掴んで、水の中のモヤモヤとする顔に唇を寄せる。

口の中に入り込む水
ゴボゴボと吐いた泡
苦しくなりそうで立ち上がろうとするのを、美奈子の両手に阻止される
レイの頬を両手で掴んで、ぐっと唇に押し当ててきた

こんなキス
別に気持ちいいなんて思えない
というか、よくわからないし
苦しいのを我慢するのに必死だった

「馬鹿」
「なかなか、こう、映画みたいにはいかないわよね」
「当たり前でしょ?って言うか、一体何の映画よ?」
「恋人同士が海の中でキスしてたら、足元からサメがやって来て、食べられちゃうっていうアメリカの映画」
「………最低」

これもキスの一つにカウントされてしまうなんて、面白くともなんともない。


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Date:2015/08/24
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