【緋彩の瞳】 可愛くねだって ①

緋彩の瞳

美奈子×レイ小説[実写・単発もの]

可愛くねだって ①

『大好きなあなたに、ポッキーキスをねだろう』

そんな広告文字と共に、視界に入ってくるのは愛野美奈子。ポッキーを銜えて目を閉じて撮られたポスター。ここ最近、あちこちでやたらと見かけるようになった。お菓子メーカーのイメージ・ガールになったと言うことは、夏くらいに聞いた。それがこれ、ということらしい。ヴァレンタインの時期は、きっとイベントだらけで忙しくなるなんて言っていたけれど、今はまだ11月。まぁ、チョコレートしか売っていないお菓子メーカーじゃないから、色々と宣伝するものもあるのだろう。
「レイちゃん、レイちゃん!美奈子ちゃんのCM見た?」
「CM?ポスターのやつ?」
「そうそう、ポッキー。今日だけしか流れないっていうCM」
放課後のクラウンへと向かう途中、背後から声を掛けてきたのはうさぎだった。相変わらずピョンピョンとせわしなく飛び跳ねて、落ち着きがない。レイの腕を取ってブンブン揺らして、肩が外れるんじゃないかって思うくらい。
「凄く可愛いかったんだよ!」
「私はテレビ見ないから、CM知らないんだけど」
「嘘~!!今日、美奈子ちゃんがポッキーのイベントやってるんだよ!見に行こうよ」
いや、別に興味ないんだけど。って言う言葉を口にする隙さえない、これがまことなら、一応の言い訳とか興味がないと言わせてもらえる猶予は与えられるはずなのに。
「イベントって何?」
一応スケジュールはある程度教えてもらっている。イベントと名前の付く仕事がたくさんあるから、最近、その内容を細かく覚えていない。
「ポッキーの日だもん!まこちゃんと亜美ちゃんは現地に直接向かってるって」
「何なの、それ」
クラウンでみんなと会うつもりなんて、初めからレイ以外はなかったようだ。
このパターンは美奈子が、レイに内緒で何かよからぬことを、なんて、そう言う企みなのだろうか。


「はい、これ」
「……何?」
「観覧の条件。1人1箱ポッキーを買って、あとは抽選で席を決めるんだって。まぁ、当たりくじは、すでに美奈子ちゃんから貰ってるけど、せっかくだしね」
「まこと、いつ美奈子にそんなお願いをしたの?」
「いやぁ、昨日イベント行くからってメールしたら、観覧席用意しておくって。レイはどうせ、何も知らないんだろ?顔見てわかってるよ」
だから、はい、ポッキー。って渡されても。受け取りながら、まことにいいように操られてここに来たのか、うさぎの企みなのか、それとも仲間を裏から操っているのは美奈子なのかと、聞きたいような知りたくないような思いがいくつか心に浮かんだ。でも、もう、何も言わずに受け取ることにした。ここまで来て、帰りたいとか、美奈子のイベントに興味がないなんて言ったって、聞き入れる人たちではない。
「わぁ、最前列!」
うさぎは赤い箱を両手で握りしめて、並んでいるパイプ椅子に浅く腰を下ろした。
「よかったね、レイ」
「いや、別に」
こんな前に座らせて、美奈子は何をしたいんだろう。亜美ちゃんとまことの説明では、歌1曲とファン参加型のゲーム、写真撮影、マスコミの取材があるらしい。
若い女の子限定のイベントらしく、周囲は本当に黄色い声だらけだ。
「イベント嫌いなのに、って顔しすぎだよ」
「こういうの苦手ってまことは知ってるでしょ?」
美奈子に会いたくないわけじゃなくて、何て言うか、あんまり好きじゃない。来てと言われたものは行くようにしているけれど、うさぎたちみたいに追いかけたいと言う感情じゃない。
「うん。だから、レイは連れてこないでいいって言われたんだよね」
「……はぁ?」
「と言うことで、本人はレイが来ること、知らないよ」
クラスメイトの分と嘘を吐いて4枚の観覧席のチケットを用意してもらったらしい。美奈子の方からレイを避けるっていうのも珍しい。要らないのに自撮り写真を送り付けるような人なのに。
「照れくさいんじゃないかな」
「はぁ?」
照れくさいって……コスプレしたことだってあるのに、何を今更。やましいことでもあるのだろうか。ただ、言われてみて、今回のお菓子メーカーの仕事の写真なんかを送りつけてこないし、話題に出されていないと気が付いた。ノリがいい時は撮影の没写真なんかを馬鹿程送りつけてくるくせに、今回のポッキーの写真は、外で見て知ったのだ。
「まぁ、照れくさいよね」
まことは1人納得して、はははと乾いた笑いをするだけ。何がどうしてなのかと問い詰めようとしても、司会者が檀上に現れて、注意事項をマイクで話し始めたのでそこで話はさえぎられた。

「それでは、愛野美奈子さんの登場です」

すっかり聞きなれた若い女の子たちの悲鳴と拍手。5秒ほどそれをじっくりと聞いてから、仮設テントを飛び出した。
「みんな、こんにちは~!」
お菓子メーカーのイメージ・ガールに決まったっていう時は素直に喜んだ。特別甘いお菓子が好きと言うわけでもないけれど、このために書きおろした新曲が街に流れることが何よりもうれしいし、可愛らしい片想いをテーマというのは、嫌なものではなかった。
「みんな、ヴァレンタインよりも、クリスマスよりも、もっと早くに好きな人とキスしたいよね!」
CMと同じセリフをマイク越しに棒読みにならないように口にすると、赤い箱を手に女の子たちが一斉に悲鳴を上げる。
「美奈子ちゃん!!!!」
座っている女の子たちの中でひときわ目立つ、ピョンピョンと跳ねる最前列の子。うさぎはまことに肩を押さえつけられてもめげずに、両手を振り上げていた。それに応えるように手を振り返す。


「…………」

何でレイがいるのよ。


ものすごくむっつりした顔で美奈子を睨み付けてきているようにもみえるし、呆れた顔にも見えるし、穏やかな感情ではないということは確かなようだ。まだ、出てきただけだと言うのに。まことがクラスメイトと行きたいなんていうから、4枚渡したのに。きつくレイを連れてくるなって言えばよかった。まことを睨み付けようとしても、ここは舞台の上。本人は罪の意識なんて全くなさそう。

「それでは、今日はポッキーの日ということで。さっそくCMで流れている曲を歌っていただきましょう!」
「……はい」
ポッキーを端と端から食べ合って大好きな人とキスしたい、みたいな歌。いやこれは別に私の願望じゃないし、なんて心の中でレイに言い訳をしながら、っていうか恋人なんだからそれくらいしても問題ないし、いや、っていうかレイはそもそもポッキーを利用するとか、メンドクサイって言いながら手刀で折ってしまうだろうし、別に美奈子だってポッキーがないとキスできないほどじゃないし、いやいや、だからこれは片想いの女の子だから………ってもう、歌いながら美奈子は挙動不審に目を左右にウロウロと泳がせた。今まで恋愛の歌だろうが何であろうが、レイが見ていようとも普通にうまく歌えたはずなのだけど、久しぶりにあまりにも初々しい片想いみたいな歌のせいで、何かこう、背中が変にむず痒いって言うか。歌っていてそのシチュエーションを想像してしまうのが、妙に照れくさいと言うか。

顔、赤くなってないかしらって思いながらようやく歌い終わると、また黄色い声と赤いパッケージが沢山客席を揺るがした。

照れくさいって思う理由はわかっている。
自分が仕事とはいえ、可愛らしくキスをねだる姿と言うのが全国にばらまかれているのが、レイとキスしているのを公開しているような想いがして、本当に照れくさかった。鏡で自分がキスする顔なんて見たことなんてもちろんないわけで、だからこんな表情しているのかと思うと、自分のことなのに、いや、自分がただの馬鹿にしか見えなくて。毎回レイにこんな顔を見せていたのかと思うと、この11月11日がさっさと過ぎ去るまで、ひたすら祈るような想いだった。歌も、これは自分とは関係ないと言い聞かせてレコーディングをやり切った。

美奈子と同世代の女の子は、誰でもこんな風にポッキーを銜えて近づきながらキスをして見たいと思っていると言われても、美奈子の好きな人はおおよそ全て例外という枠組みに入る人で。

でも
レイがポッキーを銜えてキスを可愛くねだる姿を、頭に浮かべてみる。
絶対にしないに違いないレイが、可愛らしく、ポッキーを銜えて。
あの、火野レイが。
可愛らしく。


つまり美奈子は、あらゆる想像をし過ぎていっぱいいっぱいと言うわけだ。



「…………」

美奈子はレイを絶対に視界に入れまいと、会場の後ろに向かって手を振り返した。キャーキャーとうるさいくらいがちょうどいい。なんだったら、赤いパッケージでレイを隠しておいてほしい。

「可愛い歌ですね!美奈子さんはこんな風に、片想いの大好きな人にキスをねだったりしたいですか?」

これも台本通りなんだけど

「そ、そうですね。えっと、もし、好きな人がいて、えっと、ポッキーの日に告白しようって思ったら、その、……可愛くねだってみたい、って思います」

言えと言われたから言っただけで、これはアイドル愛野美奈子の仕事だし。っていうか、今まで散々こういうようなイベントを割とこなしてきたのに、どうしてやたらこんなに照れくさいんだろう。



関連記事

*    *    *

Information

Date:2015/11/12
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://fireredfantasia.blog.fc2.com/tb.php/643-385c5b68
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)