【緋彩の瞳】 fall

緋彩の瞳

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fall

3本目のバスを見送って、ため息を腕時計に吹きかけた。次のバスに乗らなければ、流石に塾に遅刻してしまうだろう。せっかくの余裕のある20分の間に、コンビニへ行って塾の休み時間に食べるサンドイッチを買えばいいのだが、このバス停から離れると言う選択肢はない。怪訝な顔で亜美を見て、どうして乗らないのかと言わんばかりの運転手を作り笑顔を見せた。週に4日の学習塾、ほとんど同じ時間に学校が終わり、ほとんど同じ時間のバスに乗る習慣。コンビニに立ち寄る時間帯も、おおよそ選ぶメニューも決まっていて、そうやって淡々と曜日別に決められたことをこなす生活。心地いいとか悪いとかを考えるものではなく、ただ、嫌だと感じたことなどない。嫌だ、と感じないようにということもまた、身に付けた習慣なのだろうか。
塾に遅れないように、近づいてくるバスに望みをかけた。昨日、彼女は15:25分のバスに乗っていたが、今日は乗っていなかった。亜美のように時計とカレンダーを何度も見直すような生活をしていないのだろうか。毎日決まったバスと言うことではないらしい。近づいてくるバスを一歩後ろに下がって迎えて、さっと中の様子を伺ってみる。

黒髪の少女が乗っていますように

 プシューという音と共に扉が開いて、中央の扉から数人の学生が出てきた後、運転手側の扉が開かれた。亜美は迷わず乗った。乗るしかもう選択肢は残されていない。それに、乗る理由をバスの外から見つけ出したのだ。

決められた時計のリズム
決められた時間に出発するバス
心臓は平均速度を乱して
瞳はチラチラと彼女を捉える
少し混雑したバスの中
真っ直ぐに背筋を伸ばして立つ彼女の傍に
近づけやしない感情と近づきたい感情は
どうしてこのバスに乗ってしまったのだろう、なんていう後悔となって身体を襲う
手すりをきつく握りしめて、ただ俯くだけ
何をしているんだろうって
そんなことを考えながら

後から乗った亜美の方が、いつも先に降りる。早目のバスで彼女を見つけた時、彼女がどの駅で降りるのかを見るために下車を先送りにしようかと、考えたことがある。考えたけれど実行しなかった。仮に終点で降りたとして、また引き返すまでの時間を計算したら、どう考えても塾に間に合わないとわかった。計算しながら、何をしているのかっていう冷静な思いはちゃんとあった。それでも、計算をして自分を納得させた方がよかったのだろう。もちろん、塾のない日にバスに乗ることだけはしないようにと、最初に自分へと言い聞かせていた。
仙台坂に上がる前にバスを降りた。心臓は緩やかにリズムを落ち着かせようとしていく。この坂を上り切り、彼女はどこで降りるのだろう、家はどのあたりなのだろう。高級住宅地には違いないけれど、どれほど大きなお屋敷なのだろう。そんなことを想像しながら、小走りに塾に向かった。コンビニに寄るなんて時間は残されてなどいない。横顔しか見たことのない彼女の存在。スッゴイ美人という理由だけで、こんなにどうしようもない、奇妙ともいえる行動を取らせるものなのだろうか。彼女は何か、亜美に変な魔法でも使っているのではないだろうか。そんなことを考えたくなるほど。


“何か”を彼女に見出しているのだとしたら、それは一体何なのだろうか。




「何しているの?」
「……あ、レイちゃん」
「早く」
メールでバスに乗ったという連絡が来て、亜美は心の余裕を持って目の前のバスを見送っていた。レイちゃんが乗っているバスを待ちわびながら、何となく初めて彼女をバスで見つけた時のことを思い出していた。横顔を初めて見た時に狂わされた生活リズムは、間もなく“敵と戦う”ということによって、生きる意味そのものを変えざるを得なくなった。そのことを悔しいとか辛いなどと思えないのは、たぶん、レイちゃんが隣にいるという道だから。
 目の前に停まったバスの扉。見慣れたTA女学院の制服姿に、いつでも真っ直ぐな瞳が亜美を捉える。瞬間に狂わされた心臓のリズム。あの時と同じようで違う何か。



「レイちゃん」
差し伸べられたる手。あの頃と違って、レイちゃんの瞳にはちゃんと亜美が映し出されている。そして、その手を取ることが許されている関係。
「お帰り、亜美ちゃん」
「ただいま」
同じ目的地へと向かい、同じ駅で降りて、彼女の住むところへと足並みをそろえて歩くことができる。言葉を交わし、微笑み合って、冗談を言いあえて、友達だと思ってくれる関係。
レイちゃんの笑顔で乱されてしまう心臓のリズム、柔らかく微笑まれるとその心臓は大きく跳ねて痛みを与える。医学書に書かれている病状に照らし合わせなくても、それが何なのかくらい、亜美にだってわかっている。

わかっていて、自分でそれは誤診だと言い聞かせるしかできない。

ありえない、いや、あってはならないことだから。

彼女を特別に思わないように、そして、彼女から特別に思われたいなんて、願わないようにと自分に言い聞かせている。認めずに、受け入れずに過ごしてさえいれば、あの頃の願いが叶った今の関係を失わずにいられる。

この関係のままで

友達だと思ってくれる瞳の中に
清い亜美が映し出される関係でいたい

清い亜美でありたい
特別に思われたいと願わない
願いたくなどない

それなのに


亜美の清らかさに黒い罪が落とされて
ジワジワと灰色に染め上げようとしていく

“誰か”が清らかさを奪おうとするの



清く美しい世界を愛するレイちゃんの瞳は
清い亜美しか映し出されないことはわかっているのに

「ねぇ、レイちゃん」
「ん?」
「昨日、みちるさんとデートしたの?」
「……え?」
「ほら、この前アドレスを交換していたときに、お茶に誘われていたでしょ」
「……デートって言うか、普通にお茶しただけ」
「綺麗な人ね、あの人」
「そうね」
「気に入られているんじゃない?」
「どうかしら」


こんな話を選んで、彼女の些細な瞳の揺れをじっと見つめているくせに
清い亜美と思われたいだとか

あぁ、この心臓は何をどうしたいと言うのだろう
なぜ、こんなにも亜美を苦しめて、痛みつけてくるのだろう

“誰か”が亜美とレイちゃんの間にあるすべての清いものを汚していくの

「レイちゃんだって、みちるさんに興味があるのでしょう?」
「いえ……っていうか、知り合ってそんなに日もない人だから」
「関係ないわ」
「………えぇ、まぁそうなんだけど」

誰かを恋しいと思うような感情は、彼女の中に存在していない
存在などするはずがない
存在しないでほしい
そう決めつけて、そうやって作り上げてきた亜美の中のレイちゃんが


亜美の中にいる誰のものにもならないレイちゃんのはずが


「お似合いだと思うわよ、みちるさんとレイちゃん」
「…………だから、みちるさんは」

笑顔を見せて、友達と言う役割である、その清らかな場所に立ち続けて見せる。

いつまでも
この場所だけは
灰色に染められ、やがて汚れた存在になったとしても

この場所でい続ければ

この場所を守り続けていれば

ずっと



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Date:2015/11/08
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