【緋彩の瞳】 Your Wish ①

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

Your Wish ①


シスターと向かい合っていた。
お互いの呼吸の音だけが響き渡るここは通称“懺悔室”。
「火野さん、これで3回目ですわね」
「はい。シスター上原とは3回目です。それ以前はいちいち覚えていませんけれど」
淑女たちが通う名門TA女学院では、幼稚舎から高等学部までこの懺悔室に2度以上呼び出されたものはほとんどいない。レイはすでにぶっちぎりで伝統あるTA女学院100年の歴史記録を更新していた。
「……懲りていませんね」
去年は美奈が変装して中等学部に侵入して、職員室の窓ガラスを割った罰で呼び出しを受けた。マラソン大会をサボタージュしたために呼び出されたし、1週間無断欠席や、体育大会をサボタージュ、遠足をサボタージュ、修学旅行をサボタージュなんかもあった。理由はとりあえず深くは突っ込まない。
「高等部への推薦をしてしまった、私の判断が間違えていたのでしょうか?」
シスター上原は39歳でTA女学院の卒業生。中高等部で宗教を担当している美人教師で、生徒からも慕われている。懺悔室と言えば必ず学院長が登場してくるのだが、最近は学院長もレイにはお手上げで、専属担当者としてシスター上原が抜擢されたのだ。中学時代から持ち上がりでクラス担当も任されている。
「……火野さん、なぜですか?」
学期末テストを終えたばかりの学校は平常授業を減らし、ほとんどの時間をボランティアに当てられていた。これも授業の内というのがカトリックの学校らしい方針だ。
「特に理由はありません」
同じカトリック系の児童福祉施設へ10名ほどのグループで訪問するという授業中、列の最後を歩いてついて行く振りをして、そーっと講堂の方向へと向かっていた。クラスメイトの中にはレイのファンクラブ会員も少なくはないし、いつものことなので簡単に見逃し、いたことにしてレポートを仕上げてくれるのだが。
運悪くシスター上原が抜き打ちで施設に様子を見に来てしまったのだ。そこで1人いるはずの人間が行方不明となれば笑って済ませないのは当たり前で、授業が終わると同時に姿を見せたレイは現行犯逮捕されたわけだ。
「どこに行っていたの?」
「学校内にいました」
「学校の敷地のどこですか?」
「……保健室」
左斜め上を見てしらを切るが。
「そこにはいなかったというウラはとれています」
シスターは刑事ドラマのように迫ってくる。保健室に、という言い訳はもう3~4回ほど使っているから流石に次の場所を考えなければならない。
「火野さん、この授業はそんなに嫌いではないのでしょう?校外清掃のときはまじめに参加なさっていたのに。バザーのときはあなたのお友達も来てずいぶんと賑やかでしたのに」
「それはまぁ…」
嫌味ね。内心呟いた。10月に行われたバザーには、みちるさんたち戦士全員が積極的に騒ぎに来たのだ。招待状がないものは絶対に立ち入りは許されないTA女学院のイベントに来ないわけがない。
「火野さんのなかで、授業内容に甲乙をつけているのですか?」
訳があって親に育ててもらえない子供たちを慰めに行くなんて、ただ気に食わないだけ。しかしそれを言うとネチネチと言われるから黙って下校時間が来るのを待つのみ。
「黙って解放されるのを待つと言う作戦ですね」
レイのことを少しはわかっている。
「じゃぁ、今日の授業は不参加ということで成績表の評価はF、すなわち追試、あなた一人で特別に施設訪問なさってもらいますよ?」
ちなみに、たとえFであっても特別授業という枠であるわけで、追試なんてするわけがないこともわかっている。
「……」
無言攻撃は続く。
「…わかりました。では清掃なさい。今から講堂を清掃して、それからお帰りなさい」
「はい」
「…火野さん、掃除が大好きなのね」
別に好きじゃない。ただ、この時間は別の学年の人がすでに講堂の掃除をし終わっているから、何もしなくても帰ることが出来るからだ。
「今度からは、施設訪問ではなく清掃を積極的に取り入れないと駄目ね」
「結構です」
そこだけきっぱりと告げると、その勢いでなぜさっきの質問には答えないのかと注意を受けた。


放課後の講堂には誰もいなかった。
聖歌隊や演劇部なんかが日替わりで何かといつもここを占領しているのだが、夏休みも間近なせいか、今は恐いくらい静かだ。こんな日もあるのなら事前に言ってもらえば授業を抜け出さずにいたかもしれない。
レイは箒を持つことなく、一直線に壇上端に置かれてあるピアノへと向かった。
サボタージュのときは一応授業中だったので、音に気づかれて誰かが入ってくる恐れがあるからただ座ってじっと鍵盤を見ているだけだった。もっとも最後の5分ほどは眠たくてうとうとしていたのだけれど。

やっぱり誰もいない講堂は落ち着く。全開にされている幾つもの窓から風が少しだけ入ってくる。暑いことに違いはないが、我慢できないわけではなかった。

幼稚舎の頃だっただろうか。母親の知り合いにピアノを教えてもらっていた。大人用の椅子の上に子供用の椅子を積み上げるのがかっこ悪くて嫌で、ほとんど立っているような状態でペダルを踏んでいたのを覚えている。母親と手を繋いで先生の家に通う週末が待ち遠しくて。母親に褒めてもらえる嬉しさに快感を覚えて、かなり張り切って演奏をしていた。先生はいつも頭を撫でてくれて、大きくなったらみんなで演奏会をしましょうと口癖のように言っていた。
『やっと見つけた』
「誰?!」
隙間風が頬をかすめたように、第六感の弓を弾いた。
何かがいる。
『ねぇ、どうしたの?らしくないわよ。もっと楽しそうに弾いて』
ずらりと舞台にあるピアノに向かって並べられた長椅子に、祈りをささげるようにその人は座っている。
「美奈?また入り込んで……」
『みな?どなた?』
「………」
会話は成り立っているけれど、声と言う音を耳でキャッチしているわけじゃないのだと、レイはわかった。
『あ、黙った。びっくりした?でもあなた、私がわかるのね。声も姿も見えるのね?』
耳で捕らえていない声のはずだけれど、それはいつも聞く甲高い美奈の声にかなり近い。それとも無意識に聞き取ろうと働く感覚が、都合よく美奈の声に似させているのかもしれない。
「私、悪霊祓いとかは好きじゃないの。成仏志願はよそでお願いして」
『あら、私は悪霊でもないし、成仏は自力で出来ます』
自力って何なの。レイは睨もうとしたけれど、少女があまりに美奈にそっくりなので文句を並べる気もなぜか起こらない。
「じゃぁ、1人になりたいから脅かしたいなら別の人を狙って」
『だって、あなたじゃなきゃ聞こえないじゃない』
「そんなことないわよ。世の中にはまだまだいるわ」
『でも、目の前に聞こえる人がいるわけだし。やっと会えたわね、綾瀬葉月さん。会いたかったのよ』
「えっ……」
美奈にそっくりの消えてしまいそうなオフホワイトに包まれた彼女から、どこかで聞き覚えのある名前を言われて、はっとした。想い当たる人の顔を思い出す。
「今、綾瀬葉月って言った?」
『あなたの名前でしょう?葉月さん』
TA女学院の制服を纏う幽霊。
霊力を凝らしてよくよく見てみる。眉間にしわを寄せると、向こうから近づいてきた。
『何?』
「あなた、いつ死んだの?」
『つい最近』
「嘘でしょ。幽霊の世界のつい最近って、100年だって一昔じゃないの?」
『さぁ、私そこまで長くこっちの世界で生きてないから』
ちなみにレイは口からでまかせで言ってるだけだ。
実際にこんな風に幽霊と会話をしたことだって今日が初めての経験だし、関わりたいと思ったことはない。だけど、綾瀬葉月というのはとてもよく知っている名前だ。
「うそ。ママの名前知ってるってことは、同級、もしくはその年に近いんだから。……彼女は10年位前に死んだわよ」
『……え~!!彼女も死んでしまったの?じゃ、あなた誰?』
美奈そっくりは、流石能天気と言うのか自分が死んでいることを棚にあげて仰天して声をあげた。もちろん、その声はレイにしか聞こえないけれど。
やっかいな幽霊に関わるかも知れない。
しかも、母親を知っている幽霊とはついてない。
「あなた、20年以上前に死んだでしょ?」
『さぁ。でも言われてみればそれ位かしら?娘が高校生って言うのなら、そうよね』
この人、本当にTA女学院の生徒だったのだろうか。
レイはピアノの蓋を閉じて身体の向きを幽霊に向けた。
「で?葉月はもうこの世にいないわけだから、会えないわよ?」
『あなた、そっくりよね。本当に葉月さんじゃないの?』
「違うわよ、私はその娘」
『娘~?!嘘、結婚しちゃったの?』
「しちゃったわよ。変な政治家と。だから私がいるんじゃない」
驚きながらも、なんだかわくわくした表情を見せてくる。本物の美奈子ならここらで頭を叩いているだろう。
『……ふ~ん。なんだ、だから私のことが本当にわからないのね。とぼけていると思ってたわ』
とぼけているのはあなたでしょう。突っこみを心の中で呟くと、そのままそっくり読み取られているようだ。裏表使い分けても幽霊には通じないと、辞書に書いておこう。
『葉月さん死んだんだ。でも、会ってないわ』
「あなたと違って、さっさと成仏したのよ」
『人のこと言うのもなんだけど、娘を置いて死んだのに、すぐに成仏したのね』
「さぁ。未練があったって、留まるような人じゃないでしょう」
『なんだか納得ね。あの子らしい』
事実、レイは自分の母親の存在をこんな風に近くに感じたことなどない。盆とか正月とか、一般的に帰ってくると言われているときでも、目の前にいる悪霊のようにレイの周りにいることなど、一度としてなかった。もし、あったらと思うとそれはそれで嫌な気がした。
『あら。悪かったわね、悪霊で』
勝手に人の心を読むな。
「悪いから、悪霊なんでしょう?人の心まで読みとるんなら、なんでここにいるのか早く説明をしてよ」
音もなく幽霊は壇上のレイに近づいた。足は歩みを模しているけれど確実に浮いていた。それでもちゃんと動かしてみせるというのは、生きていた頃の癖なのか単に意地なのか。
『探している人がいたのだけれど。1人はもう会えないってわかったから。でもいいわ、娘がいるっていうことは、幸せに生きていたみたいだし』
「幸せだったかどうかは、本人に聞いて」
『あっちの世界に行ったからって、みんながみんな会えるとは限らないわよ。だったら探しに来ていないでしょう?』
「……それはまぁ、そうだけど」
近づいた幽霊は本当に美奈にそっくりだった。もしかしたら血筋なのではないかとさえ思ってしまう。
『でしょ?葉月さんには会えないし、もう納得が出来たからいいわ。もう1人探しているのよ』
「あっそう」
『あっそう。って……手伝いましょうか?と伺いたてるのが後輩じゃないの?』
「後輩に迷惑かかるとか考えるのが先輩でしょう?っていうか死んでるし」
『失礼ねっ』
頬に空気を入れて抗議してこられても、でハッキリ言って怖いとも思わない。迷惑極まりないとだけは思う。
『会って、やらなきゃいけないことというか、したいことがあるというか』
「その人だって生きているかわからないんじゃないの?」
『やめてよ。まだ若いのに3人とも死んだというの?』
そんな悲しいこと言わないでと駄々っ子のように泣いた振りをする。
正直この手のタイプにレイはいまだかつて勝ったことがない。美奈といいうさぎといい。
「はいはい。わかったわよ……。あなた、名前は?まさか美奈子とか言うんじゃないでしょうね?」
『緋彩。櫻井緋彩。ところでさっきも言ったけれどそれは誰の名前?』
「別に。ちょっと似ている人がいて。これ、私はボランティアでやるわけね」
『まぁまぁ、いいじゃない。葉月さんの娘なんだから、何の関係もないわけじゃないし』
関係ないでしょうが。レイは言葉には出さないけれど鬱陶しそうに睨んで心で呟いた。
「探している人って言うのは?」
『後輩のね、深美さん。藍川深美っていう子』
「図書館に行って調べてみる?卒業生のアルバムに載ってないかしら?住所とか」
『私だって、彼女の住所は知っていたわよ。でも、もうそこにはいないのよね。結婚でもして、家を出たのかしら』
授業もサボり、掃除もサボり、捕まったのは幽霊。
さっきの懺悔室でもうあと1時間くらい説教されていればよかったかも。このやっかいごとに巻き込まれたのは自分のせいか、この緋彩と言う人が悪いのか。ひとまずは置いておく。
「普通に考えるとそうでしょうね」
『やっぱりそう思う?』
「じゃぁ、苗字も変わっているんじゃない?なにか手がかりとかないの?」
『えーと。深美さんもピアノがすごく上手だったわ。あと、なんといってもチェロね』
「それは手がかりじゃないでしょう?」
『将来はピアニストかチェリストになるって言ってたわよ。卒業生でそう言う人を探してみない?』
そんな、学生時代に抱いた夢を叶えた人なんて、都合よく現れたりするものだろうか。もっと確実な手がかりはないものだろうか。
「はいはい、わかりました。じゃぁ私、パソコンで調べてくるから、今日はもう勘弁してくれないかしら?」
とはいっても、自分の家にそんなものはない。必要性を感じないものはいらない。パソコンを持っているのは、亜美ちゃんと、あとはせつなさんのマンションにもたぶんあるはず。
『パソコン?よくわからないけれど、ちゃんと調べる方法があるっていうことね?』
「えぇ。深美っていう名前とうちの学校を卒業していて、ピアノをしている。っていう情報で検索するのよ。まぁ、有名人にでもなっていれば、見つかる可能性はあるけれども」
『ふーん。私ね、あの2人と約束をしていたことがあって。それがどうしても気になっているのよね。だから、是非とも深美さんは探して頂戴ね』
この幽霊が成仏をするには、その約束を果たせばいいのだろうか。
今すぐお札を使ってあの世に送ってしまうことは、できなくはない。
だけど、してはならない。
ママの知り合いにそんな事をすれば、冗談抜きでこの先の人生は罪を背負って生きる羽目になるだろう。面倒ではあるけれど、できることをして会えなければそれはそれで納得をしてもらって、成仏をしてもらわなければならない。
「深美ね、はいはい。じゃ、パソコンで調べてみるわよ。あとはまぁ、誰かに聞いてみるから」
『さすが、葉月さんの子。しっかりしているわね』
ママがしっかりしているようなタイプだったかは、わからない。そんなことなんて覚えていない。
「ちょっと時間をください。明日またここに来るから、この講堂から出ないでね」
『大丈夫。約束するわ。あ~、人と約束をするなんて久しぶりで楽しいわね』
この増えた約束を守らなければ、またまたこの人はこの世界との繋がりを濃くしてしまう。
自分からした約束を、レイはたった今後悔してしまった。




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Date:2013/12/14
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