【緋彩の瞳】 始まりの鼓動 ①

緋彩の瞳

その他×海未小説[ラブライブ!]

始まりの鼓動 ①

生徒が少ない女子校。1クラスだけの1年生。同じ中学だった人がチラホラといるけれど、顔と名前を知っているくらいの関係で、それ以上は望まない。高校の3年間は医学部に入るための通過点でしかないのだから。



ピアノをするのは気分転換くらいでいい。

そう、思っていた。



 始業式が終わり、早々にママは用事があるからと帰って行った。周りのクラスメイトは親と記念撮影をしたり、制服で秋葉原に遊びに行こうなんて言いあったり、次々と教室から出て行く様子。
机の上にリボンで包まれた、端を綺麗に揃えられている新しい教科書たち。こういう準備を上級生がしてくれたのだろう。時間割は配られたが、明日は身体測定だの体力測定だの、学年集会だの、とにかく授業はないようだ。教科書を鞄に入れて立ち上がった頃には、教室には知らない顔しか残っていなかった。別に誰かと一緒に帰りたいとか、話がしたいなんて言うこともない。元より、真姫は誰かに積極的に話しかける性格じゃないのだから。
真新しい教科書の角が折れてしまわないように、真新しい鞄をそっと肩に掛けて、誰にも声を掛けずに教室を出た。

桜が咲き乱れる4月。
開きっぱなしの窓。
風もないし、何の音もない。

音楽室を探そう

中学時代にも、放課後になると、音楽室でピアノを使っていた。家にグランドピアノはあるが、決められた発表会の為の練習以外で使ったことはない。家は“練習”をするための場所だ。パパとママが聴いているから、自分の好きなように演奏をすると言うことができなかった。咎められた経験はない。でも、きちんと練習をしている自分というものを、両親に見せる必要がある。そう思うと、与えられた曲以外を弾くことを、もう一人の自分が拒否していたのだ。だから、学校にあるピアノを使って、好きなように好きなだけ弾くことにしていた。誰もいない場所で、自分だけのために。自分を慰めるように。


入学式当日だからなのか、それとも生徒が少ないからか、とにかく校舎内は静かだ。2年生も3年生も、今日は何もすることがなくて、真っ直ぐ家に帰るのだろうか。それとも、校内を利用する部活動が少ないのだろうか。1年生の教室を出て、2年生の教室を横切り、端にあった階段。上に行くか、それとも下か。渡り廊下があったから、それを渡って別の校舎にあるのか。1年2年が同じ階で、3年生は3クラスだから別の階だ。それが1階なのか3階なのか。
「確か、職員室が1階だったような」
となると、3年生は上の階だろう。そんなことを考えたところで、音楽室がどこにあるのか見当がつかない。時間はある。真姫は3階へと階段を上った。だんだんと人の気配と声が聞こえてくる。階段を上がり切ってから立ち止まり聞き耳を立てると、仲良し同士と言った雰囲気の楽しそうな声が弾んでいた。音楽室は例えば、このにぎやかな人たちのいる教室の前の廊下を抜けなければ到着しない、なんていうことになっていたらどうしよう。

どうしようって思ったところで、通り抜けたらいいだけなんだけど。

そんなことをすれば、嫌でも視線が集まるに決まっている。真新しい制服、真新しい赤いリボン。1年生が3年生の教室の前を入学式初日にうろつくなんて、姉妹がいる位じゃないとしないだろう。悩んだあとにため息をひとつ。遠回りをして違う廊下から上がってみた方がいい。この廊下を突き進まなければいけない理由を、今は持ち合わせていないのだ。ため息をひとつ、そっと階段を下りようとした。


「あの、すみません」


「っ?!!!!!!」

振り返ると、1歩の距離も離れていない場所に人が立っていた。真姫は悲鳴すら上げられずのけぞって固まるだけしかできない。驚くことと恐怖感が一気に襲うと、人は言葉を発せられないし、唇すら動かせないものらしい。こんなにもすぐ真後ろに人が立っていたのに、何の気配も感じられないでいたなんて。

怒るタイミングを見計らっていたとでもいうのだろうか。


「あ、すみません。その、驚かせるつもりはなかったのですが」
「……………あ、え。あ、……えっと、その、えっと」
「1年生ですね?どうかしましたか?」
その人の全体像を見渡すために、さらに1歩下がってみる。あまりにも近すぎて、まともに顔すらちゃんと見ることができない。
「えっと、その……ま、迷いました」
「1年生の教室は下の階ですよ」
「いえ、その……えっと……」
1年生の教室がわからないなんて、そこまで馬鹿じゃない。そう心の中で呟きながらも、それ以外の場所に入学式当日に用がある1年生なんて、普通はいないのだとすぐに思いなおした。
「どうしましたか?3年生の誰かを探しているのですか?」
「えっと、いえ……違います」
目の前の髪の長い人は、間違いなく生徒なのだろう。それはわかるけれど、何年生なのかがわからない。制服のリボンが学年別だが、彼女は弓道着に身を纏っていて、目印が何もないのだ。
「そうですか。えっと、それで、あなたはどこかへ行きたいのですか?」
本当のことを言ったら、音楽室を案内してくれるのだろうか。顔には目的地を教える意志があると描いているようにも見える。ただ、勝手にピアノを使うことを咎められるような気もしないわけじゃなくて。
「いえ、その、大丈夫です。自分で探せます」
「今日、入学した生徒のあなたがウロウロするよりも、私が場所をお教えすることの方が、合理的ではないですか?」
「……いや、それは、その」
この人、一体何者なのだろう。いや、ただ親切にしてくれているだけなのだが、何て言うか恰好のせいだろうけれど、身構えてしまう。
「あ、すみません。そんなに構えなくても大丈夫ですよ。私はここの生徒ですから」
「いや、それは見てわかります」
「あ、そうですか。弓道の恰好なのでわからないのかな、と思いまして」
「普通はわかりますよ」
「そうですね」
怖がっているから身構えているのとは、少し違う。勘違いされて、まるで5歳の子を落ち着かせるように、いきなりニコニコと作り笑いをする上級生。
そうやって気を遣われるのが悪い気がして、真姫も無理やりの作り笑顔を見せてみた。

「えっと、1年生さん、行きたい場所はどこでしょうか?」
「…………音楽室、です」
「音楽室ですか?」

“なぜ?”と理由を知りたがる瞳。真姫は視線を逸らしながら、右手で髪をいじった。
「えっと、何か音楽系の部活とか、やっていないかなとか、その……思ったり」

思ってないけど。

「あぁ、なるほど。コーラス部と吹奏楽部がありますが、今日はどちらもやっていませんよ」
やっていないのなら、諦めたふりをしてこの先輩がどこかへ行くのを待っていればいいだろうか。
「そ、そうですか。それじゃぁ」

どうか、真姫を気にせずこの場を立ち去ってもらっていいです。
そう言うようなことをにおわせてみたが、ニコニコしたまま一歩も動きそうにない。この人の背後にある階段を降りたいのに。
この人、何がしたいのだろう。
いや、真姫もそうだけど。

っていうか、真姫はピアノを弾きたいだけなのに。

「では、行きましょうか」
「………は?」
「音楽室に」
「でも、部活はやっていないのでしょう?」
「はい。やっていませんが、音楽室に行きたいという気持ちはあなたの中から消えていないようなので」

“案内しますよ”

そう言って、弓道部のその人は階段を下り始めた。

「何、この人………エスパー」


真っ直ぐにピンと伸ばした背筋。後ろから追いかけるその背中から見える、緊張感と正義感のようなもの。あとなんというか、優しさ。

「音楽室で、何かしたいことでもあるのですか?」
「………ここのピアノ、すごくいいものを入れていると聞いたことがあって」
「あぁ。寄贈されたものですね。私は音楽のことはよくわからないのですが、普通の高校には入れることができない、とても高級なピアノだそうですよ」
ママから聞いたことがある。この学校の卒業生には、有名なピアニストやプロの演奏家がいて、その人たちがピアノや吹奏楽で使う楽器を寄贈したらしい、と。
「その、だから、興味があったので、見てみたいな、と」
まったくの嘘と言うわけじゃない。でも、ピアノがいいものかどうかなんて、真姫には重要なことじゃない。調律がちゃんとできているかどうか、くらい。
「見るだけですか?」
「え?」
「ピアノを演奏したい、とかではないのですか?」
「…………まぁ、してみたいことも、ないわけでは、ないというか」
「そうですか」




ファースト・キス・コンツェルト よりも前の話です(つまり、そこはかとなくあの話に繋がるというか、ほら、そこはかとなく、です)

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Date:2016/01/04
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