【緋彩の瞳】 Your Wish ⑤

緋彩の瞳

みちる×レイ小説

Your Wish ⑤


あれから、数日が過ぎた。
「チェロ?」
「えぇ、あとはヴァイオリンと」
高校の音楽の先生を捕まえて、楽器を演奏できる人間がいるかを聞いて、ヴァイオリンは3人、チェロは1人、ピアノはなかなかの人数がいた。
年下のチェロをやっているという子を捕まえて、ボランティアで演奏者を探しているから、引き受けてくれないかと尋ねてみると、引き受けたいけれど部活動と個人のチェロのレッスンで全く暇が取れないと丁寧に断られた。ヴァイオリニストも夏のコンクールだとか、海外旅行に行くだとか。ピアノだけ了解が取れても仕方がなく、結局誰ひとり捕まえられることはできずにいた。
わかってはいたけれど。
午前中だけの授業も終わり、収穫もなく講堂へと向かう。
もうあと少しで夏休みが始まる。
完全に締め切られていたそこは、すぐさま逃げ出したいくらいの蒸し風呂だった。
いつもは誰かが窓や入口を開けてくれているけれど、今日は掃除がない日なのか一歩も入りたくない。
『こんにちは』
「……いいわね、幽霊には暑さも関係ないものね」
『あら、暑いの?』
「そりゃね。夏に締め切った講堂にいて涼しいわけがないわ」
幽霊がいても肝が冷やされることはない。
『どうしたの?憂鬱そうな顔をして』
「別に」
古い木製の長椅子に腰をおろす前に、両サイドの小窓を開ける。あまり風は入ってこない。真昼の熱はスタンドグラスに光を当てて、神々しい正面のキリスト像を照らしている。
「あっつ」
背中に張り付いた髪を束ねて、レイは少しだけひんやりした長椅子に腰を下ろした。
『何か進展した?』
「進展ね。そうね、深美さんには会えたわ」
『本当?!』
なんて嬉しそうな笑顔なのだろう。悪態をついたことが心苦しくなってしまうじゃない。
「あなたの言うとおり、確かにスコアは持っていたわ」
そう言って、古くなった手書きのスコアを鞄から取り出して見せる。ちゃんと開いて見せると、指を組んで嬉しそうな顔が近づいてきた。
『そう、これよ!』
「でもね、チェロもヴァイオリンもできる人がいないのよ、残念ながら」
レイの中では、勝手にピアノはハルカさんに押し付けたことになっている。もちろん、レイもスコアを見る限りできないほど難しいわけじゃないけれど、関わりたくない方が強い。はるかさんに無理やりにでも押しつけてしまおうと思っている。TAに入れてあげるから、なんて言えば引き受けてくれそうだし。
『あら、娘がヴァイオリニストじゃなかった?』
「…………東京にはいないみたい」
嘘じゃない。嘘じゃないから。心の中で呟いた。海外、と言えば流石に嘘だから。
『そう。……そっか、深美は娘をヴァイオリニストにしたのね』
「悪かったわね。葉月の娘は一般人で」
それにしても暑い。掌でパタパタとぬるい風を頬にあてながら、レイは苛立ちをなるべく見せないように気を付けた。
『あなたはピアノが弾けるじゃない。ピアノはいるのにね』
「……私を勝手に入れられても」
『深美に会えたのなら、お願いはできなかったの?』
「してないわ」
『事情を伝えたら、深美は引き受けてくれると思うわ』
「幽霊に頼まれたって?あのね、そういうことを聞き入れられる人間なんて、本当に“見える“人間くらいだから。第一、あなたの姿も顔も見える人なんてほとんどいないのよ?調子に乗りすぎないでよ」
生きていれば、同窓会でもかねて安っぽい演奏会にでもなっただろうに。そこにレイのママがいなくて、たとえばその代わりに入ってくれって頼まれていたら、どうだっただろう。
それは、やっぱり断ったような気もする。
じゃぁ、みちるさんの母親は一切関係なかったとしたらどうだろう。
見知らぬ母親の同級生、見知らぬ母親の先輩にお願いされたとしたらどうだろうか。

断る理由も見当たらなくて、渋々引き受けてしまうような気がする。

さらに言えば、まったくもって自分も自分の母親も関係なく、ただちょっとピアノを弾いてくれないかと、後輩や知人にお願いされたらどうだろう。
うまい下手を問わないのであれば、引き受けるだろう。

つまり、通常運転の火野レイであれば、これは引き受けられることなのだ。

みちるさんというネックがあるのか、ママとみちるさんの母親という接点があるのが嫌なのか。
どちらもなのか。あるいは、死んだ人間からのお願いだからなのか。
それが自分にしかわからないことだからなのか。

『深美には何も言わなかったの?きっとあの子は葉月の娘なら喜んで……』
ジワリジワリと外のセミの鳴き声の音と、額を伝う汗が苛立ちを覚えさせる。何か一言言ってやりたいって思って、それを心に押しとどめた。
これ以上文句を言ってしまえば、ここまで来た全てを水に流して、この幽霊を傷つけてしまいそうだから。
「私が葉月の娘だから、このことに巻き込むというわけ……」
『巻き込むっていうのかしら。でも、あなたは優しいから引き受けてくれたのよね。そういうところは本当に似てる』
「……………ママの学生時代のことなんて私は知らないわ」

悔しいって思ったのはどうしてだろうか

『深美に聞いたら?本当に、何をするにもべったり一緒のような子だったから』

絶対に嫌

心の中で呟く

「もうすぐ夏休みなのよ。演奏してくれそうな子を当たるには、無理があるわ。どうしてもと言うなら、お金を出してそういう人を探すから」
『じゃぁ、せめて……そうね。あなたがピアノを演奏してくれるのなら』
見抜かれているんじゃないかしら、と思う。考えていることの全部が。
みちるさんに連絡を取れば、全てこの人の願いが叶うことくらいはわかる。
みちるさんはレイの言葉を全て信じるだろう。深美さんと親子関係がどれくらい仲良しなのかなんて聞いたことはないけれど、きっと仲が悪かったとしても、レイのためならと、協力をするに違いないだろう。
みちるさんの優しさは、それくらいレイに対してまっすぐだと言うことは知っている。
みちるさんがそういう行動をとることくらい、読めるのだ。
だから、無駄に意地を張っているレイだけに問題があることくらいはわかっている。

だけど、だから、恋をしている相手がみちるさんでなければ……
喧嘩をしている最中でなかったとしても、きっとこれが喧嘩のきっかけになることには違いないだろう。大事なことを黙っていたことに、相当大喧嘩をしたかもしれない。
正確に言うと、レイが勝手にわめくだけというか……

「考えておくわ」
『深美は見に来てくれるかしら?』
「………さぁね」


暑い
イライラする

レイは舌打ちするのをこらえて立ち上がった。
ピアノを弾くなんて気分にはとてもなれそうにない。
窓を閉めて、重たい身体とクラクラする頭を奮いたたせる。
「何とか探してみるから。それで納得してもらえない?」
誰のためにこんなことをしているというの、って心の中で思いながら、どう考えてもこの幽霊だけのためのはずなのに、ってすぐに結論が出てしまう。
もっと素直になりさえすれば、この幽霊の願いが叶えられて、それですべてが終わるだろうに。
『聞きに来てもらいたいな、深美にも』
「……わかったわ」
プロの前で演奏しろって?呟きながら、レイは講堂を後にした。





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Date:2013/12/23
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