【緋彩の瞳】 大好きなあなた

緋彩の瞳

みちる&レイ小説[幼馴染]

大好きなあなた

「レイお姉さま、麻布高校の男子生徒を蹴り上げたらしいわよ」
「嫌だ、半径1メートル以内に近づこうとするツワモノがまだ存在していたなんて」
「えぇ、まったくだわ」

最近、若い女の子たちの間で流行っているカフェに1人。ここを指定したのはみちるだった。学校がお休みの日はリサイタルが続き、秋冬のスケジュールはぎっしりと埋まっている。放課後は練習が当然入っていて、ゆっくりのんびり過ごすという日はスケジュール張の中にはない。それでも、ふと訪れた休み。とはいっても学校から帰って、急いで仕事の打ち合わせに行こうとしたら、先方からキャンセルが入ったというもの。持て余した時間を練習にあてることだって当然考えた。でも、会わなきゃって思う気持ちの方が勝ったのだ。

「ほら、夏休み前に麻布十番の天王はるかとの噂が流れたじゃない?それを問い詰めた中等部の子、軽蔑の視線で一撃だったみたい。馬鹿よね、レイお姉さまは天王はるかのことを、“足”とおっしゃっていたことは、みんな知ってることなのに」
「中等部には、その情報が降りてきていなかったみたいね」

あらやだ、はるかはレイの“足”なのね。心の中で呟きながら、笑いそうになるのをただこらえるのに必死。聞き耳を立てなければならない事情はもちろん、すぐそばの少女たちが良く知ったお嬢様学校の制服を着てお茶をしているからだ。学校からは少し離れた場所だけど、いや、だからこそこうやってキャッキャと叫びながら、TA女学院の火野レイ様の噂をしているのだろう。

そのレイお姉さまはと言えば、電話をして、場所と時間だけを告げたら“はいはい”しか言われなかった。そう言えば9月は3回くらいしか会えていないし、10月も半ばになっているというのに今日が1回目。それなのに会えてうれしいみたいな声じゃなかった。
とはいっても、2日に1度は電話をしているような気もする。リサイタルにも顔を出すことが多かったから。何だかんだ、会っていることになる……かしら。

「あっ!」
「何?」
「やだ、レイお姉さまだわ」
「あ、なぜこんなところに?」

みちるより先にレイお姉さまを見つけたらしい少女たちは、声が半音上がった。若い女性たちがのんびりとお茶をしている、その綺麗で広くて、少しざわついている店内に登場したのは、みちるからしたら、いつも通りの火野レイ。真っ直ぐな漆黒の髪、ピンと伸ばした背筋、みちるだけを捉えている瞳と、ちょっとめんどくさそうな顔つき。

「うちの学校の生徒がいる」
「私のせいじゃないわよ」
「……何よ、ここの何かを食べたかったわけ?」
正面に腰を下ろしたレイは、やれやれとため息を吐いた。ただいまとか、おかえりとか、会えてうれしいとか、元気にしていた?とか、会話の始まりに交わされるやり取りなんて無視。
「モンブラン」
「そんなのクラウンで食べたらいいでしょ?マダムジュンコで買って帰るとか」
「だって、雑誌に載っていたんだもの」
心底、それが何よ、って言いたそうな顔。雑誌に載っていたことも本当だし、たまには知らないお店にチャレンジしてみたいって思ったのも本当。モンブランを食べたかったことだって本当。みちるはつまらない嘘を吐けるほど、レイに対して守らなければいけない何かを持ち合わせていない。さらけ出すというか、すべて見透かされている。
「で?週末は横浜でお仕事でしょ?」
「そう。今日だけ予定が空いてしまったの」
「ふーん」
みちるのケーキセットとレイのコーヒーがテーブルに並べられた。レイが腰を下ろしてから、TA女学院の生徒たちがずっとチラチラ見ている。高校の制服だから1年生なのだろう。同学年の生徒たちは、流石に毎日レイを見ているから、興味の対象から外れているらしい。上の学年もそれほど、なんだとか。とりわけ中等部の方が賑やからしい。
「美奈子は?」
「部活。メール入れてるわ」
「そう」
「はるかさん、ほったらかしてきたの?」
「打ち合わせがあるからと言って、学校で別れたのよ」
「さっき電話入った。みちるがいないし、時間空いたから遊ぼうって」
子供じゃあるまいし。だから“足”なんて言われてしまうのね。レイがはるかの名前を出したのが、聞き耳立てている少女たちに届いたかもしれないけれど、勝手に噂をしておけばいいこと。本当に男の人と噂されるよりは、みちるとしても安心できる。
「夏の仕事が終わって、あの人も暇なのよ」
「でしょうね。嫌だって断ったら拗ねてたわ。よっぽどここまで送ってもらおうかって思ったけれど、自転車って言うんだもの」
「今頃、ほたると公園で遊んでいるわよ」
今日は夕食も帰れないと伝えているから、このままレイとどこかで食べてもいい。たまには作りに行ってもいい。コーヒーにミルクをたっぷりと注いで飲みながら、その表情を観察してみる。後輩がいるからか、少しピンと糸が張られていた。相変わらずなんだから。
「みちる、おいしい?」
「あーん、ってしてあげましょうか?」
「……いらない。っていうか普通はしないでしょ」
「あら、残念」
みちるとレイだと、噂が流れたところで、親しい関係だとTAの子なら知っているはず。初等部はTAに通っていたみちるがレイといつもくっついて歩いていたことは、1つくらい下の子ならわかっているだろう。中等部からの受験組でなければ、だけど。
会って何か話したいこと、と言うものはなくて、レイの顔をただ見たかった。2人きりになった時の話題だって用意していないし、きっと本当に話すべきことなんて見つからない。
「ねぇ、タクシーでみちるの実家に帰らない?」
「うちに?」
「ご飯作ってよ」
半分残したお皿を手元に引き寄せたレイは、みちるが使っていたフォークで当然のように食べる。それを後輩たちが“間接キス”って呟いたのは、しっかりと耳に届いた。もちろんレイの耳にも。
「………間接キスですって、レイ」
「私、天王はるかを足にしてるくせに、医大生の地場衛と付き合っていて、麻布十番高校の木野まことっていう子と怪しい関係で、海王みちると2人で会って間接キスする人間なのよね」
レイが本当に愛している赤いリボンの女の子の名前が噂の欠片にすら出てこないのは、噂を広めようとしている少女たちの希望なのか、レイが徹底しているからなのか。
「あらやだ、本命は一体誰なの?」
「………チェリスト海王深美の隠し子、なんじゃない?」
「あぁ、納得だわ」
初等部の頃、父兄参加の運動会で、レイの母親代わりにママが本気の全力疾走をしていて、パパが頭を抱えていた。みちるはみちるで、手を繋いで走っていたレイがママの速さに追いつけずに引きずられていく姿を憐れんでいた記憶がある。自分の母親であるということすら、恥ずかしいと思った。葉月ママのようにおっとりして物腰の柔らかい人だったらよかったのに、と。
ママと葉月ママは正反対だったという。ママから聞く葉月ママという人物像は、レイの性格とは違う。レイはおっとりしているなんて表現は使える子ではない。ぼんやりと何も考えていないような遠い世界を見つめているときはあるけれど、そう言うときは本当に何も考えていないって知っている。
「と言うことで、異父のお姉さん、お支払いしておいて」
「……はいはい」
葉月ママとレイは性格が違うし、ママとみちるもまた違う。それでも火野家の親子には揃って敵わないということだけは同じ。本当はもっとゆっくりとお茶を飲みながら、たわいもない、どうでもいいことを話したいような気もするけれど、みちるの前でTA女学院の火野レイ様を演じているのも嫌なのだろう。さっとコーヒーを飲みほしたレイが立ち上がったから、みちるもその後に続いた。

TA女学院の火野レイ様役を早く降板させてあげたい。


「レイ」
黄金色の世界。秋らしい綺麗な銀杏並木をのんびりと歩きたくて、先を急ごうとするレイの手を取った。
「ん?」
「あの子たち、追いかけて来ないわ」
「……そう」
流石にあの子たちも、ストーカーのような行為をしないみたい。“タクシーに乗って”とレイが言っていたことが効いたのか、そこは淑女らしい行動を取ったのか。
「ねぇ、レイ」
腕を引っ張て近づいたその頭をヨシヨシと撫でる。
「なぁに、みちる」
みちるのよく知っている、いつものレイの顔。
確実にさっきのTA女学院の火野レイ様とは違う。


いつもの、みちるのレイ。

「こっちの方が可愛いわよ」
「は?……何が」
「別に」
みちるだけしか知らない、レイの幼いきょとんとした表情。恋人と2人きりの時に見せる表情なんて知りたくなどない。いつまでも小さい頃のままのレイでいて欲しいもの。これはもはや義理の姉どころか母親みたいな感情なのかもしれないけれど。
「みちる、それで手を繋いで歩きたいわけ?」
「そうよ」
「何?ご機嫌ね」
「ゆっくりレイと2人でお散歩なんて、最近なかったから」
必ずもう1人、2人、3人と誰かがいてワイワイと楽しく過ごす。それは素敵なこと。でも、こうやって手を繋いで歩きたいって思うことだってある。そうして、みちるとレイは何も変わらないっていう想いを確かめ合いたい。
「おばあちゃんみたい」
「あら、そう?おばあちゃんになっても、こうやって手を繋いで歩くのでしょう?」
「杖をついて?」
「えぇ、そうよ」
片方の手を繋いで、お互い左右の手に杖を持って。今は背筋をピンと伸ばして歩く2人だけど、きっと腰も曲がって、足腰が痛いなんて言いながらもゆっくりと歩けたら。
「それもいいわね」
「あら、予想外。嫌って言うと思ったわ」
何も考えないで取りあえず“嫌”なんて言うだろうって思っていたのに。レイは手を放すことなくみちるを引っ張るように歩いた。
「ママがしたかったはずだから」
学生鞄を押し付けてみちるに持たせて、レイは“みちるだけのレイ”の笑顔をくれる。
「あなたのママは幼馴染に鞄を持たせるような人じゃなかったでしょう?」
「深美ママは、むしろ持たせなさいって奪う性格でしょう?」
「……その、それは、そうでしょうけれど」
何も言い返せない。言い返せないことを投げつけてくるレイの手のひらで、やっぱり転がされている。
「文句は?」
「……ないわ」
レイの手のひらで転がされておくしかないし、それが心地いいと思っているから不思議。
ママが上手く怪我をせずに転がされていたのは、相手が葉月ママだったからだ。
レイは手加減なんてしないから。
「行こう、みちる」
恋人繫ぎに馴れた指の間に、最愛の幼馴染の指が絡む。
小さい頃は手を繋いだまま転んで、一緒に泣いて一緒に怒られた。
ママたちがピアノの連弾をしている傍で、手を繋いで歌った。
あの頃のレイの表情は、いつもみちるだけしか見られない。
今もずっとそう。きっと、ずっとそう。
「みちる、ご機嫌ね」
「そう見える」
「子供っぽい顔してる」
みちるもきっと、レイにだけしか見せない表情があるのだろう。
満足げに笑うんだから。
「レイもでしょ」
「たまには、みちるへのサービスよ」
「はいはい、そう言うことにしておくわ。さっきの後輩に見られないようにね」

ゆっくりと銀杏並木を見ながら歩きたいって思っていたはずなのに、結局はレイの嬉しそうな幼い笑顔ばかりを見てしまっていた。



ミモザさんにいただいた、みちレイの絵のお礼SS
関連記事

*    *    *

Information

Date:2015/10/14
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/639-d7b7f353
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)