【緋彩の瞳】 相棒は君だ ①

緋彩の瞳

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相棒は君だ ①

「おと~し~~だ~~ま~~~!!!」


後ろ脚の間がふわりと浮いたと思ったときにはもう、アルテミスの身体は空高く飛んでいた。





ここはどこだろうか。分かっているのは、木の上と言うことだけだ。乾いた空気が鼻の先を凍らせる1月。枯れた葉っぱすら1枚も残っていない木の枝に身体が引っ掛かり、ゆらゆらと風に揺れても、アルテミスの身体がそれなりに冬太りしていようとも、枝が折れて落ちるような気配がない。

「………マジか」

マジだ。

雪がはらはらと舞っているように見えるのは、これは本当に雪なのだろうか。異国までとばされたなんてこと、無いと信じている。山奥のどこかというわけではなく、広がる景色は屋根ばかりだ。見たことがあるような無いような。普段、屋根の上を飛び回るようなことをしないので、ここが何区何丁目、なんていうのはわからない。

電信柱が見えた。ここは、日本だ。

「くそ!凍死したら化けて出て美奈を呪ってやる……」
もがいても、もがいても、ぶらりと垂れた足は爪が何かに引っかかることもない。
「誰か~~~~!!!!!」

死んで、骨になってからじゃないと発見されないなんてことになったら………

「いや、もはや骨になったら俺だってわかんないじゃないか!」
誰が猫のDNA鑑定をしてくれるんだろうか。その頃になってしまえば、美奈はアルテミスという存在すら忘れているに違いない。
「くそ~!!!助けてくれ~~~!!!」
叫びがどこかの誰かに届いてくれないだろうか。


アルテミスは何度も何度も、ニャーニャーと鳴き叫んだ。






寒波が東京を襲い、麻布十番にうっすらと積もった雪はわずか数センチだと言うのに、通学バスは大幅な遅延、電車もまた、間引き運転をしていた。寒いという挨拶を散々繰り返してばかりだ。
夕方、いつもより早めに遊びに来た美奈は、コタツから出る気配もなく、レイもまた、やりたいこともなくて、同じようにぼんやりと隣に座って過ごした。明日の朝も、雪の影響でどうなるかわからないから、親に家に帰ってくるようにと言われていた美奈は、7時前には家に帰って行った。それを見送り、夕食をどうしようかと悩んでいた時に、フォボスとディモスが珍しく、レイに声を掛けてきたのだ。
「アルテミス?」
『どうやら、みちる様のご実家の近くです』
「なんでそんなところに?」
『わかりません。少し気になります。様子を見に行かせていただきたいのですが』
「…………ふーん」
フォボスが言うには、アルテミスが助けてと叫んでいる声が聞こえたらしい。みちるの実家の近くだなんて、どうしてそんなところにいるのかはわからない。またややこしい事件にでも巻き込まれているのだろうか。ただ、2人が心配して、わざわざレイに声を掛けに来ると言うのが気がかりだ。
「美奈は何も言ってなかったわ」
『美奈子様にお伝えしようかと思いましたが、レイ様の指示を仰いでからと思いまして』
「そう。いいわ。ちょうどお腹も空いたし、タクシーで行きましょう」
レイはコートとマフラーを手にして、電話を掛けながら家を出た。フォボスとディモスに任せてもいいことだけど、自分のお腹を満たすことも重要なことだから。




「………寒い」
タクシーに乗っても、窓の外の風音は、聞くだけで寒さが足のつま先に伝わるようだ。寒いというよりも、痛いに近いかもしれない。空高く飛んでいる2人の気配は確かにみちるの実家へと向かっていた。
大きな通りを抜けて、細い道を突き進み、屋敷が並ぶ薄暗い道をゆっくりと進む。
『レイ様』
ディモスが心に呼びかけてきた。みちるの実家から4つほど離れた家の前だ。
「ここでいいです」
レイはタクシーを止めて、冷たい風を受けながら知らない人の屋敷の前に立った。
『アルテミス、いました』
「……どこによ?」
ぽつぽつとそれぞれの屋敷の門を照らすようにある街頭は、薄く積もった雪と同じような色のアルテミスの存在を隠している。
『木の上です』
「木?」

『アルテミス!しっかりして!』
『アルテミス!』

きっと、どこかの屋敷の木に引っかかって、降りられなくなったのだろう。

飼い主にそっくりね

想いながら、どうやらフォボスとディモスが救出しているような雰囲気を感じ、不法侵入できないレイは、音が聞こえる屋敷の近くで、彼女たちを待つことにした。







「かわいそうに、冷やし猫」
「…………し、しぬ」
降りられずに、ラッパを鳴らす赤ちゃん天使が見えるかもしれないと思っていた頃、フォボスとディモスのオーラを感じた。それからどれくらい経っただろう。バキバキと枝が折れる音がして、ふわりと身体が浮いたが、今度は美奈に蹴り上げられたあの時と違って、優しい心地になった。
「なんで、あんたは高級住宅地の木に引っかかってるの?」
「………し、しぬ」
「感謝しなさいよ、アルテミス。2人がいなかったら、凍死しても雪に交じって発見されなかったかもしれないんだから」
声は美奈ではなかったが、とにかく助かったらしい。抱かれていることはわかるが、暗闇の中でゆらゆらと思考回廊は踊り、もう何が何だか考えられなくなっていって、とにかく、ただ、助かったことには間違いないようだ。
『レイ様、アルテミスの体温がかなり下がっています』
「まったく、何時間あんなところにいたのよ」
『すぐに温めてあげましょう』
「そうね。みちるの家の暖炉で焦げる位に暖めてあげなきゃね」
凍死するくらいなら、焼け焦げて死んだ方がいい。
ふわふわとする意識の中、どうやら女神が助けてくれたようだと信じ、アルテミスは全てお任せと言わんばかりに、冷たい鼻をその腕に擦り付けた。




「レイ。こんな寒い日に外に出るなんて」
出迎えてくれた深美ママには、タクシーに乗る前に電話をしてご飯が食べたいと伝えておいた。
「深美ママ、お腹空いた。これを焼いて食べたいんだけど」
「………串刺しにでもするの?」
フォボスとディモスが心配そうにレイに助けろと言うから、放っておいたら死ぬのは間違いなかっただろう。きっとまた、あの馬鹿美奈と喧嘩して家出をして、何かのトラブルであそこに引っかかったに違いない。
「くるくる回してまんべんなく焼いてちょうだい。これ、友達の家の猫」
「可愛そうにひんやりしちゃって。弱っているの?」
「追い出されていたみたいで。私、老人の世話で手一杯だから、少しだけここに置かせて」
深美ママはこの家の庭がどれだけ大きくても、動物を飼わないようにしている。理由はわかっている。でも、動物は好きだったはずだ。
「……おじさまのお世話、ちゃんとしているの?まぁいいわ。とにかく温めてあげて。レイもほら」
リビングの真ん中にある暖炉は、優しい炎で部屋を暖かくしてレイたちを出迎えてくれた。コートの中に入れていたアルテミスを、そっと暖炉の前に置いて、温かいブランケットにくるんでやる。プルプルと震わせている身体は、いつものような元気を失い、冗談ではなく危なかったのは本当みたい。
「………まぁ、今日のところは美奈には黙っておいてあげる」
きっと、美奈もアルテミスが数日いないくらいでは、騒ぎ立てることもないだろう。事情も分からないで連絡をして、あとでアルテミスがもっとひどい目に遭ったりしたら、助けたフォボスとディモスが可愛そうだ。
「深美ママ、暖かいミルクと、あと、猫って何食べるの?」
「魚かしら?鳥肉?鰹節?」
「うーん。まぁ、とりあえず食べる元気が戻ったら、何か与えましょう」
この家にいれば、何を食べても高級食材しか出てこないだろう。
元気になったら、迷惑料を美奈に払ってもらわないと。




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Date:2016/01/20
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