【緋彩の瞳】 VS悪女 ①

緋彩の瞳

その他×海未小説[ラブライブ!]

VS悪女 ①

梅雨時の空は、わかりやすく薄黒い雲を浮かばせていた。降らせてやると言わんばかりに重たい空気を身体に張り付かせてくるくせに、一撃はやってこない。憂鬱な気分を押さえながらもそれでも練習場所は屋上しかなくて、機嫌の悪い空に媚を売りつつ予定通りの練習が終わった時に、雨雲に勝った気にさえなった。絵里が加入した次の日の練習が雨で流れるなんて、アンラッキーガールのレッテルを早々に貼られたくもない。
自ら買って出た振付けをメロディ毎に分けて練習し、スケジュールを組み、着実に発表までにこなせる様にと提案する。絵里が入る前にすでにAメロの振り付けを2年生3人で作っていたようで、それを生かしながらも、メロディから一気に雰囲気を変えたステップに持って行く。誰もが嬉しそうに目をキラキラさせて見つめてくる。期待されて、ただそれに応えるだけ。生徒会を押し付けられた時もそうだったけれど、今は何かが違う。自ら手を挙げたこと。やりたかったこと。楽しいと思うことを突き進んでみたいと願うこと。その願いを叶えようとすること。1人ではなく9人で。絵里の願いは9人で叶う。そのことが今までの自分らしさからあまりにも離れすぎていて。楽しいようなむず痒いような。
「わ~、降ってきた!」
「練習が終わった後でよかったですね。濡れるのはよくありませんから、みんな部室に行きましょう」
ダンス練習が終わり、ストレッチをし始めた頃、ポツポツと頬に雫が落ちた。穂乃果さんが空を見上げて、まるで歓迎していると言わんばかりに叫ぶ。取りあえず何でもテンションが高い子というのが、彼女の印象だ。そしてその幉を引っ張るのが園田海未。1年生たちを先に立たせて、先に中に入れて行く。しっかりした子。
「さぁ、ことり」
「うん」
ニコニコと微笑みながら、南ことりさんが海未さんの腕にしがみついている。ナイトのように肩を抱いてそっと背を押す仕草。
「絵里先輩、どうぞ」
「あ、ありがとう」
扉を押さえながら、絵里を招き入れて作り笑顔を振りまく。なるほど、学校一モテる女という噂で彼女の名前を何度か聞いたことがあるが、女子しかいない学校でさらりとこんなことをされたら、悲鳴を上げる子もいるのだろう。
「みんな、もう今日は帰りましょうか。各自家に帰ってからちゃんとストレッチして身体のケアをしてね」

は~い

絵里の呼びかけに可愛い声が沢山返ってくる。
「海未先輩」
「何ですか、真姫」
「曲、どうしますか?」
「あぁ、そうでしたね。雨も強くなりそうですし、では30分だけ」
着替え終わると海未さんの袖を1年生の子が引っ張っていた。作曲を担当している子だ。五線譜ノートを抱きしめているその瞳は、学校一モテる園田海未を憧れの目で見ているような気がする。絵里が勝手にそう思っているだけかもしれないけれど。
「うわ~、そう言えば私、傘がない……」
「まったく。ほら、穂乃果。先に帰っておいてください」
「海未ちゃん、いいの?」
「もう一つありますから」
制服に着替え終わり、鞄の中を漁った穂乃果さんが頭を抱えると、すかさず自分の鞄から折り畳みの青い傘を差しだすナイト。それを不満そうな顔で見ている1年生の赤い髪の真姫と、微笑ましい様子で見守っている南ことりさん。確か2年生は3人が幼馴染だったはず。これも日常的なことなのだろう。
「ありがとう、海未ちゃん」
「梅雨時なのですから、ちゃんと折り畳みは持ってこないとダメですよ」
「は~い」
とはいっても、彼女はきっと何だかんだと言いながらも海未さんとことりさんが傍にいる限り、本気で困る事態になどならないのだろう、何となくそんな気がする。
「えりち?」
「ん?」
「観察しすぎや」
「……いえ、ほら。最後に入ったから、人間関係を見ておかないとって思って」
「あぁ。モテモテ海未ちゃんのことか」
希は、また扉を開けて花陽と凛、穂乃果たちを見送る海未さんを指差した。
「1年生はみんな、園田海未が好きって噂を聞いたことがある。少なくとも真姫はそうみたいね」
「みたいやな。さて、うちらも帰る?」
「あ、私は生徒会の仕事を少しまとめて帰るわ。希はバイトでしょ?」
「……ほな、そうするかな。えりち、後輩2人が遅くならんように、ちゃんと見守っといてな」

希とニコを見送り、海未さんと真姫が音楽室に向かう後姿を見送り、絵里は生徒会室へと向かうことにした。2人は30分ほどと言っていたし、生徒会室とピアノのある音楽室はそれほど離れてもいない。扉の開閉音も微かだけど聞こえる。彼女たちが終わったタイミングで帰ればいい。後輩2人に作詞作曲をさせるのは申し訳ないけれど、昨日入ったばかりの絵里には、何もしてあげることがない。
「……2人きりで曲作りか」
生徒会室の扉を閉めずに、雨音の合間に流れるピアノの音を聞きながら書類をテーブルに並べた。自分の文字を書く音やパソコンのキーボードを打つ音にかき消されそうになるメロディ。息すらひそめながら、音を聞き取ろうとしていることに気が付いて、心の中で苦笑する。時々、海未さんが歌う声が漏れたりすると、思わず作業をぴたっと止めた。
「綺麗な声ね」
芯のある歌声は、メンバー全員の中でも特によく響く。ほんわりした声が多いし、若く高い声ばかりの中で、海未さんの声は中心軸となりえるだろう。穂乃果さんの声もしっかりしている方だが、やや低めのナイトに似合う歌声は、学校内外にファンを作るには必要不可欠のように思える。
「……」
ぴたりと歌声が止まった。ピアノの音も聞こえてこない。時計は20分過ぎた頃。早めに切り上げるのか、それとも何か話し合っているのか。絵里は完全に手を止めたまま、耳を澄ましていた。仕事をしなきゃいけないのに、なんて思ってみても何か引っかかってしまう。まさか、真姫が海未さんに迫っていたりするのかしら、なんて。いや、絵里は関係ないけれど。

「……あ」

窓を打つ雨が強さを増した。風がひゅるりと音を立てて緑の葉にカサカサと音を与える。あまり長い間いると、ローファーの中に水がしみこむ事態になってしまう。どうしても今日中にやらなければいけないほどではない。ささっとキーボードを叩いて文章を作り上げると、文字間違いを確認せずに保存ボタンを押して、すぐにパソコンを終了させた。彼女たちにも帰ることを促して、今日はもう学校を出るべきだ。ガタガタと立ち上がり椅子を引く音が部屋によく響く。この音が音楽室に聞こえていないかしらなんて、変なことを心配してみても、何の問題もないことにすぐに思い当たった。変なのって自分で突っ込みを入れて、廊下を出た。階段を上がっていくと、だんだんとピアノの音が大きくなってくる。2人はまだまだ、曲作りに没頭しているようだった。


音楽室をそっとのぞき込むと、長椅子に並んで腰を下ろしている真姫と海未さんがいた。歌っている海未さんの声と、気持ちよさそうに演奏をしている真姫。何かうらやましいという思いが心に宿ったのはたぶん、そうやって楽しいことを誰かと共有したことがほとんどないせいだろう。1人でバレエをしてきた。生徒会の仕事も希たちはいてくれても、会長という立場は1人だけだ。想いを共有するということは、μ’sが初めてのことで。これからの楽しみはそれだけしかない。小さな窓から覗いていると曲がピタッと止まった。少しずつ進めている作業の途中なのだろう。
「あなたたち」
ガラガラと音を立てると、真姫と海未さんが驚いたようにこっちを向く。ピアノ前に座っている2人に近づくと、その一歩ごとに真姫が睨み付けるような表情が増しているのは気のせいだろうと思いたい。
「絵里先輩。残っていたんですか?」
「生徒会の仕事を少しね。それよりも雨脚が強くなってきているわ。今日はもう帰りましょう」
窓を叩く雨は猛烈と言うにはほど遠いが、分厚い雲が光を完全に閉ざしてしまい、薄暗く気味が悪い。
「あぁ、そうですね。真姫、今日はここまでにしましょう」
真姫はわかりやすく頬に空気をためた。止めたくないのではなくて、中断されたと言うことに腹が立っているということなのだろうか。絵里は何も知らないだけで、実はこの2人はいい関係だったりするのだろうか。そう言うことを事前に何も聞いていないけれど、希とニコは何も言っていなかった。いや、そんなことを質問しようと思ったこともないし、いい関係ってどういう関係って、想像してしまいそうになる。ただ、少なくとも真姫が海未さんを気に入っているという絵里の見立ては合っているだろう、と。
「……海未先輩、じゃぁ明日の朝に続きをしましょう」
「そうですね」
立ち上がった海未さんはテキパキと片づけを初めて、同じように立ち上がった真姫は明らかに絵里を睨んだ後、“ふん”とそっぽ向いた。



なるほど



「えっと、じゃぁ2人とも気を付けて帰ってね」
「はい。お疲れさまでした、絵里先輩」
「さようなら、絵里先輩」
頭を下げて挨拶してくれる海未さんと、さっさと帰れと言わんばかりの1年生の真姫。この先、大丈夫かしらと思わなくもないけれど、わかりやすくて可愛いわねと言う気持ちもどこかにある。あの様子だと、海未さんは気が付いていなさそうだし。ただの邪魔もの扱いだけなら、絵里に被害は来ないだろう。
生徒会室の鍵を職員室に返して3年生の靴箱へと向かい、靴を履き替える。傘入れに置いていた傘を手にしてボタンを外しフルフルさせていると、長い黒髪の後姿があった。
「あら、海未さん」
「あ、絵里先輩」
「帰ったんじゃなかったの?」
「いえ、その。弓道部の部室に置いていたはずの、折り畳み傘が見当たらなくて」
「つまり、傘がないと」
「………数日前に、ちゃんと置いたのですが」
人気者の海未さんの傘が盗まれたということかしら。しっかりと降る雨空を見上げる横顔が、困ったハの字になっている。
「1つは穂乃果さんに渡しちゃったものね」
「いえまぁ、もう1つあるはずだったので、それはよいのですが」
「盗まれた?」
「かもしれませんね。たまに、私物が消えることはあります」
「……うーん、それは問題じゃない?」
生徒会としても、人のものを盗む人がいるということは放っておくべきではない。
「でも、数日したら返ってくることがほとんどなので、気にしないようにしています。誰かが傘に困って、そっと持って行ってしまったのかもしれません。その人が雨に濡れずに帰れるのであれば、まぁ、仕方のないことかと」
仕方がないとは思わないけれど、そう言う優しい考え方は嫌いではない。普通は怒ることだろう。でもきっと、ナイトはこうあるべきなのだ。ただ容姿だけで人気なのではなく、その立ち振る舞い方が年下から好かれる大きな要因。絵里にはまねできそうにないけれど。
「もし、その傘が返ってこないのであれば、生徒会としても学内に盗人がいるっていうことで、注意喚起をしなきゃいけないから、ちゃんと言ってね」
「はぁ……。一応、数日様子を見ます。弓道部の部室ですし、おそらく後輩でしょうから」
「そっか」
絵里はジャンプ傘のボタンを押して、鞄を海未の反対側の肩に掛けなおした。
「じゃぁ、μ’sの新参者で年上の私が、海未さんを送っていってあげましょう」
「えっと、ですが……」
迷惑をかけたくないと言いたそうな瞳。絵里は構わずに傘を傾けてみる。
「傘のない後輩を放っておけないし、それにほら。仲間になったのよ?海未さんには色々とメンバーのことを聞いておきたいから。一緒に帰らない?」
嫌だと言われたところで、海未さんを放っておけない。嫌と言われる理由だってないだろうし。
「えっと、では。その……ご迷惑おかけいたします」
「迷惑だなんて。仲間でしょ?」
「そうですね。やっと絵里先輩も仲間になったんですよね」
こうやって2人になるのは、あの公園でギスギスしたとき以来だ。雨に濡れた地面をローファーで踏みつけた。ピチャと音を立てる。あの時の反発心なんてもうないし、あの時は羨ましい想いがそうさせていたのだけれど、敢えてあの時の気持ちを謝ろうとか、言い訳しておかないとっていう気持ちはなくて。海未さんからしたら、そんなことはどうでもいいことなんだと思う。いつも未来しか見ない彼女たちだから。
「絵里先輩、生徒会とμ’sの両立は大丈夫ですか?」
「平気よ。今日はちょっとだけ気になっていたことを少しまとめたかっただけだし、無理をするつもりもないもの」
「そうですか。その、μ’sに入っていただけて、絵里先輩がいてくださるので、私はとても心強いです。結構、困った感じのメンバーが多くて」
そう言われて、ニコや海未さんの幼馴染の穂乃果さんの顔が浮かんでしまう。失礼なことかもしれないけれど、今日1日一緒に練習をして穂乃果さんが海未さんに叱られた回数は相当なものだった。あれが日常と言う感じなので、苦労が絶えないのもわかる。
「でも、にぎやかで楽しいじゃない」
「そうですね」

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Date:2015/12/20
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