【緋彩の瞳】 Your Wish ④

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

Your Wish ④


深美さんは日本にいた。電話でレイはTA女学院の在校生で、ボランティア部の部員であると告げた。もちろん、そんな部活に入ろうと思ったことさえない嘘だけれど。みちるさんの声に少し似ていて、とても穏やかな声色だった。
どうやら、深美さんはレイが電話をかける少し前にシスター上原から連絡をもらっていて、自分の生徒から電話があったら話を聞いてあげて欲しいと言われているらしかった。
いつもはそんな優しいことをしてくれない、厳しい人なのに。
目に見えないママと深美さんの威厳でもあるのだろうか。レイが葉月の娘ということは、先生から言うことなどないだろうし。

2人はレインツリーで待ち合わせをすることにした。
みちるさんに知らせなくていいのかと、ほんの少し悩む自分もどこかにいたけれど、1人で会うことにした。きっと、深美さんも「火野レイ」という名前を名乗ったから、会ってくれる気になったのだろう。仲が良かったのなら、誰と結婚してどんな名前の子供を産んだのかくらい、絶対に知っているのだから。
待ち合わせに10分ほど余裕を持ってお店に入ったのに、その人はもういた。レイは休日ではあったけれど、自分が間違いなくTAの学生だとわかるように制服だった。
「……葉月の子ね」
みちるさんに似たとても綺麗な女性は、ゆっくりと立ち上がって手を差し出した。
「はい。急にお呼び立てして申し訳ありません。わたくし、TA女学院高等部1年の火野レイと申します」
みちるさんの母親の手は思っていたよりも柔らかくて温かい。“母親”という職種を持つ人に触れるということは、ありそうで今までなかった。
ましてや、みちるさんの母親だなんて。
「お久しぶりなのよ。覚えていて?」
アイスティを注文したレイに話しかけてきたその口調は、みちるさんと同じ。
「……ごめんなさい。全く覚えていなくて」
「そう。小さかった頃の話だから。葉月があなたの手を引いて、うちによく来ていたの」
「そうですか」
たぶん、あのピアノの先生がこの人だったのだろうと思った。いつもママと仲良くしゃべっていたことも、今になって記憶が刺激されたせいなのか、少し彩のついた映像が頭の中に描かれていく。
だけど、思い出話をしたいわけではない。したくないと断言できるわけでもないけれど、みちるさんの母親と自分の過去と、ママの昔話をすることに違和感を覚えて仕方がない。
「深美さん、あの……お電話でお話した“櫻井緋彩”さんのことなのですが」
優しく懐かしむママの親友を、思い出から引きずり戻して本題に入った。
「あぁ、ごめんなさい。緋彩先輩の作った曲のスコアだったわね」
「はい」
ボランティア部の資料を整理していた時に、偶然、20年ほど前に本番直前に中止にされた演奏会があったというものを読み、興味が沸いたので当時のことをシスター上原に聞いて、深美さんを紹介してもらい会いにきた。
シナリオはそうだった。
現在のボランティア部と言えば、どんな活動をしているのかは正直のところ知らない。どこぞで演奏をしているなんて聞いたこともないし、ボランティア部=音楽家の集まりというのも聞いたことはない。
「それにしても、偶然ね。レイさんが葉月と同じ部活に入っているなんて」
「……あまり活動をしてはいませんけれど」
「あなたもピアノか何かをしているの?」
問いかけに首を振るしかなかった。深美さんに小さい頃に教わっていたのはたぶん間違いないだろうけれど、神社にピアノはない。学校の講堂に時々誰もいない時間を見計らって適当に弾いていても、それは自己満足に過ぎない。楽譜は読めるし、聞いた音がどの音なのかもわかるけれど。
正直に言えば、誰かのために演奏をしたいなんて考えたことがない。
みちるさんのような人こそが、誰かのために演奏をすることが許された人だとも思う。
心穏やかで、誰にでも優しくて、人あたりがいい……
「残念ね。このスコア、誰かが演奏をするおつもりなの?」
「あ……はい。誰か…頼んでみます」
と言っても、緋彩は死んだママ以外、つまり深美さんの演奏を是非とも聴かせてくれなんて言いだすに違いないだろう。
「部員でチェロをやっている子は?」
「さぁ……」
「ヴァイオリンは?」
「たぶん、誰か一人くらいは演奏できると思います」
日常の些細なことを会話する程度の人間関係なら、全くいないわけではないが、エセボランティア部のレイは演奏する人間がいるかどうかなんて、知るわけもない。
「それ、聴きに行ってもいいかしら?」
どうしてそうなるんだか。
レイはさらに嘘でコーティングされたお断りの方法を、真剣に考えなければならなかった。




「みちるに話をした方が賢明だと思うわよ」
「私もその意見に賛成」
「僕も」
まだ、具体的に日にちもろもろ決まっていないことがあるからと、深美さんと別れたレイは、直行でせつなさんのマンションに駆け込んだ。美奈とはるかさんがなぜだかいる。どうせ、レイの行動パターンを読んだ上でせつなさんが招集をかけたに違いない。
「……うちの学校にいるかもしれないし、チェロとかヴァイオリン弾ける子くらい」
ゼロではないだろう。学年やあるいは中等部とかまで行けば、ピアノは簡単に見つかるだろうし、ヴァイオリンもたぶん、何とかなる。やっかいなのはチェロだ。
だいたい、いたとしてこれから夏休みに入るこの時期にその人たちを捕まえられるかどうかも不安がある。夏休みまであと1週間。休みには海外にどんどん行っちゃうようなお嬢様学校だ。
幽霊が幽霊じゃなくなる期限は、どれくらいなのかもわからない。
スコアを見る限り、すごく難しいわけではないけれど、やはり練習をしなければならないだろう。見知らぬ同士を寄せ集めて緋彩が納得するかどうかもわからない。
まぁ、納得させたいのが本音だけれど。
納得するはずないだろうな、という予感もある。
色々考えることすら面倒臭くなってきて。
レイはむっつりしたまま出されたアイスコーヒーを飲みほした。
「その幽霊はさ、ずっと探し続けた深美さんに会いたいだろうし。まぁ、話ができなくても、一番喜んでくれる方法だと思わない?深美さんと、深美さんの娘と、レイちゃんが演奏なんてしたら、もう、喜んで成仏してくれてさ、それはレイちゃんにとってもハッピーなことじゃない」
「私の都合は無視なの?」
「この際それは無視でしょう」
「美奈子の意見に賛成」
誰も聞いていないのに、はるかさんが手を挙げる。
控え目に、その横でせつなさんまで無言で手を挙げていた。
これは3人まとめて説得すれば、みちるさんに連絡せざるを得なくなるだろうという作戦なのだろうか。
「どうせ、東京にいないんだから」
「現代には携帯電話という大変便利なものがございますけれど?」
嫌みだ。ネチネチと。3人で寄ってたかって。
「……あなたたちに話すんじゃなかった」
話そうって思った時点で、どんなことを言われるかなんてもちろん想像していた。予想通りのことを言われて、だからよけいに腹が立つのかもしれない。
自分自身に。
素直に助けてと言えない自分に。
「いいじゃん。みちるさんとレイちゃんは親の代から運命の糸が結ばれているのよ」
「……だから、余計に腹が立つのよ」
そう。お願いをしたい気持ちと、黙っていたことへの腹立たしさ。
運命なんて言葉、はっきり言って好きではない。
何でもその一言で片付けられてしまう気がして、気に食わないのだ。
「みちるにありのままのことを話したらいいじゃない。みちるに対して腹が立っているのなら、それもちゃんと言うべきよ」
たぶん、本当に腹が立っているのは自分自身に対してなんだと思う。素直にお願いできないのは自分の中の幼さが原因なんだっていうことくらい、わかっている。
「学校に引き受けてくれる人間がいないかどうか、聞いてみる」
「レイちゃん、自分で自分の首を絞めることになるわよ?」
「なら、あんたがチェロを演奏しなさいよ」
「そんなもん、できるわけないでしょうが」
「はるかさん、ピアノ弾けるでしょう?」
「おいおい、それはレイがやれよ」
なんで、こんなことになったんだろう。
よりによって死んだ人間のために。
レイはソファーに投げやりに倒れこんで大きなため息を漏らした。

ママ、助けてよ

声に出したい気分だった。



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Date:2013/12/21
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