【緋彩の瞳】 相棒は君だ ⑤

緋彩の瞳

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相棒は君だ ⑤

それからさらに、1週間。本当にアルテミスは一向に家に帰って来ない。火川神社にいないというレイちゃんの言葉を信じているけれど、レイちゃんが知らないだけで、どこかに隠れているんじゃないかと思ってみても、本当に形跡がない。うさぎの家にも来ていないみたいで、うさぎが心配してきて、みんなで探そう、なんて言いだしたものだから、誰も隠しているようなことではないらしいと知った。
寒波が日本列島を襲い、ニュースは全国の電車の遅延、飛行機の欠航を伝えている。外にいるとは思えないけれど、どこぞの誰に可愛がられているのかも分からない。
「心配?」
「いや、まぁ。心配っていうか」
「真剣にアルテミスを探しなさいよ」
「探しているわよ、一応」
流石にそろそろ、怒りを鎮めてくれないと困る。
これ以上遅刻を繰り返すのも、部屋を汚すのも。

いや、そう言うことだけじゃなくて。

「2週間半って、今までで一番長いんじゃない?」
「うん、そうかもね」
レイちゃんの家の周辺も、アルテミスが遊びに行きそうなところも毎日探した。アルテミスをちゃんと見つけて、仲直りをするまでは、レイちゃんとエッチしないっていう約束もした。させてもらえないって言うか。美奈子が空気を読んだと言うか。レイちゃんにも心配させているのは事実だし、それを棚に上げてっていうのもな、って。かといって、デートの代わりに2人で探すっていうのも違う。それにレイちゃんは、2人の喧嘩だから関わるつもりはないらしい。美奈子だってこんな寒いのに、レイちゃんを連れまわしたくない。
「心配なら………探しに行く?」
「だね。うーん、ごめん。行ってくるわ」
神社でレイちゃんの傍にいても、いつもみたいな楽しい気持ちになれないのは、どうしてだろう。
凍死しているなんていうことはないと思う。
正直、どこかの家でちゃっかり温まっているのがオチなんだろうって信じてる。
しかし、あの馬鹿猫は一体どこに行ったのか。
そもそもいつまで帰らないつもりなのか。
よくもまぁ、怒りが持続するものだ。感心してしまう。いつも通りの喧嘩なのに。
レイちゃんと部屋でゆっくりすることも10分だけで、結局、美奈子はマフラーを巻いて外に出た。
「………くそ猫」

夕暮れの神社
隅に寄せられた雪山

その白さを見てアルテミスを思い出す程度には、あいつがいないと寂しいのかなって思う。

「でも、センチメンタルになるくらい寂しくないんだけどね」

誰に言い聞かせているのかわからない。
冷たい風が乾いた唇を震わせた。よその猫になって、暖かいところにいてくれたらいいなって思いながら、そうだとしたら、どこをどう探さなきゃいけないんだろうって美奈子は頭を抱えた。



「何この、酷い絵?」
「美奈が作って、あちこちに貼ってるみたい」
そっけない態度を最初に取ったのはレイだけど、美奈は空気を読んで、いつもみたいに抱き付いてきたり、それ以上のことをしてこなくなった。
それなりに、帰ってこないアルテミスのことを心配しているのは伝わってくるし、レイ自身が、2人の不仲を良く思わないでいることも、ちゃんと美奈に伝わっているのだろう。
かといって、美奈と会いたくないわけでもない。
周辺を探すついでに毎日神社に顔を出していたが、この前は10分ほどいて、すぐにアルテミスを探しに出て行った。そのあと3日くらいは顔を見ていない。本腰を入れてアルテミスを探しているんだろう。探し猫のポスターが六本木駅の近くに貼ってあるのを見つけて、思わず引っぺがして持ってきてしまったのだ。
「……ところで、うちはホテルじゃないのよ?いつまで面倒を見させるつもり?」
「帰りたい時に出ていけって言ったわ。出ないアルテミスの責任だし、アルテミスの保護者は美奈だから、最終的にホテル代が欲しいのなら、美奈に請求して」
放課後、はるかさんやせつなさん、ほたるが住んでいる家に向かったレイは、あきれ顔のみちるの目の前にポスターを広げて見せた。
「アルテミス、どうする?」
「ふん。こんな不細工な猫、知らないね」
美奈の芸術的センスのなさはさておいて、今日も寒空の中、美奈は美奈なりに、アルテミスを探しているのは本当だ。レイはアルテミスがここにいると伝えるつもりはない。
言ったら、またアルテミスは察知して逃げ出すだけだろうし、自発的に帰ってもらいたい。一応、みちるを通じて、毎日美奈が捜し歩いていると言うことは伝えているが、それが彼の心を打つと言う現象には繋がっていないようだ。だから、ポスターを見せてあげたかった。
「意地っ張りね」
「君たちに世話になるつもりはないんだけどな」
みちるの手料理をたらふく食べては、美奈のガサツな性格について、毎日文句を言い続けているらしい。みちるからも、毎日苦情と引き取り要請のメールが来ている。
「憎たらしい猫ね」
みちるはアルテミスの尻尾を掴んで、ちょっとだけ引っ張った。
普通、弱い動物に対するお仕置きなんてこの程度。
振り回したり、蹴飛ばしたり、踏んづけたりなんてしない。
「アルテミス、今なら、美奈は反省していると思うわよ」
「どうせ、レイがそうしろって言ったんだろ。僕は美奈がレイに言われたからって行動するのが気に入らないんだ。美奈と僕の関係にレイが入ってくるのが気に食わない」
「……それはちょっと、違うと思うけど」

とはいえ、レイはそう言われても美奈がそう思ってくれることは嫌じゃない。
みちるが隣で笑うのを堪えているのが、腹立たしい。考えていることが全部見える。

「違わないね!こうやって僕を探しているのだって、どうせレイと楽しく遊べないのが嫌だからに決まっている。レイだって、美奈に言ったんだろ?僕と仲直りしろとかさ。それまで遊んでやらないとか、そうやって美奈を操ったんだろ」

みちるがこらえきれない笑いを誤魔化すように、脚を小刻みに震わせていた。

「……みちる、堪えてないで口に出したら?」
「なんでも、ないわ」

アルテミスのそれは、何と言うか、レイにはどうすることもできないことだ。かといって、自分よりアルテミスのことを大事にして欲しいなんて、美奈に言うのも違うと思う。アルテミスの視点からすれば、美奈はレイの方を大事にしてくれていると言うわけなのだろう。
「私のせいってアルテミスが言っていたのは、そう言うことね」
でも美奈は、大事なものに順番を付ける人じゃない。
そもそもレイは、アルテミスを相棒にしている美奈しか知らないから、そうじゃない美奈を好きでいられるかどうかは、わからない。アルテミスという相棒が、今の美奈を作ったというのは、大げさではない表現なのだろう。

……何となくイラッとするけど。

「ふん!」

「……ふふっ」
みちるが笑って肩を震わせている。

幼馴染は、レイのこの複雑な心境というか、嬉しいような申し訳ないような、それでいて、何だか腹立たしいような、どう対応すればいいのかわからない状況を、無関係の立場として笑うことが楽しいんだろう。
これがみちるの本性。レイが知っている、レイの前にいる幼馴染の海王みちるだ。
「何よ、アルテミス。私が謝ればいいわけ?」
「レイが謝る?別にいらない。美奈が今まで約束を破ってきたことを土下座しないと許すつもりはない」
「でも、アルテミス、美奈子が約束を破った原因の多くにレイが絡んでいるのでしょう?」

レイも悪いんじゃない?
そうやって小さな三角の耳に吐息を吹きかける、逆三角形の悪魔の尻尾。

「………みちる、余計な事を言わないでよ」
みちるは、からかって遊ぶつもりらしい。
「それもそうだな」
「………いや、違うでしょ」

みちるがアルテミスにまた、余計なことを言おうとする。
レイに謝ってもらいなさい?とか、なんとか言うに違いない。

そうやってこの場を丸く収めて、アルテミスに帰ってもらおうという魂胆。
それでいて、
“帰ったんだからいいじゃない”
なんて後で笑うに決まってる。
本当に、この幼馴染が何を考えているのかすぐにわかる。

「みちるは首を突っ込まないで」
レイはアルテミスの尻尾をぐっと捕まえて、おもいきり引っ張った。
「んぎゃ!」
「あら、レイが謝れば、アルテミスは機嫌を直してくれると思ったのに」
「おかしいでしょ、それ」
尻尾を握ったままこのまま連行してやる。論点をずらすのは嫌い。そうやって誤魔化しても、きっとまた猫と馬鹿は同じことを繰り返すんだから。だったら、レイが謝るなんて展開にする必要はない。美奈の目の前に差し出して、もうそれで終わりにしてみせる。
「もっとも無関係の私の実家と、私の家を利用したお詫びがないのだから、その代りにレイがアルテミスに謝ればいいのよ」
「馬鹿じゃないの?」
掴んだ尻尾を振りまわしてしまい、手からするっと抜け落ちた。
「んにゃ!」
ぴょんと跳ねたアルテミスがみちるの膝の上に半回転しておとなしく落ちる。
「アルテミスの言ってることは、ごもっともよ。美奈子がレイにお熱で、アルテミスをないがしろにしすぎているのでしょう?甘やかしているレイも悪いわ」
「私は関係ない、美奈が勝手にしていること」
「さぁ、どうかしら?美奈子はレイの言うことは素直に聞くみたいでしょうし、その分、アルテミスが酷い目に遭っているというのは大いにありえるでしょう。つまり、原因はレイ」
みちるは膝の上のアルテミスが邪魔なようで、埃を払うように蹴落とした。
「ふぎゃ」
「みちるは、まったく関係ないでしょ」
「そうよ、まったく関係ないのに、利用されるだけ利用させられているの。レイはいつもそうね、私も私のママも上手く手のひらで転がして」
「勝手に転がってるだけだし、深美ママは誰かと違って私に優しいだけよ」
なんでこんなところで、みちるに喧嘩を吹きかけられなければいけないんだろう。と言うか、みちるの目は笑ってるから、本気じゃない。レイは足元に転がってきたアルテミスを蹴り上げそうになったけれど、この猫が元凶だったのだとすぐに思い当たった。
「………アルテミス、とっとと美奈の家に帰ってくれない?色々迷惑よ」
「ちょっと待て、勝手に僕を助けて、勝手に神社に連れて帰って、勝手にみちるの家に押し付けたのはレイだぞ!」

確かにそう。
どうしてレイが、そんな親切をしてあげなきゃいけないんだろう。

「そうよ、それはあんたが美奈の大事な相棒だからよ!!わかんないの?本当に馬鹿!」

レイ自身がそんなことを思っていたのか、わからない。
それでも咄嗟に声に出したことがきっと答え。
なんだかんだ言いながら、美奈の相棒はアルテミスなのだ。
真冬の寒さにさらされていたら助けたいし、機嫌が悪いなら美味しいものを食べさせてやりたいし、美奈といつも楽しく馬鹿をしているのを見ていたい。

「……何か腹立たしいわ」

尻尾を掴んで引っ張り上げると、大きな窓を開けた。

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Date:2016/01/25
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